487、少女のホワイトボードへ一つ夢が書き足された
「なんか今日上がり下がり激し過ぎてヤバい。」
ドジコの前、虹色に輝く雲が天まで渦巻いていた。真上には見た事が無い程近くに星空が瞬いている。虹渦島、征天大学、虹天リゾートタウン。EXPOと同じぐらい話題沸騰中の、シブサワが支配するトレンドスポット。
ここの写真をハムハムに上げるだけで万バズを軽く狙える、行きたくても大勢がツアーの席から漏れて行けない憧れの地。そんな地を数奇な運命を辿って踏み締めていた。
「ラフィ様のご厚意により、あなた達を虹天リゾートタウンへご招待致しました。」
担任を先頭に整列してブランに向き合う。校長は流石に同行出来なかったが、がっしりと担任の肩を掴んで笑みを深めていた。これ以上問題を起こしてくれるな、と。
急遽決まった引率に準備する時間は僅か10分。出来た事は他の教師へクラスを率いて出掛ける用事を連絡したぐらい。
山のように溜まった事務仕事に背を向ける姿を、同情する視線で他の教員達は見ていた。
「先ずは食事会に致しましょう。お代はラフィ様が持ちますので、先程ダウンロードした虹天転移アプリで好きな場所を選んで下さいませ。」
場がざわつく。全額奢りと言われれば自然とテンションが上がってしまう。転移アプリに表示された店舗数は大小様々、100を超える。シブサワフードカンパニーの系列店舗勢揃い、高級レストランから庶民の食堂まで何でもござれ。
「おーい、程々にしておけよ。あの、ブランさん。本当にありがとうございます。今晩はご馳走になります。」
「お礼を後程ラフィ様へお伝え致します。ラフィ様の財力からしたら、高級ビュッフェで全員が吐く程胃に詰め込んだとしても何の痛痒も御座いませんので遠慮は無用です。」
ドジコはフランサも交え6人の友人達と目を輝かせてアプリを眺めた。風邪ひくぐらい気温差の激しい今日だったとしても、今この瞬間が最高ならお釣りが来るとポジティブ思考で考える。
「ラフィ様太っ腹〜!」
「何があったか知らないけどありがたやありがたや〜。」
「もうっ!本当に大変だったんだからね!」
「下水道を走り抜けた経験ある?あんな場所だなんて知らなかった。」
一夏の冒険譚を語りたい、しかし語る訳にはいかない。何かあったろうなと皆察するものの訊く事は憚られた。
「回らないお寿司とかどう?」
「皆で高級焼肉!」
「折角だからレストランでなんかコース料理とかさ。」
どうせなら深未踏地産の食材を使った料理が食べたい。となればお寿司は除外、深未踏地産の魚介類‥‥と言えば聞こえは良いが実際は普通に食卓に並ぶお魚も深未踏地と化した海の漁で獲ってきた物が多い。勿論庶民であるドジコ達が口にするのは複写ゲル製の模造品だが。
食い気盛りなJK6人、食に関しては案外男子と大差は無い。6人揃ってオシャレなパスタ?お昼ご飯ならウェルカム!でも夕ご飯なら物足りない。女の子だってお肉は大好き、肉汁滴る高級な焼肉に齧り付きたい!
「やっぱ焼肉っしょ!ラフィの奢り!」
アプリで選べば‥‥瞬き一つの間にお店の前に立っていた。
「うそっ?!」「ヤバい!」「転移した?!」「ヤバー‥‥」「うわっ!びっくりした!」「一瞬じゃん!」
口から飛び出した言葉を互いにぶつけ合い、更にアプリへ空席の案内が表示される。見晴らしの良さそうな窓際の席が丁度6人用、迷う事なく選べば一瞬の転移の後席の前へ立っていた。
ふと見た先の空席の前に、警告表示の赤いバリア装甲が展開されていた。そして直ぐに席の前へクラスメイトの男子6人が飛んで来る。内心ではえー‥‥転移先でぶつかったりしないようになっているんだ。なんて思いながらドジコは席へ滑り込んだ。
転移の体感は一瞬でも、FDVRのように体感時間が誤魔化されていたらしい。飛ぶ先の安全が確保されるまでは転移出来ないようになっていた。
「マジラフィ神〜。」「こんな所初めてかも!」「てか店内オシャレ!」「これ焼肉屋?!ブチ上がるんですけど!」「金の匂いマシマシじゃん。」
薄っすらバリア装甲で煙と油から護られた調度品が目を楽しませる。店の中央には天使を模った大きなオブジェ、宙に浮いた清流が螺旋を描いて纏わりついていた。
触れば分かる。机の材質も触った事のない感触。虹渦島で採れた木花で作られた机は、スベスベでいて独特な柔らかい手触り。思わず撫で回したくなってしまう。皆の手が卓上を這い回った!
「こんな所で食べるのが焼肉って!」「チョー庶民!」「ほら頼もうよ!」「てか食い放題とかここ無いんだ。」「マジじゃん!」「お金持ち向けー。」「成金肉食うぞー!」
卓上備え付けのホロウインドウに表示されたメニューには、知らない肉がズラリ。牛、豚、鶏、サクラ、ジンギスカン‥‥に並んで虹渦マトン、虹天ゾクレア、鼻行ロロ、オオカカポ。
どれも虹渦島で発見され、早くも家畜化研究が進んだ生き物達。研究者達は、新たに捕獲された生物を皆で一通り口にする習わしがあった。勿論害がないかしっかり検査を受けた後だが。
中でも美味い、と評判を集め家畜化が可能か熱意を持って研究に励んだ結果、徐々に食肉に適した生物が発見されていった。
一般に肉食の生物の肉はあまり美味しくはないとされる。その分深未踏地の生物は、その代謝の多くの部分を魔力に頼っているお陰で肉の臭みが非常に少ない傾向が強い。肉を喰まずとも、草木と霞だけで活動する生物は多かった。
しかし先ずは牛と豚を手堅く注文する。並んだ肉はどれも肉厚、しかし箸で触っただけでその柔らかさが伝わってくる。思わず唾を飲んだ。
焼肉と言えば楽しい談笑を肴に肉を掻き込むコミュニケーションツール。焼き加減に、「まだ赤い」「行けるって」「食中毒がー」「牛だしセーフ」「そっちは豚だ」と語り合う。
何となく1人2人が箸で肉を網へ乗せていき、網の交換とジュースの追加を誰かが叫び、狭くなった卓上をいそいそと誰かが片付ける。
煙混じりの炎熱に、直ぐに空になるジョッキ、時折来る分厚く硬いハズレ肉をガムのように噛み続け、部活に家族に趣味の話が持ち上がっては肉の到来で流される。
しかし、
その肉はあまりにも上等。
複写ゲルを普段口にする庶民からすれば、10割本物の味がする高級肉は言葉を忘れるに十分なものだった。
9割の味、食感、満足感が不満足だった事に気付かされる。上級国民はこんな物を毎日食べているのか。女子も男子も変わらず忙しく肉を焼く。食う。焼く。喰らう。
ドジコの口内はあっという間に肉汁一色、ジュースが流すも濃厚な後味が尾を引く。深未踏地産の魔力を潤沢に含んだ肉は、どこか本能的にヒトを魅了する。体内で枯渇していた魔力を補充するよう、食う。食う。味わい飲み込む食う。
ただ美味しい、以上に満たされる至福。食の天国はここにあった。
可愛いを気にするドジコ達にあるまじき暴飲暴食の末、ふと気付けばお腹はパンパン。満足気な息を吐いて摩った腹はでっぷりと。
「なんか‥‥ドカ食いして気絶しそう。」
「分かる〜。」
「めっちゃ美味しかった。」
敢えて肉の味について今更語る気も起きない。満足感で惚けたまま、チビチビとジュースを飲んだ。
しかし目に留まる。デザートメニュー。
デザートは別腹、アイスだし入りそう、虹渦島で採れたフルーツアイスは魅力的、食指が伸びない理由が無い。膨大なカロリーと今後どう向き合って行くかは、明日の自分に任せよう───
───虹天リゾートタウンには温泉は無い。ただ、温泉風な豪華な浴場は各地にある。ここはその一つ、“スカイリゾート・天楽の湯”。
ビルの屋上に作られた、虹天リゾートタウンで最も空に近いお風呂は、マシュマロクラウドで作られたふわふわ純白お風呂。お尻を置けばふんわり、湯の中へ寝転びたくなる肌触りは更なる癒しの極地へ導く。
「あ〜。」
「フランサおっさん臭い。」
「こんなお風呂ヤバい。マジ気絶する。」
「溶ける〜。」
星が瞬き、虹に光る雲の壁が夜空を縁取っていた。スマイルカメラで何枚写真を撮ったかもう覚えていない。ふと思い付く。
「てかさ、ラフィってこの島を初めて踏破したんでしょ?」
「ワクワク感ヤバそう。」
「夢あるよねー。」
「開拓者になったらワンチャンあったり?」
「ドジコが?無理でしょ。」
「昔からFPSは上手いんですけどー。」
「はいはい、初期投資300万円稼いでからね〜。」
お金の話は知らんぷり、今はバイバイして湯に体を沈めていった。ドジコは思う。開拓者、悪くない夢かもしれないと。
虹渦島の絶景が将来の夢を書き足した。純白なホワイトボードに、一つ憧れが描かれたのだ。
シブサワを相手にしても余裕の態度で臨んだブラックカラント、深い知識と手際で護ってくれたアマネ、そしてこの美しい島を切り拓いたラフィ。
3人の開拓者の背中は、ドジコの目に輝いて見えていた。
「噂話だけど、シブサワがまたなんかやるらしいよ。ほら、開拓者って言っても冒険しないで引退する奴多いじゃん。」
その救済に繋がるかもしれない、大きな企画が動いている事が噂されていた。今や深未踏地の探索業に於いて、最前線を走るシブサワへ掛かる期待は天井知らず。業界を牽引するメガコーポとして、色んな噂が囁かれていた。
「組合と組んで深未踏地の探索に力を入れて行くんでしょ?まとめに載ってた。」
ドジコの夢へまた一つ有益な情報が書き足された。つまり本当の意味での開拓者へなれるチャンスがあるかもしれないという事。都市での銃の撃ち合いではなく、深い森を探索して新発見を探す冒険。考えただけで胸が躍った。
疲れの溶けた体を引き摺ってお土産屋さんを眺める6人。流石高級リゾートタウンなだけあって、全体的に結構良い値がする。ラフィの奢りと言っても、流石にお土産は無しだよね。そう思いながら眺めるだけだった。
「このお菓子美味しそうじゃん。皆で買って、明日集まって食べない?EXPO行くでしょ?」
6人の後半2日分は丁度空いていた。そうと決まれば起動した割り勘アプリへ、次々とお菓子を投入して行く。見た目から拘った宝石のような甘味が詰まった箱を買い上げていった。
突然決まった日帰り修学旅行を終え、集合場所へ皆が転移してやって来る。そこで待つ担任は引率で向かったにも関わらず、オフを満喫したような気配を漂わせていた。湯上がりの肌は赤くなっている。
「お酒飲んだんですか〜?」
「飲んでねぇよ。風呂は入ったけど。」
偶々ブランへ溜まった仕事の愚痴を吐く機会があり、突然のイベントで出張させたお詫びとしてシブサワでも正式採用される上等な事務管理アプリを紹介して貰えた。
教員が使う事務アプリとは一線を画する、洗練されたメガコーポ本社勤め用のもの。高度なAIが搭載されたそれは非常に効率の良く業務をこなすものの、相応に値段が高い。
但し紹介という形で購入するのなら、一定の割引を受けられた。永年契約更新金額も割安で済む。紹介されたヒトが一定期間使用し続ければ、また別のヒトへ紹介出来るようになる。そうやってシェア率を上げる常設キャンペーンを知っていても、そもそもメガコーポの本社勤めと知り逢える機会が無ければ手が出せない。
値段を見てつい飛び付いてしまった。教員用アプリと連携させれば直ぐに情報が共有される。持ち帰ってやろうと思っていた仕事が、あっという間に全部片付いた事に仰天。暫くコッソリ使って、期間が過ぎたら校長を紹介しようかと考えた。どの道使う業務管理アプリに縛りは無いし、ただ自前で用意するような奴が今まで居なかっただけ。
こういうアプリはしっかり金を使わない限りは性能が横ばいなのだ。
(紹介ってだけでこうも金額が安くなるなんてな。私立のエリート教師連中もこういうのを買ってたっけか。公立じゃ高い金払って用意なんてしないよなぁ。)
正規のお値段だとちょっと奮発すれば、というレベルでは無く契約更新の度に顔が青くなる金額。公立教師の給金じゃ手が出せない代物だった。しかし値引き込みなら‥‥安くは無いが自由な時間を買ったと思えば納得出来る金額に収まった。
「なんか先生ニヤニヤしてるんだけど。」
「うっせ。ほら!整列!ブランさんへちゃんと挨拶するからな!」
揃ったお礼と挨拶の声は、その後ちゃんとラフィへ届けられたのだった。




