479、大人とは
あのラフィが開催の為に奮闘したEXPO、勿論アリスは顔を出すつもりマンマンだった。
『アリスよ‥‥トウキョウシティは危険───』
『お父様、ラフィがあれだけ獅子奮迅の活躍を以て悪を成敗した都市なのですよ?守護天使様も参加するEXPOの治安が信用にならなくって?』
『うぬぅ、信用はしているが。ただトウキョウシティは長年犯罪都市だったんだ。』
『私にはチズルが居ますもの。社交経験を積む為、最新技術をこの目で知っておく為に行って参りますわ。』
アリスが本格的に勉強を始め、頭角を表しつつある今。父親は少々過保護気味で。キャリアウーマンな母は気前良く送り出してくれたものの、父親は前の事件がトラウマ気味だった。
毎日勉強に明け暮れるアリスにとって、この瞬間は束の間の解放‥‥!ファミットのテディベアがトラブルを起こしつつも、自由な時間を満喫していた。
「チズル、アレは何かしら。」
「シャボン玉でキャッチボールしてんじゃねぇの?やりたいのかよ。」
「面白そうじゃない。ほら、ほら。」
押すなって。そう漏らしながらもチズルは優先ブースへアリスと共にする。有料路使用者専用、並ばずとも楽しめる優先ブース。直ぐに学生さんが笑顔で出迎えて、自信満々に出し物の説明をしてくれた。
「このマギアーツ技術の応用で、独自の極めて耐久性の高いシャボン玉が実現したのです。少々コストは掛かってしまいますが‥‥ですが!将来性の高い研究結果になったと思います!」
割れないシャボン玉が出来たら面白いんじゃないか。学生さんらしい企業にない着眼点。ビジネスマンならこう考えるだろう。シャボン玉を改良する手間があったら、もっと実用的な素材で試した方が良いに決まってると。
目を輝かせて研究に臨む学生達は、バカなアイデアだと嗤う職人に邪魔もされず何年も掛けてここまで辿り着いた。
「ここまで漕ぎ着けるのに、6年間掛かったんです。」
人件費0円だからこそ出来る無謀にも思える挑戦。企業なら予算を引っ張れない発想力の塊がアリスの手の中にあった。OBになっても大勢が研究に参加し続け、代替わりしながら受け継がれたバトンは夢のような素材。
「凄いじゃない。すみません、素人質問になるんですけども。」
教養高いアリスは、それをただの娯楽用品として見ない。惜しむべくは、今回のEXPOがシブサワグループ主催な事だろうか。勿論この場でアリスが彼らの研究結果を買い叩いたら間違いなく問題になる。
手を付けられるチャンスがあるとすれば、この技術をシブサワが必要とせずに放っておいた場合だけ。
(この技術を使えばもっと面白い食品の生産に使えないかしら。でも聞いた感じだと、改良次第で工業用の素材にもなり得そうなのよね。)
もっと原価が安くなれば、現地でその場で作り出せる緩衝材として活躍するだろう。工場でも工事現場でも役立つし、事故の衝撃を和らげるエアバックとしても使える。
(私よりもビャクヤさんの方が欲しがりそうね。)
タクポ業界を牛耳る赤翼ホールディングスなら、このシャボン玉を搭載した新モデルを企画する。見た目良し、安全性良し、原価良し、幻想的な売り文句で客受け良し。アリスはパパッとそこまで思い付いた。
しかしアリスは聡い。素人質問を重ね、ザックリと原料と生成方法に当たりを付けた。向こうは話したがり屋な学生さん、メガコーポの麗しい令嬢が興味津々に訊いてくれば話したくなってしまうのは仕方がない。
(シブサワ独占と言っても、モモコはこういう情報の引き抜きも前提に考えているででしょうね。この知識が漏れたとしても、研究に携わる学生達を抱え込んで更に研究を進めれば。私達がこの研究を真似た技術を編み出した頃には、より発展した次世代の技術を独占出来る。)
技術の独占による企業同士の軋轢を程々に解消しながら、シブサワが技術的アドバンテージを有し続ける。敢えて学生達へ技術の漏洩リスクを注意したりしていないのだろう。
「ねぇ、この技術はとっても素晴らしいわ。プロジェクトにはやっぱり新入生達も沢山参加して?」
「ええ。全学年、プロジェクトへの参加権に縛りは無いんです!」
アリスは内心でにやり。モモコの策は確かに素晴らしいが、唾を付けられるのは現実的に考えてOBともう直ぐ卒業する研究の主力メンバーのみ。
同じプロジェクトに参加し、知識を持ちながらも学年の違いで今回のEXPOへ参加出来なかった生徒は多く居る。
「将来有望な彼らに会いたいわ。ねぇ、紹介してくれないかしら。ウマミMAX社、ウマミ・アリスが面会を希望していた事を伝えて欲しいの。」
そこに手を出した所で、とやかく言われる筋合いは無い。EXPOに参加しなかった彼らの将来は、彼らが決めるのだから。
「高待遇を約束するわ。‥‥シブサワグループに全員で勤めても、中核メンバー以外の待遇は末端相応でしょうけど。ウマミMAXに来るのなら待遇は約束される。」
シブサワだって人件費に掛けられる予算は青天井ではない。2軍3軍のメンバーの受けられる待遇は相応。しかしこの知識を持ってウマミMAXへ売り込めば、シブサワに勤めた中核メンバーと同じ待遇へ手が届くのだ。
そしてそういう明確な目標があれば、今中核メンバーでない学生達もより熱意を持って研究へ励み知識と技術を深めていくだろう。
アリスの言葉に学生は驚きつつも、後輩達を受け入れてくれる令嬢へ感謝の言葉を伝えたのだった。
アリスの後ろ、チズルはヒヤヒヤした顔で眺めていた。
「よくまぁそんな綱渡りみたいな事出来るな。シブサワの利権オモチャ箱の底に穴を開けて、オモチャを幾つか掠め取るようなもんだぞ。」
「大丈夫よ。隙を見せる方が悪いんだし、この程度の事で怒らないって。」
サクッとEXPO参加の手土産をこさえたアリスの足取りは軽い。
EXPOに行って来てどうだった?楽しかった!
で終わらせない意地があった。
アリスの投げたシャボン玉をチズルが投げ返し、アリスの投げたベイゴマとチズルのベイゴマがかち合い火花を散らした。道端で顔を合わせた実行委員会の面々へ挨拶を。
「ご機嫌よう、コウタロウさんでしたでしょうか?」
「はい!実行委員長を務めさせて頂いております、コウタロウと申します。」
「貴方の奮闘ぶりはかねがね。シブサワを靡かせた男と聞いて伺ってみたかったのですわ。」
実行委員会の業務の一つ、有料路を使用する人々への挨拶回り。都市の有力者へ顔を見せ、コネを作る事が出来れば尚良し。将来を拓く為、面々は気合が入っていた。
シブサワへ就職が決まったコウタロウとしても、顔が広ければ広い程外交官として活躍出来る。幾らか歳下の麗しい令嬢へ、礼節を持って恭しく。それでいてへりくだり過ぎず、しっかりとした態度で臨んだ。
「靡かせたとは少々恐縮ですが‥‥この場を作るべく持てる全てを使って奮闘しました。EXPOの開催へ漕ぎ着けられ、感無量な想いです。」
漂うインテリ臭にアリスは質問を重ね、チズルは一歩下がって顔を顰めないよう努力していた。
(開拓者とか傭兵が1番嫌うタイプだな。キラキラしてる高学歴オーラが鼻につく。)
(聞くにもうシブサワにオファーを受けているのですね。惜しいですわ。)
有能な人材に唾を付ける早さよ。
「私、ラフィとはお友達ですの。ご存じで?」
「存じております。ラフィ様とご交友のある方は一通り。私もラフィ様とは少しばかりですが面識が御座います。」
互いに言わんとしている事は分かっている。お友達のお友達は、お友達。他企業だとしても有能な外交官とは顔を繋いでおきたい。互いに業務用の連絡先が記載された電子名刺を交換し合った。
コウタロウの後ろに控える面々にも挨拶をすれど、名刺交換には至らない。軽くばら撒けばアリスと顔を繋ぐ事の価値が下がってしまう。後は必要に応じてウマミMAXの外交官が対応するだろう。アリスはEXPOを楽しみながらも、ウマミMAXの顔として外交も忙しなかった。
アリスの去った後、コウタロウは小さく息を吐いた。
「委員長ったら、モテモテじゃないですか。」
後ろから囃し立てられるも、テントの外では馴れ合わずに姿勢を正す。子供っぽいじゃれ合いをする姿を企業の重役に見られようものなら、折角形作られた“コウタロウ”というブランドが安っぽくなってしまう。
(ラフィ様は凄い。いつもメディアに映る時は天真爛漫な姿で。例えオフの時もファンサービスを欠かさず、不機嫌な顔を一切見せない。)
世間の評判を維持しようとコウタロウは緊張するが、しかし思いの外ツラい。
(アリス嬢はとても綺麗で、そして聡い方だった。私の内心の全てを見透かすかのような視線。)
自覚はある。幾ら緊張してハリポテのブランドを守ろうと足掻こうが、海千山千の企業の者達を前にすれば。ベニヤ板の一枚後ろで背を向ける、鼻水を垂らした猫背の子供に気付かれてしまう。
コウタロウだってこのお祭りの空気感を前にはしゃぎたいし、学生らしく振る舞いたい。他の実行委員会の面々は適度な緊張を保ちつつも楽し気で、彼らに羨まれる立場に居る筈なのに。彼らが羨ましく見えてしまっていた。
(勝手だな。もう大人なんだ。ここが踏ん張りどころ、EXPOの数日間だけでも我慢すれば‥‥将来の礎に。)
実際にアリス嬢と対面し、子供ながらに大組織を纏め上げる者達の恐ろしさを感じていた。実際に話す機会は無かったが、モモコ様はどれ程の方なのだろうか。ギフテッドの輝きの中に、確実に積まれた数々の経験を感じ取れる。才能に恵まれながらも胡座をかかずに、努力を重ねてきた子供達をコウタロウは見上げていた。
「ようこそEXPOへお越し下さり、ありがとうございます。」
「これはどうもどうも。」
顔を合わせる色んな企業の外交官、重役達の値踏みする視線に頭を下げる。真に聡い者、聡いフリをする者、聡いと思い込んでいる者。
コウタロウもまた値踏んでいた。顔を繋ぐ事で益になるか、それとも害になるか。
その責務の重さは理解している。ただ、EXPOが楽しいかと言われれば───
「コウタロウさん、楽しんでいますか?」
「ラフィ様?!」
ツアーガイド中のラフィが不意に寄って来た。コウタロウの冷えた心に気付き、その疲れを癒そうと笑顔を向ける。エンジェルウイングが開けば、コウタロウの周囲にいた企業の面々の誰もがそっと下がってラフィへ敬意を示した。
トウキョウシティを救った英雄を前にしたら、社内の立場も役職名も霞んでしまう。そしてラフィも戸惑う様子を見せずに、皆へ癒しのオーラを振り撒いた。
(これがラフィ様‥‥シブサワの関係者ですらない企業の外交官に重役達があんな態度を取るなんて。)
コウタロウはただ、ラフィへ問いかけた。思わず口を突いて出た言葉。
「ラフィ様。ずっとそうあり続けるのでしょうか。」
少しだけラフィは首を傾げ、すぐに答えを出す。
「ボクには護りたい未来があって。その為に皆には笑顔でいて欲しいんです。それに笑顔を向け合うのは楽しいですから。」
護るものの為に。
コウタロウはハッとした。
この体の緊張が護るものは自己の利益。ブランド、イメージ、将来性。
ラフィの護るものは自己を含めた誰もの利益。誰もの明るい未来、幸福な社会。
企業の面々が護るものも、自己の利益だけでは無く会社全体の利益。少しでも会社を良くする人材を獲得する為にここに居る。自分1人で手一杯になってしまったコウタロウは、自分と彼らの何が違うのかを理解した。
(なにが大人だ。私はまだまだ子供じゃないか。名前が売れたからって何を調子付いて背伸びしているんだ私は。)
大人達は自身のブランド、イメージ、将来性を守りながらも会社をも護っていた。
真に聡い者、聡いフリをする者、聡いと思い込んでいる者。
(ハハッ‥‥私自身が聡いと思い込んでいる者だったか。)
生意気ながらに大人達を値踏んだ事を恥じた。
「コウタロウさん、EXPOは学生達の祭典なんです。実行委員会が大変なのは知っています。でも、楽しみましょう。」
目頭が熱くなって、一筋の涙が伝っていく。
何の為のEXPOか。何の為に頑張ってきたのか。学生達の誰もが楽しみにしていた祭典で、それは自分も同じだった筈なのだ。
「───はいッ。」
大人になったつもりになって、見失ってしまっていた本質をラフィが教えてくれたのだった。




