439、無限の輪廻に天使の羽が差し込まれる
───窓から入った日の光が瞼をノックする。
「んん‥‥あれ?」
何だろう?長い夢を見ていた気がするのに、何も思い出せない。
「未来〜!ご飯よ!早く降りてきなさい。」
下からお母さんの声がした。
「はーい。」
階段を降り、朝ごはんの匂いに釣られて食卓へ。
「おはよ。」
「はいはい。ちょっと寂しいけどこれしかないから。」
食卓に並んだ、食パン1枚とジャム。
今絶賛経済崩壊中。物価はぶっ飛んで、私達庶民の明日がどうなるかも分からない。1ヶ月前からの騒ぎで、学校も休校して再開の見込みも無かった。
「今日もお昼抜き?」
「仕方ないでしょ。‥‥お父さんがまた”持ってくる“まで辛抱しなさい。」
私は2階へ戻ってベッドでぐーたら。何もやる気が起きない。不安で、不安で。どうしてこんな事になったんだろう。
戦争に巻き込まれるのは怖くて、でも逃げる場所は何処にもない。パパはホームセンターで買い揃えた小道具を頼りない武器に、ずっと自警団の本部へ勤めていた。
自衛隊が街を囲んでいるって事は、直ぐ近くに居るんだよね。敵が。
「怖いよ‥‥」
枕を抱きしめて、寝返りをうつ。このままいつも通りお昼過ぎまで寝て過ごそうかなって考え始めていたその時。
風の流れを感じて窓を見た。
私は、天使を見た。
開いた窓枠に腰を下ろして、ふんわり美しい羽を生やした男の子が私を見つめている。碧く透き通った瞳、白いのに血色が良い肌、長い金髪が余りにも綺麗で。
綺麗とか、可愛いとか。そう言うものを全部詰め込んだような男の子は、私へ手を差し出した。
「ミライさん。一緒に世界を救いましょう!」
って?!誰?!ええと!普通の人じゃないよね?!あわわ‥‥!もしかして噂の敵軍?!
窓枠から降りて、慌てる私の前までやって来る。そして手を握って見上げられると‥‥なんだか癒される感じがして。直ぐに落ち着きが戻って来た。
「ボクはラフィと言います。その。多分ミライさんは受け入れられないぐらい凄い事を知る事になります。でも、先ずは‥‥」
そう言って袖の下からもそっと何かを取り出して私に手渡した。
何これ?あっ、ニホンコク語で書かれてる。ジューシーステーキバー?
「とっても美味しいですよ。ライスバーもあります。お腹が空いていたら、お話が出来ません。」
ママの事が過ぎる。
「ご飯くれるの?嬉しいけど‥‥ママと一緒に食べても良い?」
ラフィくんは少し考えて、もう1セットくれた。
「でも時間がありません。出所を聞かれて話し合い出来る時間が無いのです。」
「大丈夫!ママも分かってくれるから。」
慌てて階段を駆け降りて、テレビの前でソファーにごろ寝するママへステーキバーを見せた。
「あら?何よそれ。そんなものあったの?」
「ええと、そうそう。お腹が空いたら食べてよ!私は用事があるから、後でね!」
有無を言わさず階段を駆け上がる!最近運動してなかったせいでもうちょっと息が上がってツラい。運動不足だ〜!
ドアを開ければラフィくんが待ってくれていた。物珍しそうに部屋の中を見回している。
「これは‥‥知ってます!スマホでしたっけ。わぁっ!本物だ。ちゃんと動く!」
スマホを知らない?何処から来たんだろう。そう思いながらも、ステーキバーの封を切る。カロリーバーみたいなパッケージの中から、食欲を唆る匂いのお肉が出て来た!ああ、ガーリックの香り!しかも焼き立てみたいにじゅうじゅう音を立てていて、肉汁がほんのりと垂れた。
長い間保存の効く硬いパンと、缶詰ばっかりだったから涎が止まらない。
ガブリッ!!
うまっ?!うっっっっっっま?!
何コレ?!お肉柔らか?!でも歯応えもあって噛む程肉汁が溢れ出る!丁度良いタイミングで飲み込める!
ライスバーも丁度適温ご飯で美味しい!!
交互に食べるのが止まらない。あっという間に平らげて、ゲップをしてしまった。お腹にすっごい溜まる。幸せ‥‥
「これ凄いよ!食べた事ない!すっごい高いでしょ?!」
「ええと、はい。1本5万円です。軍の指揮官用の携帯食に開発されましたけど、最高の食体験を求めた結果あまり気軽に食べられない”おやつ“になってしまいました。」
「ごっ‥‥?!」
5万円?!そんな超高いステーキとか食べた事無い!!そんなのをご馳走してくれたの?
空きっ腹にご馳走をかき込んだせいか、ラフィくんに恩みたいなのを感じた。用があって来たんだよね?何でも協力するから!
意気込む私の前、ラフィくんは少し気まずそうにして。でも覚悟を決めたように私を真っ直ぐ見つめた。
「今から全てを伝えます。ミライさんの頭の中へダイレクトに情報を流しますから、混乱すると思います。でも、受け入れて下さい。そして未来に絶望しちゃダメです。最後までボク達が支えますから。」
な、なんか凄い不穏な事を言われてるような。勇者になって旅に出ろ!とか言われるの?まさかそんな。ラノベの主人公みたいに私に眠る凄い力で世界を救う戦いに身を投じるとか?
まさかね‥‥
何だか、心の隅っこをノックされた気がした。
よく分からず受け入れると───
────────いつの間にか私は、涙を流していた。
嘘。今から征伐軍が攻めて来る?いや、そんな事はどうでも良い。
この街が完全に外界と切り離されていて、数世紀もずっと時間がループし続けていた?戦争はもう全部終わってた?何それ。
じゃあラフィくんは数世紀先からやって来た、遥か未来人なの?!
「もうこの空間も限界が来ています。そうなったら結界が弾けて全部が無茶苦茶になっちゃう。でも、ボク達は直接ユグストゥスと戦えません。」
私の目の前へ、1丁の拳銃が差し出された。
「この周回の間に直ぐに決めなくても良いです。ボクと居れば、周回で記憶は失われません。今回はボク達がミライさんを守りますから、見ていて下さい。これから起きる全てを。そして、覚悟を決めて下さい。」
いつの間に、私の後ろに黒い猫耳を生やした人が立っていた。
「ふーん、コイツが。強そうには見えないわね。ま、本当にギフテッド持ちなら直ぐに分かるでしょ。期待してるわよ、救世主さん。」
ヘラヘラしながらも、手元で何を弄るとスッと音もなく光が伸びた。懐中電灯というか、映画で見た事があるライトなセーバー的な。
軽く薙げば窓ガラスが灼き切れてしまった。驚く私の前、ラフィくんに手渡される。
「簡易ですが、バリア装甲を発生させる装置です。バッチ型ですので服に付けておいて下さい。弓矢ぐらいなら直撃でも防げます。」
遠くから銃声が聞こえた。途端に激しくなって、慌てて私はバッチを服に付ける。銃を拾い上げて、ラフィくんに使い方を説明された。
「もう銃弾は入っています。安全装置が付いていますので、間違ってボク達を撃つ事はありません。でも無理に戦わなくて良いです。先ずは戦場の空気に慣れて下さい。」
ラフィくんの近くの空間から、にゅっと複数の銃身が覗いていた。空間から直接銃が生えているような。全部を知ったお陰で、なんとか状況を飲み込めている。
「‥‥あっ!ママ!この後攻めて来るんだよね!」
銃を握った私は跳ねるように下の階へ向かう。リビングへ飛び込んで、驚くママと目が合った。
「えっ?!なにそれ?!銃?!」
「ママ、伏せて!!」
私が銃を向ければ、勝手に銃口が狙った先を向く。強い磁石みたいに銃が勝手に動いて、私の腕を引っ張った。その先に刃物を持った緑肌の小人達が居た。ゴブリンだっけ。真っ直ぐ突っ込んでくる。
「入って‥‥来るなっ!!!」
引き金を引いた。一切躊躇も無く、パパッ!と手元が光ったと思ったら凄い反動が肩を揺らす。リビングの窓ガラスが砕けて、ゴブリン達が吹き飛んで転がった。
ピクリとも動かない。
私がやったの?今、殺した?
息が上がっていく。けど、ふわりと後ろから癒しを感じて。ラフィくんが私の後ろに立っていた。
「ミライさん。感じた事を忘れないで下さい。」
その目は何だか悲しげ。一歩歩み出ると、吹き飛んだゴブリン達の様子を見に更に大勢の物々しい兵士達が現れた。言葉は何を言っているのか分からないけど、槍を構えてラフィくんを警戒している。
その袖下から、眩く光る帯がするりと伸びた。兵士達も思わず口をあんぐりと開けて見惚れているようだった。私も、ママも天使の羽を生やしたラフィくんが帯を纏う姿が綺麗で見つめちゃう。
その帯がとんでもない高温だって事が、近くにあった窓枠の一部が急速に焦げ付いた事で理解出来た。もしかしたらあの光って、ビーム的な‥‥
兵士達に向かって帯が薙ぐ。目にも止まらない速度で動いて、気付いた時には誰もの体が半分になって転がっていた。
「ミライさん、目を逸らさないで下さい。逃げてもダメです。戦うしかないんです。」
ラフィくんと深く繋がる感じがする。言葉の真意が直感的に分かった。嘘は無いし、本当にそれしか道が無いって。怖いはずなのに、ラフィくんと繋がっているとすっごい安心感もあって。銃を強く握って、ラフィくんの後を追う。
「ミライ!何処へ行くの?!逃げるのよ!」
ママの叫び声へ、
「ごめん、ママ。でも行かなきゃ。私も正直分かってないというかさ。あはは、現実味無いけど。でも分かるんだよね。逃げ場なんて何処にも無いって。ママはこの家から離れないで。外は危ないよ。」
変な事を言っているのは分かってる。でも、悩む時間が無い。動かないといけないって頭が理解している。
庭に誰が落ちて来た。
如何にも魔法使いって感じのローブを纏う女性が、さっきの猫耳の人に踏み付けられていた。
「ハッ、確かに魔法が伝統芸能って言われる訳ね。キュエリの奴のアレとかフィクサーのは規格外。一般人はこんなもんか。」
何か叫ぼうとした頭が、次の瞬間には粉々になって庭を汚していた。
「タマさん、事前のブリーフィングの通りに。」
「はいはい、前線の様子を見て来るわ。」
そしてタマと呼ばれた猫耳さんは飛び上がって消える。猫耳だからタマって。
ラフィくんが飛び上がれば、私も庭に出て姿を追う。家の壁を駆け上がって、家に近づこうとする人々を片端から帯で灼き裂いていた!
ゴブリンの首が10個転がって、鎧を着込んだ兵士が縦に両断、目で追うのも難しい速度で宙を掛けるラフィくんに誰もが釘付けだった。
空を飛ぶ何人もの魔法使い達が、ラフィくんへ手を向けて何か詠唱みたいなのを始める。でも、瞬き一つの後に数回の銃声と共に吹き飛んで墜落していった。
誰も寄せ付けない、強大な力を持っているように感じた。
最前線。光学迷彩に姿を隠す訳でもなく、タマは後ろ手を組んで悠々と屋根伝いに移動していた。ノクターンがなんたるかも知らないここの連中相手に正体を隠す理由も無く、より高性能な強化外装に着替えその姿は紅の燕尾服。
タマは油断せず、連れたミニフィーと一緒に戦場を俯瞰していた。
(ふぅん、意外にも接戦ね。防御側のジエイタイが地形を活かして戦っているお陰で征伐軍は近付けていないけど、乱戦になったらジエイタイが負けそうにも見えるわ。)
征伐軍は1兵卒に至るまで、魔法で脚力を大幅に強化して戦っている。その動きは駆動魔具には及ばないものの、生身で時速50km近く出す者も多かった。
徒歩で戦うジエイタイからすれば、敵は気色悪い動きでシャカシャカと迫って来ているように見えている。ただ、距離が離れていれば銃で狙えない程でもない。
飛び乗ったビルの屋上から全体を見下ろし、戦力分析をこなす。
(重要なのはユグストゥスにこのループする魔法を解除させ、死を受け入れさせる事。つまり何度やっても圧倒的な敗北を喫する状況を作り上げてやるのが1番。)
タマやラフィが直接ユグストゥスを攻撃出来ない以上、正面から対決するのは危険過ぎる。これだけ大規模な魔法を使うユグストゥスが、数世紀先の未来人に通用する可能性を危惧していた。現に太古から生きるタマモは術だけで戦っても未だ現役。フィクサーの魔法も常識はずれで十分過ぎる程に強い。
ただ、確認しない訳にはいかない。
(干渉不可能って言っても触れないって事なのか、銃弾なら当たるのか、光線なら当たるのか、逆にユグストゥスが放った飛び道具の類を撃ち落とす事は可能なのか。)
因果律を操作すると聞いて、つまりは理屈で説明出来ないブラックボックスアーツなのだろうとタマは推理する。ただ、そんな完全無欠で無敵過ぎる魔法が存在するのか。その一点を訝しんだ。
一個仮説が浮かぶ。
(恐らくユグストゥスからアタシに対する干渉も届かない。一方的に無敵になって戦えるなんて状況を魔法で再現出来るとしたら、自分の死というリスキーなトリガーを起点にする理由が分からない。時間遡行のついでに因果律の操作を組み込んだってのがおかしい。)
もののついでにそんな無敵の魔法を盛り込めるのなら、最初から無敵になって死を回避すれば良いだけ。
付随する仮説は2つ。
1つは因果律の操作は副産物的なもので、そもそも最初から組み込んだ物ではない。時間遡行の超魔法を開発したら、意図せずにそんな副産物が付いてきた。
この場合はユグストゥス自身が因果律の操作に対して知識が無い。ループの記憶を持ち越せない以上、フーガが試しに小突いてダメだった時の記憶も無い筈。
もう1つは因果律の操作を意図的に組み込んだものの、発動に対して何か複雑な条件か大きな代償が要る場合。
この場合は自由自在な操作が難しく、不意打ちならユグストゥスにダメージを与えられる可能性が高い。
(現に狙撃で毎回命を落としている。銃の性質を知って尚無敵の魔法を常時発動しっぱなしにしていないのは違和感あるわね。射程を舐めていたのが毎度の敗因だけど、でも普通は狙撃を警戒する。狙撃自体は弓でも魔法でも出来るんだし。)
ここから導き出された結論は、前者のパターン。ユグストゥスは因果律の操作に対する知識が無い。それかどうやっても任意に発動出来ない理由がある。
(因果律が制御不能にユグストゥスを守る物だった場合は、不意打ちでも無理ね。攻撃手段に関わらず全部防がれるわ。その可能性が濃厚かしら。)
この周回のタマのお仕事は、ミニフィーを敵陣の奥まで連れて行く事。
「さぁ、全部をぶち壊してやりましょ。」
仮面の下、タマは妖しく笑った。




