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493、ちっぽけな器

いっぱい遊んで楽しんだボク達を照らす、夕焼けの暖かな日差し。もうそろそろミュージカルの時間が近づいて来た。


だけどまだ余裕はあるし、ベンチに並んで腰を下ろす。ちょっと休憩したいなって。


「今日になって、やっとEXPOを楽しんだ気がするわ。ずっとお仕事中みたいだった。」


アリスさんはぐっと背を伸ばす。


「どうしたのよ?最近変わりすぎじゃない?」


今日ずっとビャクヤさんはアリスさんを気にしていたけど、遂に一歩踏み込む。


「色々あったのよ。でも、今回のEXPOはちゃんと成果を出さなきゃって。お父様に無理を言って来たんだから。」


「今までずっと引き篭もって、自分の遊園地で遊んでばっかりだった癖に。貴女のそういう所は有名だったのよ?」


「ビャクヤお嬢様。」


どこか口調に嫉妬のような気配が滲む。チズルさんが睨み付け、セバスチャンさんが止めようとするけどアリスさんは片手で制した。その視線は少し影が差して、でもボクの手をぎゅっと握って返す。


「そうね。評判が宜しくなかった事は知っているわ。“箱入り娘”なんて馬鹿にされていた事も。それでも‥‥」


アリスさんの綺麗な瞳がボクを見つめ、ドキッとするボクヘ笑む。


「私の王子様が外へ連れ出してくれたの。」


唯一の居場所を壊され血で汚されてしまったアリスさんだったけど、立ち直ってくれたから今がある。


「私はラフィに救われた。なのにいつまでも引き篭もっていれるかしら。私はラフィがもっと前へ進んで行く支えになりたいの。その為には頑張らなくちゃいけないでしょう?」


見つめ合っていると段々と距離が近く‥‥ひらり、と間にハンカチをブランさんが垂らして視線を遮った。


「それ以上の顔の接近は好感度レベルが足りておりませんので、未開放のコンテンツで御座います。」


アリスさんはちょっと残念そうにしながらも、ドキドキしてジッとしていたボクヘウインクを贈ってくれた。


「急にイチャイチャしないでよ。昔はちょくちょく様子を見に行ってあげていたのに、なんか置いて行かれた気分だわ。」


2人は仲が良いのか、悪いのか。ボクにもよく分からない。好き、嫌いだけじゃ人間関係の全部を語れないけどそういう微妙な距離感に感じた。


「確かに昔は定期的に家に押しかけて来て、グイグイ遊園地から引っ張り出して来やがりましたけど。」


引き篭もりがちなアリスさんからしたら迷惑だったのかな?ビャクヤさんはため息を吐いていた。言い難い本音とか‥‥あるのかな?R.A.F.I.S.Sでつんつん、心の隅っこを突いてみる。


「ラフィさん‥‥むず痒いですわ。」


「ごめんなさい。でも、折角の機会なんです。言いたい事があったら言わないと、後悔すると思います。」


夜寝る前とかに言っていたらどうなってたんだろうってモヤモヤするやつ。アリスさんも気になってビャクヤさんを覗き込んだ。何よ?言いたい事があるなら言いなさいよ。気になるじゃないって。


「そんな大した話じゃありません事よ。た‥‥ただっ!私は同じ令嬢仲間として面倒を見て差し上げていただけで‥‥」


ホロウインドウの中フィクサーさんがこそりと耳を打つ。


『仲の良い企業同士でもなければ仕事外で令嬢同士つるむ機会などありませんし。令嬢同士の喧嘩が企業戦争になったケースも過去にはあるんですよ?』


だから親同士子供を遠ざけあうものなのに、2人はオフでも付き合いがあったという事。ビャクヤさんにとって、アリスさんは数少ない気を許せるお友達‥‥なのかな?

流石にそんな事を言われると、アリスさんも顔を赤くして目線がそっぽを向く。


「‥‥変な事言わないで下さる?恥ずかしいですわ。」


「催促したのはそちらですから。もぅ、ラフィさんまでこんな発言を引っ張り出して。」


「でも、」


アリスさんの嬉しげな顔を見て!R.A.F.I.S.Sが心をくすぐって、2人の視線が合わさった。


「ありがと。良い刺激にはなったんじゃないかしら。」


ビャクヤさんも顔が赤くなってて、2人の手がボクをわちゃわちゃを撫でる。


「あの?急に。」


「なんか恥ずかしいんですけど。」


「そうよ。ラフィさんがこんな雰囲気にしたんですから。」


スベスベした手がほっぺをさわり、耳をすりすり、顎をさすさす。きゃあっ?!皆に見られてますって!


アリスさんはパッと席を立って、少し駆けた後に後ろ手を組んでボク達を見た。


「ほら、そろそろミュージカルでしょ?楽しみにしているわ。」


夕日をバックにアリスさんの笑顔が眩しい。


前向きに生きて行くと決めたアリスさん、本音を話せて心が軽くなったビャクヤさん。一生思い出に残るこの日を、2人の笑顔が合わさったこの瞬間を大切にする為に。


「はいっ!行って来ます!」





ミュージカルの観客席は連日大賑わい。アリスとビャクヤは有料路使用者専用、特別席へ腰を下ろした。席が宙へ浮き上がり、ミュージカルを真近で楽しめる位置へ移動して行く。


「毎日内容が違うようですわね。」


「今回はどうなるのかしら。ふふん、アーカイブ分は全部見たんですから。」


チズルとセバスチャンはシブサワの警備を信用する、というポーズで同席せずに下の一般席に座っていた。


「今日一日なんか疲れたなぁ。遊び疲れたっていうかさ。」


ボヤくチズルをセバスチャンは横目で見やる。


「気を悪くして欲しくは無いが、キミもちゃんと普段から遊んだ方が良いと思う。」


チズルの失笑する声。


「おままごとには普段から散々付き合わされているよ。見ろよ、この髪艶。傭兵の髪質か?モデルみたいじゃねぇか。」


「もっと素直に楽しんでみてはどうかね?この歳になったから言える事かもしれないが、斜に構えずに楽しむっていうのは存外難しい。冷笑するのは誰でも出来る。何かに夢中になり過ぎないようにする当然の心の防衛反応だ。ただ‥‥」


セバスチャンは苦笑してチズルに向いた。


「今になって私は多くを後悔しているよ。学生時代の学園祭、盛り上がって夢中でお手製の出し物を作る連中を、内心でバカだと思っていた。子供のおままごとに夢中になる歳か?ってね。」


「バカは俺だったよ。少ない友人とつるんで冷笑しながらスマイルゲームで時間を潰して、当日もクラスに必要とされず打ち上げにも誘われなかった。そんな自分を一つ上の存在と誇ってたさ。」


思いの外砕けた態度にチズルは聞く姿勢になってしまう。素直さをゴミ箱へ放って暫くな小娘は、どこか反抗的な視線で老人を見る。優雅な姿勢で座り、背筋をピンと伸ばした老人は歳を感じさせないバイタリティを放つ癖に。


「このお役目に就いた事を誇りに思っている。ただ、今日一日EXPOを見てな。羨ましいな、と思ってしまったんだ。滑稽だろう?」


ここは学生達が“好き”を形にして、満面のドヤ顔で無知蒙昧な大勢の来場客に披露する場。論文、新技術、アイデア豊富な遊び、新作レシピ、新曲。その全てに学生達の情熱が注がれていた。これが俺の思う“最高”だ!!誰もが顔を上気させて持ち寄り、一生の思い出をここへ遺して行く。


そんな熱気は感性の枯れた老人の心へ、一つ問い掛けた。


『心の底から何かを楽しみ、夢中で駆け回った思い出は幾つありますか?』


冷笑系など片腹痛い。


「アリス嬢はお前を楽しませようとしている。同じぐらい楽しんで、汗を流して笑い合いたいと必死になっている。俺はアリス嬢の従者じゃ無いが、見ていれば分かる。」


ぐっ‥‥チズルは反論出来ず、小さく舌打ちを。言われなくても分かっている。分かっているつもりだった。


アリスの騎士になろうと足掻くも、その視線はラフィへ注がれどこか拗ねていたのかも知れない。


「‥‥照れ臭いんだよ。」


「青いな。アリス嬢に笑わされて、お前は弱くなるのか?いつも張り詰めた気配を感じるが、あれではアリス嬢を困らせてしまう。」


コイツは何処まで心の内を見抜いてくるんだ?と最早呆れてしまった。アリスを護る最高の騎士を目指せば、いつしか余裕なくアリスの一歩前を早歩きに進んでしまっていた。


「我々従者は主人の前を歩いてはいけない。後ろに控え、しかし求められれば時間を共にし、主人を孤独にせぬよう歩むものだ。アリス嬢が楽しんでいるのなら、お前も一緒に楽しむべきだと思う。」


「チッ‥‥今日も何だかんだ1日楽しかったよ。けど‥‥そうだな。遊びに夢中になれるやり方が分からないんだ。ガラじゃないって言えば一言で説明出来んだけどよ。」


ミュージカルの幕が上る。舞台の上を魔法少女達が駆け回り、澄んだ歌声が観客席へチズルの耳へ届く。


そしてラフィの楽しいっ!という素直な気持ちがR.A.F.I.S.Sに伝播して誰ものハートを揺さぶった。軽快で可愛らしいラフィの歌声は、R.A.F.I.S.S越しに伝わってくる歌詞をチズルの口から呟かせようとくすぐる。


「ラフィのライブは‥‥あー、胸がざわつく。」


「ほらっ!皆一緒に歌いましょう!えへへ、今を楽しんだヒトが今日の一等賞を手にするんですよ!」


楽しい。胸が躍る。心が疼く。そして───


「今まで頑張って来た自分に拍手を!自分を一杯好きになってもっと応援するんです!オープニングから盛り上がって行きますよ!!」


思い出す。


子供開拓者になる前、父は居なくて母はチズルを何一つ褒めなかった。口にするのは妙な宗教やスピリチュアルな話ばかり。小さな娘相手に自分語りに夢中になっていた。


母が口を開けばクソどうでも良い雑学、その目はホロウインドウの胡散臭い解説動画へ注がれチズルの瞳を見ない。


母が強盗に襲われて死んだ時、いたいけな少女のチズルは死んだ。母が護身用に棚へ隠していた銃はチズルを受け入れ、引いた引き金が少女を戦いの世界へ導いた。


子供開拓者になった後も、全てが敵となってチズルを消費しようと群がる。一挙一動をエンタメに、叩けば反応面白くヒトとして扱う気もない誹謗中傷に誰もが夢中になった。


そっか。


チズルは今になってふと理解した。


(ウチはウチの事が好きになれなかったんだ。)


母はチズルを好きにならず、誰もがチズルを拒む。愛を知らない冷めた心は空っぽの容器。そこへアリスが愛を注ぐも、容器に空いた穴から漏れ出て行く。穴が空いたままでも容器は次第にあったまり、中身が欲しくてアリスを護る理想の騎士を目指していった。


心に空いた穴に、ラフィの歌声が優しく響く。


自分を受け入れるのは怖いけど、でもボク達は進んで行くしかないんだ。

誰かに注がれた愛情を受け入れるのも恥ずかしいけど、笑顔を向け合えば心があったまるんだ。

もし心に穴が空いてしまったら、歌って心の絆創膏を貼り付けよう。


大事なのは笑う事。一杯楽しんで、悲しい過去も気持ちもあっためちゃおう。


ボク達がお手伝いしますから、どうか一緒に。


「歌って下さいっ!!」


気付けばチズルは声を出して歌っていた。最初は呟くように、そして段々と大きく。


自分に向けた応援歌を、自分に向けた拍手を、自分が自分へ注ぐ愛情を!!


ラフィの楽しむ気持ちが後押しして、ヤケクソ気味に歌って騒いで気持ちが駆け出していた。


どうして穴の空いた心の容器が、素通りするアリスの愛情であったまっていたのか。壊れた容器はもっと大きなバケツの中へ入れられていた。漏れ出ても、新しく構築されたより大きな心の器が受け止めてちっぽけな過去を温める。


割れた瓶の中から這い出たチズルは、やっとその事に気付いた。歌声がグイグイと背中を押して、小さな瓶の中に居られないぐらい心を跳ねさせたのだ。


「過去は過ぎ去って、ボク達は一緒に未来へ走って行くんです!この歌と一緒に!」


ヒトの心は裏表では語れない、多面性なんてサイコロに例えた所で不十分。もっと大きな四次元宇宙には、心の器なんてものは幾つも漂っているんじゃないだろうか。


一つが壊れて穴が空いても、生きていればいつに間にまた新しい器を抱えている。乗り越えた分より大きく成長した器の中に、小さな欠けた器が一つ。


上から見下ろしてみれば‥‥なんだ、こんなちっぽけなモノに拘っていたのかと苦笑してしまう。


チズルは夢中になって楽しみ、アリスとビャクヤも普段の鬱憤を晴らすかにようにサイリウムを振って大はしゃぎ。セバスチャンも優雅な姿勢は崩さずともハミングで歌に応えていた。


ミュージカルの展開に息を呑み、派手な演出に驚いて、そしてアクションに手汗を握る。観客席に大人は居らず、誰もが楽しいひと時に汗を流したのだった。


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