39、天使は幻想を携えて
一通り調べたオチヤマさんが帰り支度を始める中、タマさんは思い出したように呼び止めた。
「ねぇ、ラフィの武器をちょっと改造して欲しいんだけど。」
「なんだい?おっちゃんは忙しいんだけどな。」
「お礼にさ。」
タマさんに肩を叩かれ、ボクは言われた通りエンジェルウイングをふわりと展開する。するとピクリと動きを止めたオチヤマさんがまじまじと見つめてきた。そ、そんなに見つめられると恥ずかしいよ。片翼でそっと口元を隠して目を逸らす。
「ふぅん。おっちゃんを誘惑しちゃうんだぁ。仕方ないなぁ。」
折角纏めた荷物をほっぽり出して手をワキワキさせるオチヤマさん。誘惑だなんてしてないのに。結局エンジェルウイングでオチヤマさんを包んで好きなだけもふもふさせたのだった。
うへへへ‥‥
脱力しきった顔で膝に頭を乗せるオチヤマさんは、天使の羽を両手で抱いてご満悦。エンジェルウイングは感覚が繋がってるから、ずっとこそばゆい感触にむずむずしていた。でも忙しいんじゃなかったのかな?もう小一時間もふもふしてるけど。
「うへへ〜。いいの、いいの。おっちゃんは今ラフィに甘えるのに忙しいから。」
そんな中タマさんがボクの普段使っていた巻物をオチヤマさんに渡した。
「これ光学加工出来ない?縁に出力するだけでいいからさ。」
「契約書の巻物型?いいけど、武器にするなら素直にレーザーウィップとか、半光学蛇腹剣とかでいいじゃん。ラフィへのプレゼントならおっちゃん奢るよ?」
そう言うオチヤマさんの指遣いは遠慮なく、一層ふわふわ羽毛をわしゃわしゃと弄ってくる。
「タマさんから貰ったこれがいいです。」
「そうなの?まぁ、そんくらいなら簡単だからいいけど。ま、出力メガ盛りにしちゃうから。」
あ、そうだ。マギアーツを簡単に付与できるペンを使ったら色々出来るかな?貸すって感じならいいよ。ボクよりもオチヤマさんの方が活かせそうだしね。ボクは巻物に色々なマギアーツを付与していたペンの事を説明した。
「ほーん、そんな物があるなんてね。でもいいの?おっちゃん、これの事色々研究しちゃうよ?」
「バラしたりはしないで下さい。」
「分かってるって。むふふ、面白いアイテムだ。色々夢が広がるなぁ。巻物型の武器だなんてまぁ一般じゃ使われないからね。面白い武器にしてしまおうか。」
お膝にオチヤマさんの頭を乗せているとふわっと髪の匂いがお鼻を突く。ボサボサだけど癖っ毛が強いだけで洗って無い訳じゃないのかな。ちょっぴり意識してむずむずしていると、オチヤマさんと不意に目が合った。
「あれ〜?頬なんか染めちゃってどうしたのかな?もしかして、おっちゃんの事気になるの?うへへ、可愛いなぁ。」
急にくるりと起き上がって顔を近付け、驚くボクのほっぺに頬擦りしてくる。にゃあっ?!あのっ!近いです!
ちょっと不機嫌顔なタマさんが再びチョップを食らわせる前に、オチヤマさんの頭をピコハンがぺむっと叩いた。
ふぎゃっ?!
ビクッとするオチヤマさんの後ろには、ピコハンを片手に黒い笑みを浮かべる白衣の女の子が。オチヤマさんと同身長の、グルグル眼鏡を掛けた三つ編みお下げの女の子。
「研究主任、会議すっぽかしてな〜にをしてるんですか?」
「おっちゃんはタマと商談してただけだい!今日はこのまま半休を‥‥」
「行きましょうね、おっさん。」
オチヤマさんはズルズルと引き摺られ、ドアの向こうに消えていったのだった。
それから数日経ってボクの手元に少し姿を変えた巻物が届いた。縁に備え付けられた小さく頑丈な光学装置。脳波で起動すると、滑らかで綺麗なラインレーザーが縁に沿って発現する。試しに荒野の小さな住宅遺跡に薙いでみたら、殆ど抵抗感なくすり抜け一瞬遅れて横にずれ始めた。わぁ、コンクリやアスファルトくらいなら豆腐みたいに切れちゃう。
都市部の抗光学加工された建物はともかく、未踏地に残るダンジョン化してない遺跡とかならバッサリだ。
武器の名称は巻物型契約書改め、“イルシオン”に改名された。どこかの国の言葉で幻想を意味する言葉らしい。確かに柔らかな光を放つ縁のラインレーザーは、暗がりで振り回すとうねった光の波が宙を泳ぐ様でとっても綺麗。触れれば真っ二つだけど。
材質も契約紙から純白のカーボンエッジ製になり、そうそう簡単に破けずかつしなやかな質感に。加えて防弾、防刃、抗熱、抗光学加工のおまけ付き。これを買ったらどれくらいするだろう?この前のクニークルスさんの医療費は1000万、掃討戦の集団医療で500万、マフィアからの依頼で口止め料込み2000万。
気付けば懐がパンパンになってるけど、使った弾薬費や税金とか差し引くと結構減っちゃう。特にフェンリルが出力最大で長時間の発射をしたせいで全部故障して。本来なら出力最大に引き上げるまで“ならし運転”で使わないとダメなんだって。初発射でいきなり最大出力はダブーだった。
故障分は保証で直せるけど、完全無料じゃなくて格安でって感じだった。でも6丁分。
うう、メンテナンス代もすっごい掛かる。光学兵器は故障しやすいって聞いたけど本当だった。でも威力は凄いんだし、やっぱり頑張って使いたいな。
イルシオンは心強い火力だけど使い方には気を付けよう。試し斬り動画に感謝のコメントを添えてオチヤマさんのスマイルに送信したのだった。
そんな数日の間もアングルスは大きく揺れていた。
街を支配するL.Cの各所の支部が同時に破壊工作を受けたのだ。犯人は不明って事だけど、行き交う噂から覗く犯人像はイトウさんとルナさんを思わせる。実際2人とも連絡が付かず、タマさんは放っておきましょって呆れた風に言っていた。
街中を厳ついマフィアの往来が増えたものの、無関係な市民にとってはそれ程の関心事では無いようで。掃討戦の臨時収入のお陰か、いつも以上に胡蝶之夢に来るお客さんは多かった。
「にゃんにゃんゴロゴロコース一丁!39番のお嬢にぃ、パイ増し下着テイクアウトオプ入りましたぁ!!」
相変わらず元気なイシダさんの声が休憩室まで響いてくる。因みにこういう業務連絡はお嬢の持つスマイル端末に送信されるから、声出しの必要は全く無いってミケさんが言っていた。でも面白いからイシダさんには伝えて無いらしい。
休憩室にちょこんと座ってスマイルを弄って待機するボクはSNSアプリであるハムハムをちまちま突く。エンジェルウイングを大きく展開した時の動画が沢山出回っていて、未だにトレンドトップを飾っていた。
『アングルス通信』
ごろつき街アングルスに天使降臨か?!現地のマフィアに突撃インタビュー!
判明した驚くべき真実とは‥‥?!
#天使出現 #アングルス通信
以下のURL
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『みみこ』
すっごい綺麗なんだけど!てか男の子? #天使出現
『缶詰め(開拓者ランク15突破!)』
美少年×天使とかヤバい(尊死) #ショタ天使 #天使出現 #この子の情報求む
『みかんプリン箱買い垢』
これ前の彩色祭で話題になってた子じゃない?!手を振って貰った事あるんだけど! #この子の情報求む
『目玉焼き3世』
俺知ってるわ。この前の試験受けた奴じゃない?組合に入ってくの見た #天使出現 #この子の情報求む
『ロクロウ』
この前の試験って全滅してなかったか?ドチャクソ受験者死んだとかで大炎上してた奴じゃん #この子の情報求む
『マジカルパープル』
ここだけの話、あの子件の事件の生き残りだってさ。可愛いのにメチャ強な可能性大ってコト?! #天使出現
『パパイヤ』
フィーとかラフィとかフーとか名前とっ散らかってるけど結局名前はよ!これじゃファンクラブ作れないじゃん!
#天使出現
『黒猫』
ホント、随分人気者になっちゃったわねー。ま、アタシは毎日抱いて寝てるんだけどね(ドヤッ)
‥‥タマさん、何を書き込んでるの。タマさんのアカウントもフォローしてるから書き込みが流れてくる。ボクの知らない所で勝手に人気になるのは不思議な気分。嬉しいような、気恥ずかしいような。開拓者としてやっていく以上、名前が売れて損するとこは無いってタマさんも言ってたしこれでいいのかな?
ホロウインドウをいじいじしつつ、もじもじするボクの肩をシロさんが叩いた。
「おっ、丁度いい所に。ねぇねぇ、この前のお礼なんだけどさ。何か美味しいご飯を奢らせて欲しいな〜。謝礼金払って解決ってちょっと味気ないし?」
「謝礼金なんて要らないです。なんか、お金目的って感じがしてヤですし。でもご飯は‥‥ええと、お願いします。」
「ふふんっ、そう言うと思っていいお店見つけてたんだ。今日の晩空いてる?予約するよ?」
スマイルでタマさんに確認を取ってみる。直ぐに返信が来て、行こうって話になった。
「じゃあ、それはそれとして。天使に癒して欲しいな〜。」
シロさんはボクに身を寄せ、ドキッてしながらもエンジェルウイングを片翼だけ出して包み込む。皆これをするとすっごい喜ぶけど、あまり長時間包まれてるとそのまま寝ちゃうんだ。ただ癒すだけじゃちょっと過剰な気がする。前にアモルさんが爆睡しちゃって結局その日の夕方まで起きなかったし。
「私はベテラン開拓者だし大丈夫だって。にへへ、癒されついでにラフィくんを癒しちゃうぞ〜!」
大胆なドレス姿のシロさんに抱きすくめられ、頭をふわふわで包まれてしまう。慌ててバタバタするボクはそのまま好きなだけ抱かれてしまったのだった。
ーイルシオンー
軽量&頑丈&布のようにしなやかな工業用素材、カーボンエッジで作られた。本来カーボンエッジは高価な強化外装の材質として使われる事の多い素材なものの、武器に加工されることは無い。“光学帯”とでもいう武器種だが、ラフィの有り余る演算容量を活用する事を前提に製作された。
まるで触手のように複雑怪奇な動きが可能な機敏性を持ち、伸縮自在。ラフィ専用のオンリーワンな武器は、タマが使ってもまるで動かす事が出来なかった。
天使の纏う帯はヒトの手には余るものだった。




