319、盗まれた子種が連合を潰す陰謀を招く‥‥筈だった
ボクを後ろから抱き締めたままのロゼさんは、暗い地下道の隅に座っていた。頭を指が撫でて、お腹を軽くふにふにと押されたりくすぐられたり。小動物みたいな可愛がり方しないでも‥‥ちょっと恥ずかしい。
「はぁー、やっちゃいました。」
ゴビさんへの私刑を認めてしまった事を、少し経って気持ちが落ち着いたロゼさんは悔やんでいた。
「私は警察ですのに。法の番人が無法を認めちゃったんです。でも、このままじゃゴビは事実上の無罪放免ですし。」
どーすれば良かったんですか、ってボクの後ろ髪へあったかな息を吹き込んだ。きゃっ?!それくすぐったいですっ!
ぴぃっ?!と反応すればすいませんって謝ってくれた。
「警察をやっているとつくづく思うんです。法は余りにも不完全過ぎます。これだけ亜人が闊歩する社会なのに、ニホンコク人の事しか考えていない法なのですよ。」
ロゼさんはボクを抱いたまま悩む。ボクも一緒に悩むけど、法の事はあまり分からないし‥‥
「それでも妖怪は存在自体殆ど知られない、法が対応しようの無い種族です。それに法はよくニュースで改正したって話を聞きますし、社会が続いて行く限りずっと一歩後ろを着いて来る隣人なんですよ。」
「ラフィさん‥‥そうですね。私は真面目な警察官でいられるよう努力しますが、完璧で居続ける事は難しいです。」
タマさんはよく今のロゼさんみたいに深く考え過ぎるボクへ、もっと気楽に生きなさいって諭してくれる。
「今回の事でロゼさんは警察を辞めちゃいますか?」
「いえ、そこまでは。ゴビを無罪放免にするぐらいなら、後ろ暗いやり方でも制裁を加えてやりたいと思います。警察としては失格ですけど、それでも割り切れないんです。」
「もう答えは出ています。だったらもう悩まなくて良いです。何も考えずに生きるのはよくないですけど、考え過ぎて心が鉛のようになっちゃうのはもっと悪いです。」
もぞもぞと抱かれたまま、ロゼさんの方へ顔を向ける。大切な事は目を見て言わないと、届かないかもだから。
‥‥ボクが言えた事じゃ無いと思う。でも、今のロゼさんにはこの言葉が必要だって思ったから。
至近距離で目が合ったまま、ロゼさんはちょっとびっくりした顔をする。
「ラフィさんは‥‥もぅ。そんな顔をしないで下さい。警察をやっていれば悩みが無くなる機会はないんですよ。そうですね、私の悩みを少しでも軽くするのなら。」
そっとボクの頬を指先が撫でる。ロゼさんの綺麗な顔が、少し赤らめながらももう少し近付けられて。恥ずかしくなってジタバタすれば、ほっぺにキスをされた。
「小さくても、ラフィさんは素敵な方ですよ。」
耳元で囁かれ、わたわたしながら腕の中から逃げ出したのだった。
恥ずかしいから!そういう事をされるとむずむずして、どうしたら良いか分かんなくなっちゃう。変な気分になりながらも、ちょっと警戒気味に距離を取ったのだった。
ボクに見下ろされたボロ雑巾のようになったゴビさんは、裸にひん剥かれてシクシク泣いていた。お尻に何かが突っ込まれたままになっている‥‥確認したくないけど、それ挿れられるサイズなの?
「法で裁けないからってこのまま無罪放免、高笑いされて去るのを指を咥えて見てるよりマシでしょ?嬲られる屈辱をしっかり教えてやったわよ。」
「ん。付けた。(これでラファエルが救われる訳じゃないけどケジメは付けさせた。)」
開き直ったロゼさんも見て見ぬふり。
「荒くれ同士の個人的な喧嘩にいちいち首を突っ込んで、引っ掻き回したりする野暮はしませんよ。規律はともかく、そういう野暮は大概誰も得しない結果に終わります。」
警察に庇われた方は業界内じゃ弱者扱いの恥晒し、取り締まられた方はランク上昇査定に響いて逆恨み、警察も仕事が増えるわ恨まれるわでそのクセ大した”点数“にもならない。所詮は喧嘩の仲裁だから。
一線超えそうな過度な暴力、因果応報等の筋の通らない一方的なイジメ‥‥そういうのは取り締まるけど。
「イジメられて警察に泣きつく奴を信用して仕事を依頼するかって話よ。銃撃戦になったら応戦する前に通報して逃げ出しそうじゃない。」
正しい倫理観の通らない業界だから、組合警察の裁量もまたそれに準じたものだった。
でも流石にゴビさんが可哀想で、垂れた狐耳を撫でて大丈夫ですか?って。
「大丈夫ではありませんが‥‥私も昔は京の都で恐れられた呪言の大妖だったのですよ。こう見えて身は固い方でしたのに‥‥うう。」
嘲笑うタマさんはヘラヘラと。
「発情粘壺スライムで童貞卒業おめでとー。初めての相手が淫乱スライムだった気分はどうかしら?」
「童貞じゃありませんから。まったく、相変わらず下品な猫です。」
敵意の無くなったゴビさんを水の檻から解放した。ボクに礼を言ってよっこらしょと立ち上がる。汚れた着物を着直し、ボクの前で正座して居住まいを正した。
「まずはラフィ様のご友人に対する狼藉を謝罪します。」
「それは後でラファエルさんへ言って下さい。ちゃんと償って欲しいです。」
ゴビさんは先程と打って変わって、真面目な感じで。ボクもしゃんとして向かい合う。皆も一旦聞く姿勢に入って、取り囲んだまま見下ろした。
「此度の件、確かにラフィ様を利用してタマモ様の権威を強めようという策謀が御座いました事をお詫びします。ただ、フレア・ローズ様がラフィ様のお力添えを求めている事は事実なのです。」
サキュバスクイーンがボクを?‥‥変な用事だったら行かないよっ!
「ラフィ様への個人的な興味を抱いている事は否定出来ませんが、少々厄介な問題が御座いまして。元々私はその為の使者として遣わされました。」
交渉ごとに長けたゴビさんを送ったら、裏切ってラファエルさんへの性加害事件の黒幕だって思わせる毒を仕込もうとゴビさんが色気を出してしまったとの事。
「見下げ果てた屑で御座いますね。」
ブランさんの唾を吐くような声にゴビさんの耳が垂れる。
『タマモさんもよく言っていましたね!妖って余計な茶々を挟まないと死んじゃう種族なのでしょうか?』
悪魔のフィクサーさんにさえ小馬鹿にされ、ゴビさんは項垂れた。
「‥‥元々私の主はタマモ様ですが、最近フレア・ローズ様に便利にこき使われていまして。私怨も大分あった事は認めます。」
女性の園であるローズ・ガーデンに於いて、男性の立場は凄い弱いらしくて。ゴビさんも大分悪い待遇で使われているようだった。とは言えタマモさんの率いる組織が台頭するにはゴビさんの力は必須。別の都市へ異動する訳にも行かず。
「流石に同情しますね。辛い部署に配置される苦痛は分かります。」
ロゼさんが苦い顔をした。タマ生命の取り調べに参加させられていた時の事を思い出したみたい。女性警察官だからって、毎日のようにミワさんの相手をさせられてよくボクに愚痴っていた。意味不明な言い掛かり、癇癪、罵詈雑言と取り調べは遅々として進まず。成果が上がらない報告を上げるのも辛く、長い時間が掛かってしまったそう。
「その。ラファエルさんへの謝罪を済ませたら、癒しても良いです。辛い思いをするヒトを無視したくないですから。」
──でもさ、とタマさんが声を出す。
「男の立場が弱い場所へラフィを連れてって虐待とかされない?ま、ラフィが辛い思いをしたって話になったら亜人連合を潰す丁度良い口実になりそうだけど。」
ボクの背後にチラつくシブサワグループの巨影。ゴビさんは首を振って否定する。
「勿論自ら招いた客人に対しては弁えています。フレア・ローズ様は分別あるお方ですので。」
ふと気付いた。ゴビさんの描いた図はもっと大きかったのかも。あの場でラファエルさんの精と引き換えにボクを連れ、鳥居経由で向かわせたとしたら。そこでボクに問題が起こって、モモコさんの耳に本件のあらましがボク経由で伝わったら。フレア・ローズさんが黒幕で、脅迫されて向かった先で襲われたなんて。
間違いなく戦争になる。亜人連合を一回叩き潰して、タマモさんを筆頭にした組織に再編しようと考えた‥‥なんて。妖怪達は簡単に姿をくらませられるし。結局荒野に住む亜人達の取り纏め役は必要だから、都市運営委員会も新たな亜人連合の台頭を認めると思う。そこでタマモさんの圧倒的な武力を背景にのし上がっていけば絶対覇権を取っちゃう。
ゴビさんが使いっ走りにされてるのは事実だから、一つの嘘で事件の責任を全部フレア・ローズさんへ被せられちゃう。改めて、ゴビさんの画策した陰謀が恐ろしいものだって感じた。
R.A.F.I.S.S越しに伝わったボクに気付きに、ゴビさんは片目で目配せする。正解だったみたい。
「それで、結局どういう用件でボクを招くのですか?」
「只今荒野の、ローズ・ガーデン付近に大規模な原生生物の群れが出来つつあります。しかし、都市運営委員会からは大規模な軍事作戦を行う許可が取れないのです。」
トウキョウシティの荒野の地下には元々大きな洞窟があって、その一画を利用してローズ・ガーデンを建てたみたい。でも、洞窟の奥に危険な原生生物の群れが生息していた。
散発的な襲撃に場当たり的な対処を続けていたものの、最近は襲撃の激しさが増し厳しい状況に陥っていた。そんな不安をローズ・ガーデン内に出来る限り悟らせないように工夫しているけど、もう限界が近づいている。もし地下で暴動が起きたら全滅も有り得るって。
「我々亜人に対し、都市は不干渉権を持ちます。大規模な軍事作戦は行うな。しかし救援は行わない。なんて無茶が言えてしまう。仮にローズ・ガーデンが滅びても、都市は別に亜人を纏める組織を立てれば良いと。」
「胸糞悪い話で御座いますね。」
ブランさんの言葉に皆が頷いた。
「ローズ・ガーデンにはサキュバスだけでなく、大勢の亜人が住んでいます。タマモ様も強力な力を秘めていますが、本格的に巣を叩けば総力戦になるでしょう。したらば、全ての進軍ルートを潰すには手が足りないのです。」
タマモさんとその仲間で戦っても、撃ち漏らした分がローズ・ガーデンに侵入する可能性が高い。そうなったらタマシティのように大混乱が起きてどんな暴動に発展するか分からない。ローズ・ガーデンの防衛隊が戦うと、その後にどんなイチャモンを都市に付けられるか分からなかった。
「ただの噂ですが。フレア・ローズ様に対し、都市防衛機構イージス社代表であるトウジョウ・ゲンブは個人的な執着心を持っているご様子。都市運営委員会の亜人連合に対するこの仕打ちは、連合の存在を邪魔に思っているのかと勘繰ってしまいます。」
サキュバスクイーンの連合代表の立場を奪ってしまえば、好きに出来るなんて‥‥まさかそんな。でも確証の無い話だからゴシップってだけだけど。
「開拓者に駆除を依頼するのならば可能性です。イージスの気配を多くの旅団が察しているせいで駆除依頼を受ける者も居らず。頼めるのはシブサワグループの後ろ盾を持つラフィ様しか居ないのです。」
ボクはそれを聞いて、
「行きます。任せて下さい。もうタマシティのような悲劇は起こさせたくありませんから。」
任せてっ!、て。ゴビさんに手を差し伸べた。タマさん達もボクの背中を押すよう、頷いてくれていた。
「ラフィがそうしたいんなら手を貸すわよ。ったく、タマモも最初から素直に協力を要請すればいいのに。別に困ってたら組織も都合を付けるって。」
「ラフィ様の御心のままに。守護天使様に感謝感激しやがって下さいませ。」
『にゃはは、また面白くなって来ましたね!』
ロゼさんは少し悔しそうに。
「‥‥組合警察は本件に関われません。害獣駆除は管轄外なのです。申し訳ありません。」
大丈夫だよ!とロゼさんの手を握る。
「ランブルファイトがテロで中止になってる分、後日やるかどうか協議したりと当面は組合はてんてこ舞いでしょうね。」
タマさんの言葉にロゼさんは肩を下ろしたのだった。