5、意外な知人の緑の小人は小部屋の中に
疲れたボクにタマさんはお風呂へ行くよう促してきた。
「ダンジョンを探索すんなら体調管理が一番大事なの。ほら、一旦お風呂に浸かって疲れを癒やしなさい。」
言われるがままもそもそとお洋服を脱ぎ、お風呂に向かう。一人が使う分には十分な広さのお風呂場。
壁側に操作メニューのホロウインドウが表示された。“シャワー”を意識すれば天井からぶあっと降り注ぎ、水量を調整すれば霧状になってお風呂場が真っ白に!
「わぁっ。なにこれ凄い!」
視界の端に出たホロウインドウに、自分の体が表示された。試しにお腹の部分をタップすると、泡立ったタオルがふわりと現れてゴシゴシと。宙に浮いていて自動で洗ってくれる。
“全身丸洗い”をタップしたボクは大量のタオルに泡まみれにされてしまった。一通り楽しんだ後、未だ空っぽのバスタブに気付いてメニューを操作する。“おまかせ”に設定すれば僅か10秒で湯がはられ、湯気が立ち熱気が伝わってくる。
きゃーっ!っと、パパッと飛び込んだ。
だけど結構深めで、ボクの背丈だとどこかに掴まってないと溺れちゃう。
‥‥
‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥ふぅ。
意識を小突く、ドアの開く意外な音。
「えっ?!」
裸のタマさんが入ってきた?!
「タマさん?!あのっ?!あのっ!」
「何よ?そんなに慌てて。アタシだって癒されたいの。ていうかさ。服越しにアンタを抱いた時でもめっちゃ癒されたんだから、素肌同士ならどうかしら。試すしかないわよね〜。」
あわあわと目を背けるボクの前で、タマさんの体が洗われる。そして我慢できないって風に湯船に飛び込んでボクの体を抱きしめてしまった!
「きゃああっ?!」
「無理に頭を上げなくていいから。ほら、恥ずかしがらずに頭も胸に預けなさい。エステルの奴よりちょっと小さいかもしんないけど、柔らかいわよ〜。」
後頭部のふかふかな感触に体重を預けるボクは、タマさんの膝の上でドキドキしながら次第に身を任せていった。疲れていたし、洗い立てのタマさんからふわりといい匂いがして抵抗する気がすぐに無くなってしまったんだ。
静かなタマさんが気になって見上げると、見た事も無いふにゃあって溶けた顔で完全に脱力していた。ふにゃふにゃになって惚けるタマさんが、徐に手を伸ばして宙を操作すれば湯船の壁から冷えたボトルが2つ差し出される。
「到着するまで動きたくな〜い。のぼせないようそれでも飲んでなさい。」
急にダメになっちゃったタマさんに深く抱きすくめられるボクは、ボトルのジュースをくぴくぴしながら車が止まるまで長風呂する事になったのだった。
お風呂上がりのタマさんはすっごいツヤツヤで。いつものちょっと気怠げに猫背にしていた姿とは違う、キビキビ動く姿はまさに精力が漲って仕方ないって感じだ。
「あ〜っ、こんなに体が軽いのは初めてよ。今なら全力でぶん殴れば遺跡の一つくらい瓦礫の山にできそうっ!」
し、しないで下さいね?調べに来ただけですから。
「まぁ、まぁ。腹ごしらえしましょうよ♪」
そう言ってキッチンへ向かうタマさん。仕方なくボクはリビングのソファーにのしっと座った。ホロウインドウが自動で開いて幾つかのニュースチャンネルや、タマさんが日頃見ているであろう動物系癒し動画のチャンネルが表示された。今は‥‥ニュースかな?すると壁一面にパッと映像が映り思わず声を上げてしまった。
『次のニュースです。昨夜未明、ヤマザキ社の所有する保護指定ダンジョンが破壊され活動停止しました。ヤマザキ社は過激派ダンジョン破壊団体、ノクターンによる犯行と声明を発表しています。こちらが現地で撮影された映像になります。』
テレビに映ったニュースが物騒なテロ騒ぎを報道していた。ヤマザキ社から提供された映像には、異様な光景が映し出されている。
無数の銃撃が高速で壁を走る紅い影を追いかけ、しかし捉えられずに一瞬見失う。再び紅影を捉えた視線は空中に身を投げ出した影と丁度目が合った。その場に10人以上の警備兵達が居たのにも関わらず、悲鳴も無く10秒も経たずに静かになる。そして投げ出されたカメラを、惨劇の主が拾い上げた事によって初めてしっかり姿が映った。
紅い燕尾服にシルクハットを着込んだ派手な人物。しかしその顔はニタリと笑う仮面に隠されている。不意に仮面の奥の目と視線が合った気がした。
「派手にやってるわねー。」
ほかほかなクリームパスタを両手に机に運ぶタマさんは呆れ顔で言う。
「貴重なアイテムを生み出すダンジョンを都市や組合から買って保護する企業は多いけど、ダンジョンを保護して管理するとなると周辺住民は問答無用で立ち退きになんの。そういうのもあってダンジョンを力ずくで破壊して周辺の土地を解放しようとか、ダンジョンを全部壊してニホンコクの国土を浄化しようって奴らも居んのよ。‥‥それ以外のも居るけどさ。」
保護されたダンジョンが知らぬ間に遠い所まで成長して根を伸ばし、管理区域外に別の入口を作って怪物を放逐することも多いんだって。一定以上の大きさに育ったダンジョンは企業の所有物と言えど行政命令で破棄される仕組みだけど、それも利権問題で難航しやすく問題が山積みらしい。
「パスタ食べたらさっさと探索に行くわよ。」
「はいっ。ん、美味しいです。でもこんなに早く作ったんですか?」
テレビをちょっと見た間なのに、数分でパスタを用意するなんてどうしたんだろう?ホカホカあったかで、コクがあって凄い美味しい。
「レトルトよ。ま、高級品だけどね。今日は気分いいから少し奮発して自分へのご褒美用を開けたの。」
内部の時間が止まったレトルトパックの封を切れば、プロのシェフが作った出来立て料理を楽しめるっていうものだって。そんな魔具もあるんだ。
食洗機の静かな稼働音を背景に準備を整えたボクは、早速タマさんの後を追って車を降りて行った。目の前の遺跡も4階建ての建物で、さっき回った場所と似た雰囲気をしている。
やる気満々なタマさんにくっ付いて、遺跡の内部にさっさと突入したのだった。遺跡の内部も似た感じで、何かのテナントが入っていたであろう空き部屋を順に見ていく。すると、一室に埃を被った棚の中に何かが隠れているのを見つけた。乱暴にドアを蹴り開けた先の部屋は埃が舞うこともなく、視界が通るお陰で棚に気付けたんだ。
「タマさん、あれ。」
「あら。調べるわね。」
ブラックキャットの一機が宙を旋回して棚をスキャンする。
「ペンかしら?」
タマさんは油断なく棚に近付き、尻尾を伸ばして埃の中から一本のペンを掬い上げた。パッと見ちょっと可愛い感じの装飾が施されたボールペンに見える。孤児院でも紙に文字を書く練習で使った事があった。社会に出たら手書きもできた方がいいって先生が言っていたから。
タマさんがペンを摘んで調べようとした時、ボクは僅かな違和感に気付いた。
棚はあんなに埃まみれなのに、何で床はやけに綺麗だったんだろう?
ふと振り返ればドアが閉まっている。ドアは直前に蹴り開けてそのままだったはず。いつ閉まった?
急に込み上げて来た嫌な予感にタマさんにしがみ付けば、動揺もなくブラックキャットを室内に旋回させていた。
「あの。」
「決まりね。ダンジョン化してるわ。それに、丁度アタシ達を捕食する気みたい。」
生存本能を刺激されてパニックになりそうなボクの前に、タマさんが羅針盤を垂らして言った。
「開拓者というのはね。例えどんな状況でも冷静に、生きる事に全力を出し、進む事を止めない奴らの事なのよ。こんな小部屋に閉じ込められた程度で狼狽える事は無いわ。」
ちょっとだけ落ち着いたボクは、足元から聞こえた僅かな音に気付いた。視線の隅で床が動き、焦点を合わせれば床から生えるように怪物の頭部が湧き出ていた。犬を思わせる頭部全体がパックリ開いて乱杭歯を覗かせ、ボクの片足を一咬みで──
サッと背中が冷えて反応できないボクは、片足が無くなる瞬間を見ている事しか出来ない。世界全体がスローモーションになった気がして。
次の瞬間にはボクの体がタマさんに抱き上げられていて、床の怪物の顔はブラックキャットの放つ紅い光線が掠め、その大半の部位を蒸発させて沈黙した。
天井から生えて着地する怪物3体。怪物達は人型だったものの、ずんぐりとしたチキン質な肌を持ち、その頭部は銃器のようになっていた。ボク達の方を向いた瞬間には激しい銃撃を浴びせてくる。ブラックキャットの張ったバリア装甲を斜めに翳して銃弾を受け流し、タマさんは同時に真横に跳躍していた。
壁に着地したタマさんはボクを抱いたままそのまま数歩駆け出し、再度こちらを向こうとする怪物の内一体の頭部を蹴って向きを変える。向いた先のもう一体は銃弾を浴びてバラバラにになり即死した。同時にタマさんを追ったせいで注意の逸れたブラックキャット2機が高速で飛来し、残った2体の頭部に衝突して体勢を崩させながら一箇所に纏める。
2体の怪物の重なった頭部目掛けて撃ち出された一発の光線が、その頭部を同時に蒸発させた。
一瞬の激しい戦闘音が止み、ドアを蹴破ってタマさんが室外に出る。
「とっととコアを破壊するわよ。ラフィはじっとしてる事!」
「は、はいっ。」
タマさんの腕の中でお姫様抱っこなボクは、今更になって恐怖感が追いついてホロホロと涙目に。だけどさっきのタマさんの言葉を思い出して涙を拭った。冷静に、今ボクに出来る事をしないと。今ボクに出来るのはタマさんを邪魔しない事だった。
コアを探して建物中にブラックキャットが散らばり、その中の一つがコアを発見する。そしてそのまま破壊したのか、一瞬ビル全体が揺れた。
「もう終わったんですか?」
「ラフィのお陰ね。ブラックキャットを沢山同時操作出来るのなら、小さいダンジョンくらいこんなもんよ。まぁ、結構エネルギー食うからあんまやりたくないけど。それに離れると精度落ちるし。まぁここは要練習か。」
タマさんが言うには、ああいう怪物が一斉に湧いてくる罠部屋を“鼠捕り”って言うらしいんだけど、そう言う部屋を突破した直後は怪物を大量生産した反動でダンジョンの防衛能力が大幅に落ちるらしい。だから部屋を出た直後に勝負に出たんだ。
「コアは普段怪物に守られてるから、楽に破壊できるチャンスは逃さない方がいいの。それはそうと、珍しいものを見つけたわ。」
タマさんに降ろされたボクは、安全になった遺跡の階段を上がっていく。そしてその一室に囚われた人影を見た。ボクと同じくらいの背丈の緑色の肌の小人。茶髪の髪を両側に分けて纏めていて、民族衣装を思わせる簡素な服を着ている。どこか幼さを感じさせる目元を見開いてボクを見ていた。
「あれはゴブリンね。随分珍しい亜人じゃない。」
そう言うタマさんの隣をすり抜けて駆け寄るボクは、互いに手を取り合って名前を呼び合う。
「ラララさん!」
「ラフィ!」
その時のタマさんの驚愕に染まった顔は忘れない。言葉を失うってこういう事なんだなって、空いた口の塞がらない様子のタマさんをラララさんと一緒に見上げていた。
「ラフィも異変を?ワタシ達も調べてたの。部落に怪物現れて。」
ボクがラララさんから事情を聞くのを、不思議そうな顔のタマさんが覗き込む。
「ラフィってゴブリン語話せるの?翻訳機使ってる訳じゃないわよね。てかゴブリンの知り合いがいるってどういうことよ?」
「ええと、昔から孤児院とは付き合いがあって。年に何回か街と物資の取り引きをする時に、子供達で遊んだりしたんです。」
ラララさんはボクと背丈は同じだけどもう成人済みで、そろそろお見合いの話を親から持ちかけられてるって最後に会った時に聞いていた。美人さんだしすぐにいいヒトが見つかって、次会う時は赤ちゃんを見せてくれるかなって思っていたのに。ダンジョン化した建物を見つけて、開拓者組合に連絡しようとしていた所を捕まってしまったらしい。
「ダンジョンはたまに非常食を兼ねて人質を取る事もあるわ。ここで捕まえておけば仲間が助けに来るかもしんないでしょ?」
ひぇっ。ダンジョンはやっぱり怖いな。でも発見できて良かった。
「あの、タマさん。部落まで送りたいです。それに何か情報が集まってるかもしれないですし。」
「いいわよ。緊急救助依頼の達成分を請求しなきゃね。」
想定外の臨時収入に顔を綻ばせるタマさんは機嫌良く羅針盤を弄り、ボク達はその後ろを付いて行った。