474、分たれた姉弟がまた同じ道へ足を向ける
美味しいディナーで舌が満足、お腹が膨らむ幸福感にボク達は惚けて食休み。
そんな中レイホウさんがブラックカラントさんをチラチラ見ながら、何かを言い出す勇気を捻出するように。そっとテーブルの下でボクの手がレイホウさんの手を包む。
何か言い出すなら今がチャンスだよっ!頑張って!
R.A.F.I.S.Sに乗せなくても、そんな気持ちは伝わったみたい。レイホウさんは小さく息を吐き、真っ直ぐカラントさんを見つめて切り出した。
「ブラックカラントよ。ヒムロ家当主として、提案がある。」
「なんだ急に改まって。」
「今までのヒーローショーでの活躍、扱いが難しく使用者の少ない相転移を使う技量、その歳で芸能依頼を掴み多数のファンを得た実績、環状高速戦争へ参加し生還した能力。ニッポンイチホールディングスがお前のスポンサーになる事を打診したい。」
カラントさんは目を見開いて、でもボクを見る。
「既にラフィのスポンサーだろう?」
「別に1つの企業が開拓者を1人までしか支えてはならない決まりは無い。それにラフィはシブサワグループと共同だ。ただお前はニッポンイチ専属になる。」
レイホウさんの私情もあるけど、出来るだけ公平な立場でカラントさんの能力を評価していた。
「私よりも能力のあるランク上の開拓者は幾らでもいるぞ?」
「そういう奴は既に他の企業をスポンサーに付けている事ぐらい知っているだろう。元々エンベリの出演者‥‥特に魔法少女達はどこの企業もスポンサー契約を狙っている状況だ。」
レイホウさんは説明してくれる。スポンサー契約の打診自体はいつやっても良いけど、シブサワグループが深く抱え込むボクと距離が近いという事情が躊躇させていた。
つまり下手な条件で打診しようとすれば、藪蛇になってしまうかもと。かと言って本人の実力を過大評価したような大盤振る舞いでスポンサー契約を結ぶのも互いに為にならない。
エンベリのショーにシブサワが大きく関わっている以上、彼女達のスポンサーになれば嫌でも関わり合いを持つ事になる。武闘派でブイブイ言わせる、大規模な武装企業と距離を置きたい企業は多かった。
「シブサワを攻撃する為に、企業戦争の標的にされる可能性があるからな。ラフィだって、エンベリの面々のスポンサー企業が攻撃されたら行動を起こすだろう?重要なのは守って貰える事では無く、そもそも攻撃されない事だ。」
企業戦争に巻き込まれるリスクと、今人気急上昇中の売れっ子開拓者を企業のイメージキャラとしてスポンサー契約を結ぶリターン。釣り合いが取れるのか、どうか。何処も検討を重ねていた。
「しかし裏を返せばラフィとパイプを繋げる可能性もある。ラフィに個人的に気に入られれば、そのままシブサワとニッポンイチを中心とした企業連合へ参加出来るかもしれない。ラフィが齎す成果のデカさを考えれば、スポンサーになる事の重要さが分かるだろう?」
深未踏地の開拓とかでボクが上げた成果は、スポンサー企業のものになる。スポンサーが居なければ全部開拓者組合持ちだけど、ボクの場合はシブサワグループがメインだから。
ボクのスポンサーになれれば、成果の大部分をシブサワとニッポンイチが持って行ったとしてもそれでも最新技術や研究内容を先んじて把握出来る大きなメリットがあった。それに同じ企業連合同士、ボクの成果を分け合いましょうよって交渉出来るし。
レイホウさんは暗に、エンベリの面々へスポンサー契約の打診があっても本命がボクである可能性を疑えと言っていた。最悪ボクとパイプができ次第、適当な理由をでっち上げてスポンサー契約を切られるかもしれない。勿論そんな事をしたらボクは絶対許さないけど!
「だからこそ、ニッポンイチ程のメガコーポがブラックカラントのスポンサーになる必要がある。他の面々へ胡散臭いベンチャー企業が寄って来る可能性を減らせるだろう?」
妙な陰謀があったとしてもエンベリの一員にメガコーポが唾を付けていれば、同じ仲間に対してちょっかいをかけるリスクが分かりやすく可視化される。
「成程のぅ。私はラズベリー達の風除けと言った所か。」
「歯に衣を着せずに言うのならな。ただ、言った通り私はお前を1番評価している。先に言っておくが、こちらから何らかの譲歩を引き出すよう交渉するのは止めておけ。もし断るのなら、残念だがラズベリーにこの話を振る予定だ。」
突き放すような冷たい態度だけど、今のレイホウさんは“カグヤ”さんの弟じゃない。ニッポンイチを所有するヒムロ家当主として交渉しているんだ。圧倒的に立場はレイホウさんが上だし、1開拓者を相手にするのなら直接対面して交渉に臨んでいる時点で相当下手に出ているとも言える。
普通は外交官越しにやり取りをするからね。
もしここでブラックカラントさんが、ヒムロ家との確執から突っぱねるのなら本当にこの話はここで完全に終わってしまう。開拓者として大きく躍進出来る千載一遇のチャンスを失う事が確定する。レイホウさんは支えさせてくれと懇願しないし、そこに一切の私情を挟んだ対応をしない。その目がハッキリと伝えていた。
それに多分‥‥即決以外は認めないかもしれない。これだけ魅力的な話を前に躊躇した時点で、その開拓者の将来性に期待出来ないと判断しそう。
ブラックカラントさんは少しの間黙ってレイホウさんを見やる。人生の掛かった決断は果たして───
「元鞘に戻ったようで癪だが‥‥今のヒムロ家に期待している気持ちもあるのぅ。レイホウが大掃除をしてくれたのだろう?出て行った家がスポンサーになるのもまた一興。カグヤとしてではなく、ブラックカラントとして見込まれたのなら蹴る理由は無い。」
「スポンサー契約の詳細を送付してくれ。‥‥ああ、送付して頂けますか?」
わざとらしく遜った態度を見せるカラントさんに、レイホウさんはふぅっと息を吐いた。テーブルの下でずっとボクの手を握っていた。手汗が出ていて、緊張した気持ちから解放されたようだった。
沢山理屈を捏ねても、結局は自分の姉を支えたいのが1番の理由。家族を想う気持ちを素直に吐き出せない立場だからか、この状況を裏で整えるのも大変だったろうな。
「そうか。それとブラックカラントよ。普段通りにしてくれて結構だ。スポンサー相手にぺこぺこする開拓者なんぞ、格好が付かないだろう。今後はニッポンイチのイメージを背負うのに相応しい振る舞いを身に付けるように。」
「ハハッレイホウ様のお望み通りに、のぅ。」
「まったく、お前は。」
レイホウさんはそう言うけど嬉しそうに頬を綻ばせていた。ボクを横目で見る。首を傾げるボクにも感謝を伝えて来た。
「この話をする切っ掛けになったのは、間違いなくラフィだ。ブラックカラントという開拓者が、ニッポンイチに必要だと考えるようになった。沢山説得されたからな。ただ‥‥今は感謝している。」
今まではカラントさんに思う所はあっても、触れずに距離を保とうという考えだった。でもやっぱり家族なんだしもっと一緒に居ようよって2人とお話しして。
時間を掛けて考えを変えてくれたみたいだった。
「私にもラフィはレイホウとの復縁を望んでいたのぅ。お陰で開拓者としてもっと上を目指せる切っ掛けに繋がった。私も色々思う所があったのだ。」
カラントさんもヒムロ家との確執を見つめ直してくれたようだった。ミュージカルの練習で沢山関わり合ったのも今回の事に繋がったのかな?互いに抱いていた互いのイメージは、長い時間の中で沢山脚色されて現実と大分ズレてしまっていた。
レイホウさんから見たら、カラントさんは弟を置いて当てつけのように家出した冷たい姉。
カラントさんから見たら、レイホウさんは鬼才で自分の居場所を塗り潰すように奪った生意気な弟。
でも実際に関わり合って、互いの人柄を改めて知り合う事が出来た。
「これで仲直り、ですね。良かったです。」
2人は照れ臭そうに笑う。でも距離を離さずちゃんと向き合ってくれた。
「ラズベリーには悪いのぅ。」
「なに、彼女も十分有望な開拓者だ。遠くない未来にスポンサーが付くだろう。今回ご縁が無かっただけだ。」
「今後のご活躍をお祈りしています、とでもメッセを送ってやったらどうだ?」
「ハハッ、そういうのはカラントへ任せよう。」
態度の砕けたやり取りで笑い合い、互いに遠慮の無い冗談を飛ばす。やっぱり2人は仲が悪いんじゃなくて、ただすれ違っていただけ。ホロウインドウの中で、フィクサーさんが楽しそうにやり取りを見ていた。
『早熟な2人はもう、何者でもなかったモラトリアムを抜けてしまいました。当主と売れっ子開拓者、その存在を確かなものにしたからこそ余裕を持って対等に語り合えるのです。』
まだ何者にもなれていなかった”子供の頃“の2人は、純粋に実力の優劣だけがアイデンティティで。不幸にもその差がハッキリしちゃったせいで、気の合う仲の良い姉弟だったのに行く道が分たれちゃった。
でも別々の道を行った先でまた、2人の道が合流したんだ。同じテーブルで向かい合ってディナーを囲っていた。
「さぁ、そうと決まれば夜の部を回るかのぅ。ここで椅子に根を生やしていても仕方なかろう。」
「大丈夫だ。今夜は空けてある。ラフィもエスコートしてくれるか?」
席を立った2人の視線へ笑顔で返す。
「勿論です。まだまだ今日は終わりません!一緒に冒険しましょう。」
夜の部で出されるシブサワの展示の多くが、虹渦島で発見された新技術。つまりボクも技術の発見に立ち会った事は多いし、一通りブランさんやフィクサーさんと一緒に目を通している。タマさんは‥‥見てないけど。
「ふふん、ボクなら技術が発見されるまでの経緯とか。ご紹介出来ちゃいます。」
あそこの発見とそれに纏わる冒険譚は自慢して語りたくなる。そんなボクの手をカラントさんが引いて、レイホウさんもワクワク顔で並んだ。
道行くボク達に沢山スマイルカメラが向くけど、警備員さん達がそれとなく距離を保つように群衆を誘導してくれる。皆はボクに好きってしてくれるけど、どこか敬意のような気持ちを持っていて。邪魔しないように見守ってくれている。
今は2人とお話ししているんだし、あんまりファンサービスは出来ないけど。代わりにボク達の後ろを追従するミニフィーが、ぴょこぴょこ動いて手を振ったりしていた。
「こうして反応を見ると、ただの人気者‥‥というより慕われつつも尊敬されているようだ。」
「皆が気遣ってくれるのは嬉しいです。」
「人気アイドルともなれば素顔を晒して出歩けんと言うが、ラフィは問題ないようだのぅ。私は出歩いてもサインを求められる事もあんまり無い。」
カラントさんはちょっと羨ましげだった。
足が向いたブースで展示されていたのは、パッと見た感じ大きな地走型のドローン。最大の売りは外部からの魔力の補充無しで動く事。
「これは‥‥車輪の類いは無いのか。つるりとした床を滑走させるのか?」
「このデザインで地走型とは不思議なものよ。どうやって動かすのだ?」
底面は真っ平、形は流線状でヒトが中へ入れる構造をしている。列車の一車両分が鎮座していた。
「これは新時代の地下鉄として開発されたんです。滑らかな挙動で揺れがなくて、速度を出しやすく構造上事故が起こらない。何よりも魔力の補給無しで動くエコな列車です。」
まだ構想段階で、実用化はされていないけどね。でも理論はフィクサーさんも監修して完璧、トライアンドエラーを繰り返せば十分実用化が可能な発明品だった。
「着想が得られたのは虹の浜なんです。虹渦島に初めて到達した、島の外周を覆う砂浜です。」
あそこの砂浜は、無数の異なる属性の魔力を秘めた結晶が堆積して出来たもの。属性同士絶えずくっつき合って、そして反発し合う。でも表面上は綺麗な砂浜で整っていた。
そこから属性の違う魔力同士の反作用を応用した、新たな力学理論が生み出された。今までも属性違いの魔力が反発し合う力を、何かに使えないかなって研究はあったんだけどサンプルが乏しくて進展しなかったんだよね。
魔力は結晶化させると爆発しやすいから。そして結晶化する程密度を高めないと反作用の力も弱い。でも虹渦島の魔力の結晶は、誰も知らなかったバクテリアが特殊な力で生み出したもの。それが無数に堆積した虹の浜は思う存分研究サンプルが取り放題だった。
「つまり磁石のようなものか。」
「はい。ですがこれは新たに開発された、結晶構造そのままに内部の属性を入れ替える機構を搭載しています。複数の属性を組み合わせれば、磁石よりも複雑に動かせますよ。」
結晶化した魔素の中にある属性を入れ替えちゃう。そんな新技術を使えば、魔力の反作用でエネルギーを使わずに自由自在な挙動が出来ちゃう。虹の浜の綺麗な砂浜を形作る、幾何学的な構造がしっかり参考にされて取り入れられいた。
「地下鉄だけじゃなくて、もっと色んなものに応用出来るんです。実用化が楽しみですね。」
感心する2人は同じように顎に指を添えて、ちょっと口をポカンと開けて見上げていた。やっぱり姉弟なんだなって。並ぶと素振りが似通って、そんなボクの視線に気付いた2人に、同じようにほっぺを突かれてしまった。
「何を考えているかバレバレだぞ?」
「微笑ましいものを見る目は止めてくれ。ほら、あちこちエスコートして貰うぞ。」
2人に連れられ、そのまま夜の部が閉園するまで回ったのだった。




