38、夜想曲の天才技師ははしたないおっちゃんで
──────汽車は海沿いを真っ直ぐに。潮風が吹き、カモメの声が波間を騒がす。鋼鉄の汽車の喧騒は、自然が齎す環境音に一本の太い黒線を引いた。
ボクは汽車の車窓からどこまでも続く海を見ていた。海は見た事ない。だけど知っている。進歩した文明が教えてくれた。色も、音も、匂いも、風も。その情報に感動は無いけど、知識にあるという安心感が少し心地良い。
目の前に赤髪のお姉さんが居た。お姉さんも遠くを見ている。
「R.A.F.I.S.Sを起動したね。どうだった?」
「不思議な感じがしました。世界全部が遅くなったような、その中でボクだけが速く動ける感じというか。それにボクは一人じゃ無いって感じがしたんです。タマさんとも、皆とも繋がっているのが分かるというかぁ‥‥」
上手く説明出来ない。言語化が難しいや。でも凄かった。今まで戦いは怖かったけど、あの力があれば怖くないかも。
「‥‥ごめんな。ラフィは特別なんだ。使命がどうとか言うつもりはないよ。でも、その力を恐れちゃいけない。間違いなくラフィの一部だし、ラフィが今後守りたいものが出来た時に絶対に頼れる力だよ。」
「もしかして他にも何かあったりしますか?急に起動すると困るんですけど‥‥」
お姉さんは悪戯っぽく笑う。
「必要になれば必ず思い出すさ。それにアレもこれも一気に出来ることが増え過ぎるのも良くない。」
‥‥つまりなにかあるって事ですね?ボクはジト目でお姉さんを見やる。
「千里の道も一歩ずつ、だ。ラフィが守りたい物を見失わなければ必ず力をものに出来るさ。」
汽車が煙を吐く。潮風が肌を撫でる。この夢もあまり覚えていられないのだろうな。お姉さんの顔を見ていると懐かしいような、寂しいような気分になる。もう会えないってなんとなく分かってしまう。綺麗であったかいけど寂しい夢─────
一晩が明け、ボクはタマさんにお風呂へ引っ張られていた。
「昨日入らなかったでしょ?朝ご飯の前に綺麗になっておきなさい。」
最初からタオル一枚で脱衣所に待機していたブランさんも合流し、3人で入ることになった。何度一緒に入っても恥ずかしい。よく揶揄うようにタマさんが胸を寄せて覗き込んできて、その度に顔を熱くして目を逸らしていた。
「ではラフィ様、お体を綺麗に致しましょう。当機に存分に甘えてダメになって下さいませ。」
そう言うなりブランさんはボクを抱え込み、さっさと洗い場に連れてってしまう。ブランさんはバトロイドだけど、素肌はすっごいすべすべのもち肌で。密着するとむずむずして落ち着かない。
「でかブランってぱっと見は普通のヒトよね。もっとこう、アンドロイド特有の硬い佇まいとかさ。そういうのじゃないの?」
「ハッ、当機は最高級バトロイド、スクトゥムロサですよ?そんな何世代も前の安物の骨董品とは格が違いますので。」
「でも収納のマギアーツに入れられちゃうお手軽さはおんなじよね。」
小馬鹿にした顔のタマさんと、それを澄まし顔で流すブランさん。
「当機は最高級品のモノですが、同時にヒトとしてのアイデンティティを獲得したと自負出来る更にその上の存在で御座います。同型機のスクトゥムロサの面々ですら届かなかった高みにいるのです。ラフィ様の愛らしさを堪能できる当機の感性は、最早構成物質以外貴女との差異は御座いません。」
むしろスペック的には貴女より遥か上なのでは?と何処までも輝かしい自己肯定感を語るブランさんは得意げにむふりと鼻を鳴らす。機械がヒトの心への目覚めに戸惑うイベントは古今東西様々な媒体で擦り倒されているけど、ブランさんは既にそういうのは乗り越えてしまったみたい。
「ハッキングのお陰ですね。」
ハッキングで言語野回路をメチャクチャにされた影響で廃棄されたものの、それがキッカケで有権者に逆らえないセキュリティに穴が開き自由を得た。人生何が幸いするか分からないって事なのかな。
紅いジトっとした目はボクを見下ろしながらもどこか誇らしげに見えた。
お風呂の中でタマさんがボクを抱こうとすると、ブランさんがそれとなく膝上に乗せてしまう。
「アンタねぇ。」
「ラフィ様は当機も膝上が一番落ち着くとバイタルが示していますので。」
えっ?!って顔のタマさんに、ボクはもじもじ身を揺らして小声で返す。
「だって。ドキドキするんだもん。」
急にブワッっと顔を赤くしたタマさんがボクから目を逸らす。
「へ、へ〜?何よ、そういう事言っちゃってさ。」
ボクとタマさんの距離感に首を傾げるブランさん。
「当機はドキドキしないのですか?」
ぎゅうっと優しく抱きしめられ、耳元でこそっと囁いてくる。ひゃっ?!と小さく反応したボクは無言で縮こまったのだった。
何だか変な空気感の朝のお風呂が終わり、リビングに戻るとふわりとお酒の匂いが漂って来た。あれ?誰か居るの?驚いて覗き込めば、ボクよりちょっとだけ背の高い女の子がだらしない格好でソファーに寝転んでいた。ボサボサの長い金髪を垂らし、太い眉毛の上にグルグル模様の眼鏡を乗せている。シワのついた白衣を羽織ったまま、片手のビール缶を揺らして上機嫌にふにゃっとしていた。テーブルには食べかけのおつまみが散乱してるし、空になった缶ビールが転がってるし、服が捲れたお腹をボリボリ掻いてるし。
散らかったリビングを見て溜息を吐いたタマさんは、だらしない少女の頭にチョップを食らわせる。
「な〜に朝から飲んでんのよ!部屋を汚すなって言ってるでしょおっさん!」
「おっちゃんと呼べぇ、アイテテ‥‥。うら若き乙女だぞぉ。」
いつの間にビームシュナイダーを握ったブランさんがツカツカと歩み寄る。
「ラフィ様、只今お目汚しになる中年幼女を片付けますので。どうぞ、爽やかな朝食にシェフの気まぐれスプラッタをもう一品添えてやりましょう。」
いいですって!ブランさん、怖がってますから止めて下さい!
「おっちゃん無害!呼ばれたのに居なかったからぐだ寝してただけ!呼んだんなら居ろよ!」
あう。お風呂が長引いちゃったからかな。ごめんなさい。
そんなやり取りも程々に、一旦ご飯にしようって事になり食卓を囲った。洋食風朝ご飯をもぐもぐしながらおっちゃんさんは切り出す。
「私はオチヤマだ。気軽におっちゃんと呼んでくれ。ノクターンの技術研究課の課長を務めさせて貰っている。ま、技術開発の事なら何でも聞いてくれたまへ。」
缶ビール片手にヘラヘラするオチヤマさん。そんなに飲んで大丈夫なの?
「なぁに、ちょっとガソリン入れた方が頭が回るってもんだぁ。」
若干呂律が回ってないような。大丈夫?ってボクの視線に、タマさんは黙って頷いた。
「しっかし噂通り随分めんこい奴だねぇ。こんな子と毎日同衾だなんておっちゃん嫉妬しそう。」
今日も一緒のベットで寝たんだよね。タマさんの体温に甘えて寝るとぐっすり眠れるし、ドキドキするけど嫌じゃなかった。
「アンタを呼んだ要件は覚えてるんでしょうね?」
「はいはい、おっちゃんがちょいと見てあげるから。まかせんしゃい。」
ご飯が片付くと早速ボクは皆に囲まれ、小さな椅子に腰掛けて問診を受けていた。向き合って座るオチヤマさんが体調について細かく訊いてくる。
ラフィ型軍用革新的支援システム(R.A.F.I.S.S)。開拓者試験での戦いをきっかけに、ボクの中でスイッチが半分入ったままになっていた全容のハッキリしないシステム。それが今回の戦いで完全にスイッチが入ったみたいで、任意にオンオフ出来るようになった。
それに体内に仕込まれていた収納のマギアーツ。ボクの出生についての記憶は無いけど、多分ボクは普通のヒトじゃ無いんだと思う。もしかしてブランさんと同じバトロイド?!
「ん〜?バトロイドじゃ無いねぇ。ちゃんと体の組織構成は生体由来のものだよ。ただ、体内にどうやら色々マギアーツが仕込まれてるかもしんない。少し調べた感じだとそういう気配がするよ。」
他にもあるの?ええと。
「ラフィの正体はこれだけじゃ分からないけど、確実に言えるのは相当高度な技術で生み出された存在って事だね。」
薄々勘付いてたけどやっぱり確定するとちょっとショックかも。仮にボクが工場的な所で作られたのだとしても、別に今のボクがどうこうなる問題ゃないし。けど、お母さんとかお父さんは居ないのかな?むぅ‥‥
「R.A.F.I.S.Sだっけ?聞いた事無いけど、話を聞く限り一般的な戦闘総合支援システム(I.C.S.S)を大幅に拡張した代物っぽいね。よく強化外装に備え付けられてるやつだよ。メッチャ力強くなったり、打たれ強くなったり、素早く動けたり、反射神経が劇的に上がったり。でも弾丸の雨を正面から強行突破出来るレベルかぁ。」
しょんぼりなボクを置いて早口なオチヤマさんは、目を輝かせてボクを覗き込む。
「早速R.A.F.I.S.Sを見せて欲しいな。」
「分かりました。」
ボクは意識してR.A.F.I.S.Sを起動する。一瞬視界が紅くなった後、精神がすぅっと落ち着いていく。心の芯の部分が機械のように冷たくなる錯覚を覚えるからあんまり使いたくないけど。この瞬間だけは身も心も戦闘マシーンになるんだ。
「言っとくけど迂闊に近付くとラフィの拳が顔を貫通するわよ。」
「おっさんなどラフィ様の指先一つでダウンです。」
後ろからふざけて囃し立てる2人に、ジト目で返すオチヤマさん。ボクもちょっとだけ悪戯心が湧いてきちゃう。
「ターゲット確認、破壊します。」
無機質に呟いた後、片目を覆う演算陣の中央でオチヤマさんを捕捉した。
「冗談はよしてくれよ。」
少しの間黙っていると心拍数が徐々に上がっていくのを察知出来た。
「ラフィ、ちゃんと制御出来てるんでしょうね?」
急にタマさんの尻尾が背中に突っ込まれ、ふにゃあっ?!と声を出しちゃう。
「イタズラする子はこうよ!」
「ピィッ?!」
そのまま急に抱きしめられ、ジタバタするも驚き顔のオチヤマさんの前で撫で繰り回されてしまうのだった。
ーオチヤマー
見た目は少女、中身は三十路、感性は永遠の未成年なノクターンの技術牽引者。
アルコールをこよなく愛し、酔いが頭を冴えさせる‥余談だが、アルコール依存者は酔うと調子が出ると言う。しかし普段大きくマイナスになっていた体調が若干マイナスに戻っただけ。酒気はヒトを堕落させ、されどヒトは酒に飲まれる。頭の良いオチヤマもそんな事は分かっていた。
オチヤマにとってアルコールはガソリン。日々を生きるモチベーションの為に今日も酒気を漂わす。




