41.5 白尾奇譚、百鬼夜行の渦中にて
胡蝶之夢の5階、毎日ボクは足繁く通い一人でに開くドアを潜っていた。これもニビさんが悪戯しないようにする為。ボクが通うようになってから怪奇現象は収まり、お嬢の皆も安心して過ごせるようになっていた。
ドアを通り抜けるとずっと続く無限回廊へ転移する。真っ暗な空間を割いてずっと続く、左右の灯篭に照らされた和風な回廊。今日はその先に鳥居がポンと立っていた。回廊の屋根に届かないサイズの鳥居の向こうは更に別の景色が見えている。
何だろう?と首を傾げてその中へ足を踏み入れた。どの道回廊の真ん中に立つ鳥居を避けて通る手段なんか無いし。
その先は何処かのお屋敷の正面口の門だった。踏み込めば広々としたお庭に出る。この波だった綺麗な砂利の模様は‥‥えっと。思わずスマイルを開いて検索しようとするけど圏外。うーん、と孤児院の頃の記憶を辿って行き着いた答えは枯山水。そうだ。おしゃれで高級な旅館とか料亭の中庭に偶にある砂利の絵画みたいなの。
その中央の石畳は灯篭の灯りが照らしていて、夜闇の中お屋敷まで道を踏み外さぬよう導いてくれていた。見上げても星は無く、アングルスと違う澄んだ空気が心地良い。
近づけば玄関の扉がそっと開きボクは招き入れられた。
(普段はここに住んでるのかな?おっきなお屋敷だけど‥‥一人で?)
「ひゃっ?!」
屋敷内に踏み込んだ足元を何かがスリスリとしきりに擦り回し、足の間を駆けてくる。それは白くふわふわな毛に覆われた四つ足の獣で。でも耳も見当たらない凹凸のないつるんとしたフォルム。しきりに脛を擦って回った後、ボクを招くように前を走り出した。
何だか観光気分でスマイルのカメラを向けてパシャリと撮ってみる。が、写真にその姿は写らず不思議な気分になった。
(屋敷の中ちょっと薄暗いな。階段を上がって、下がって。迷路の中みたい。)
ふと中庭に出た。その真ん中に鎮座する一つ目の大柄なおじさんが目を瞑って瞑想中。一応スマイルのカメラを向けてみたけどやっぱり何も写らない。気になってR.A.F.I.S.Sを起動して生体情報を読み取ろうとしたけど反応が無かった。呼吸もしてないみたい。携えた錫杖を天に向けたまま胡座をかいて動かなかった。
奥へ続く廊下の両脇は大部屋に挟まれていて、襖の向こうから宴のような笑い声が聞こえる。襖越しに読み取った情報だと生体反応、サーモセンサー反応無し。但し、動体反応だけは僅かに反応していた。妖だっけ?どういう存在か未だによく分からない。
その奥の大部屋。視線をやると同時にスッと襖が道を開け、ニビさんが寛いだ姿勢で座して待っていた。畳敷きの床が広がるものの壁は見えなくて、深い闇が四方を囲っている。そんな不思議な空間だった。
「ヒヒヒ‥‥待っておったぞ。ここは我らの居城、かつての日の本に跋扈した怪異の都。“朧屋敷”へようこそ。まぁ、主人はワシではないがラフィなら良しと主に聞いておる。」
「ボクなら良いんですか?」
「ヒヒ‥‥ここはヒトにとっては禁足地。漂う妖気が害をなすのでな。」
うう、自分の種族が曖昧なのが複雑。普通のヒトじゃ無いと思うけど何だろう?
「今後はこの屋敷に来るが良い。ほれほれ癒してくれないかい?」
のそのそと四つん這いで近づくニビさんが顔を覗き込んでくる。あっ、笠帽子はそのままだけどお爺ちゃんの面が無い!笠でよく見えなかった。眉まで白いその顔はとっても色白で、だけど頬は紅潮して健康的な色合いをしている。
喋り方と比べてあどけない雰囲気のある顔立ちで‥‥可愛い。
思わず照れて顔を背ければニビさんはニヤッと笑い、
「ワシの顔が気になるのかのぅ?愛い反応じゃ。」
覗いた舌はぬたりと長く、目の前でうねうねと見えない何かを舐めるよう宙を泳ぐ。見ているとむずむずしてくる妖しい動き。思わず直視できずに顔を背けたまま視線だけで抗議する。
「ヒトでも妖でも気に入った者はなんでも喰うてきた。腰砕きにしてくれようか?」
近付いた顔から逃れるようにすればそのまま押し倒されてしまった。真っ直ぐ見上げた先で何だか捕食者な目のニビさんと目が合う。このままじゃ変な事されそう。タマさんが時折危険な気配でくっ付いてくるけど同じ気配。指先の出ない大きな袖先で口元を隠せば少しだけ落ち着いた。どうしよう?
ふわり、純白の羽が舞った。起動したエンジェルウイングが広がり、驚いた顔のニビさんの肩を包みこんでしまう。放出された癒しの力が空間全体を影響下に、思わずふにゃっと脱力したニビさんをぐいぐいと抱き起こして下から逃れた。
「恥ずかしい事はやっ、です。子供ですから変な事はしません!」
ちょくちょく悪戯してくるタマさんに何度か言った拒否の言葉。しかしニビさんはニヨニヨと笑い指を伸ばしてくる。
「まぁまぁ‥‥そう言われると尚更悪戯したくなる。ワシは妖でのぅ。」
伸ばした指先は触れもせず、身じろいだボクに躱されてしまう。ガバッと飛び付くのと同時、ボクの体はコロンと転がって再度避ける。驚いた顔で真上を通過するニビさんと一瞬目が合い、そのまま転がり離脱したボクのいた場所を何処からか現れた蛇がのたうった。
「およ?ヒヒヒ、存外動くのぅ。」
「これでも開拓者ですから。」
まだランク1だし、タマさんに全部面倒を見て貰っている身だけど!
反射的にR.A.F.I.S.Sが起動、見えた予測に従い片足で踏み込みニビさんの方へ跳躍する。ニビさんの立つ一畳を除いた全ての畳がひっくり返り、中から蛸足が絡め取ろうと顔を出していた。
同じ畳に着地し、そのまま抱き着こうとする腕の外側に体を滑らせ、捕まえようとする二尾の間に飛び込んで隙間を縫った。ひっくり返った畳は数秒で元に戻り、丁度そのタイミングで畳上へ転がって一回転後に起き上がる。
起き上がったボクはすっと俯いて、背後から迫った尻尾が頭上を通過したのを感じ取っていた。
「ヒッヒヒヒ!なんじゃ、背中に目でも付いておるのかの?先程から完璧にワシと動きがシンクロしていて面白いぞ。」
「普通に癒すだけですよ。」
「まぁまぁ、悪戯せぬから抱かせておくれ。」
‥‥嘘。R.A.F.I.S.Sの影響下なら気配で分かるもん。ぽん、とその場で跳ねて振り返れば、ニビさんが両手の指で輪を作り何かを唱えていた。
「迎陰招き門の法。」
にゅっとニビさんの背後の空間から大きな腕が覗く。
「大入道。」
囁く声と同時に腕が迫り、ブレードランナーを起動したボクは滑るように動いて大部屋を飛び出した。宙を掴んだ腕は消失し、再びボクを掴もうと何本もの腕が空間から突き出してきた!
青い軌跡を残して屋敷の瓦屋根を滑走する背後を幾本もの腕が突き出されては消失を繰り返す。流石に反撃しないと危険そう。袖から伸びたイルシオンが眩く白光を放ちラインレーザーが起動した。物理的にボクを掴もうとしているのなら。
腕がラインレーザーに灼かれ、ボクの意思通りに動く光学帯・イルシオンに散らされてしまう。
「武者髑髏。」
瓦屋根を突き破って這い上がってきた無数の骸骨に、イルシオンから突き出した雑銃の銃口がピタリと額へ向く。一斉発射による大きな銃声が一度。全ての髑髏が頭部を失い塵を残して消失した。
ニビさんの位置は屋根上の暗がりに紛れている。だけどR.A.F.I.S.Sがその姿をハッキリと捉えていた。隠れている筈なのに、ボクの視線が真っ直ぐに場所を射抜けばニビさんは諦めてひょっと姿を現した。
「つくづく興味深いのぅ。」
「悪戯の度が過ぎていますよ!」
ブレードランナーで急加速したボクへ、ニビさんは咄嗟に何処からともなく呼び出した蛸足を撃ち放つ。そのまま真っ直ぐ突っ込み、乱舞したイルシオンが蛸足を切り裂き消失。蛸足の影に隠れて放たれていた蛇をスライディングで躱す。跳ね飛ばした瓦の破片を尻尾で薙いだニビさんの鼻先にボクは肉薄していた。
「捕まえました。」
ニビさんを押し倒し両手を強化外装の出力で組み伏せる。驚いた顔のニビさんにボクは続けた。
「こういう悪戯はめっ!です。仲良く出来ないのならもう来ません。癒しが欲しいって言うから来てたんですよ。」
「ヒヒヒ‥‥少々からかいが過ぎてしまったようじゃな。すまぬ。ワシも遊び相手が居らず寂しいのじゃ。」
予想に反して素直に謝罪するニビさんにボクの方が驚いてしまう。今度は、本音だった。ボクの下で見上げるニビさんはクスリと笑う。
「軟い童かと思えばワシから一本取るとはな。ブレードランナーじゃったか?その使いこなし、タマの奴と見違えたぞ。」
タマさんと?ニビさんがどういう関係なのか未だに聞いていないけど、そう言われると嬉しくなっちゃう。んふっ。
手の力を抜きニビさんを抱き起こす。その間際、耳元でこそっと。
「カッコよかった。惚れてしまいそうじゃ。」
ぽん、と顔が熱くなるのを感じてもじもじ。
「今日はもう帰ります!」
ピャーッ!と恥ずかしくて逃げるボクをニビさんは鳥居で囲って胡蝶之夢へ送ってくれた。
それからは屋敷へ誘われるようになり、奥の大部屋で毎晩エンジェルウイングで包んでニビさんを癒すのが日課となったのだった。




