457、お湯の温もりで溶け出す本音
シブサワタウン、それはシブサワグループ本社ビルに囲われた関係者専用の街。シブサワ経済圏なんて言葉があるぐらい多角化した企業だから、全部シブサワ系列だけで街を一個作れちゃう。
本社に勤める重役を暗殺から守り、企業戦争になっても本社を要塞として護る事の出来る街。5本のビルに囲まれた巨大な球体の中にある箱庭空間。
本社ビルの遠景を見るミライさんは、はえーと興味津々に。
「シブサワグループがミライさん専用の仮設口座を開きました。口座内には50万円入っています。先の戦いでの報酬も別途出ますが、これはミライさんが新生活を始める為の軍資金になります。」
「50万円?!あははっ、太っ腹〜。そんな大金持った事も無いんだけど。」
ミライさんのお財布には2千円程。これがミライさんの全財産じゃ暮らしていけないから。ミライさん以外の保護されたヒト達にも、都市運営委員会から一定期間の間生活保護金が出る。
その間にこの時代の事を学んで、職業支援センターに通って新生活を始めて下さいって。数年分は出るから大丈夫だと思う。
保護された皆もシブサワタウンで静養するらしい。ここなら記者達に追い回されたりせずに済むし。そのまま頑張ってシブサワ系列企業に就職しても良いし、街を出て家賃の安い地区へ移っても良い。
「でもさ、先に家を見ても?」
「大丈夫です。一緒に行きましょう。」
ブランさんが道案内をしてくれる。ボクは万が一に備えてちょっとだけ警戒しながらミライさんをエスコート。タマさんは眠そうにしながら着いて来た。
「タマさん、無理しないで良いですよ。戦いっぱなしだったじゃないですか。」
「だってぇ。ラフィと一緒にお風呂入って、一緒に寝たいの。」
「ボクは逃げませんから、明日の朝にお風呂に入りましょう。その、目元に大分クマが出来てます。」
ブランさんがタマさんの前にパンタシアのドアを開いた。
「万が一何かあった際に足手まといで御座います。当機が寝かしつけてやりましょうか?」
「ぐぬ‥‥分かったわよ。なんかワガママ言ってる感じになんのも癪だし。ラフィ、明日ね。」
「はい!おやすみなさい!」
タマさんは消えて、色々言いたそうなミライさんがボクを見た。
「あのドアは何?!お風呂って一緒に入るの?!ラフィくん!」
「きゃっ?!近いですって!あれはパンタシアって言って、ボク達の家です。」
持ち歩けていつでもドアを開ける家にミライさんはワクワク顔。
「折角ですしミライさんも新型のスマイルを買いましょう。そうしたら応接室のコードを送ります。」
早足なボクにミライさんはお風呂について聞いて来る。その話題は恥ずかしいですから。お外で話すのはヤ、です。
「ですのでそれ以上聞けば当機のメイドスマッシュが脳天を揺らしますよ。」
「はーい。一緒にお風呂‥‥ふふふ。」
ホロウインドウの中でフィクサーさんが指した先、大きなマンションが見えて来た。
『タウンの住宅の最下層は隅の方へ纏められたアパートに団地ですが。マンション住まいとは、中流ぐらいの扱いですね!それだけ高く評価されているのでしょう。』
「一緒に戦ったボクもミライさんは強いって思っていますから。」
何度もユグストゥスを倒していたけど、英雄としてしっかり強かったユグストゥス相手に一度も死なずに戦い抜いた。億単位の高級装備一式という訳でもないのに、安定した戦い方でメキメキ頭角を現していったんだ。
「ラフィ様の戦いに付いていける時点で上澄みで御座います。R.A.F.I.S.Sで繋がっているのと、体が付いていけるのとは別ですので。」
「そんな褒められると照れちゃうな〜。調子に乗っちゃうよ?」
「ですので、明日タマさんが稽古を付けてくれます。タマさんも認めてくれているんですよ。」
『にゃはは、一回ぶちのめされて現実を思い知りましょう。大丈夫、優秀なアコライトであるラフィさまが怪我をその場で完治させてくれますから!』
ミライさんはちょっと後退る。ブランさんが背中を押した。
「モモコさんのシークレットサービスに求められるのは即戦力で御座います。試験運用期間中に実力を見せつけて席を勝ち取る必要があるのです。」
マンションのエントランスはシックで高級感がある。壁にはお花のAR。チョウリさんから買い取った花咲のマギアーツが使われているみたい。ランダム色とりどりな花が、ガラス張りの床下へ流れて行く清流に沿って咲き乱れていた。
「あれ?なんか番号を押す台座的なの無いの?」
バリア装甲で入り口は塞がれている。
「スマイルアプリで認証するんです。そのまま通り抜けられる筈ですよ。」
ミライさんの持つ簡易なスマイルにもうアプリがインストールされているから、そのまま通れば自動で認証されて通り抜けられる。ボク達もミライさんに招かれた形でゲストコードを受け取っているから大丈夫。
恐る恐る‥‥するり。抵抗なくバリア装甲を素通りしたミライさんの顔が紅潮する。
「おー!凄い。なんかめっちゃ未来って感じする。」
『便利な時代になったものですね。』
実体化して一緒に通ろうとするフィクサーさんが、バリア装甲に顔をぶつけちゃう。フィクサーさんはスマイルを持ってないから、勿論ゲストコードも無い。
「待ってぇ!」
なんて言うフィクサーさんはちょっとふざけていた。ボクのスマイルの中に入れば素通り出来ちゃうんだけど。
エントランスを抜ければ、大きな中庭の見える転移ホール。中庭には遊具があったり、ホットドッグの売店なんかもある。コンビニと診療所もあった。小さな自然公園に整えられた自然が、人工的な風で揺れていたのだった。
「屋台の売店は数日毎に入れ替わるそうです。結構美味しいって評判みたいですよ。」
お値段もまぁまぁするけど。アプリ内で見れるマンションの紹介に色々書いてあった。
「ワクワクするよね、そういうのさ。今はやってないのかー。」
「20時までですね。ボクもその内食べに行きたいな。」
転移陣の上に乗ると、アプリ内の情報を参照して自動で自宅のドア前へ移動する。それ以外の場所に行きたい場合は、アプリ内で事前に登録しないといけない。
「わわっ。瞬間移動?!このドアが私の家?わーお。」
「最上階で御座いますね。しっかり働かないと家賃で破産しそうで御座います。」
「‥‥家賃おいくら?」
「25万円です。シブサワタウンの中は全体的に土地が高いですけど、ここは比較的安めみたいです。」
25万‥‥これで安いんだ。ミライさんは早速頭を抱えてしまう。
『新社会人が払う賃料じゃないですよね。まぁ、お仕事が決まれば25万程度で悩む事は無くなるでしょう。それに、あの戦いでの活躍分の報酬もこれから出るんですし。』
ミライさんは頭を振ってお金の事を忘れちゃう。そしてドアを勢い良く開け放った!
ドアノブを触るだけでアプリ認証と生体認証でオートロックが解除される。中は広々3LDK。最初から家具が付いていて、好みに合わせて後からパパッと変える事も出来るらしい。転移で家具を返品、通販で買った家具を転移で直ぐに配置!
「ここが私の城!おー!キッチンもなんか知らない器具が沢山あるー!コンロとかは無いの?」
「最新式の変温器が付いています。ここにフライパンを置いてホロウインドウを弄れば、好きな温度で加熱も冷却も出来ちゃいます。オートレシピ機能で簡単な料理なら自動で作ってくれますよ。」
通販で買った料理専用食材を、袋に入ったままそのままポンとここに置く。オートレシピで選んで放置。出来上がった料理は、指定の位置にお皿を置いておけば勝手に転移して出来上がり。転移位置の座標を指定すれば、リビングのテーブルの上にでも直接送れちゃう。
「こんなのお母さんが知ったらびっくりしちゃう‥‥いや、何でも。」
やっぱりミライさんはずっと空元気で。両親を失った悲しみや不安を誤魔化していて。
「ミライさん。無理しないで良いです。癒しますから、ソファーに座って下さい。」
エンジェルウイングが開けば、ミライさんは誘われるように顔を埋める。そしてボクの体を抱き締めてきた。
「えへへ。ごめんね。でも、やっぱり。ツラいかも。」
こんな良い家を用意してくれたのも、モモコさんなりの気遣いなんだと思う。ミライさんの境遇を知っているから。頑張って戦ったのに両親は救われなくて。2人とも死んでいる事を知っていて、それでもミライさんは戦い抜いた。
勝ったら両親が消えて居なくなっちゃう事も全部承知で。心が冷たくて、少しでもあっためてあげたかった。
「今日はこのまま寝ますか?もし良かったら、一緒に寝ます。ツラい気持ちを癒す事が出来るんです。」
「‥‥だったら。」
湯気立つここは大きなお風呂場。大人が2人並んで入れるぐらい湯船は大きくて、窓から夜の冷えた空気が入って来る。ARで景色を変えたり、スマイルよりも大きな大画面の壁面スクリーンで好きな動画を鑑賞したり。癒しの空間のカスタマイズは自由自在。
癒すって言ったけど‥‥一緒にお風呂に入りたいだなんて。
外でブランさんが物申したげにしながらも、実体化したフィクサーさんと一緒に引越ししたらやるべき事をこなしてくれていた。
お部屋の写真を隅々まで撮って、入居した時の状態を管理会社へ報告したり。家具の状態や、空調機器の状態の確認も。水回りを一通り使って排水のチェックに、部屋の清掃ドローンの動作チェックや室内環境管理AIの調整も。
2人ともお疲れ様です。
「ラフィくん、洗ってあげるよー?」
「もぅ。‥‥お願いします。」
椅子に座ってミライさんに背中を任せる。手つきがこそばゆくて、ふぁ‥‥!ひゃっ。んんっ。
「耳も洗うんですか?」
「耳の裏って汚れやすいんだよ?」
「ボクはあまり汚れないです。」
さすさすと、ミライさんのスベスベで柔らかい指先が耳をさする。ずっとされてるとムズムズしてきちゃう。にゃっ、耳が敏感になって来たからこれぐらいにして下さい。
「ラフィくんったら、可愛い声を出しちゃってさ。」
「だって。なんか触り方やらしいです。」
攻守交代。
ボクがミライさんのお背中を綺麗にして、九尾の尻尾が同時に髪も綺麗に洗っちゃう。
「その尻尾が生えるやつ可愛いよね。」
「アニマトロニクスです。便利な力なんですよ。」
ミライさんは気持ちよさそうにしていて。タオルを巻き直したらそのまま一緒に湯船に。あったかで、広々で。ふにゃあ、と2人でトロける。
ボクも戦いっぱなしだったせいで、精神的に大分疲れてた。体が緊張状態のまま凝り固まって、リラックス出来る今が最高に気持ち良い。
「私はさ、この世界でちゃんと生きて行けるかな。」
「ミライさんには沢山味方がいるんです。ボクも、モモコさんも。ツラい時は遠慮なく頼って良いんですよ。1人で抱えるのはダメです。」
エンジェルウイングがふわり。お湯の中でも濡れもしないで、ふわふわなままミライさんの肩を包む。ボクの小さな体を膝の上に抱き抱えて来て、ぎゅってされていた。
「ありがと。色々と。本当に助かってるの。正直父さんも母さんも居なくなるの分かってて戦うのがすっごい嫌で。アドレナリンがドバーって出る感じに身を任せて、楽しまないとやってられなかった。」
ボクは黙って聞く。
「私は今楽しいんだー!って思い込んで夢中になってさ。私は殺人鬼じゃないのに、殺しも全部やんないといけなくてさ。それなのに、なんだか慣れちゃう自分がいて。怖かった。」
「英雄として振る舞うのってしんどいね。私が戦ってきたあの英雄達も、皆の期待とか責任を全部背負って戦っていて。凄いなぁって。」
ミライさんの本音が、垂れた雫のように。冷たくなった心から垂れた本音は、あったかなお湯で熱されて浮き上がった結露のよう。
「もう終わったんです。ミライさんは英雄にならなくても良いんです。戦うのが嫌なら、ボクがモモコさんへお話しして他の働ける場所を探します。それか高校を探しても。大学まで進学して、一度人生を見つめ直しても良いと思います。」
ミライさんは暫く黙っていた。けど、首を振る。
「大丈夫。戦うのはもう怖くないから。ドキドキするのも好きだし、慣れちゃったからさ。戦いのない日々に逆に適応出来ない的な。戦場帰りの兵士さんみたいに混乱しちゃいそう。」
ミライさんは立ち上がった。
「それに凄いのはラフィくんも同じだよ!守護天使なんて呼ばれて、いっぱい期待されて、今まで3度も世界を救ったんでしょ?私には真似出来ないから。尊敬してる!」
笑顔でボクの手を引いて、一緒にお風呂を後にしたのだった。




