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336、強大な妖は笑顔の裏を蔑んだ

アナグマアンダーグラウンド。日の差さない地下街の、更に闇の奥。無法を日常にする者達が、ビジネスに励んで刺激の強い娯楽を楽しむ場。


そこの常連なハチビさんは、入り口を守るチンピラの溜まり場に躊躇せずに飛び込んだ。


あーん?と視線が集まるけど、どこか幼なげながらも色気を振り撒く視線を送れば皆鼻の下を伸ばした。


「誰かと思えばハチビの姉さんですか。あはは、また打ちに?」


「そうそう。今日パチで結構良い当たりを見れてね〜。今なら行けそうって思うの。」


‥‥!今、ハチビさん何かした。吐いた吐息に含まれた妖力をR.A.F.I.S.Sが察知する。男達は皆デレデレとした態度で、ハチビさんに盲目的に振る舞った。


「勿論通って下さい!そのぉ‥‥お幾らで?」


「ごめんね〜。私に値段は付いてないの。でもさ、触れられないけど。」


悪い顔の男の肩に手を置いて、耳に再び吐息を。男は一瞬白目を剥いた後にフラフラしながら壁にもたれ掛かった。


「あっ!ズルいぞお前!このっ!」


「へへへ‥‥姉さんの息すげぇ。うぇっへへへ‥‥」


‥‥怖い。本人達は気付いていないようだけど、余りにも異様な光景だった。アングルスでも見た事がある。怪しいお薬で気持ち良くなって、路地裏の泥に塗れながら恍惚とするヒト達。あんな光景に似ていた。


『遊郭で過ごしてた時は凄かったんだよ?脱ぎもしてないのに、男はみ〜んな脳までトロトロになっちゃってさ。やり過ぎて大騒ぎになっちゃったけど。』


R.A.F.I.S.S越しに自慢げな声が響いた。10人ぐらいで入り口にたむろしていたチンピラ達は皆骨抜き。ドアを素通りするハチビさんの後を、光学迷彩で風景に溶け込んだボクもササっと追った。


『ラフィくんには息は効くのかな?』


『多分効きません。アニマトロニクスの大元の力は‥‥』


『やっぱり?でも、試したいんだよね。』


イタズラっぽい気配でそう言うけど、そういうのは後!今はじゃれ合っちゃ折角の潜入捜査がバレちゃうよ!


『分かってるって。』


アンダーグラウンドは、すっごい薄暗くて汚い狭い通路。通路の脇に幾つも部屋があって、部屋の中に別の通路に接続する入り口が付いている。無計画に巣穴を掘って、結果迷宮のようになってしまった。


看板は全部錆びた鉄のプレート。各通路に何号通路って名前が刻まれ、天井の低い部屋に多様な店舗が入っていた。


お酒とお薬を楽しみ、乱闘騒ぎすら娯楽にするバー。この世の倫理観の外の常識で、貪欲に快楽を追求した違法なショップ。明らかに医療の資格を取っていない、老朽化した設備で傷を塞ぐ闇医者。胡散臭い修理業者に、無法な養豚場なんてのも。


都合の悪い死体はあっという間に砕かれて豚の餌の足しにされた。


『酷いです。』


『でもここのお陰で、あっちこっちの治外街に散っていたであろうクズ達が纏まってくれてるし?ゴミ箱に捨てる時もその方が楽ちんってね。』


アンダーグラウンドはタマモさんが首長になる前からずっとあった場所だけど、捕まえて獄に入れてもあの手この手で直ぐに出てくる悪いヒトを‥‥始末する為にそのままにされていた。


ここじゃ不審死は日常茶飯時。どうせ変な薬を使って亡くなったのだろうと誰も気にしない。鳥居からすっと現れられる九尾衆の面々の、裏のお仕事だって話だった。


賭場に顔を覗かせ、程々負けながらもハチビさんの妖艶な吐息が場を徐々に支配して行く。すると勝つ回数が増えていき‥‥誰もがハチビさんファーストな勝負をするようになってしまった。


勝てば気まずそうに、負ければハチビさん褒め称える。正に賭場の姫と言った振る舞いだった。


「そう言えばさ〜、最近開拓者連中どころかなんか皆良い武器持ってるよね。カッコいいじゃん。」


気まぐれを装った声に、場の誰もが知らないと愛想笑い。


『嘘です。』


R.A.F.I.S.Sに繋がったまま嘘は付けないよ!ボクの真偽を見抜く力でハチビさんは的確に話を進めて行く。


「え〜?皆知らないなんて遅れてるー!あはは、この前開拓者のさ。ホラ、ヤスケくんが自慢してきたんだよ?私だけに見せてやるって。聞いたらなんか安く売ってくれるバイヤーが居たなんてさ。」


場の空気が一瞬剣呑に。けどハチビさんの色気が警戒しようとする心を緩ませてしまう。


「まぁ、この話はホント秘密ですって。あんま声を大にして言うのはね?言っておきますがテロとかそういう物騒な計画はナシですよ?!」


‥‥本当だった。


これにはハチビさんも少し驚いて、短い間だけど熟考してしまう。


『てっきりコソコソと自然原理主義者連中がテロでも計画してると踏んでたんだけどな。外れちゃったかな?』


一応場の全員にテロの関与をやんわり聞くも、


「具体的なバイヤーの情報は流石の姉さんでも勘弁して下せぇ。へへっ。ただ、マジで護身用なんですよ。だって良い銃が格安ですよ?買わない理由はないでしょ。」


「でもタマモ様に漏れたら絶対バイヤー潰されますし。俺らにとって救済だとしても、タマモ様からすれば不審火でしょうから。」


『全部本当です。嘘はありません。』


ハチビさんも困ったぞ、という風に話題を打ち切った。男達はほっとした顔で姿勢を崩す。魅了されて口を軽くしながらも、絶対に漏らしてはいけない秘密って意識が勝ったようだった。多分バイヤーの事を話しちゃったら消されちゃうとかそういう類の話なのかも。


黒字で勝負を終え、男達に手を振って場を後にした。


ハチビさんはバーの席に座って、耳を立てながらも思案する。近くで突発的に起きた乱闘で、6人ぐらいが獣のような声を出しながら取っ組み合うけど気にしない。


突き飛ばされた一人がハチビさんの方へ転がり‥‥けど不自然に軌道を変えて反対側へ転がっていった。


場の皆は知っている。ハチビさんには触れないと。


『矢返しの法って言ってさ。得意なんだけど、私の領域内じゃ上下左右向きを簡単に変えれちゃうの。いつもは反対向きになっちゃうようにしてるんだ。』


だから魅了されても襲わないし、どうしようもない事を知っている。ハチビさんが無防備そうに一人で居ても、ワンチャンを狙う輩すら居なかった。


透明なボクは同じ机に向かい合って座っていた。


『触られるのは嫌いですか?』


ボクは撫でられるのも、ぎゅってされるのも大好き。体温に甘えると安心するんだもん。ハチビさんはクスリと笑った。


『好きなヒトは少数派じゃない?ベタベタ触られたら普通は気持ち悪いって。』


ふと、R.A.F.I.S.S越しにハチビさんの古い思い出が伝わって来た。


暗い船室の隅に蹲る褐色肌の少女へ、男達の手が迫る。気持ち悪くて、痛くて、全てが嫌で。見知らぬ異国の地に逃げ出し、逃げた先でも壁のように男の影が囲って来た。


捨てられたボロ雑巾は、9尾の美しい尾を見上げる。


全てを燃やすような呪詛が、古から生きる大妖を呼び寄せた。8の尾を持つ妖艶な女は、全てに復讐を果たした後それでも足りずに男の集う遊郭に手を伸ばした‥‥


『私ってば天才だったから。言っとくけど、別にもう男を毛嫌いなんかしてないよ。遊郭で散々(なぶ)って満足したし。』


赤裸々に全部を打ち明けて来て、ちょっとびっくり。会ったばかりなのにいいの?と透明なまま首を傾げた。


『らふぃーずって凄いよね。本心で繋がり合うのって本当に安心するの。短い間だけどさ、キミの事気に入っちゃった。』


ふとボクへ手を伸ばそうとして、その姿が透明な事を思い出し引っ込める。


『後で撫でて良い?好きなんでしょ?』


『‥‥事件を解決したら、です。』


ハチビさんを囲う男達は誰もが笑顔で、その内に情欲を忍ばせる。ハチビさんは内心で笑顔を軽蔑し、その心を知ろうとする気も失った。ボクと本心で繋がったのが嬉しいって気持ちは、そういう所から来ているみたいで。


捜査が一つ進展した事を、タマさん達へスマイルのメッセで伝えた。

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