33、餌場の中で、小粒が八面六臂に駆け回った
今まで多くの修羅場を潜ってきたタマは急激に変わりゆく戦場に戸惑っていた。始まりはラフィに感じた違和感だった。戦闘に関してはまだまだ未熟な所のあるラフィが、急に極めて的確かつ精密な支援行動を取り始めたのだ。皆の動きを完全に把握したように巻物の帯を伸ばし、怪物の動きをピンポイントで阻害する。遂にはタマ自身の行動すらも先読みした動きを取り始め、タマは戦闘よりラフィに起きた異変の確認を優先する事にした。
ブレードランナーを駆り、俊敏に動き回るラフィを追いかける。伸ばした手は宙を掴み。腕を動かした瞬間にはバク宙で躱されていた事に、頭上を小さな影が通過した事で気付いた。
「いや、待ちなさいって!」
しかしラフィは衝突を避ける為か、あくまで一定の距離を保つよう飛び回る。
(こんにゃろ‥‥捕まえたらモフり回してやろうかしら!)
ラフィは一手先を読んで動くものの、それだけではタマの手を逃れる事は出来ない。少しムキになったタマは、ラフィがブレードランナーで宙を踏んだ瞬間に真下から急接近。ラフィより少し出力を上げて宙を蹴ったタマは、ラフィの腕を掴む事に成功する。そして尻尾を胴に巻き付け確保した。
ブレードランナーは仕様上、宙を踏んだ直後は次の操作まで一瞬のクールタイムを挟む。その間はラフィは宙を動けなかったのだ。
「大丈夫?!」
ラフィの顔を覗き込んだタマは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。青く澄んだラフィの瞳は真っ赤に変色し、片目を淡く光る演算陣が覆っていた。ぐるりと丸い演算陣には無数の漢字が刻まれ、ホロウインドウのように宙に固定されている。マギアーツの知識に富んだタマは演算陣から大凡の内容を読み取れた。
(周辺の地形、敵影をスキャンする広域探知系に知覚限界を引き上げる精神加速のマギアーツか。変ね、マギアーツが不完全?単品じゃ機能しない。まるで何かの力を補強するかのような───意識がぼんやりしてるわね。何が起きたか知んないけど一旦気絶でもさせて退却するのが‥‥)
その時だった。突然タマの索敵に巨大な影が引っ掛かる。と、轟音と共に大口がマンションの下から飛び出す。宙を舞う鉄筋に瓦礫。突き飛ばされたブランがタマの側まで転がり土煙に姿を隠す。そして巨大な口腔がシロとハクを一口で噛み砕こうとしていた。
(あいつらは無理ね。クニークルス‥‥クソッ、瓦礫が頭にぶつかったのかしら。肉体の損壊率5割って所か。回収して離脱を───)
飛び出した5mを超える大口の内部に、既に半身を隠したシロとハクを思考内で切り捨てる。タマは薄情な性格をしていた訳ではないものの、戦場で仲間を無くす事にある種の慣れがあった。冷静な思考で最善の判断を下そうと、急変した状況を前に集中していた。
口のサイズから恐らく怪物種の中でも大型に区分される、大怪獣の一種だろう。外見は蜘蛛型か。全長20m級はあるかもしれない。タマの武器は大怪獣の類にも通用する火力がある。しかし大怪獣の全身に搭載された重火器の砲火から仲間を守りながら戦える自信は無い。撤退を決断したタマは、尻尾に巻きつけたラフィを抱き抱えて逃げようと‥‥背筋が凍った。
いない。
タマの思考がラフィの存在を忘れた一瞬の合間に、小さい体は尻尾をすり抜け大怪獣へと駆け出していた。
「ラフィ!!」
ラフィは真っ直ぐ今にも口を閉じようとする大怪獣へ向かっている。その両袖から長く伸びた巻物が、勢いよく薙ぎ払われていた。帯が通り抜けた先にあった何本かの鉄筋が姿を消す。それが収納のマギアーツによるものだとタマの理解が追いつく前に、大口の牙が悲鳴を上げる硬質な音が響き渡った!
閉じる寸前の口内に差し込まれた帯から、直前に回収された何本もの鉄筋が縦に現出する。小さく柔らかな肉を噛み砕くつもりで閉じられた顎に突き刺さり、牙を砕きながら強引に口を開けられてしまった。同時にシロとハクの体に巻き付いた帯が、口内から二人を引き摺り出したのだった。
一瞬の救出劇の後もラフィは止まらない。こじ開けられた口内へ向け、6丁の光学兵器を向けていた。巻物の帯と腰の本から突き出した白い銃身には青いラインが刻まれている。光学兵器“フェンリル”は迷いなく発射され口内へ吸い込まれた。
1丁分の照射では大怪獣に大したダメージを与えられなかったかもしれない。しかし束ねられた6本の青白い光線は、瞬く間に口腔から腹部まで真っ直ぐに灼き切り貫通する。大怪獣の巨体が揺れた。
が。
大怪獣はそう容易く息絶えない。確かに致命傷となる一撃を受けたものの、脚部と頭部に搭載された10を超す機関砲が発射の反動で硬直するラフィを狙い撃つ。
横合いから飛び出したタマは小さい体を抱き抱えて銃火の前を横切った。一歩後ろの地面が砕け、泥が舞い、激しい地鳴りが追いかける。大怪獣の前で踊るようにくるくると滑走し、片手で構えた3M50で機関砲を破壊して回った。
体勢を立て直したシロとハクが左右から迫り、光の剣が横切った後にバラけた蜘蛛の脚先が転がった。
大きく体勢を崩した蜘蛛の大怪獣。頭部と腹部の繋ぎ目がボロボロになったせいかその動きはガクガクと覚束ず、巨体が地に伏すのは時間の問題のようだった。
だがしかし。
獲物を前にした大怪獣は是が非でも捕食を完遂せねばならない意地があった。自身の急襲時に周辺の小型の怪物は巻き込まれ、今は方々に散ってしまっている。捕食そのものは周辺の小型に任せ、せめてその一助とならねば。
体躯に任せ、倒れ込むようにラフィとタマへ突っ込む。大口の前で二手に分かれた二人は捕食を回避し、置き土産に巻物から噴射された瓦礫片が頭部を損傷させた。
ラフィの巻物が大きく伸び、怯んだ頭部の真横に展開する。仮にそこから内蔵された銃火器を打ち出しても、大怪獣の分厚い装甲を抜く事は出来ない。
しかし内部から現れたのは、純白の巨大な薔薇の蕾を構えたブランだった。
クラスA規格‥‥つまり超質量を誇る巨大な蕾の名は「Rosula」。大質量を砕き割る生々しい轟音がその威力を物語る。
そして揺らいだ頭部の向く先で、タマは両手の3M50を突き出して構えていた。EX弾頭を惜しまない2丁の砲火は瞬く間に大怪獣の頭部を粉砕する。アサルトライフルながら、速さと質量を増した1発1発は対物ライフルに匹敵する。如何に大怪獣の頑丈な頭部と言えど、光線に貫かれ百もの対物弾の集中砲火に耐えられる訳がなく。
頭部を失った大怪獣は、結局急襲した場から殆ど動けずに巨体を地に臥せる結果となったのだった。
「こんなにあっさり‥‥いや、速攻戦で片付けたから何とかなったのか。」
蜘蛛の背部に搭載されたちょっとした軍事要塞を思わせる無数の砲塔は、役目の無いまま沈黙してしまった。本来なら一時撤退後、組合本部に連絡し賞金を掛けて討伐計画を立てるような大物。本格的に動き出されたら流石のタマと言えど、ノクターンの燕尾服を使わなければ勝ち目がない。
最悪ノクターンの片方割れ、タマモを呼ぶ事も頭をよぎったが‥‥アイツの戦い方は目立ち過ぎる。出来る限り人目につく所にタマモを出したくない。
ラフィにフェンリルを買ってて良かったと思いながらも、買ったばかりのフェンリルの全弾掃射を大怪獣の口内へ放つなんて度胸があるとは。一歩間違えば集中砲火を受けるというのに。いや、もしかしてタマ自身が助けに入る所まで計算ずくで?
タマの視線の先で、片目に浮かんだ演算陣を点滅させていたラフィの瞳の色が青く澄んでいく。そして糸が切れたようにその場にへたり込んだ。
未だこの地区の敵を殲滅した訳じゃ無い以上、抱えて無理に撤退するより一度何処かの建物に避難して体勢を立て直すか。尻尾でラフィを抱き寄せつつ、タマは冷静に判断を下した。




