30.5 白尾奇譚
胡蝶之夢のお嬢達に抱きしめられ、じっとして癒す毎日。そんな日々の中、ふと気になるお話を聞いた。
「うちさ、出るんだって。ほら幽霊的な?」
存在自体が曖昧で居るのか居ないのかハッキリしない“オカルト”の象徴とも言える幽霊。ゴーストをはじめとした魔法生物の類いとは違い、どんな感知システムにも引っかからない死人の姿。お嬢達の口からこそっと噂話や目撃談が漏れ聞こえる。
「ラフィちゃんは幽霊とか信じてる?」
「孤児院に居た頃もそんなお話を聞いた事ありますけど‥‥見た事ないです。」
「えー?でもうちそれっぽいの見ちゃったかも。一番上の5階のね、廊下を走る音がして見たらなんか白い影が部屋の中に消えてったの。勿論不審者だと思って追いかけたんだけど、部屋の中誰も居なかった!」
窓から逃げたとか?首を傾げて振り返るボクに、お嬢は何だかニヤニヤして頭をもふもふと撫でさすってきた。
いちいち仕草があざといんですけど!とか言いながら。恥ずかしいけど癒すためにじっと我慢するボクへ、お嬢は会話の続きを口にする。
「ラフィは知らないかな?窓は開かないよ。不審者入ってくるし客が逃げようとするかもだし。直ぐ駆けつけたから窓をどうこうする暇は無かったと思う。」
そうなんだ。気になるけど今はお仕事の最中だし。むずっと湧いた冒険心を抑えていればそのまま交代で他のお嬢が何人かやって来て、囲われながら四方から指先で撫でさすられて過ごした。
「幽霊かい?」
ボクのシフトは寝る時間に配慮して貰って夜10時まで。お仕事終わりの夜、ミケさんに思い切って聞いてみた。胡蝶之夢の主人のミケさんなら何か知ってるかも。
「はい、お嬢の方から聞きました。」
うーん、と少し唸ったミケさんはポン、と手を叩いてボクに笑みを向ける。
「ふふふ。じゃあ折角だし幽霊の調査を開拓者であるラフィに依頼しちゃおうかねぇ。」
ピクリと反応し思わずソワソワと頭を揺らしてミケさんを見上げる。もふりと撫でられ、行って来な。と背中を押された。
お客様のお邪魔をしないようコソコソと5階まで行ってみる。基本的に5階はあまり使われない。隔日で朝からお昼にかけてボクが館内をお掃除して回ってるけど、夜にここに来る機会は無かった。パンタシアの付けられた部屋も4階の奥部屋だし。
今日も使われておらず、静まり返っている。真っ直ぐ長い廊下の奥まで照明が照らし、窓から光差す日中とは雰囲気が違う。あれ?こんな匂いしたっけ。ふんわりと何処からか妙な匂いを嗅いだ。何だろう、どこかで嗅いだような。
あっ、そうだ。お線香の香りかな?昔孤児院で嗅いだ事ある!
キョロキョロと廊下の先まで足を進める。耳を撫でる小さな音。定期的に、鈴の音。
全部気のせいって思いたいけど、廊下の先から感じる気配に背を向けられない。目の前のドアの一つが音も無く開いた。
「ラフィ、こっちよ。こっち。」
あれ?タマさん中に居るの?てててっと駆け、部屋を覗こうとした矢先。
「あっ!居た。何してるのよ、お仕事終わったらパンタシアに帰りなさい。お風呂に入れないじゃない。」
タマさんの声に振り返れば、腰に手を当ててボクを見やるタマさんと目が合った。えっ?とドアを見ればいつの間にか閉まっていて。夜なのに白昼夢を見たような気分で背筋に冷たいものを感じた。
ヒッヒッヒ‥‥
微かに部屋の中から笑う声が聞こえた気がした。
ピャーッ!とタマさんに飛び付き、わちゃわちゃと今の出来事を捲し立ててもキョトンとした顔をするだけ。
「幽霊?聞いた事ないわね。でも、調査するならあんまり遅くならないようにしなさい。アタシが寂しいから。」
抱き抱えられたボクはそのままパンタシアへ帰宅する事になってしまった。
数日間何だか怖くて夜に5階に近づけなかったけど。
「また見たの。5階から足跡するよね。」
「あー、私も聞いたわそれ。でも誰も見てないの変だよね?」
「監視カメラにも何も映って無いんでしょ?あっ!でもドアが勝手に開いたり閉じたりする所映ってたって話聞いた?!」
「幽霊屋敷になったの?ここヤバくない?」
不安がるお嬢達の声を聞いているとやっぱり確認しなきゃと思い立つ。その夜、5階へ足を運んだ。色々噂話を聞いた感じだと、一人じゃないと何も起きないっぽい。複数人で5階を調べた時は何もなかったって言ってたし、逆に一人で覗きに行ったお嬢は勝手に開くドアを見て驚いて逃げたらしい。
タマさんやブランさんを呼びたいけど!一人で行かなきゃ。遅れることは二人に連絡したし準備万端。心を落ち着けてそっと廊下に足を踏み出した。
耳を澄ませば、鈴の音が。漂うお線香の匂い、そして招くように開くドア。ボクの足取りは迷わず、ドアの向こうを覗き込んだ。
「えっ?」
気付けば声が口から漏れていた。ドアの向こうに部屋が無い。ずっと続く和風な廊下が見えている。何処か外の回廊かな?真っ暗な闇を割いて続く廊下は、点々と据えられた灯篭に薄っすらと照らされていた。
「えっ?!あれっ?!そんな?!」
振り返ればボクはそんな無限に続くような廊下の真っ只中に立っていた。胡蝶之夢の廊下は無く、閉じたような空間に転移してしまったよう。スマイルも圏外で不安におどおどして縮こまってしまった。
「ヒッヒッヒ‥‥」
笑い声に顔を上げた先、白装束のボクと同じくらいの大きさの影があった。白く輝く髪、お爺ちゃんの面を付けた顔を更に大きな笠帽子で隠している。和装の腰に白を基調としたライフルを一丁横差しにしていた。
なによりその背に見える2本の美しい白尾に目を奪われた。闇の背景に映える薄っすらと輝く白尾はすっごい綺麗。お爺ちゃんの面から発せられた声は玉のような少女の声だった。
「待っておったぞ。訳あって最近ここに来たものの暇で暇で仕方なくてのぅ。まったく、脅かし邪魔をする妖としての本能が萎びてしまうわい。」
喋り方はすっごいお爺ちゃんなのに、声が可愛らしい少女の声。うう、頭が混乱しちゃう。一瞬目を離した隙に少女の姿は消え、後ろからボクの肩に手を置いていた。ピイっ?!と跳ねるボクをケラケラと笑い指差した。
「ふむ、ほうほう。話は聞いておったがこれはこれは。」
フンフン、と面を近づけ匂いをすんすん。ボクの手を急に握ってさすさすと指を絡めて感触を確かめてくる。
「貴女は‥‥」
「ニビと呼ぶがよい。ヒヒヒ、甘い匂いの愛い童よのぅ。」
「あのぅ‥‥!ええと、悪戯するのはやめて欲しいです。お嬢の方達が怖がってるんです。」
ずいっと向けられた面がボクの顔を覗き込んだ。
「ならばワシの相手をせよ。その癒しの力でワシを癒してくれぬか?ヒッヒッヒ、おいぼれにもあやからせておくれ。これから毎晩、待っておるぞ。」
そのまましゅる、とボクに正面から体を預けるように抱きついてくる。ふわ、と甘い匂いがして思わずのけ反る。大きい和装を着ているけど、体の線は思ったよりも細く華奢で柔らかい。ドギマギするボクの様子にニビさんは楽しげにしていた。
毎晩パンタシアに帰る1時間の間5階に来るよう約束を交わし、思う存分尻尾で愛撫を交わされたボクはふにゃっとしたまま帰される。一瞬ニビさんが指で何か陣を結んだかと思えば、4方から迫り出した鳥居に囲まれ気付けば5階の空き部屋の中に立っていた。
「ラフィ〜?」
タマさんの呼び声に慌てて部屋から顔を覗かせる。
「あっ!どうしたのよ?ラフィのスマイルがオフラインになったから心配したわ。」
「パンタシアに帰ったら説明します!ボクも何が起きたのが全容が分からなくて。」
頭を抱えるボクをすん、と鼻を近づけたタマさんはジト目で見やる。
「お嬢の匂いじゃないわね。な〜んか嫌な匂いがするわ。アイツを思い出す。」
苦笑いで返すボクは手を引かれパンタシアに帰る事になった。
訳を説明すればタマさんはうげって顔を顰め、ミケさんもやれやれとため息を吐いていた。二人して、
「面倒なのに目を付けられたね。まぁ、頑張って。」
なんて同じ事を言われた。ニビさんの事を知っているみたいだけど詳しく教えてくれず、ただ厄介者として見ているようだった。




