342、サキュバス達の園に死がぶち撒けられた
サキュバスクイーンの街、ローズ・ガーデン。逃げ惑うサキュバス達を押し除け、ゾロゾロと無粋な軍靴の音が駆け抜ける。
宮殿に立て篭もった少数のアサルトメンバーが、大量にタレット小銃を配置して高所を取って交戦していた。盾を構えて突入しようとするも、絶妙なタイミングでグレネードランチャーを盾の背後へ撃ち込まれ、思うように突入出来ない。
(少数だが相当な練度だな。動きに焦りが見えない。しかしあまり時間を掛けていられないのも事実。)
エイガは軍帽の下で忌々しいシブサワの精鋭を睨んだ。指示を飛ばし宮殿を包囲させ、突入箇所を増やして行く。
くらり。
部隊の面々が苦しそうに下腹部を抑え、立ちづらそうにヨタヨタ。
(サキュバスクイーンの魔法か?クソ、妙な劣情感だ。強制的に体を反応させられるのは実に不快だな。)
体温が上がり、感覚は鋭敏に。桃色の思考が勝手に湧き出て来て邪魔をする。
突然補佐官の一人が激しく嘔吐をし、そのまま呼吸困難に陥ってのたうち回った。
(バリア装甲で異臭対策をした筈だが、それすらクイーンは貫通するか!女性兵士は下げるしかない。男性のみは不安だが、これでは戦闘どころではない。)
サキュバスクイーンは非戦闘員。少なくとも謎の超パワーで街一つ吹き飛ばすような、そういう類の怪物では無い事は確認済み。支配層に要求されるのは政治力であって、戦闘力では無いのだ。
しかしその種族的な特徴はあまりにも厄介だった。サキュバス対策は念を入れて仕上げて来た。男性兵士は“枯れる”ぐらいに劣情を排して来たし、バリア装甲も厳重にサキュバスの影響をシャットアウトするよう改造を施している。
その上でサキュバスクイーンの影響力は上回って来た。姿を確認出来ない宮殿の奥から、狙った者へピンポイントに干渉してくる。
(シブサワの部隊は数分前まで影も形も無かった筈。予定外の交戦で突入がこのまま遅れ続ければ、作戦全体の破綻が見えてくるな。)
仮に影響を受けたとしても、一気に突入出来れば制圧は容易な筈だった。しかし宮殿の目前で籠城戦になり、宮殿ごと爆破する訳にも行かずに身動きが取れなくなってしまう。
「エイガ隊長、如何しますか?クイーンをお迎えする計画がこのままでは。」
エイガは目を瞑り、任務の完遂の為に合理的な判断を下した。
「聞け!!付いてくるかの判断は任せよう。無理強いはしない。だが、付いて来た者には勲章をやろう!」
目前へ歩み出る。そして軍刀を抜き‥‥
「こうするのだ!!」
股ぐらに突き立てた!竿も玉も斬り落とし、激しい出血が刀を濡らす。その覚悟に誰もが息を呑んだ。
強化外装が痛覚を遮断して出血を止める。失った分の血液が輸血された。
「今の俺は男では無い。故にサキュバスなど恐るに足らず。行くぞ!!」
合理的、だが本能が拒絶する激しい自傷行為。しかし、率先して動いたエイガを見て何人もがナイフを取り出し逆手に握った。勝手に反応して抑えの効かないムカつくイチモツを‥‥グサリと。
痛みを強化外装が消したとしても、ショックで心が波立ち不快感に吐き気を覚える。それでもなおエイガの背中に付いて行く為、駆動魔具を発進させた。
「突入!!」
激しい援護射撃の中、エイガは並外れた駆動魔具の動きで宮殿内へ飛び込んだ!後続に十数名が続き、そのまま勢い良く突き進んだ。
宮殿の奥まで一気に突き抜ける中、突然天井が蹴り抜かれて目前に影が降り立った。
優雅に一礼するメイド服。
「事態をややこしくする部外者はご逝去なさいませ。」
徐に振り抜かれたミスリルウィップは音速の数倍の速度で迫り、エイガの軍刀が弾きながら突進する。
「隊長!」
「任せたぞ。」
ブランを狙い撃つ部下達の襲撃に守られながら、エイガは更に奥へと飛び込んだ。ドアを蹴破り、その奥まで駆け込み転がる。そこは王座の間。他に誰も居らず、ただサキュバスクイーンであるフレア・ローズだけがそこに居た。
一度息を吐き、エイガは恭しく頭を下げた。
「お迎えに上がりました、フレア・ローズ様。貴女を迎えるよう、トウジョウ・ゲンブ代表より承っております。」
フレア・ローズの声が響く。
「私に直接口を利くか?下郎。弁えよ。」
その声には強い強制力を感じた。エイガの鋼の精神がそれを跳ね除ける。
「説得する時間がない事を詫びましょう。直ぐにでも参らなければ。」
一歩踏み出したその瞬間、強烈な違和感を感じた。
空気が重い。甘ったるい。その強烈なフェロモン臭はただのフェロモンに非ず。漏れ出るサキュバスの魔力が変異したもの。そう、フレア・ローズの魔力が充満する“領域内”。
サキュバスクイーンの正体は長年語られず、サキュバス達の認識も曖昧なものになっていた。女王アリとは訳の違う、もっと種族的な始祖に当たる原始の色魔。色欲から魔力を得る技術を編み出した、ずっと太古から永らえて来た悪魔。
別に戦ったら強い!凄い!なんて存在ではない。ただ‥‥フレア・ローズからすれば全ての生命の持つ性のエネルギーは、領域内であれば容易く干渉可能なものだった。
フレア・ローズは座ったまま。しかし、エイガの頬を魔力が撫でた。そして耳元で囁く。
「貴様‥‥!!」
この瞬間、彼は魅惑の声との濃厚な交わりを経験した。腰が立たずに崩れ落ち、あまりにも無様な格好で床を舐めた。
別にフレア・ローズは戦えない。出会い頭に銃を撃ち込まれていたら、そのまま敗北していただろう。ただ、クイーンの力が発揮された事例はあまりにも少ない。知らなければどうしようもなかった。
ブランが玉座へ姿を現す。
「やはりこうなりましたか。当機は性の喜びを享受できる事を自負しますが、フレアさんはどう思うでしょうか。」
フレア・ローズは姿勢を崩して苦笑した。
「あはは、そうね。私は貴女に干渉出来ないわ。でも性の喜びってどこまでも奥が深いから。私だって未だ探求の身よ?」
「そうですか。まぁ与太話はともかく、依然として宮殿の外では銃撃戦の真っ最中で御座います。当機は貴女を守る為にラフィ様に遣わされましたので、待つ間茶でも出して下さい。」
「貴女がお茶を要求する側なの?ふふっ、面白いメイドさんね。」
玉座の間の扉の前、首塚が出来上がっていた。世の中には覚悟と勢いだけではどうしようもならない問題は沢山ある。目前に突然降って来た数世紀先の最高級バトロイドとの偶発的な取っ組み合いは、そのまま死刑宣告となった。食い下がるにはあまりにも突発的過ぎたのだ。
彼らは強い。精強だ。ただ、この世界は少年漫画では無い。強者が強者足り得るのは、相応の準備を済ませ有利な戦況を作って戦えた時のみ。始めから仕掛けるつもりで現れたブランは準備を済ませた状態で襲い掛かり、完全に不意を突かれた誰もが不利な状況に伴い準備不足となっていた。
誰かが動く前に敵意すら感知できるR.A.F.I.S.Sの、煌めく文明のその先にある隔絶した技術よ。不意の打ちようがないと言うのは、ブランとその主人を真の強者とした。
ジョアッチーニは背後からの襲撃者に部隊を動かし応戦忙しなかった。
「エイガ隊長突貫するも、予定時刻を過ぎましたが未だ帰還せず!指示を!!」
「ウッセーな。狼狽えんじゃねぇよ。作戦は失敗だ。予定通り帰投するぞ。」
大目標、失敗。プランBとも言える小目標は進行中。その結果を待つ為に全部隊をここへ待機させるのはリスクが大き過ぎる。作戦の失敗の原因は間違いなくシブサワの介入だった。シブサワの精鋭との交戦が全体の遅れを生み、そのまま致命打となった。
「報告します!前方、アナグマ方面よりシブサワPMC旅団大隊第4旅団の襲撃です!アサルトメンバーのものかと思われます!既に負傷者多数、至急増援を!」
今知った。戦場全体へ撒かれたジャミングで通信が飛ばず、現代戦にあるまじき情報網のもたつきが戦場を混乱させていた。
(宮殿に居た奴らの本隊がアナグマに居たのか。チッ、てっきり宮殿の奥に布陣してるもんだと思ってたぜ。突然現れて無茶苦茶にしやがって!)
帰投するならアナグマを経由するルートしか無い。ローズ・ガーデンは頑丈な防壁に囲まれた要塞。横穴なんて開けられる訳がなかった。
「このままじゃ挟み撃ちってか。宮殿の部隊は最低限だけ残してアナグマ方面に応戦しろ!勘だがクイーンは討って出てこねぇ!無視して良い!」
軍人家系のエイガと比べ、ジョアッチーニは元開拓者。ランク50の在野の天才。個の力は優れているが、部隊を纏める力は素人に毛が生えたレベル。数十人程度ならともかく、この場で戦う300人の部隊を纏め上げる才は無かった。
戦場では誰もが死の恐怖を目の当たりにし続ける。ポン、と作戦コマンド一つで何でも言う事を聞いてくれる部隊なんて存在しない。戦況が悪化する程に精鋭ですら正気を失い、退路を敵に断たれた状況となれば発狂しかねない恐怖に心が軋んだ。
この場に新兵が居たら発狂して泣き叫んで蹲るか、幼児退行して銃を捨てて上官に縋るか、それか意味不明な突撃をして前線を混乱させるかしただろう。
(敵はシブサワの精鋭、攻め手側だから戦意旺盛で勢い付いていやがる。こっちは作戦失敗で士気がどん底な上退路無しの背水状態。しかも現在進行形で蜘蛛の大規模な群れが向かって来ている!ラフィが抜かれたら纏めて飲み込まれて終わりだ!)
ラフィをこの問題へ関わらせないよう工作を重ねて来た癖に、皮肉にもラフィへ縋ってしまう。予定ではとっくに仕事を済ませ混乱するアナグマを尻目に逃げ去っていた筈。この場には万が一自警団との戦闘になっても確実に勝てる最小人数だけしか居ない。
(問題は敵の数だ。どれ程いる?急に沸いて出てきたって事はまぁ大部隊ってのは無いだろう。流石に大規模な軍事活動をアナグマで行えばイージスとニッポンイチから厳しい追求を受ける。小競り合いで誤魔化せる程度の数な筈。つまり戦力差はイーブン!)
前線で激しく撃ち合う兵士達は、ダマスカス合金製の盾を地面に突き刺し前線を形作っていた。盾の上部にはバリア装甲が展開され、手榴弾などの投擲物を弾き返す事が出来る。極めて頑丈、と言うほどでは無いがこういう状況では十分に頼れる防壁だった。
「クソッ!なんて日だ!サキュバスの園に行けるって聞いてちょっと期待してたのによ!」
「シブサワの連中俺たちを通さない気だ!」
「機関砲来るぞ!」
覗いた重機関砲が容赦無く砲火を上げ、数枚の盾を吹き飛ばしてしまった。直ぐに予備の盾を収納から出してセットするも、一緒に消し飛んだ数人の残骸に誰もが恐怖した。頭部も含め粉微塵だ。
混乱に乗じて事を済ますだけの部隊。本格的な戦闘に備えた装備など無く、サキュバス対策に演算容量を持っていかれるせいで、バリア装甲の防御能力が大きく低下していた。
「今の衝撃でも即死か?!わああっ?!」
前線が乱れる。思わず逃げようとする数人を、躊躇無くジョアッチーニが撃ち抜いた。
「ハァイ、敵前逃亡は死罪よー。ったく、ビビってんじゃねぇぞ!何処に逃げる気だよ?!敵陣の只中なんだぞ!腹を括れ!盾を持て!突撃で無理にでも突破する!このまま籠ってたら思う壺だ!」
「お言葉ですが、ここは降伏しましょう!無理です!」
口答えした一人が頭部を失って倒れた。ジョアッチーニは更に声を張り上げる。
「ここで捕まったら計画全部漏れんだぞ?!降伏して敵に全部情報差し出したバカをイージスが見逃すとでも?!家族諸共消されたいんなら勝手にしろ!ここで死んでた方がマシだったと後悔するぜ!」
突撃、突貫、無謀にも思える命の使い捨て。しかしいつの時代になっても、結局最後にものを言うのは突撃戦法。
残ったドローンを一斉に起動する。機銃の付いたドローンが50程浮き上がって、一斉に反撃を始めた。20体のバトロイドを起動し、盾を構える自分達の前を突進させる。両手に備わった小型のガトリング砲が、厚い弾幕を張った。
「と つ げ き ィィィィィ ──────!!!!」
金切り声に似た咆哮と共に一斉に盾を構えて動き出す。生き残るには目前の敵が張った防衛線の突破しかない。
「いいか?!投降したら家族が巻き込まれるからな!!自決しろ!絶対に捕まるな!!」
両手に2丁の大型のライフルを携え、ジョアッチーニも駆動魔具で勢い良く地面を蹴った!
幾つもの榴弾が降り注ぐ。グレネードランチャーが撃ち込まれる!ジョアッチーニの真隣を走っていた副官が、バラバラに裂けて血煙が巻き上がった!
(何が何でも生き残ってやる!そんでここを辞めてやるクソが!ランク50を舐めるんじゃねぇ!)
軍団同士の衝突に於いて、個人が出来る事は限られている。誰もが己の力の真価を発揮出来ずに血煙に姿を変える。
“イージスの狼”と呼ばれた若き天才、シュウはずば抜けた格闘技の天才だった。もしかしたらタマに匹敵するかそれ以上の才能の持ち主だったかも知れない。
頭上に落ちてきたグレネードに巻き込まれ、小指と人差し指だけが残った。
念願叶ってイージスの特殊工作部隊へ入隊したシンパチは、その頭角をメキメキと伸ばした才能の塊だった。将来を期待され、縁談の話も持ち上がっていた。
爆風に巻き込まれて盾を手放してしまい、起き上がる前に数発の狙撃が上半身を吹き飛ばした。
ジョアッチーニに憧れて副官に登り詰めたカルラは、淡い恋心を内心に潜ませながらも戦場を共にしていた。子供の頃から冴えた頭で周囲に評価され、エリートとしてここまで生きていた。この作戦が終わったら余暇に新作映画を見に行く予定だった。
ジョアッチーニの50m後方、床に散らばっていた。
そして、子供の頃からやんちゃ坊主として周囲を騒がせたガキ大将。高校生になって開拓者へ転向、一気に才覚を伸ばしてランブルファイトで一躍有名に。多くのヒトを助け、組合から高く評価されるも安定した収入と生活を求めてイージスへ。
休日は飼い猫を撫で、一緒に猫動画を楽しみ、もう居ない妻との思い出のレストランで夕食を食べる。今日の夜もそんな予定があった。
ジョアッチーニの目前に現れた、両目を眼帯で隠した長身の男が黒い刀剣を携える。
「俺はランク50だぞ!死にたくなかったら退け!!」
「結構。しかし‥‥」
その刀剣は瞬間的に時速200kmの速度で変形、見切ったジョアッチーニが身を翻すも同時に男も動いていた。男が動けば鞭のように変形した刀剣も引っ張られて軌道が変わる。
一瞬、眼帯の奥で視線が合った気がした。
頼む、見逃してくれ。俺には帰る家があるんだ。待っている奴が居るんだ。
通りすがりに首が飛ばされた。
「悪いが、在野の天才が精強な軍人に勝てるわけがなかろう。潜ってきた死線が違う。」
指揮官の首は確保され、掃討戦は終わっていった。
戦争に情けも容赦も存在しない。命が雑にぶち撒けられ、企業の謳う大義の為に血の海が作られた。企業同士がかち合えばそれは既に企業戦争となる。彼らの死は隠蔽され、この戦いも世間には有耶無耶に誤魔化されてしまうだろう。世間が求めるのは治外街を絶望から救ったヒーローの活躍であり、血生臭い殺し合いの現実的な光景ではないのだから。




