330、奥州の空狐が吠える、死神が相対する
サンビさんが片手の指で印を結ぶと、死神の動きが途端に遅くなって直撃を貰ってしまった。バリア装甲が厚いからダメージは無い。あのバットはクラスC規格の質量兵器かな?威力は結構あった。
吹っ飛ばされながらも、片足のブレードランナーを駆動して壁の上を滑走。
「殴り合いなら負けねぇよ!」
再び印を結ぶも、エアキャットでその姿が短距離をすっ飛ぶ。一歩で天井に片足付いて、真上からグリムリーパーが迫った。
その間僅か1秒も無く、ヨウジュツを外した事に気付いた時には頭から胸元までざっくり。妖怪の頑丈さは良く知っている。ヨンビさんの戦闘データは知ってるし、タマモさんも魔王や怪人に比肩するその再生能力を口にしていた。
頭上から小刻みに動いた鎌が、サンビさんを更に細かく寸断。青い白い炎に包まれて再生する体を、勢い良く突き出した柄で突き飛ばした。
「がはっ?!テメェ!」
振るうバットがにゅっと伸びて勢い良く振り回される!壁が粉砕、屋根が崩れ落ちて開放的なお部屋に様変わり!
隙あらば指で印を結んで死神を狙おうとするけど、あまりに視認しずらい黒い影を捉えられずに空振っていた。細かいヨウジュツの発動条件は分からないけど、多分指で印を結ぶ事と視認する事かな?目を細めて集中する姿を伺えた。
死神の大鎌がバットとかち合う。如意棒みたいに伸びたバットを棒術の要領で振り回し、大鎌近付けないよう立ち回っていた。けど‥‥
複腕の2丁ショットガン、オルトロスがサンビさんを吹き飛ばした。青白い炎の残骸が辺りに散らばって、再生しようとするもその速度はゆっくり。完全に意表を突いた直撃で、全身にショットガンの衝撃をモロに浴びた。
理想通りの立ち回りが出来て良かった。死神が地面に着地して、サンビさんの様子を伺う。
「テメェ‥‥!何モンだ!」
ミニフィーは喋れないから、黙って見下ろすだけ。
急速に青白い炎がおっきくなって、その姿が巨大な妖狐に変貌した。ツキシロよりも大きい巨体が死神を見下ろす。
「ダンマリとは良い度胸じゃねぇか!奥州の空狐、妖骸軍団のサンビとはウチの事じゃあ!!」
放たれたショットガンの散弾を、見えない重圧な空気の層みたいなのが防いだ。タマモさんが言ってた妖力‥‥かな?魔力とは違うブラックボックスなエネルギー。それを自在に操れば魔法と同じような事が出来るって。
と、急に死神の動きが鈍った。さっき程の極端なスローモーションじゃないけど、見られているだけで速度が大きく下がっちゃう。
口腔に大きな炎の塊が燃え盛り、そのまま勢い良く吐き出して来た!超高温の炎塊が大気を灼き払う。一瞬の光線が真横からサンビさんの目を撃ち抜き、建物が燃え崩れた後には死神の姿は無かった。
燕尾服に身を包んだタマさんの蹴りがサンビさんの頭を揺らす。
「何こんな所でぶちかましてくれてんのよ?!一面火事にする気?!」
「ゲェッ?!テメ‥‥!タマ?!」
真後ろから迫ったグリムリーパーが両目を再び寸断、タマさんはビームシュナイダーを首に突き立て、縦に切り裂きながら地面に着地した。
振るわれた前足は掠りもせず、舜動で股下に潜り込んだタマさんの容赦無い蹴りが内臓を破裂させた。
「オエッ‥‥?!カハッ‥‥?!」
背中に死神が飛び乗り、至近距離からオルトロスを発射。胴体が爆散して大ダメージを与える。タマさんの姿は既に股下に無く、忌々しそうに睨むサンビさんの目前で悠々と手を叩いて挑発していた。
「アンタは力はあっても、技術は大した事無いわね。ニビの方がずっと強いわ。末席さん。」
「黙れ!!」
噛みつこうと迫った口腔は、果たして閉じようがなく。上顎がグリムリーパーに刈り取られて吹き飛び、下顎を紅い足に踏み付けられてしまった。
「アンタが諸悪の根源なんでしょ?タマモは大層お怒りよ。」
「何の話だ‥‥?イタタタッ!クソ。」
妖狐の姿が再び青白い火に包まれて萎み、ヒト型に戻っていった。バットに寄り掛かって立つ姿はボロボロ。
「タマモの配下連中はどうしてこうも執行者に勝てると思っているのかしら。アンタ程度じゃ誰と戦っても勝ち目無いわよ。」
勝って気持ち良くイキるタマさんはヘラヘラと。
「その幽霊はなんだよ?ノクターンの新兵器か?」
サンビさんの前、タマさんは徐に死神のフードを捲り上げた。
ミニフィーの顔が露になって、キョトンとした顔でサンビさんを見上げた。その時のサンビさんの表情は‥‥凄くて。暫く見つめ合った後、ミニフィーがプイと視線を逸らせばサンビさんも照れたように目を逸らした。
「ラフィだったよな‥‥?」
「正確にはミニフィーね。こっちは子機だから話せないわよ。でも、遠くからラフィが遠隔操作してる。」
「‥‥なぁ、ラフィと。」
そこまで言ったサンビさんの後ろ。鳥居が現れタマモさんの手が伸びる。がっしりと襟首を掴んで、地の底から響くような声で。
「のぅ、さんびよ。随分暴れてくれたようじゃのぅ。」
その視線の先、さっきの炎塊で近くの五重の塔が焼けていた。ボクが慌てて消火したから被害は少なくて済んだけど。
「婆ちゃん?!う、ウチは‥‥!」
「こっち来い!この!妾に大恥かかせおって!らふぃにすっごい不審な目を向けられたのじゃぞ!!折檻じゃ!!」
「ひぃっ?!ウチの話を聞いてくれって!!」
鳥居の中へ引き摺りこまれて消えてしまった。タマさんはミニフィーを見下ろして、思わず仮面の下で呆れた気配を出していた。
にゅっ、と今まで静かだったホロウインドウが開き、フィクサーさんが楽しげに。
『面白い映像が撮れましたよ!にゃはは、でもラフィさまのブランドイメージとは合わないんですよねー。だから、プレミアム映像として一部の好事家に売り付けてやりましょう。』
タマさんのため息が聞こえた。
結局本来の目当てのケイシンさんは、足を失って倒れている所を確保された。部下のチンピラ共々纏めて自警団の牢屋行き。切断面は綺麗だけど、治すのにそれなりに掛かったようで医療費の支払いが大変そうとは思った。
街を火の海にしかけた事件が片付いて、そのままパンタシアで寝ようかなって所でフレアさんが声を掛けて来た。
「組合の雑務依頼全部済ませてくれたんでしょ?私も感謝してるの!ねぇ、今夜はローズ・ガーデンに来ない?ほら、お風呂まだでしょ?ちゃんとお礼させてよ。」
タマさんは文句言いたげだけど、女王様のお誘いを断るのは失礼だし。ローズ・ガーデンはゆっくり回れて無かったしでボクは行きたいなって。
「タマ、そんな心配そうな顔をする必要は御座いません。サキュバスの色香はラフィ様には効きませんので。」
「普通の女性相手相応の反応はするじゃない!」
『タマさんって、ラフィさまと長い間連れ添ってる癖に余裕ないですよね!』
「‥‥ラフィは人気者過ぎるのよ。」
複雑そうにしながらも、行きたいって言えば結局は頷いてくれた。
「ローズ・ガーデンの夜は長いの。期待して良いわよ。」
話が纏まってご機嫌なフレアさんは、早速ボク達を連れて壁の方へ。街を見たいっていうボクの声に応えてか、転移での移動じゃなくて一緒に歩いてくれた。
通りを進む誰もがフレアさんに首を垂れて、通り過ぎるまでその場を動かない。そこには強い敬意を感じられた。あんな騒ぎがあって騒然としていたけど、フレアさんが問題ないって手を振れば誰もが安心した顔をする。
「慕われているんですね。」
「まぁね。アナグマは元々荒野に住まうヒト達の避難所だったのよ。地上は危険な原生生物や侵入して来た怪物がいるからね。で、避難所をトウキョウシティに流れて来た私達サキュバスの一団が運営していた。荒野に安定して精を吸える居場所が欲しかったの。」
当時を思い出したような顔で、懐かしみながら教えてくれる。フィクサーさんも、そんな事もありましたねって頷いていた。
「衣食住揃えば次に性を欲しがるでしょ?サキュバスの楽園を作る為にそりゃ努力の日々だった。住処を失った人々を受け入れて、家から食事まで提供して。足りない全部を仕入れる為に都市と交渉して。」
行き場を無くした亜人達を受け入れ、生活出来るように環境を整えてくれた恩義を誰もが感じているようだった。そんな中に滑り込んで来た、ケイシンさん達みたいなチンピラにはフレアさんも頭を悩ませていた。
「定期的に自警団が取り締まってたけど、まさか自警団を預かるタマモの配下がグルだったなんて。での、タマモはアナグマを栄えさせてくれた街の恩人よ。どーしたらいいのか悩んじゃう。」
辿り着いた純白の壁。ローズ・ガーデンとアナグマを隔てる壁には大きな門が付いていて、見れば大勢の男達が開いた門の中へ続く行列に並んでいた。
門を何列分にも横に並んだ門衛のサキュバス達が管理していて、一人一人身分証みたいなのをチェックして少しずつ通して行く。
「アナグマに住む男達の義務よ。毎日は辛いから、週に一度交代で私達に精を差し出すの。税金みたいなものね。気持ちいい思いも出来るし、私達も潤う。勿論心情的に拒否したいのならお金で解決も出来るけど。」
ふと、ボクのほっぺを指先が撫でた。
「ラフィがここに住みたいのなら、ローズ・ガーデンに直接住んでもいいのよ?許可してあげる。その代わり‥‥私のにしちゃうんだから。」
ぴゃっ?!と離れるボクをブランさんが軽く抱く。
「ラフィ様のほっぺを好きにする権利が欲しければ、先ずは好感度レベル3を目指して下さいませ。」
そんなゲーム的なシステムなんて無いよ。でも、今日会ったばかりのフレアさんと近過ぎるのは恥ずかしいかな。‥‥けれど、初対面なのにすっごい親しみやすい雰囲気で。つい甘えたくなっちゃうのはサキュバスクイーンだから?影響は受けなくても、フレアさん自身のコミュ力は気を許したくなるものだった。
門の前、フレアさんが指をヒラヒラさせれば門衛さん達は首を垂れて通してくれる。
宮殿から見下ろす景色じゃない、見上げた宝石の薔薇の園は荘厳で美しい。和風で何処か土臭いアナグマと、壁一枚隔てた別世界。どこかテーマパークのような楽しさと遊び心を感じる街並みを、皆で一緒に歩いたのだった。