450、伝説のドルイドは地に伏せ、伝説の吟遊詩人は推し活に巻き込まれる
突然現れた巨大なバリア装甲の防壁を前に、伝説に謳われるドルイド・タイシンは呆れ顔の魔女を見やる。
「アレはお前の魔法か?」
「何よアレ?!私の壁を!拒絶する壁を何で敵が平然と使うのよ?!納得いかない!!」
拒絶の魔女、メタリアの悲痛な叫び。バリア装甲は様々な魔法技術をより集めてマギアーツ化したもの。ただ、その全ての大元はメタリアの“拒絶の壁”だった。何人も触れられない、剣も魔法も容易く弾く最硬の魔法障壁を操る英雄の前にそれを遥かに凌ぐ巨大な防壁があっという間に出来上がっていた。
「はっはっはっ!これは笑うしかなかろう。逆に考えよ、遥か未来の先までお前の魔法は語り継がれているのだぞ?名誉な事じゃないか。」
「そりゃ、それは嬉しいけどさ。今は戦時中だから!厄介なのよ!」
「あの魔法の全てを知るお前がいるのだ。」
メタリアは防壁バリア装甲へ干渉しようと試みる。マギアーツ化されたそれはメタリアの知る魔法とは別物。ただ、メタリアだけが知る脆弱性も僅かながら引き継がれていた。
(魔法とは別の技術を使って私の魔法を再現しているって所かしら?これなら‥‥!)
メタリアは防壁バリア装甲へ干渉し、小さな隙間をこじ開けてしまった。
「上出来だっ!!」
タイシンが大地を踏めば、隆起した木の根が勢い良く隙間へ突き刺さる!そのままこじ開けながら強引に前線を突破した!
「さぁ、見せて貰おうか!文明の煌めきを!!」
駆けるタイシンの姿はフェンリルに姿を変える。破壊された防壁バリア装甲に絡んだ巨木の根から見下ろした先、シンイチが見上げていた。
R.A.F.I.S.Sに接続されて、戦場全体を見下ろすシンイチは指示を常に飛ばし続けていた。防壁を難なく突破して来た英雄を一瞥。1秒以内にあらゆる迎撃パターンをシミュレーション。
フェンリルと共に、樹木で出来たヒト型の魔法生物の類いがワラワラと入り込んで来ていた。
「迎撃班、小物を狙え。あの犬ころは俺がやる。」
シンイチの姿は短距離を転移ですっ飛び、フェンリルの股下に肉薄していた。収納から振り抜かれた軍刀が、鞘から鋭い剣閃を光らせる。
軽やかなフェンリルの跳躍、しかし再度の転移で軍刀の間合い内へ捉え続けた。
振り抜き一閃。
フェンリルの腹を掻っ捌いてしまっていた。
途端にフェンリルの姿がぐにゃりと変形、宙で不敵な表情の老獪なドルイドへ姿を戻す。
「わははっ!身軽だな小僧!」
姿が瞬く間に巨大なフグへ。シンイチがR.A.F.I.S.S越しに危険を伝えれば、誰もがミスリルシールドを掲げて身を隠す。凄まじい量の針を全方位へ噴出させるフグの口腔へ、シンイチの袖下から抜き撃ったライフルの大口径が突き刺さった。
頑強な歯が砕かれ、一撃で致命傷を受けたフグは再びドルイドへ。
「凄まじい破壊力だ!未来じゃこんな武器が出回っているのか?!ははは!」
その姿はシンイチが撃ち抜く前に小さな蛇の大群へ。散らばるよう動けば、シンイチの指示でグレネードが撃ち込まれた。
蛇が燃える、灰が撒き散らされ燃え滓が風に吹かれて消えて行った。
シンイチの足元に這う1匹の蛇へ袖下から銃弾が撃ち込まれる。見ずともレーダーの反応で見切っていた。
(妙な技を使う。はぁ‥‥手品師の軍勢と戦うのは精神的に疲れるな。)
使う技術が古かろうと、一人一人が伝説に名を残す偉大な英雄。英雄譚には敵の軍勢を1人で退け、時には龍を退治した逸話が謳われる。森を統べる者。木々に敬服され、森に姿を変える者。伝説のドルイド、タイシンは荒れ狂う地龍を調伏し英雄に名を連ねた。
シンイチの目前、蛇から成った巨大な地龍が身を起こしていた。
龍特有の蛇に似た長い胴を持ち、地龍は巨木の根のようなずんぐりとした手足で体を支える。飛ばないかわりに、地走能力は見た目以上に優れ‥‥
動き出せば大地をならし、一国を瓦礫へ変えた。
「‥‥ッ!!退避───ッ!!!」
シンイチの号令で一斉に持ち場を放棄して、各々が生き残る為に地龍から大きく逃げ出し距離を取る。退避と号令を掛けたシンイチ自身は真っ直ぐに地龍へ迫り、光学の刃を纏う軍刀を振り抜いていた。
通りすがりに足の爪を一本斬り飛ばす。
(流石に光学兵器と言えど間合いが足りないな。大怪獣サイズだ。)
暴れ回られると戦線が崩壊しかねない。シンイチは時間稼ぎも兼ねて目前を駆け、銃で目を狙う。地龍の魔法が大地を隆起させるも、シンイチは指示を飛ばしながら身軽に躱し続けた。
飛んだ指示の一つに、援軍無用とあった。
確かに地龍は脅威だが、空や深海を棲家にする龍種と比べて対処法は大怪獣と大差ない。遥か上空へ逃げられる事も、深海の奥へ消えられる事もない。
「悪いが、我々は怪物退治の専門家でね。」
地龍の額に軍刀を突き立て、タイシンへ聞こえるよう呟いた。
飛び退くシンイチは背中を駆け、袖下からビーコンを射出して突き刺して行く。ビーコンは遠隔から発射される、対大怪獣専用のミサイル誘導装置。
魔法の土塊を軍刀が防ぎ、目前に生えるよう現れたタイシンが突っ込めば銃で応戦して体を砕く。
「ほうら、相手をしてやる!」
砕かれようがタイシンは無傷。瞬く間に体を再生させてドルイドに伝わる武術で迫った。対するシンイチはアサルトメンバーが修めるCQCで襲い掛かった。
腕から蔓を生やして突き出す射程の長い突きを、卓越した駆動魔具捌きで身躱す。アサルトメンバーのCQCは足を止めずに、常に駆動魔具を全速力で駆動させながら行うもの。
古武術とは根本から速度が違う。
足に装着した駆動魔具は、第4旅団の精鋭に配られるラビットT-60A5。最近になってA4からA5へ装備が更新されていた。時速300kmの勢いで半回転、タイシンは軍刀で斬り裂かれて吹き飛んだ!
「ぬおっ?!」
タイシンを無視して計算された位置へビーコンを射出していく。
次々と姿を現すタイシンの突き出された腕が斬り飛ばされ、剣の柄が顔面を陥没させた。棘を纏った豪快な蹴りが空振り、通りすがりに殴り抜かれて宙を舞う。フェンリルに姿を変えて飛び掛かれば、
「くどい。」
袖下から覗いた重ショットガンの大口径が胴体へ風穴を開け、牙がシンイチを捉えることは無かった。
そして地龍の尾先へ迫ったシンイチは、そのままラビットT-60A5を大きく噴射。高く飛び上がっていた。指示を出す。
「発射っ。」
遠方から飛来したミサイルの爆撃が、避けようもなく誘導され地龍の頑強な体を粉微塵にしてしまった。
衝撃で周辺の建物の全ての窓ガラスが砕け散る。激しい煙が辺りを覆う中、地龍の亡骸から身を起こしたタイシンの背後。軍刀で串刺すシンイチの姿があった。
「おっおお‥‥ッ!ゲホッ?!やるじゃねぇか‥‥!」
「名は?」
「何だよ、知らねぇのか。そりゃ悲しいね‥‥知りたきゃ俺の伝承を調べるんだな‥‥!」
崩れ落ち、ユグストゥスの魔法が解けてただの血肉の塊へ戻ってしまった。シンイチは軍帽の下、一瞬だけ黙祷を捧げる。認めた相手には敵であっても敬意を示す。
シンイチは直ぐに気持ちを切り替え、再び前線の再編を行ったのだった。
魔法の騎馬に跨り疾駆するフルプレートアーマーの騎士は、その背後に50人の部下を連れる。50騎の騎馬隊は宙すら自在に駆け回り、そのまま各所を遊撃して回る予定だった。
しかし、その動きが急に止まる。
石になったように身動きが取れない。
「はいはい!ここは通行禁止!」
箒に跨るフル武装した魔女、アウランはミリタリーな雰囲気の魔女衣装を纏いながら両手にサブマシンガンを構える。騎士達は呆気なく穴だらけになり、無念の中肉塊へ姿を戻していった。
宙を自在に駆けるアウランの見上げた先、巨大な2匹の龍が激しく戦っていた。
カテンと墨汁で出来た龍は、互いにブレスを撒き散らしながらもタックルしあい噛みつき合う。
『操ってる奴を私が叩くから、旅団長は援護をお願い!ヴィオラも‥‥』
向こうで紫色の大花が森のように急成長し、花粉の代わりに銃弾をばら撒いていた。ヴィオラは今ひとつ集団行動を得意としない。ただ、それでも成果は上げていた。
(あいつ‥‥どうせラフィの露払いとか言って、勝手してるんでしょ!ルーフスも勝手に突っ込んで行っちゃうし。)
近くでビルを紅い弾丸が貫通していった。巨大な紅の弾丸は空を飛び回る英雄を追い回す。徐に掃射されたガトリング砲が地を進軍する魔法生物の群れを蹴散らしていた。
アウランはため息を吐く。いつも通り、いつも通りの光景だ。パパッと慣れた手付きで胃薬を飲んだ。強化外装が痛みを誤魔化しても、戦いが終わった後に食欲が振るわなくなる。
(団長は放任主義だし、てかトウキョウシティに来てからラフィ絡みでなんかめっちゃ危ない依頼にガンガン顔出す事になってるし!稼いだからもう当面休暇でもいいかなって話だったのに!)
ウィッチワークス旅団はがっぽり稼いで、暫く自由行動で休暇を取り、また資金が目減りしたら大口の依頼を探す。そんなルーチンで運営する旅団だった。所属人数が少ない分、フリーランスのような気ままさが居心地の良い旅団。ただ、その分自由奔放なヒトが多かった。
カッと急に目前で凄まじい爆炎が爆ぜ上がる!戦場を駆け回る無数の火炎トカゲの主、キュエリは思う存分闘争を満喫しているようだった。キュエリを裏切り者と叫ぶ声を銃声で塗り潰す。その笑い声からアウランは距離を取った。
戦場は混沌。だからこそ。
「私がしっかりしないと。」
墨汁の龍の下を潜り、カテンのブレスに巻き込まれそうになりながらも見るからに怪しい術者を発見した。
大怪鳥の羽で出来た、巨大な羽ペンを両手で抱える女性。シルフィーユもまた箒に跨って迫るアウランを見やっていた。R.A.F.I.S.Sは互いの意思を交わす。言葉は分からずとも、意思が伝わり合った。
「掃除用具?変な子。」
「ハッ、羽ペンで戦うって?ラノベキャラかっての!!」
サブマシンガンが薙がれるも、その先にシルフィーユの姿は無い。どこか幸薄そうなシルフィーユは、多くの逸話が語られる吟遊詩人。
吟遊詩人ながらに、詩人達を虜にして語らせた。彼女の創り出す吟遊世界は摩訶不可思議。
アウランの周囲の風景がふにゃっと変化して、何処かの庭園に立っていた。白と黒だけの世界は平面的なのに、歩き回れる立体空間。脳が混乱する世界の中、シルフィーユはオシャレな机に本を広げてアウランを見ていた。
「私は吟遊詩人なの。シルフィーユよ、初めまして。」
手元に銃が無い事に気付いたアウランは、警戒したままシルフィーユを見やった。
「吟遊詩人?なんか戦える職業ってイメージ無いわね。RPGとかだと意外と戦うんだっけ?ゲームあんまりやらないから知んないけど。」
「旅は危険が多いもの。英雄の行末を沢山見てきて、私が唄を紡げば皆が楽しんでくれる。旅路の最期がこの戦争で終わっちゃったのは寂しいけどね。」
しかし多くの英雄が集うこの戦争に従軍しない手はなかった。勝てる戦いだと信じて疑わなかったし、なのに病で倒れて死ぬ事になろうとは。ニホンコクの風土病、風邪で没した英雄も少なくなかった。
R.A.F.I.S.Sが互いの思念を伝え合う。
「貴女、あれだけ戦っておいて敵意が無いの?妙ね。」
「龍に襲われたから応戦してるだけ。私はこの戦いの行末を見届けたいの。吟遊詩人なんだし。」
R.A.F.I.S.Sが繋がっている。つまり、今ならアウランの思念を何でもシルフィーユへ伝える事が出来るという事。
「私はこの時代の英雄のお話を知っているわ。貴女が戦いから手を引いてくれるのなら、語って聞かせてあげようかしら。」
シルフィーユの座るテーブルに向かい合って、椅子へ腰を下ろした。吟遊詩人のように語らう事は出来なくとも、R.A.F.I.S.Sで可愛い男の子の事を伝える事は出来る。
紛い物とは言え、龍を創り出す力を持つ彼女は危険。しかも近付いただけで武装解除されてしまう、一種の異界化を操る魔王に匹敵する力の持ち主。
だからこそアウランは力押しの解決法を避けた。煌めく文明が齎したのはなにも武力だけでは無い。積まれた外交の研鑽もまた煌めいていた。
好奇心は猫を殺すというが、知識欲というのはバカにならない影響を与える。
「知りたく無い?この時代に現れた守護天使様のお話。孤児院から僅か1年でこの文明の頂点へ立った、稀代の英雄の物語。」
シルフィーユは襲撃から身を守りつつ、ユグストゥスへ最低限でも貢献して応援してやるつもりだった。時を超えた老いた英雄の恋慕の物語。決して結ばれる事のない悲恋もまた美しい。それを最期に見届けようと考えていた。
しかし、そんな事を言われたら気になってしまう。
この空間へ閉じ込めた時点で、シルフィーユの勝利は確定したようなもの。アウランは武装解除されて戦えないが、シルフィーユは好きに戦えた。適当に無力化してそこらに放って置こうと考えていたのに‥‥
しかしユグストゥスの為にあの龍の足止めぐらいはしておかないと。
R.A.F.I.S.Sがシルフィーユへ、ラフィの可愛い姿を伝えて来た。尚の事気になってしまう。
無防備なラフィが急に背中を突かれて、ジト目で抗議しながらも振り向いて来る。
頭を撫でれば、照れ恥じらいつつも手のひらに甘えて頭を押し付けて来た。
抱き締めればぴぃっ?!と驚き、でも暫くするとスン‥‥と大人しくなって身を任せる。胸元に口を埋めて上目遣いで様子を伺ってきた。
可愛い。可愛いの暴力。シルフィーユが知る男児と言えば、どんな見てくれが良くてもあまり浸透していない風呂文化のせいでどこか小汚かった。髪は脂っぽく、肌は荒れ気味で、がっしりとした体付き。
少女のように可憐で、でも男の子の活発さがあって、肌はぷに肌、髪は黄金の絹。R.A.F.I.S.S越しにも魅了されるような澄んだ空色の瞳。そして声は蜜のよう。
そんな男の子の英雄譚と言われて、気にならない筈がない。
ユグストゥス、ごめんなさい。
シルフィーユは知識欲に屈してしまった。アウランはニタリと笑う。
勝てない相手だったとしても、結果無力化出来れば十分。
カテンの戦う巨大な龍の姿が霧散した。虚空を噛み締め、驚いたカテンは暫く意味が分からずキョロキョロしてしまう。されどアウランの意図がR.A.F.I.S.Sで伝われば、消化不良気味な気分になりながらもミライの元へ援護に向かった。
「ま、私もラフィ君の事は推してるんだよね。布教活動をさせて貰いましょうか。」
アウランの語る口調はR.A.F.I.S.Sに乗って、シルフィーユへ届く。その駆け抜けた旅路はあまりに奇想天外で、滝のように話したとしても語り尽くせるようなものではなかった。




