365、学校の怪談VSサイバーパンク
時間を少し遡り、ラフィ達が学校に着く前の科学実験室。そこに黒い影が居た。
つばの大きく平たい帽子の名はメキシコ帽子の通称で広く知られる、ソンブレロ。艶のある黒を基調としたデザインの下は、黒のホログラムが顔を薄っすら隠す。
纏う大型な黒コートの上に、更に黒外套。くどい程に黒尽くしな衣装は、タマが好んでデザインした。
そう、デビルズ・エコーの幹部としてタマはスカウトを受けていた。ラフィの影でひっそり、目立たぬ役回りを続けていたが。ローズ・ガーデンで勲章を受けた事で一躍有名になった。
守護天使に付き纏うアコギな開拓者から、予想以上に強い対人戦のプロとして。
お仕事でラフィと関われる機会が増えるのはいい傾向。タマに断る理由は無かった。それにヒーローショーは見ていると案外楽しそうに見えたから。
「ラフィが来るまで暇だし‥‥やっぱ事前に試してみたいわよね。」
深夜の科学実験室で儀式を行うと幽霊が現れるらしい。
タマは幽霊を信じていない。ゴーストのような魔法生物は知っているが、怖い話に出てくるような朧げな影を脅威として見ていなかった。
首を絞められたら喉を握り潰す、腕を引っ張られたらビームシュナイダーで斬り飛ばす、ひっそりと部屋の隅に立っていたら飛び掛かって蹴り潰す。
向こうが物理的に干渉してくる話が多い以上、物理には物理で返せると思うのが普通。武器を持たない一般人ならともかく、タマはフル武装した開拓者だった。
脳内戦闘では百戦百勝、余裕の表情で儀式を進める。
「何か出てラフィが危険に晒されるのもヤだし、とっちめておきますか。」
なんて冗談半分に、呪言の書かれた紙を米の沈んだ水の下に敷く。
スマイルのアラームで30秒ごとに3度、短いサイレンの音を鳴らす。
その間に水を何度かかき混ぜ中へ灰を注ぎ込んだ。その灰も呪言の書かれた紙を燃やして作ったもの。最後に指先で弾いて水に入ったコップを横倒しにしてしまった。中の灰混じりの水がすぅっと紙の上に広がって行く。その跡はまるで草の根のよう。
「‥‥ま、如何にも年頃の子が好きそうなおまじないよね。ほーら、幽霊さーん。居るなら姿を現しなさいよ。アタシをビビらせでも出来たら褒めてあげるわ。」
両手を広げてヘラヘラと、この一連の全てをバカにした態度で嘲笑う。机に腰掛け、暫く霊の沙汰を待った。
(何かしら?室温が急に下がって来たわね。深夜だしどっかから冷えた風でも吹き込んできたのかしら。)
いや、夜の学校の窓は割れていない限りは施錠されて全部閉められる筈。セキュリティルームで全窓を一括操作で閉じるのが常識だ。そして故障箇所がないかを夜間警備員が見回って毎日確認を行う。
流石に一気に室温が10℃以上下がればタマも警戒する。
(マジで何か出るの?ゴーストの類いかしら。後で組合に報告ね。)
卓上から降りてビームシュナイダーを揺らした。一寸の隙もない達人の佇まいで、全方位の気配を探る。
タマは1つ重大な見落としをしていた。
それはあまりにも身近に居て、敢えて意識する機会が少なかった。そういう種族だと割り切っていたから。
タマモは九尾の狐であり、その正体は妖。しかし、妖というのは古来からニホンコクに存在するも時代が進むにつれその存在は希薄なものになっていった。
文明の灯りが照らす範囲が広がる程、闇に生きる彼らの居場所は減って行く。人里に近寄れなくなれば、自然と妖力を失い急速に弱っていった。
ヒトはそこに有るだけで地脈の力を吸い上げ、体内へ蓄える。そして恐怖しその心に隙が出来た時、地脈の力が溢れ出てしまう。その力を妖は妖力と呼称し、掠め取って強大な力を蓄えていたのだ。
九尾の力を持つタマモは妖力を地脈から直接吸い上げる技術を磨いて、殺生石に封じられながらも希薄にならずに生き残って来た。
妖と幽霊。その差異はなんだろうか?
ヒトからの認識と呼称が違うだけで、本質的には同じものではないのか。妖としてタマモがそこに有るという事は、幽霊も同じくこの時代に現出してしまっている可能性があるのではないだろうか。
そしてその力がどれ程のものか。もしかしたらタマモと同じく、和風異界化を使う程なのかもしれない。
廊下の方から音がした。車輪が回転しながら迫ってくる静かな音。
そして1人でにドアが開く。そこには給食室の配膳ロボが佇んでいた。
(ゴーストが操っている?何が目的かしら。)
配膳ロボに気を取られたタマの背後に、音も無く首を吊った姿の女性が垂れていた。伸びた手を裏拳で弾き、回し蹴りがその体をへし折って吹き飛ばす。
手応えは浅く吹き飛んだ筈の姿が見えない。吊られた女の姿がタマの背後にあった。
科学実験室は静まり返り、そこには何も残っていなかった。そして一人でに電気が消え、配膳ロボが踵を返して戻っていった。
そして刻は現在へ。
「んっ‥‥」
ふとボクが目を覚ませば、近くにブラックカラントさん達が倒れていた。
「にゃはは、お目覚めですかラフィさま。」
スマイルから出て来て実体化したフィクサーさん、周囲を見て来たようで丁度帰って来た所のよう。起き上がって見てみればそこはどこか古臭い教室だった。バリア装甲がカビの匂いを通知してきていた。
「ここはどこですか?」
さっきまでトイレに居た筈なのに、知らない場所。
「これは異界化ですね。但し、魔王が使うものとは違います。タマモらが使うものに似ているかと。」
ボクは見た事ないけど、タマモさんも異界化を使うんだっけ。
「ただかなり広大な空間ですね。それに複雑です。まるでホラー系脱出ゲームの自動生成ステージのような。にゃはは、まぁ何処かに出口はあるでしょう。魔力ではありませんが、似た力の流れを感じますから。」
フィクサーさんは楽しげにボクの肩を叩いて、そのままスマイルの中へ戻っていった。ホロウインドウの中で道案内をする旨伝えてくる。
「‥‥どこだここは?」
「えっ?ここどこ?」
ブラックカラントさんとソノコさんが起き上がり‥‥ずっと後ろを付いて来ていたもう一人がやっと目を覚ます。綺麗な黒髪と鮮やかな赤のインナーカラーが印象的な、どこか気怠げな女の子。ブラックカラントさんと同世代かな?
「なに‥‥?急に。あー、ダル。」
丁度ボクと目が合った。
「‥‥っ!えっ、ちょっ。私がその。」
「アマネだ。私の護衛として付いて来ておった。台本通りならデビルズ・エコーの幹部との戦いの最中に初の顔合わせだったのだが‥‥ショーに事故は付き物だのぅ。」
ちょっとラフィと目が合ったんだけど生フィめっちゃ可愛い急に顔赤くなってヤバいギュッてしたいんだけど後退んないでって
急にR.A.F.I.S.S越しにアマネさんの心の声が、ドバッと流れ込んでくる!あの?!今はおふざけしている場合じゃないですって!
「アマネよ。言っておくがラフィは心を読むぞ。」
「ゲッ。」
ボクへハッキリ意識を向けて思念を飛ばさない限り詳しくは分からないけど。でもアマネさんはすっごいボクを意識して思念を放っていたから全部筒抜けになっちゃった。
「いつも読む訳じゃないです。でもそんなにグイグイ来ると、分かっちゃいます。恥ずかしいですから。」
「テンパってただけ。悪いって。」
そんな中、ソノコさんはずっとオロオロしたままでいた。そしてキャウルンさんもボクの背中に引っ付いて震えている。
「よく平気で居られるね!怖くないの?!知らない廃墟に飛ばされたんだよ?!」
「あはは‥‥大丈夫です。絶対出られますから。キャウルンさん、ボク達に任せて下さい。」
「場慣れしたかいたく‥‥ゲフン、魔法少女的には驚きはすれど平静を欠く程ではないわ。圏外だがスマイルも動くし、ふむ。銃も問題なさそうだのぅ。」
いつものトイ・ウェポンじゃなく、ちゃんとした本物の銃をブラックカラントさんは構えた。
「カッコいい銃ですね!」
ソノコさんの声に嬉しげに笑う。
「こう見えて銃も得意だぞ?可変バレル式アサルトライフル‥‥ブラックアイよ。」
バレルの長さを変える事で、アサルトライフルから簡易なスナイパーライフルまで運用を変えられる可変タイプの武器。口径も大きめで、高価格帯の銃種だった。
カタログで見た事ある。確か2000万円近くしたっけ。
「2000万円?!」
ソノコさんの素っ頓狂な声に、ブラックカラントさんは「自慢する額じゃないがのぅ。」とぼやいた。
ボクの肩をアマネさんが突く。アマネさんは大鎌を構えていた。
「こういうの好き?」
大好きですっ!!きゃーっ!!
ボクも収納から死神の鎌、グリムリーパーを取り出して構えて見せた。口笛がそれに応えて、アマネさんは頬を紅潮させる。
「カッコいいじゃん。」
「グリムリーパーって言うんです!」
「私のはピンクネイル。可愛いっしょ。」
鮮やかなピンク色の、刀身が細長い大鎌。斬るというより突き刺すように使うのかな?すっごい鋭利そうだった。
「大鎌は銃より強いのかえ?」
「状況によってはね。」
アマネさんはピンクネイルを収納にしまい、手をヒラヒラさせていた。
お互いに共闘前に武器を確認し合い、改めて脱出計画を立てる。ラズベリーさん達と合流しないと。でももしかしたら先に脱出しちゃっているかもしれないから。
だから先ずは脱出口を確保する。それからプチフィーを放って捜索という順で行う感じに纏まった。居るかどうかハッキリしないラズベリーさん達を探す為に、この怪しい空間を彷徨うのはリスクが高いし。ラズベリーさん達も強いから、自衛は出来る筈。それに出口へ向っていれば途中で合流出来るかもしれないしね。
「すっごい皆さんが頼りに見えます‥‥」
ソノコさんは怖がりながらもボク達に囲われる。
「本職のヒトは頼りになるね。」
なんてキャウルンさんはソノコさんに抱き上げられていた。
「出発です!」
教室を飛び出し、バッと一斉にクリアリング。そしてR.A.F.I.S.Sが先程から捉えていた反応を目の当たりにした。
それは動く石像。
ええと、金次郎ってヒトの石像だっけ。薪を背負った読書家の像が固い動きで徘徊していた。それも3体も。
ボク達を視認すると、首がガコガコと奇妙に動いて一気に急加速して迫って来た!
S.S.Sから紫電M10の銃口が覗く。石像が廊下を蹴り壊す勢いで飛び掛かってくる。
学校の怪談が今、煌めく文明へ牙を剥いた。




