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390、見えない組織がトウキョウシティの陰で蠢く

「話は一通り聞いたわよ。また厄介な事になってるじゃない。」


タマさんが自然な動きでボクに歩み寄って手を伸ばすも、ぎゅうっとラズベリーさんが背中を抱いて来た。一瞬交わされるジト目。


「あの。真面目なお話をする所ですので。」


ぐぐっ‥‥と前のめりになればラズベリーさんは離してくれる。急にどうしたの?


『どうせタマに取られるのがなんか気に入らないのでしょう。魔法少女している間だけはラフィさまを独占出来ますし。』


そんな変な事をこそっとフィクサーさんが伝えてくれた。今度こそタマさんの尻尾が絡んで、ボクも甘えたい気持ちで巻かれたまま寄り掛かる。ほっぺを指先が撫でて来た。


「そろそろ話していいか?」


キュエリさんの声で皆が応接室のソファーに着席、ブランさんが美味しい紅茶を用意してくれた。一緒に来たチョウリさんは物珍しそうにキョロキョロ忙しくて、応接室角の巨大なキメンの剥製を凝視してしまう。他にも虹天宝玉が目を引く位置に飾られていたり、鮮やかに色を変え続けるスノウジュエルが、壁の一部の中水流に揉まれて踊っていた。


深未踏地や虹渦島の探索の成果が、がっつり広く拡張された応接室にトロフィーのように飾られているんだ。タマさんはそんなチョウリさんの反応に自慢げで、ドヤ顔で足を組んだ。


「チョウリの姉が攫われた事件。こちらの方でも調べてみた。担当したのはヤマノテ都市警察だったが、確かに見つからずに迷宮入りしている。捜査は既に打ち切りになっていた。」


キュエリさんは事件のあらましを聞いた後、シブサワの力を使って粗方調べ上げてくれていた。


「ユイナがトウキョウシティに連れ去られた後、治外街を転々としながら水商売をしていたようだ。どうも水商売を商いとするキャラバンが関わっているようでね。治外街を転々としながら売春で儲ける連中だ。」


人身売買や誘拐で仕入れたヒト達を使って違法風俗営業して、病気になったらそのまま治外街に捨てて行く。そんな危ないキャラバンの下で数年お仕事をしていた。


「が、病気になり捨てられた。しかしその美貌のお陰か人身売買組織に再び目を付けられ、治療を受けた後にまた売られた。」


そして買ったのが今働いているキャバクラ、水鳥の園。


「水鳥の園は一応都市に認可を受けたキャバクラだが、H地区はイージス社の管理区だ。元々イージスは資金源になるなら、黒いものに目を瞑るやり方で度々問題を起こしていてな。ま、イージスの後ろ盾を無くしてどの管理区も大いに荒れている。」


チョウリさんは顔色をどんどん悪くしていっている。想像以上に辛い想いをしていた姉の人生に、色んな想いが胸中を巡っているのかも。頭の中でわちゃわちゃと感情が入り混じって、大変な気持ちになっているみたいだった。


タマさんの尻尾を抜け出て、チョウリさんの隣へ座る。エンジェルウイングがその肩を覆った。


「元々あのキャラバンは都市運営委員会にも目を付けられ、内部にスパイが送り込まれている状態でな。既に5度潰されたが直ぐに復活してしまう。需要のあるビジネスなんだ。完全にイタチごっこだよ。」


だから直ぐに足取りが分かったんだ。聞けばスパイさんは奴隷管理者の役職に就いているらしい。それって結構な上役なんじゃ。


「現実でも要職の人間がスパイって結構ある話よねー。なんかコソコソしてる下っ端ってイメージあるけど、実際組織内で成り上がった方が機密に迫れるし?」


「シブサワグループが送り込んだ精鋭だぞ?荒野の連中からしたら、驚く程の手腕を持っているだろうな。それでいて組織のスパイになる10年前から治外街でチンピラグループの纏め役をやらせていた。誰も素性を疑わんよ。」


企業の用意するスパイは、仕込みの時点で10年単位で計画するんだ。ちょっと怖いなって思った。


「人身売買組織の名は“ゴースト”。長年トウキョウシティの水面下に潜んでいた厄介な組織だ。毎回キャラバンに接触する奴も使い捨てのバイト君で、バイト君に指令を出す奴もまたバイト。構成員はサッパリなまま、何十年も人身売買ビジネスを続けている。」


ゴーストはトウキョウシティの運営委員会が総力を上げて捜査しても、尻尾すら掴めないようだった。逮捕されるのは不用心に関わってしまった闇バイトばかり。その指示役も闇バイトで、その上も闇バイト。スマイル経由以外の情報のやり取りも多くて、毎回追い切れずに逃していた。


スパイさんが居るキャラバンも、結局はゴーストの末端組織。というかゴーストが背後にいるフランチャイズ的な。沢山ある奴隷売り場の中の一つらしい。一応スパイさんはエリアマネージャーみたいな立場で、闇バイト達を管理しつつ売上金を受け取りに来た闇バイトへお金を渡していた。

でも今まで関われたのは全部闇バイト。ゴースト本体からの接触は、ただ一度だけスマイルへ送られて来た奴隷管理者のお仕事を斡旋する通知だけ。

活動場所が主に荒野なのもあって、闇バイトでも関係無しにお仕事へ飛び付くヒトは幾らでも居た。


「今回あの店を抑える証拠が偶々漏れた演出をする為に、既に違法キャラバンを強盗部隊が襲っている。動かぬ証拠があれば都市警察も通報に応じるしかない。ただ‥‥」


ブランさんが口を挟む。


「守護天使たるラフィ様に目を付けられたのですよ?そこらのチンピラ店主がそのまま営業を続けていられる胆力を持っていると思いますか?今までトウキョウシティでラフィ様と関わって消えて行った、数多くの犯罪組織と同じように消される事を予見して発狂しながら逃げ出すでしょう。」


「それは私も思いました。ラフィくんを見た反応が凄い分かりやすかったから。」


ラズベリーさんも、もう逃げちゃってるんじゃないかって心配していた。でも、タマさんは足を組んだまま笑う。


「そんな小物に、資産を全部投げ出して身一つで逃亡する判断が即決出来るならねー。個人経営ならまだしも、店を運営する以上相応の人数が関わってるでしょ?逃げるたって準備がいるのよ。忘れた?大半の治外街では電子決済出来ないのよ。都市に近いアナグマには逃げ込めないし、現金がなきゃ暮らしていけない。」


そうか!資産の現金化は両替センターに行かなきゃ出来ないんだ!


「そうだ。それに両替センター経由で現金化した場合、額によっては暫くスマイルに現金追跡監視用のアプリのインストールが義務付けられている。現金を都市内に置いておいても犯罪や脱税に使われる可能性があるからな。数人が夜逃げ出来る額を金庫に押し込めたままいるのは難しいだろう。」


都市内への現金の持ち込みは法で厳しく規制されていた。それでも裏社会の怪しいヒト達が持ち込むんだけどね。


『あの店の規模的に、大組織って感じじゃないですね。ぶっちゃけ何百万円分の札束が入った金庫があるような感じじゃ無いですよ。つまり、荒野へ逃げるにしても今回はあまりにラフィさまがやって来たのが急でした。まさか街角でひっそり水商売経営しているだけで、守護天使さまに目を付けられるなんて思いもしないでしょうし。』


ボクは突発的な暴行事件とか、そういう事件で酷い目に遭うヒトを見逃せなくて自警活動をやっている。でも警察じゃないから、違法風俗店の摘発なんてやらないし。だから油断していたんだと思う。


「万が一逃げ出していたとしても、そん時は堂々と探せるし良いんじゃない?そこのお嬢にヒト探しの捜索依頼でも出させればいいじゃない。」


そう。状況は詰み。今夜にも都市警察が摘発に動く筈。そうすればユイナさんの身柄も確保できる。


ユイナさんはこの仕事にプライドを持っていたみたいだったけど、でも違法営業を知ってユイナさんの為に見逃す訳にも行かない。奴隷を買うお店が都市内にあって良い道理は無いから。


「お姉ちゃん‥‥」


チョウリさんは複雑な気持ちを隠さずに、ズボンをギュッと握りしめていた。


「チョウリさん。プライベートフォレストで少し休みますか?疲れているみたいです。」


「うん‥‥なんか頭がごちゃごちゃしてて。」


ボクの手を取って、チョウリさんはソファーから腰を上げた。


「私達も付いて行っていい?」


ラズベリーさん達も一緒に森へ。タマさんはキュエリさんとまだお話しをするみたいだった。今夜事件に片が付くと言っても、何が起こるか分からないし。事前に色んなパターンを予想して対策を立てないと、後手に回る事になっちゃう。


「わっ。室内に森がある。広い!」


風に吹かれて少し元気を取り戻したチョウリさんが駆け出す。目の前のツリーハウスに興味津々、向こうに見える虹渦島の植物園にもドキドキ。のそのそ歩くツキシロにびっくり!


ボクが来るとツキシロが歩み寄って来て、鼻先でボクの頭を突く。一歩離れる皆を気にせずボクの手に甘えた。


風に吹かれて歩きながら、チョウリさんはポツリと内心を吐露し始めた。


「私はお姉ちゃんに寄り添いたかったのに。なんでこうなっちゃったんだろう。」


ユイナさんがやっと手に入れた居場所を、ナンバーワンの地位を築いたあの小さなお店を潰してしまう。もし悪魔と取引しなかったら、こうなる事もなかったなんて。


『悪魔と取引した人間は皆後悔するものです。こんな筈じゃ無かったなんて、ワタシは幾度言われたでしょうか。』


ホロウインドウの中でフィクサーさんがボクに話しかける。


「未来の事は誰にも分からないんです。良かれと思ってやった事でも失敗しちゃう事はあります。」


アングルスでの自警活動も、犯罪で生活していた多くの家族を引き裂く結果になった。やった事を後悔はしないけど、残された家族達の憎む表情を覚えている。

ジャーノンの時も何とかなるって思って楽観視してたけど、実際は手詰まりが分かった時にはもう手遅れで。救えなかった事を悔やんでいた。


ボクは良い未来に書き換える為にやって来たけど、ボクが来たせいで死んでいったヒトは沢山いると思う。でもタマシティを救って歴史を変えて沢山のヒトを救ったのは事実だし、後悔は無いけど‥‥目を逸らしたくなる。


「だから、ボク達は前へ進んで行くしか無いんです。後悔も、辛い想いも、楽しい事も、希望も全部を背負って。」


チョウリさんがボクを見る。そして小さく笑った。


「ラフィさんって大人びた事を言うっていうか。貫禄あるよね。」


それに魔法少女達が4つのいいね!を付けて(はや)し立てる。


「小さいのに経験豊富なんだよ!ラフィくんは開拓者になる事を決めた時から激動の人生を送って来たんだから!」


「まぁ開拓者やっててもこんなに濃密な1年を過ごす奴はそう居ないでしょうね。」


茶化さないでよ。むーっとするボクにチョウリさんは、


「そうだね!ウジウジしていても始まらないし。お姉ちゃんにとってあのお店は世界の全部だったのかも知れないけど、もっと世界は広いんだって分からせてあげなきゃ。」


目に光が戻っていて、吹っ切れたようだった。気持ちに整理を付けるもう一押しが欲しかったのかもしれない。ボクの言葉に背中を押されて、未来へ目を向ける勇気を得られたのなら。


けど、事態は想定外の方向へ動き出していた。


証拠を提示した筈なのに、都市警察は動かず。それどころか、あのお店の店主がお嬢達を何台もの車に押し込めて大脱出に動き出していた。

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