451、蛇の目が英雄達を睨む
(あの子ったラ。張り切るのは良いけど、無茶しがちなのが玉に瑕ネ。)
セルペンスは消えたアウランからR.A.F.I.S.Sを受け取り、援護を中断して更に前線の奥へ。R.A.F.I.S.Sで全体が繋がっているお陰で、いちいち通信をせずとも誰が何処で何と戦っているかが丸分かりだった。
(つくづくラフィの力は凄い権能ネ。)
ブレードランナーでセルペンスが駆ける先、建物の隙間から一瞬向こうの通りを見やった。ピタリ一致したタイミングで、大きな翼を生やした戦士の英雄が動きを止められてしまう。
丁度機銃に追われている最中だった戦士は、そのまま動き出す前に蜂の巣になって墜落していった。向こうでは自衛隊の操作する戦闘ヘリが存在感を放っていた。
ラフィは戦闘ヘリをよく撃墜するが、実際戦闘ヘリの装甲は厚く制圧力は装備の良い開拓者10人分を凌ぐ。機動力もブレードランナーを軽く超え、ロケット砲が直撃しようが1発じゃ装甲を凹ませる程度だった。
ローターが破損しても浮遊のマギアーツで暫く飛ぶ事ができ、その間にもマルチロックミサイルを撃ち込んで戦える。まさに空飛ぶ戦車。
この時代、実際に戦車が空を飛んで移動する事は珍しくないが。しかし戦闘ヘリはそれ以上に機動力に優れていた。
英雄と言えどそうそう簡単に撃墜出来る訳もなく、射程内へ入る事は死を意味した。
セルペンスも戦闘ヘリとは極力戦闘を避けたいものである。
鋭い破壊音に思わず意識をやれば、そんな戦闘ヘリが長い槍に貫かれてしまっていた。
「アラ、面白い技を使うものネ。」
操縦者の胸を一突き。パニックになって脳波が乱れ、操作がもたつき付近のビルへ激突してしまった。ビルを倒壊させながらも、瓦礫に混じって地面に叩き付けられてしまう。
(ああなってはもうダメネ。復帰は無理そうかしラ。)
当たり前だが投げ槍が貫けるような強度じゃない。紫電弾の直撃すらも耐える防弾ガラスのコックピットに歯が立つわけがない筈なのに。
繋がったR.A.F.I.S.Sがセルペンスへ解析したデータを共有した。
(ユグストゥスが因果律を弄ってたわネ。それと同じ原理かしラ。)
野放しにできず、危険な英雄の前に飛び出す。英雄の側に更に2人構えていた。
英雄グッシャーマンは、背中に差した3本の槍の内一本を抜いた。空飛ぶ黒鉄の獣を落としたのはいいが、今度は厄介なメデューサが現れる。
「メデューサ‥‥!何故アタナイへ味方する?貴様はこの地へ住まう者ではないだろう。」
「悪いけどこの土地で生まれて育って来た身ヨ。帰化した貴方達の敗残兵の末裔かしらネ。」
蛇の目が3人を石のように硬く。しかし後ろに控える闇の支配者たるイダスの視線の先で深い闇が現れ、蛇の視線を遮った。
自由に動けるようになったもう1人、邪悪な道化師ダッチョの指先が眩い雷撃を放出する。闇の中から現れた大蛇は、闇に蝕まれ雷撃に焼かれながらもダッチョの目前に。
「ん〜?」
戯けたよう首を傾げるダッチョへ、口を開けた大蛇の口腔からショットガンが向けられていた。1発の射撃音と、辛うじて躱したダッチョの転がる音。
ブレードランナーで疾駆するセルペンスが付近を通れば、起き上がれもしないダッチョの足をマントの下から伸びた蛇で絡め取り、数m引き摺って近くの瓦礫に叩き付けてしまった。
「ぎゃあっ?!」
なんて言う道化はダメージ軽微な様子。わざとらしく鼻血を垂らしてヘラヘラ笑う。
両手にアサルトライフルを構えたセルペンスは、踊るよう全方位に銃弾をばら撒き英雄達を翻弄した。
再び飛来した槍が、避けようも無くセルペンスを貫く。
「アラアラ。乱暴ね。」
槍を蛇が引き抜けば、高級な強化外装がセルペンスの傷を応急処置で塞いでしまった。余裕の素振りで立ち回るセルペンスに、流石にグッシャーマンも動揺を見せる。
「貴様!これが文明の力なのか?!」
「そうヨ。面白いわよネ。そこらの皆がアンデットみたいに不死身なのヨ。」
イダスの闇は全てを蝕み、腐敗させて崩してしまう。闇がセルペンスを追い回す中、無数のコウモリの羽ばたきを聞いた。空を黒が覆う。
「フーガッ?!裏切る気か?!」
自然な動作で突き出されたビームシュナイダーが、イダスの胸元に穴を開けていた。肉の灼ける匂いが立ち込め、羽に沿ってラインレーザーを起動させたコウモリの群れが殺到する!
「ヤメロォォォォォ!!!」
イダスはコウモリの群れに飲まれ、バラバラに灼き裂かれて散らばった。フーガの召喚した眷属は、光学兵器で武装している。肉を灼くコウモリの群れが戦場を飛び回った。
「加勢しに来たノ?」
「フーガが今回の騒動のキッカケなの。それに、ユグストゥスとの再会を邪魔する奴らは皆敵なのよ。フーガはもう征伐軍の一員じゃないし、あの子との個人的な関わりの為にここに居るんですもの。」
結界の中は陽が差している。フーガの差した大きな日傘には、可愛い女児アニメのキャラがプリントされていた。昔使っていた黒ドレスに似合うエレガントな日傘はもう無い。これが今のお気に入り。
「フーガッ!」
グッシャーマンは槍を構え、そのまま怒りのままに飛び掛かった。アンデットであるフーガに槍の投擲は効果が薄い。ハッキリ言って相性は良くないが、だからと言って背は向けられない。
四股を裂いてしまえば当面動けなく出来るだろう。セルペンスへ襲い掛かるダッチョを横目に、グッシャーマンは槍を勢い良く突き出した。
「イヒヒヒヒッ!!」
ダッチョの絢爛な魔法は変幻自在。放った炎が鳥になってセルペンスを追う。セルペンスの卓越した駆動魔具の操縦はあっさり鳥を躱し、蛇の目でダッチョを睨んだ。
「イギッ?!ヒヒヒヒッ!」
石となった道化師の姿がぼやけ、気付けば魔眼の外へ逃げてしまっていた。
(得体の知れない奴ネ。)
セルペンスは深未踏地生まれ。その奥深くにある治外街で生まれ育った。魔法文明に支えられた街は、付近の知性の高い原生生物達と盟約を結んで護り護られる関係を築く。
そんな街にメデューサの集まる一画があったのだ。代々伝わる魔法生物との契約の儀を経て、セルペンスは無数の蛇の従魔を従えた。メデューサの中でも稀代の才能の持ち主。その器はメデューサが崇める蛇の神を振り向かせていた。
「ヴァイパルト、ちょっと良いかしラ。」
その神の名はヴァイパルト。大怪獣サイズの蛇がのそり、と顕現しダッチョへ毒の息を吐いた。それはバリア装甲すらも蝕む強力な神経毒。ダッチョも途端に苦しみ、ゴバッ!と血を吐いて倒れ込んだ。
そしてヴァイパルトの尾が振り下ろされ、容赦無く道化の体を質量任せに叩き潰した!
血肉は弾けず、魔法の霧が爆発する。
セルペンスの胴を、突き出された両手が貫いていた。
「‥‥ッ?!」
ダッチョはいつの間に影の中へ潜み、毒霧から離れたセルペンスの背後に潜む。
狂乱の道化師、ダッチョはとある王国の王族を1人で騎士団ごと殺戮し回ったイカれた殺人鬼。宮廷勤めの道化師は、元々はただの文官。しかし道化がお似合いと王子に言われ、派手な化粧と衣装を纏っておバカな陽気者を演じ続けた。
根が真面目なダッチョは道化師としての役に向き合った結果、段々道化な自分と素の自分の区別が付かなくなって行く。
『そうだ、面白い魔法を専属の魔法使いが教えてやるって話だ。夜はナイフを握り暗躍する道化。良いじゃないか。』
潜影のマギアーツの前身技術たる魔法、影渡りを会得するのがあまりにも早く。稀有な魔法の才能に、露骨な嫉妬心を見せた王族御用達の魔法使いに冤罪を吹っ掛けれてしまう。
『道化の癖に!!お前は無理でしたって戯けて王子に殴られてれば良かったんだよ!!』
殺人ピエロの噂を聞いたユグストゥスが敬愛する陛下は、周囲の反対を押し切って召し抱える。
『面白い。余を楽しませてみせよ。』
捕らえられた道化師の人生に、陽が差した。
「陛下よ!!先ずはこの者を八つ裂いて、必ずや勝利を捧げてみせます!!」
セルペンスの腹を突き破った両腕に力を込め、そのまま掻っ捌いて‥‥
軽い抵抗を受けて両手が開かれた。無傷なセルペンスが隣で笑う。
ARと入れ替わったセルペンスの虚像に惑わされ、潜む影を間違えてしまっていた。潜んだ影は瓦礫の影。光学迷彩で姿を消したセルペンスは、気配なく建物の影の中に潜んでいた。
「ありゃ〜?えっ、へっ!!へっ‥‥!」
いつもこうだ。肝心な時に失敗をする。だから道化師を押し付けられたし、陛下へ報いる事も出来なかった。
セルペンスの蛇が一瞬でその首に巻き付き、泣き笑う道化の首を潰し砕いてしまった。
「悪いわネ。これも仕事なのヨ。」
派手な衣装に身を包んだ遺体は肉塊へ戻る。涙は地面を濡らさなかった。
槍捌きはフーガを捉えず、吸血鬼の女王の姿は霧散してしまう。四股を裂くどころか、黒い霧に槍が掠らない。
「あははっ!こっちだよ〜!」
「こっち!こっち見て!」
1人でに浮いた2丁のアサルトライフルがふわふわと。可愛い顔を銃身に浮かべながら、キャアキャア騒ぐ。遊んでくれる大人のヒトを追いかけるような声と、けたたましい銃声。
「クソッ?!」
グッシャーマンが全身から血を流して逃げ惑う。相性が悪い。どうしようもない。この怪物はどうしたら倒せるのか?
フーガがただの魔法使いなら、倒せずとも倒される事もなかっただろう。グッシャーマンも大軍を率いた英雄。その槍の投擲で、敵国の城主を貫き陥落させた豪傑だ。古の時代にスナイパーライフルを持ち出して狙撃するようなもの。命中精度が百発百中な分、それ以上の力を持っていた。
しかし今のフーガは煌めく文明の技術を使い熟す歴戦の傭兵。暫く活動せずにこの森で結界を見張っていたが、幾年も前に名を轟かせた不死の姫君。今回の戦いにあたって装備を更新したフーガは、この時代に上澄みとして立てる程の実力を持っていた。
今、大英雄たるグッシャーマンが背中を見せて逃げている。そんな事実に思い当たった時、怒りで頭が沸騰した。
「貴様は!!俺の背中を!!!見てなど!!いないッ!!」
一度の槍の投擲で2丁のアサルトライフルを纏めて貫く。その背後、吸血鬼の女王の指が首筋を撫で上げた。
「安らかに眠りなさい。貴方の時代はもう終わり。貴方の居場所は神話の中なの。」
首筋に噛み付かれ、あっという間に血の気が消えて行く。体温が急激に下がり、意識が混濁した。
それでも‥‥
「俺は───この時代は──平和──か?」
「戦乱の世では無いの。安心して。」
焼かれた故郷の村を想い、無我夢中で駆け抜けた遥か先。大将軍の立場を飛び越え神話の英雄に。されど結局は平和の為に戦っていた事を今際の際に思い出した。
その姿が砂になって消えて行く。フーガ振り返らず、ユグストゥスへ最期に顔を見せる為に走り出した。




