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461、好きが愛へと昇華する結婚式

趣味のテニススクールでジュウロウと出逢い、3年の交際を経て遂にやって来た結婚式。積み重ねた恋愛の総決算とも言える大事なイベントの前、シズエは少しばかり憂鬱な顔をしていた。


父は祖父の容態を気にしていて、長く続いた闘病生活がそろそろ終わってしまうのではないかと悩んでいた。金に愛された者達にとって病は治せるもの。しかししがない1事務員として生きて来たシズエも、企業の営業として走って来た父にとっても病は恐ろしいものだった。


医療水準がどれ程上がろうが、医療費がガクンと下がって誰もが不治の病を克服出来る訳ではない。治す手段は次々編み出されようと、されど最新技術に付いた値段に庶民は中々手が出せない。


最新技術を支える医療設備、それを使い熟す医者、それら全てを保有する大病院は技術を安売りしない。


売れている開拓者を始めとした命を天秤に掛けて金を荒稼ぎする者達からすれば、健康は金で買い放題。スペアパーツを増やして大病院に取って置けるし、心臓さえもポンと入れ替えられる。


庶民からすれば雲の上の話だった。


ジュウロウは素敵な男性。自分では釣り合わないぐらいに笑顔が輝かしくて、まだ28だと言うのにもう大金を稼ぎ上げて企業の重役の席に着いている。


果たして自分はジュウロウが好きなのだろうか。それとも容易く祖父を救える程の金を持つその財力が好きになったのか。分からないまま、それでも時は過ぎて行く。


30になるまでには結婚しなければ、独身禁止法に触れてしまう。理解曖昧な恋は急ぎ足に、好きとは何か実感湧かないまま肌と唇を重ねて寝室を温めた。


ジュウロウは素敵。カッコいい。全部が好きな筈。式を前に緊張感が増していき、混乱する気持ちに心が荒れる。


結婚式は人生のターニングポイント。一度通過すればもう後戻りは出来ない。その後どんな結果になろうと、人生の経歴としてハッキリと残り続けるのだ。


結婚後の怠い夫婦生活の愚痴がハムハムに蔓延する。

男女間の対立を煽って注目を浴びたいアカウントが露悪色の話の種をばら撒く。

生まれた子供が非行に走って一家が不幸になる話がニュース記事になる。

離婚に対する親権問題、慰謝料、独身禁止法の横槍‥‥子供が足りない。強制的な再婚。


法が結婚しない自由を認めないのに、これでもかと結婚に尻込みさせる情報が氾濫する。


式が始まればもう後戻りは出来ない。


ジュウロウは好き?嫌いなんて絶対無い。でも本当に愛してる?好きと愛してるの違いは何?


逃げる事も、立ち向かう勇気も無いままシズエはただウェディングドレスで着飾っていた。





ミライはブランに連れられ駆け抜ける。駅前を過ぎた後、魔具路を使って一直線に向かう。式場を目前にした直ぐ近くで、ミライは路地裏へ連れられる男を見た。自然に視線が向いたのだ。その顔に見覚えがあったから。


ブランも同じだった。


「ちょっと?!今のジュウロウさんじゃない?もう式が始まるのに何で外に居るの?!」


「不穏な気配がします。あまりガラの良い取り巻きに見えませんでした。」


即決断に2人のルートは式場から逸れる。そして路地裏を上から見下ろしていた。ジュウロウは肩を組まれたまま、5人の男女達に囲まれる。


「今なら間に合うだろ?式をキャンセルしろよ。」


ガラの悪い男がジュウロウを小突く。


「私と再婚すれば済む話なのに何がそんなに気に入らないの?確かに金遣い荒かったし、色々と悪さしたけどさ。豊胸手術だってしたし、整形も結構頑張ったのよ?ま、触らせてやる気は無いけど。」


ファンキーな格好の女は、豊満な胸を揺らしてヘラヘラ笑った。


(そういう事ですか。どうやら過去に結婚詐欺に遭ったようです。若気の至りで一夜の過ち、見事美人局に遭って証拠を握られ強引に結婚。取り巻きのクズ連中に好き放題金を吸われる日々が続いていたと。)


美人局のような犯罪に巻き込まれた事が公になれば、キャリア組としては出世ルートに泥を塗られる事になる。その程度の危険も回避出来なかった愚か者として、同期どころか後輩にすら軽蔑されかねない。


「再婚はしないと言っているだろう。俺はシズエを愛しているんだ。もう、やめてくれ。沢山慰謝料は払った筈だ。」


しかしチンピラ達の欲望に底は無い。絞れる気配が僅かでもあるのなら、躊躇してしまう時点でチンピラとしての才能が無いとも言える。


(聞いた話じゃこの街結構エリート揃いってイメージだったのに。あんなのが居るんだ。)


(街を運営するにしても、大勢のヒトを集めなければなりません。エリートキャリア組のコンビニ店員、工事業者、下水のドブざらいなんてものを用意出来ますか?)


(だよねー。クズの居ない理想郷なんて無いって、夢が無いぜ〜。張っ倒す?)


(まだ手を出せません。止めに割って入る事は出来ますが、この場を有耶無耶にして問題の根本的な解決は望めないでしょう。)


話の流れから既に離婚しているという事は、つまりは過去に行われた結婚詐欺は解決済みという事。再び被害に遭いそうになっているものの‥‥現時点ではただの話し合いの範疇。ギリギリ恐喝が成立するか‥‥どうか。


罪状は軽く、今後も隙あらばジュウロウの結婚生活を無茶苦茶にしようと付き纏うだろう。


(ここまで頑張ったんだし幸せになって欲しい。どうにかならないかな?)


男はホロウインドウを共有モードにして見せつける。


「そう言えばシズエのお爺ちゃん。病状悪いよなー。良い薬を仕入れたからさ、ちょろっと知り合いの看護師に頼んで点滴に混ぜて貰おうかなって話になっててな。」


ホロウインドウの中で、1人の看護師が病室で寝ている老人の世話をしていた。ジュウロウは歯軋りをする。


「この‥‥外道が‥‥!!」


「あんま俺ら舐めんなよ?前みたいに色々買い物代行してくれるだけで良いからさ。再婚したら俺らも広い邸宅でルームシェアしても良いよな?お前の部屋は地下室かどっかに用意するからよ。」


「調子に乗るな!!クズが!!通報するぞ?!」


収納から銃が取り出され、ジュウロウの脇腹に当てられた。


「落ち着けって。こっちには人質がいるんだ。な?彼女の悲しむ顔は見たく無いだろ?」


ジュウロウの噛んだ唇から血が垂れた。


ブランはキュルゾウの入力データから、既に祖父の入院している病室の情報を握っていた。銃を抜いた時点で現行犯での緊急対応が認められる。つまりは突発的な銃乱射テロの可能性を、現場に偶々居た者が応戦して食い止めるのだ。警察に対する通報義務はあるものの、みすみすテロが起きるのを眺めていなければ罰則、なんてマヌケな法制度では無かった。


銃が普及し傭兵と怪物跋扈するこの世界では、自力救済の認められる範囲が広いのだ。庶民はただ加害されるだけの哀れな羊では無い。自分の身を守れるのなら、守って良し。目の前で起きた犯罪を食い止められるのなら、戦っても良し。通報した後逃げ惑え、なんて法制度ではない。


着込んだ強化外装は安物、免許が無い以上武器も無い。それでもミライは頭上から飛び掛かっていた。


「はいはいはい!!テロリストはぶっ倒すよ!!」


エンジンが掛かり、アドレナリンが視界をクリアにしていく。戦うのは怖い。怖い?いや、楽しい。どっちか判断付かなくても、目の前の敵をぶっ倒せればOK。ミライの口元は僅かに笑っていた。


「何───」


銃を握っていたチンピラの頭が、容赦の無いドロップキックで蹴り抜かれてしまった。体は宙を舞い1秒経たずに硬い地面に血の跡を残す。顔から着地し、鼻と前歯が粉砕していた。


「こいつ?!」


強化外装の出力で起き上がるミライはバネのように跳ね上がる。頭突きがナイフを抜こうとしたチンピラの顎を砕いた。掴み掛かる腕をすり抜け、突き出された腕を掴んで近くの壁へ叩き付ける。真っ直ぐに。


突き指‥‥の最上位のダメージは指を複雑骨折させ、衝撃で腕の骨が一部皮膚を突き破って飛び出す。悲鳴を上げた直後にミライの肘打ちが吹き飛ばした。


彼らは軍属でない以上、急襲に対応出来る訳もなく訳が分からぬままに圧倒される。事前に動きをシュミレーションし、準備万端で飛び掛かったミライに圧倒的なイニシアチブがあり、数秒の行動の遅れは強化外装の出力任せな猛攻のクリティカルヒットを招いた。


女は腰が抜けてへたり込み、残った最後の1人が強化外装を起動した。4人は強化外装も着込まないただの素人。しかし彼はグループのリーダー。稼ぎで買った強化外装と、携えた棍棒が素人とは一線を画する気配を滲ませた。


「急に何だってんだ。俺らはビジネスの話をしている。部外者が急にしゃしゃり出て、ロクな事にならねぇぞ。」


「ふん、犯罪と書いてビジネスって読むのはクズだけだって。ヒト結婚式荒らして最低だって思わないの?」


「いいか?こっちには人質が‥‥」


倒れたチンピラの共有モードのままのホロウインドウの中、老人を見下ろしていた看護師の姿が消えた。急に現れたスーツの男が腕を掴み上げ、瞬く間に拘束してしまったのだ。

ブランの緊急通報先はシブサワグループ、ラフィ対応特設部署。組合警察にも頼れない、緊急を要する複雑な事件へ柔軟な対応をする者達が居た。ラフィから権限を委任されたブランの一声でエージェントが動く。

ここはシブサワグループのお膝元、そこかしこでこういった企業のエージェントが監視の目を光らせていた。


ジュウロウであってもこのように企業のエージェントを使う事は出来ない。ラフィに認められた特権の一つが、容赦無くチンピラへ牙を剥いた。


ホロウインドウの中の異常に気を取られた瞬間、ミライの飛び蹴りが直撃した。


「ゲウッ?!」


「私はこっちだっての!」


しかしそれだけでは倒れず、棍棒を振るう。大気を唸らせる一撃はミライの頭上で弾かれた。ここは路地裏。質量兵器の中でも比較的大型に位置する棍棒を振り回すのなら、相応の熟練が要求される。でなければビルの外壁に弾かれて‥‥


ミライの拳が首をどつき、裏拳が顎を殴り抜く。再度振おうとするも腕を殴られ、ブレた射線の先で棍棒がビルの壁面を再び叩いた。またぐらを蹴り上げられ、外に露出した内臓が変形する不快感を味わう。


拳が3度顔をバリア装甲越しに凹ませ、ガタイの良い上半身へミライは飛び乗った。全体重が上半身を押しやれば立っていられず、苦し紛れにミライへ頭突きを喰らわせつつも勢い良く壁に後頭部を叩き付けられてしまう。


「グゥー‥‥ゲッ‥‥」


消えるような声を残して男は沈黙する。鼻血を拭うミライは、へたり込んだままの女の胸ぐらを掴んだ。


「ひいっ?!止めて!!」


「こっちのセリフだよ!!折角の結婚式を台無しにしようとしてさッ!!それも下らない犯罪で!!お金が無いならちゃんと働いて稼ごうよ!!」


至近距離で見た鬼の形相。女は失禁して完全に腰が抜けてしまった。


「君は一体‥‥?」


困惑するジュウロウの手をミライは引っ張った。


「はいはい!結婚式が始まっちゃうでしょ!もう5分遅刻してるんだから、走った走った!!」


「‥‥ッ!!ありがとう!!後で必ず報いる!!」


「今は貴方のお嫁さんにする遅刻の言い訳を考えなって!」


「はははっ!そうだな!」


走りながら思い出して、背中にくっ付けていたキュルゾウをジュウロウへ手渡した。


「キュルゾウか?!どうして?!」


「サイバーシティで起きた嘘のようなホントの話ってね!キュルゾウくんはすっごい冒険をしてここまで来たんだよ!ほら!新郎さんのお通りだ!!退いた退いた!!」


会場へ一緒に飛び込み、ジュウロウの背中を押した。急に走り込んで来た新郎と謎のJKに会場はどよめくも、襟を正したジュウロウにシンと静まり返る。後ろでミライがサムズアップを送りながら見送るレッドカーペット。進む靴音は少しばかり土埃で汚れながらも、しかし犯罪に屈さずにこれからの家庭を守れた男の歩調。


「ジュウロウ!!」


「済まない。待たせてしまった。」


シズエはジュウロウを取り巻く悪い影の気配を察していた。ジュウロウが登場しなかった5分間に様々な想いが胸中を駆け巡っていた。シズエを不安にさせないように不器用に立ち回り、幾度も顔にアザを残して深夜に帰宅する。そんな日々が続いていた。


心配で、不安で、それ以上に恋しくて。今直ぐにでも逢いたいのに、新郎は影の中。心の底から救いを求めていた。


鼻血の跡を薄っすら残すミライへ、心の中で感謝を伝える。彼女がジュウロウを救ってくれたんだと分かった。


「良いの。無事に戻って来てくれただけで。私は‥‥悩んでた。でも分かった。私はやっぱり‥‥」


「俺も危険な目に遭って、シズエの顔が浮かんでいた。俺は‥‥」



───あなたを愛している。



唇が重ねられた。


式場が盛り上がり場の空気が熱くなる。キュルゾウがホロウインドウを投影し、祖父の元気なビデオメッセージを再生し始めた。


『───私も昔、ばあちゃんが好きだったんだ。何度もアタックしてこうして結ばれたんだ。でも分かったんだよ。好きと愛は違うものだって。』


好きとは。


それは感情によるもの。熱くなった気持ちを伝えたい、分かち合いたいと先走る火山噴火。好きを伝えた以上、好きを返して欲しいと見返りを求めるエゴでもある。時に押し付け、押し付けられ。気持ちが通じ合えればそれは徐々に変容していく。


愛とは。


それは絆からくる無償のもの。伝えずとも伝わり合う、家族となった者同士が持つ距離感。2人の溶け合った好きという気持ちが愛へと昇華する。それが感情による一時的なもので無い以上、絆が結ばれている限り冷めても冷めやらぬ崇高なもの。


『互いに愛し合う仲でいつまでもいられるよう、病室のベッドの上から祈っているよ。ははは、ひ孫の顔を見るまではくたばらんがな!』


老人の笑い声が響き、思わずシズエは笑ってしまう。


「いや、もう家族だ。きっと俺が治してみせる。」


“彼ら”にシズエの祖父を意識させないよう、ジュウロウは今まで関われなかった。結局は人質にされてしまったが、今ならもう憂いはない。


好きを愛へと昇華させたジュウロウとシズエのホロウインドウへ、スペシャルゲストの申し出が。今日は人生で最高の1日だ。何もかもが上手くいく。


魔法少女達を連れた守護天使様が、式場へ降臨する。透き通った歌声で2人を祝い、天使の羽で夫婦を包み込む為に。

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