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37、朧げな夢の中の微笑みは光の中へ消えて行く───

ナナフシさんに連れられ向かった先はアングルスの郊外の一角。経年劣化したボロボロの住宅が縦に積み重なり、狭い路地が蜘蛛の巣状に広がっている。通称、蜘蛛の巣街。そんな中積み重なった建物の内部の通路階を通り抜け、路地上を跨ぐ吊り橋の向こうへ進んだ。


吊り橋の終着地点の小さなベランダには煤けたドアが。


「言っときますがここは有事の際のL.Cの隠れ家の一つ。他言は無用ですので。」


「は、はいっ!」


ナナフシさんのギョロ目から目を逸らしつつドアを潜る。同時に怒声が響いてきた。


「くぉんの役立たずがぁ!!手遅れだのごちゃごちゃ言い訳し腐る暇あったら手を動かせやぁ!」


「んな無茶な!!う、うわぁぁぁ!!」


ボクとすれ違いに一人の男が逃げ出し、脇に避けるタマさんを肩で突き飛ばして吊り橋から飛び降りた。が、その体は宙でぶらりと浮かぶ。届くはずのない距離なのに、伸びたナナフシさんの片腕が男の頭を掴んでいた。


「まったく、質の低いアコライトを無理に引っ張ってきてもこれじゃあ困りますねぇ。」


宙で暴れていた男は直ぐに動かなくなり、だらりと脱力する。


「ナナフシさん‥‥?」


心配して見上げるボクにナナフシさんはニィッと笑って会釈を。


「お嬢の失態を何処ぞのかも分からぬ馬の骨に知られちゃ都合が悪くてさぁ。気にせず、存分にお嬢を治して下さい。」


笑顔に恐怖を覚えたのは初めてだったかも知れない。目を逸らして部屋奥に足を進める。ボク達を警戒していた黒服の男達も、ナナフシさんが片手で払えば傍に退く。部屋の中心に身を横たえていたのはバラバラの肉塊だった。


頭は‥‥ある。多分生命保険には加入していたのかな?僅かながらに生命活動を感じる。だけど、欠けた胴体の肉片が頭の隣に添えられていて。これを重傷者と言っても普通のヒトは信じられないだろう。


生命活動はあっても当然意識は無い。幾ら生命保険で延命するヒトが丈夫だからって、アコライト試験で受けた内容通りなら現地での治療は非現実的な重症患者。

巨額を払って首都圏の大病院に緊急入院させればもしかしたら───というレベル。頭部も一部欠けていて、脳が無事かも分からないし多分現行技術じゃ厳しいと思う。


一瞬で室内の殺気が強まった。


無言で両手の袖から2丁の3M50を引き抜いたタマさんがナナフシさんを狙い、ナナフシさんも表情を崩さないまま黒手袋の指先から突き出た針をタマさんの首筋に突き出す。表情変えずにブランさんが飛び掛かり、脇の男達を壁に押し付け首を握り締めて持ち上げた。


「アンタのお嬢を守れなかった不始末を被せようって腹なら皆殺しよ。ちょうどいい機会じゃない。L.Cなんて壊滅させてあげるわ。」


「おやおや、暴れ姫の異名は伊達じゃあありませんねぇ。んっふっふ。ラフィさん、出来そうですか?」


ここに来た時点でボクの腹は決まっている。絶対助けてみせる。


「やりますから、大丈夫。ボクを信じて下さい。」


今日で三度目のエンジェルウイングの展開。ふわりと広がったふわふわな純白が欠けたお嬢を包み込む。癒しの波動を体の奥底から引き出して部屋中に届けていく。すると途端に殺気立った空気が消え、誰もがボクに注目して武器を下ろした。


「これは‥‥素晴らしい。」


ナナフシさんも強面を少しだけ綻ばせているのが分かる。部屋に広がったキラキラが、薄暗い室内を明るく照らしていた。


お嬢はあまりに体が欠けている。採取した組織サンプルから本来の肉体情報を抽出。このエンジェルウイングの真骨頂を使えばなんとか。エンジェルウイングの医療用ナノマシンには細胞還元システムが搭載されている。細胞の代わりとしてナノマシンで体組織を構成し、治療する方法だ。

現行技術でも似たような治療法はあるけど、エンジェルウイングの場合、配置したナノマシンは本来の細胞通りに振る舞う。穴を取り敢えず塞いで、血液を通すチューブとして機能するだけのものじゃない。極論全身全細胞ナノマシンだけで構成しても当面生き長らえてしまうものだった。抽出した肉体情報がナノマシンに人工的な生命を宿していた。


このままじゃあと15分もしない内に亡くなってしまう。まずは時間を稼がないと。光に包まれたお嬢はその姿を徐々に取り戻していく。


同時に採取したサンプル片を培養、万能細胞化して全身のナノマシンと交換する作業が始まる。時間は掛かるけど、ここまで原型を留めない状態だとこれ以外に対処法が無い。再生のマギアーツの類は機能しないし、そもそもその為のエネルギーを引っ張ってこれる先がない。さっきの治療で内臓の汎用スペアパーツは使い切っちゃったから文字通り一から作り治さなきゃ。


光の中ボクは演算に集中し、汗を垂らしながらも少しずつ肉体を再構成するお嬢を見下ろしていた。ナノマシンで出来た仮の血管の中を輸血した血液が流れ、光の中で真っ赤な人型の線画がその姿を変えていく。


その最中少しだけお嬢の目が開いた気がした。


「大丈夫、ちゃんと治しますから。」


余裕は無くとも少しだけ微笑み返す。


ナノマシンで構成された心臓が鼓動を始め、押し出された血液が循環し始めた。脳から足の先まで、血管丸出しだけどほんの少し生気を取り戻した感じがした。血を纏う骸骨にふっくらと肉が付いていく。


これはあくまで本来持つDNAの情報を頼りに再生させているだけだから、後付けの部分は再生出来ない。例えば余計な脂肪やインプラント、機械化部分に追加の複碗など。それに何か病状を患っていたとしてもそれも綺麗さっぱり消えて、生まれたままの姿になって再び生まれ落ちる事になった。


ある程度治療が進んだら、外付けの痛覚遮断のマギアーツを起動。例え意識が無くても神経を一から通す作業中、剥き出しの痛覚神経が金切り声を上げるのが分かっているから。皮膚を作るのは最後。それまで全部剥き出しのまま。普通のヒトは耐えられない。


脳から送られてくる電気信号を頼りに、神経系の接続を確認。筋肉に電気信号を送って指先まで動く事を細かくチェックしていく。胃の中にカロリーゼリーを注入して、消化されて排出されるまでの過程も調べ上げる。


腸内含めて本来全身に存在したあらゆる菌が死滅したまっさらな状態。医療用腸内フローラをナノマシンで塗りたくり、カロリーゼリー内の成分が短時間で繁殖させた。これでも馴染むのには暫く掛かるし、それまですっごいお腹の調子が悪くなるかもだけど仕方ない。


当面の免疫力低下を防ぐ為に、汎用抗体球を注入。そして雑病抗体作成用ワクチンをブスリ。終わった後暫く熱っぽくなるけどこれも大事な事だから。





カーテンの閉まった窓から少しだけ漏れ出す光が、朝日に紛れて消えた頃。何時間にも及ぶ治療がようやく終わったのだった。光の中から包帯で軽く体を隠したお嬢が姿を現し、場に安堵の空気が流れる。欠損のない無傷の体をナナフシさんは観察し、ご苦労とボクの頭を軽く撫でた。


「暫くは安静にさせて下さい。万能細胞が完全に定着するまで体機能が下がります。それと熱っぽさが数日続き、一週間ぐらいお腹の調子が非常に悪くなります。なので出来るだけ消化に良いものを食べて下さい。一週間後には歩けるようになるはずです。あと、もしなにかそれ以外に何かありましたら胡蝶之夢にいるボクに連絡をお願いします。」


「そうですか。お嬢も本当に悪運の強いお方だ。今回の一件の口止め料も兼ねて、相応額を特別報酬として差し上げましょう。」


疲れたボクはタマさんにもたれ掛かって報酬の話を聞く。タマさんとブランさんが報酬金額について細かく交渉をしてくれた。


交渉が纏まったのはそれから1時間後。契約書にサインを交わし、ボク達は蜘蛛の巣街を後にした。


ふにゃあっと欠伸をするボクはパンタシアに着くなり直ぐにベットに横になる。そして疲れきった意識は夢の中へ引き込まれていったのだった。





それは掃討戦で大きく街が揺れる影で起きた。


緊急事態に最低限の人員を残して静かになった、街を牛耳るマフィアの支部。縄張り内の街の各所から金を巻き上げ、支配する為のマフィアの武器庫。そんな支部の一つにふらりと現れた怪しい少女。黒のベールに顔を隠し、黒のドレスを上品に揺らす。


「ん?おい、どこの嬢ちゃんだ。見かけねぇ顔だな。」


真っ直ぐ建物に向かう少女に、中のマフィア達が顔を出す。その時、不意に少女は1人を指差した。


「面白い事を考えるのねぇ。こういうの、好きよ。」


「あがっ?!ぎっ?!」


するとふわりと見えない何かが男の首を掴み上げ、周囲が驚愕する間も無く周りを巻き込んで体が振り回された。突然の出来事に反応できない彼らはそのまま通りの脇に転がり土煙に姿を消す。


「うふふっ、あはははっ!幻のパンプキンモンスター様の導きのままに!」


少女が指を鳴らすのと建物が燃え上がるのは同時だった。黒炎が空を焦がし、瞬く間に残骸へと姿を変えてしまう。誰もが火消しに駆ける中、少女は人知れず姿を消したのだった。


それは突然の事だった。瞬間的な高音に周辺全てが怯む中、突発的な破壊の足音が各地を跨ぐ。街中に配置されたマフィアの支部が瓦礫を飛ばして崩れ落ちる。そんな様子を街1番のホテルから見下ろす眼鏡の男は切れ長の目を閉じた。


「任務完了。仕事の時間はお終いだな。」


ドアを叩く音に振り返れば、誰もが一目で最高級と納得する艶やかなドレスの美女がいた。仕事をキッチリと済ませた後の自分へのご褒美に思わず頬が緩む。男は眼鏡をくいっと上げてスーツに手を掛けたのだった。


都市警戒区域ギリギリにある未踏地の果て、隅っこの街アングルス。この街は二つの大勢力のマフィアによって牛耳られていた。しかし、それはこの街に影響力のある勢力が二つしかない事を意味する訳では無い。妖美な色に染まった色街の影で、虎視眈々と政権を狙う第三勢力。“暴れ姫”という暴力的な抑止力により辛うじて独立を保っていた、アングルスの中立地帯。


胡蝶之夢は今、現世に手を伸ばし始めていた。

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