36、その天使はずっと遠い場所からやって来た。足跡に奇跡の光を残して
「ッシャアアアアアア!!やってやったぜ!ザマァ見晒せ!」
「兄貴ィ!さいっこうに輝いてたぜ!俺ら特別報酬がっぽがぽでさぁ!」
イシダさんとコバヤシさんが夕日に向かってガッツポーズを決める姿を眺めていた。既に他の大怪獣も苦戦の末、何とか撃退したと放送が遺跡に響く。ボク達の勝利だ。
「さて、これから大変よ。」
タマさんはボクの肩に手を置いてぼやく。今回の戦いで予想外の大規模戦闘が発生した結果、十分な備えが無いまま多くの人々が無念な戦いに散っていった。この街は都市から離れた場所にあり、都市の企業が入り込む隙がないお陰で生命保険に加入していないヒトも多くいる。勿論タマ生命の代わりになる簡易な地元の保険会社があるけど、十分なノウハウがあるとは言い難い。技術力の差がそのままいざという時の生死を分けた。
この戦いで大勢の戦士を失ったこの街の行く末は暗いものになるかもしれない。
「今回の掃討戦で事前に用意されたアコライトじゃ数が足りない。心得のある奴は医療依頼に強制参加だってよ。」
報酬は治療した人数分の歩合制、大怪我したヒトを治しても捻挫を治しても同額払い。割に合わない報酬だけど、個人に個別請求だと想定外の大出費に破産者を量産しかね無いし、街の運営が出せる予算も少ないとの事。
アングルスの保険会社の元締めはマフィア。一度に大量に請求されても払い切れるか怪しく、かなり出し渋っているって話だった。
都市ではあり得ない話なのに、ここは未踏地の向こうの治外街。都市圏の常識は通用しない。
ボクはお金第一で動くつもりは無いけど、タマさんは随分と苦い顔をしていた。
「運営はマフィア連中が動かしてるのよ。逆らうと面倒になるから、行きましょう。アタシも付いてくわ。ラフィ一人だと心配だし。」
他の面々とは一旦即席旅団を解散し、ボクとタマさんとブランさんで医療現場へと向かった。住宅街の遺跡前に建てられた砦のそこかしこにシーツが敷かれ、血の匂いを充満させていた。倒れたヒトを纏めて連れて来たそうだけど、保険加入の有無等が分からず現場は混乱している。
明らかに頭部が無い遺体も混ざって並べられていて、ボクは目を瞑って黙祷を捧げる事しか出来なかった。
「うわっ。酷い有様ね。これじゃ大半は助からないでしょう。アコライトの人数が全然足りて無いわ。」
行き交うアコライト達は皆死んだ目で手を動かしている。
目の前で半身の無くなったヒトの瞳孔にアコライトが光を翳す。保険に加入していればまだ生きているかも知れない。だけど、即座に見切りをつけて脇に避けてしまう。頑張っても報酬は少なく、幾らやれど終わりの見えない凄惨な現場に誰もが嫌気の差した顔をしていた。
多くの命が溢れていく。ボクに出来る事をしないと。でも‥‥
エンジェルウイングを使えば広範囲の患者さんを纏めて治療できる。まだ実用したのは1回だけど、本来どういう使い方をするものか分かっていた。1個人を治すにはあまりにオーバースペックだったんだ。それがどういうものか分かっていても、何故それをボクが持っているかは分からない。謎の多いモノだけど、使える物は使わないと。
だけどこれをやると見境なく範囲内全てを治療してしまう。他のアコライト達の仕事を横取りするような事をしたらダメだよね‥‥うう、どうしよう。困った顔のボクの頭をタマさんがモフリと撫でる。
「アレを使いなさい。出来ると思うんならやっちゃえばいいじゃない。いいのよ、この街じゃ弱肉強食。取られるようなチャチな仕事してる奴が悪いの。」
「苦情受付は当機が受け持ちますので、その奇跡の力で凡愚共をお救い下さいませ。」
二人に背中を押されたボクは覚悟を決めて中央まで歩を進める。
「おい、アコライトか?何遊んでるんだ?!とっとと働かねぇと‥‥」
前に立ち塞がった黒服の男にブランさんがふらりと手を伸ばす。声を出す間も無く首が握り潰され、驚くのボクを気にせず患者さん達の隣に投げ転がしてしまった。喉を押さえて悶絶してのたうち回っている。
「苦情を承りました。どうせ纏めて治すんですし、喉の捻挫くらい大した事有りません。」
「ほらほら、早くふわふわで可愛いの見せなさいよ。」
タマさんに背中を突かれ、自身に内蔵された収納のマギアーツから天使の羽を展開した。ふわりと柔らかな純白は片翼20m程もある巨大な1対の羽。羽の付け根は背中側の空間に出来た小さな裂け目から出ていて、非常に軽い羽は風や重力の影響を受けずに薄らとキラキラ瞬いている。
「んっ、んんっ。」
神経が接続されるこそばゆい感触に思わず声が。だけどタマさんも驚愕の顔でボクの羽に見入っていて気付かなかったみたい。突然現れた巨大な羽に場の一同も声を失い、シンと砦は静まり返った。
既に日は落ち、夜空に星が瞬く頃。照明に照らされなお薄暗いこの場所を、優しく羽ばたいた羽から散布されたキラキラ光る粒子が包み込んでいく。
一層強まった癒しの波動が皆の心身を癒し、警戒で強張った心を溶かしてしまう。信じられないものを見る表情のまま粒子に身を委ねていった。
皆はボクといると演算処理が大幅に楽になると言っていた。ボクの何かが演算容量を大幅に引き上げていたらしい。多分ボク自身の容量を貸し出していたからなんだと思う。ボクの演算容量はすっごく一杯で。そんな容量を限界まで使う程に膨大な処理が頭の中で行われていた。
本当はもっと出来ると思うのに、今はこれが限界。沢山練習すればもっと効率よく出来るかな?作業が進む程にボクの中でR.A.F.I.S.Sが成長していくのを感じた。
再生のマギアーツのゴリ押しはエンジェルウイングの本来の使い方じゃない。ちゃんと機能を使いこなせれば‥‥
一人一人の患者さん達の生体情報が流れ込んでくる。散布されたナノマシンが患者さん達の傷を塞ぎ細胞の代わりをする。そして個人個人から採取し、その場で高速培養された本人の細胞と置き換えていく。
既に息を引き取ってしまったヒトの分はどうしようも無いけど、救えるヒトは救いたい。一から全部やると大変だから、スペアの内蔵パーツも使いたい。運営が用意していた分の汎用内蔵パーツを使わせて貰おう。
それでも足りない分は‥‥ごめんなさい、間に合わなかったヒトの分を使えるよう調整して使うしかない。せめて遺体は綺麗なままでいられるよう、開腹した部分は縫合しておいた。
30分程で全ての治療が終わり、天使の羽は姿を消す。それでも場は静かなままで、誰もが呆けた顔で羽のあった場所を見上げていた。
タマさんの横腹を突いてこそこそと場を離れようとするボクに、一人のすらりと大きい男が会釈してきた。
ギョロッと大きい目に、刻まれた傷跡を歪めて笑う口元。極彩色の派手なスーツを着込んだ、2mも超えそうな男の体躯は不気味な程に細長い。ええと、四肢の細長い昆虫がいたよね。何だっけ?
「LOST・Compassのナナフシと申します。この場を取り仕切る者ですよ、んっふっふ。いやぁ、拝見させて頂きました。まさかたまたま偶然こんな力を持ったアコライトがこの地にいようとは。すみませんが何処の所属で?」
所属?ああ、アコライト派遣会社の事かな。
「ボクは無所属です。タマさんと一緒に開拓者をやっています。」
ギョロ目が怖くて思わず威嚇するタマさんの背に隠れてしまう。ナナフシさんは手元の機器を軽く弄ってボク達の素性を調べ上げた。
「ふぅん。ランク1?ほぅほぅ、面白い。ランク1の開拓者がこれ程の戦績を!今日だけで大怪獣2頭の討伐に大きく貢献し、アコライトの行き交う現場を総ナメにする活躍を。その羅針盤、壊れてません?」
「壊れてないです!」
ぷんすかするボクにナナフシさんは手を叩いて笑う。後ろに控えて睨むブランさんと目が合うと、急に冷静さを取り戻した。
「おっと失礼。少々取り乱してしまいました。まぁ、本題といきましょう。緊急の依頼があります。此度の戦いに、私たちL.Cも参加しておりまして。まぁ、簡単な掃討戦ですし。お館様のお転婆お嬢のいい気晴らしになるんです。で、この騒動に巻き込まれたお嬢がちょおっと“欠けて”しまいましてね。」
「ラフィにどうにかしろって?まだ生きてるのよね?遺体を押しつけて医療ミス扱いにしようってんなら、アタシが黙ってないわよ。」
ドスの効いた声で唸るタマさんとナナフシさんが睨み合う。
「色街の暴れ姫のてめぇ様の事は知ってますよ?生憎あの悪運だけは一丁前のお嬢はまだご存命ですので、お世話係の私もこうして役立ちそうなアコライトを探して回る羽目になっているんですよ。」
暴れ姫‥‥ボクはそっとブランさんの背に隠れ、ちょっと誇らしげなブランさんがタマさんにドヤ顔を見せる。
「で、依頼を受けて貰えますかな?」
そんなボクにぐぐっと顔を近づけて覗き込む強面。ひうっと涙目になりながらもコクコクと頷いた。
助けられるのなら、助けないと。ボクはナナフシさんについて行く事にしたのだった。




