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27、羅針盤の針は谷間の向こうを指す

────汽車は谷間を真っ直ぐ。煙が宙へと消えるドーナツを形作り、何処かキラキラ光る空気の中へと消えて行く。重厚な鉄で出来た汽車はがっしりとした車体で、線路を駆ける音を車内へ伝えていた。


車内は薄暗く、谷間のせいで外からもあまり光が差して来ない。そんな汽車の車窓からは何人もの人影が見えた。


「ラフィ5歳の誕生日おめでとう!!」


楽しげな笑い声、白衣の人々に混じって強化外装に身を包んだ兵士の姿もある。座席の無い汽車の中央に用意されたテーブルの上にはバースデーケーキ。ラフィはケーキに向かい合って席に着いていた。


「いやー、なんだかんだあってもう五年かぁ。意外と持つもんだな。もう人類は終わってるものかと。」


ヒゲの男は冗談まじりに笑って酒を煽る。


「ラフィは俺達に残された最後の希望!あとはアレの完成を待つだけ!」


兵士の一人が酒を喉へと流し込んで大声を出す。


「酒なんてマジで1年ぶりだぞ?これが最後の晩餐にならねぇよな?」


白衣の男は酒気を漂わせて笑っていた。


「でもよ、俺達結局消えちまうんだろ?いつ死んでも関係ねーか?」


「バカ!消えるって誰が証明したんだよ。俺は結局どーにかなってさ。気付けば酒飲み放題の平和な世界に居るって感じだと思うわ。目を開ければ俺が借りたアパートの一室でソファーに寝転んでたりしてさぁ。」


「良いよなそれ。最後まで戦おうって気力出るわ。尚更ラフィに頑張って貰わないとな!」


皆ボクに期待している。何で?思い出せない。これは夢?ダメだ。ふわふわする。何度もこういう夢を見た事がある気がするのに思い出せない。


「‥‥いっぱい。いっぱいヒトが死にました。」


ボクが口を開けば場の人々がシン、と静まる。汽車が揺れた。もう少し車内が暗くなって、ケーキの上の5本のロウソクの灯りがゆらゆらと照らす。


「ボクと一緒に開拓者の同期になる筈だったヒト達が、沢山居なくなったんです。怖いよ。怖い‥‥!」


ロウソクの灯りは小さくて、心を暖められる程じゃない。


「ボクは何を期待されてるのですか?ボクが頑張ればもっと沢山助かったのですか?」


誰も答えない。


「おい、お前ら。ラフィに気負わすんじゃねーよ。それでも大人か!」


声にボクの視線が上を向く。赤髪のお姉さんがテーブルの前まで来て笑っていた。


「アタシらの事は気にすんなって。開拓者になったんだろ?なら全部順調、問題無し。ラフィの夢に向かってちゃんと進めてるじゃないか。」


汽車が谷間を抜けた。眩しいくらいの日が車内に差し込んで、気付けばロウソクの灯りが消えていた。


「アタシはね、アンタが夢を追って無事健康に育ってくれればいいのよ。」


「◯◯◯さん‥‥」


だんだんと眩しくて見えなくなっていく。赤髪のお姉さんの顔もよく見えない。だけどボクはずっとその顔を見つめていた。





朝食を終え、一同はリビングに集まっていた。ボクはさり気無くブランさんの膝上に乗せられ、皆の前で落ち着かなくしていた。そんなボクに構わずタマさんが切り出す。


「単刀直入に言うわ。今アンタ達の道は二つある。都市に戻ってタマ生命にすがるか、都市を運営する大企業と戦うか。」


今回の事件はそもそもタマ生命が運営していたダンジョンが、限界成長を超えて運営され続けた事により魔王が誕生して起きた事件だった。都市を運営する企業がダンジョンを保有する事は珍しい事じゃ無い。ダンジョンからは未知のテクノジーが使われた貴重なアイテムが見つかる。だけど実際は他にも色々な物が採れる。


そもそもダンジョンは餌となる、より高度な知的生命体‥‥つまりヒトを誘き寄せる為にその生物が好む物を排出する。その中でも鉱石類を多量に排出するダンジョンは特に価値が高く、タマ生命も鉱石系のダンジョンを保有していた。


だけどダンジョンはより知性の高い生物を食らう程に大きく成長していく。そしてある程度を超えて成熟したダンジョンのダンジョンコアは魔王に変異する。ダンジョン管理法では魔王の発生する前の段階での、コア破壊によるダンジョン破棄が義務付けられていた。


鉱石系ダンジョンを手にした事を契機に大きく躍進したタマ生命は、そのまま都市運営委員会に就任した。しかしダンジョンの運営には多くの利権が絡む。結局いつまでも手放せず、そのままコアが魔王に変異してしまったらしい。


そして巨大化した魔王のダンジョンは、より多くの餌を求めて受験生達が集まった組合のダンジョンを襲った。それが顛末のようだった。


「勿論、書類上はタマ生命のダンジョンになんら問題は無いわよ?だけど、こっちの調査じゃ完全に黒なのよね。」


「すまん、いいか?」


ふとイトウさんが手を上げた。


「そもそもタマは何故そんな事を知っている?タマ生命の企業機密だろう。それに調査って何の話だ?」


タマさんは無言で首を振ると突然姿を変えた。まるで紅い煙が体に巻きつく様にして瞬時に霧散する。そこには紅い燕尾服にシルクハットを被った、ニタリと不気味に笑う面の怪人が座っていた。昨日見た片腕を隠すマントも健在だ。


ドキリとしてはらはら顔のボクに気付いたタマさんは仮面を外してボク達を一瞥する。


「ダンジョン破壊テロ組織、ノクターンの執行者。しかも狂乱の指先(パニックフィンガー)ご本人とはね。まぁ妙にタマは強かったし納得か。」


ぱぱぱ、パニックフィンガー?!なにそれカッコいい!!タマさん!タマさん!!


「ちょ、ラフィ。勝手に呼ばれてるだけよ。どっかのオサレなセンスな開拓者かなんかの仕業よ。名乗ってないから!」


真っ赤になって目を逸らすタマさんに、はしゃいで膝から落ちそうなボクを抱き直すブランさん。ふきゅっ、と抱きすくめられてちょっと落ち着いてしまう。


「聞いた事あるわぁ。何でもそのマントの下に隠された指先の動きで、どんな魔具でも操作に介入できちゃうハッキングの天才なんでしたっけ。対峙したダンジョン警備員が、み〜んな自分で足を撃ち抜いて負けちゃった話を聞いてから気になってたのよぉ。」


なにそれ凄いです!といより怖い!他人の着た強化外装ですら操れちゃうんだ。思えばボクの装着してたブレードランナーも、タマさんは遠隔操作で操ってたっけ。その時はそんなものかと思ってたけど、予想以上に凄い技術だったらしい。


「ま、アタシはノクターンの一員なのよ。ノクターンの次の標的がタマ生命って話。そもそもテロ組織ってのも変な話ね。アタシらはいつもダンジョンを持て余した企業から依頼を受けて破壊して回ってるだけなのに。」


利権関係でにっちもさっちも行かなくなったダンジョン破棄計画を強引に進める為に、企業から仕事を投げられるらしい。勿論、破棄に反対する一派からはテロ組織呼ばわりされるそうだけど。でも利権に関わらない第三者の強行手段は最後の一手として使われていた。


「話を戻すけど、タマ生命は今回の失態を組合の管理責任に転嫁して逃げようって魂胆ね。正直に言うわ。アタシも出来る限り情報を集めてみたけど、今回の事件の生き残りはここのいる面子だけよ。つまり‥‥」


「一部始終を記録した羅針盤を保有する者が他に居ない以上、今回の件を無理やり組合に押し付けられるのですね。」


ブランさんは無感情に言うけど、ボクはきゅうって心臓が締め付けられたような気がした。クニークルスさんに説明を受けた時にいたヒト達はもう。皆恐れの無い顔で試験に臨んでいったけど、二度と日の下に戻る事は出来なかった。

ひとりひとりの顔をハッキリとは覚えて無いけど。同期の開拓者としてデビューする筈だった人々の、止まった歩みの先をボク達は歩いているんだ。そう思うと、今回の事件を無かった事にしようとする企業にふつふつと怒りが湧いてくる。


「今回の事件の証拠を持つのはアタシ達だけ。勿論タマ生命はアンタらが逃げた事に気付けば直ぐにでも追手を差し向けるわ。」


「ボクは───」


堪え切れずに、タマさんの話が終わる前に感情が漏れ出す。


「戦いたいです。開拓者を目指す者として試験を受けた以上、覚悟の上だと思いますけど。でも、その戦いを無かった事にされるだなんて許せない。あの時ボク達が命を繋いだ戦いが刻まれたこの羅針盤を握り潰されるなんて絶対やだ。」


無念に散っていった皆を貪った魔王と、利権の為に魔王の存在ごと真相を隠してしまう企業のやり方にボクは憎しみを感じていた。


「ラフィ、そんな怖い顔しないでったら。どの道アタシはノクターンとしてタマシティに来た以上戦うわよ。」


視野の狭まったボクのほっぺをタマさんの尻尾がぐいぐいと突いてきて、


「ラフィ様が戦うなら当機も従いましょう。むふ、腐った企業の鼻を明かしてやります。」


ブランさんにも顔を手で包まれてさすさす、ふにゃふにゃ。あんまり顔を撫でないでったら。うう、何だか気持ちいい。ほぇ‥‥って軽く脱力したボクを徐にルナさんがスマイルで撮影してくる。


「私はそっちの方が楽しそうだしぃ。羅針盤は無いけど、付き合ってあげる。」


ルナさんも力になってくれるみたい。ルナさんはすっごい強いし、良かった。


「あたしは‥‥」


クニークルスさんの言葉を遮ってタマさんはイトウさんを見やる。


「で、どうすんの?別にタマ生命に今から投降すれば命までは取られないわよ。証拠の羅針盤さえ破棄出来れば、その後アンタが何を喚こうがどうだっていいんだし。むしろあれを生き延びた腕利きとして警備員に採用されるかもね。」


イトウさんは眼鏡をくいっと弄って真っ直ぐタマを見返した。


「見損なうなよ。義憤で動くつもりは無いが、やられっぱなしで更に頭を下げて企業に許しを乞えだと?そういうクソ食らえな社会が嫌で開拓者になったんだ。一人だろうが俺は戦ってやるさ。」


「じゃあ皆戦うって事ね。羅針盤の情報を組合に送信したら後戻り出来ないわ。組合の出方次第でしょうけど、暫くは潜伏出来ると思う。でもバレたらタマ生命は間違いなく報復に動く。羅針盤の情報だけじゃ魔王とタマ生命を繋げられる証拠にならないけど、組合が上手く情報を使ってタマ生命を揺さぶってくれる事に期待しましょうか。」


羅針盤の情報があっても、魔王とタマ生命の関連性が分からなければ今回の事件でタマ生命を糾弾する事は出来ない。怪しいってだけだし。あと、羅針盤から送信されてきたデータってだけだと意外と弱いらしい。AIフェイク映像なんだろうとか難癖付けられるかもって話。でも改竄しようのない羅針盤そのものを提出できれば証拠として有力なんだけど‥‥


直接ダンガンさんへ手渡せる状況を作らないと危ない。羅針盤は切り札だから。エステルさんを応接室に呼んで任せちゃうのもすっごい危険に孤児院が巻き込まれるかもしれないから出来なかった。タマ生命はタマシティを牛耳っている。何処に目があるか分からない。


「羅針盤のデータはあくまであの事件が魔王によるものだという証拠ってだけ。タマ生命と魔王の繋がりを証明するには、タマ生命お抱えのダンジョンに立ち入り調査しないといけないんだけど‥‥」


そこまで言ったタマさんの言葉をクニークルスさんが言い当てた。


「ははっ、魔王が姿を現すかは別問題って?そりゃそうだな。動かぬダンジョンコアなら兎も角魔王は逃げ回れるし、なんならダミーのダンジョンコアを用意して掻い潜ろうとするだろうよ。」


あう。それってすっごい厄介なんじゃ。頑張って立ち入り調査に漕ぎ着けても、肝心な魔王が広大なダンジョン内を逃げ回ったりしたら無意味になっちゃう。


「そゆこと。本来魔王は挑発されたら結構良い反応示すんだけどアイツはかなり聡いわ。アタシの相方が色々試してるけど今の所暖簾に腕押しね。」


それに、ボク達の存在にまだタマ生命が気付いていないっていうのも希望的観測なんだしね。


皆が乗り気でちょっと嬉しそうなタマさんに、クニークルスさんはジト目で抗議する。


「てかあたしはまだ何も言ってないんだけど?」


「何よ?開拓者の男だけじゃ無く、企業にまで股を開くの?」


「ははは、企業の金で肥え太ったおっさんじゃあたしの副業の相手は耐えられんよ。へし折れちまうってな。」


なんかすっごい下品な会話を平然とするタマさんに、ちょっとだけむすっとした視線を投げた。すると誤魔化す様に苦笑したタマさんは話を続けた。


「戦うんなら、ほとぼりが冷めるまで都市から離れる必要があるわね。都市近郊のダンジョンで大規模な怪物騒ぎが起きたんだし、今の都市は厳重警戒状態よ。事件の生き残りが居ないか当面はタマ生命も必死になって探し回るだろうし。どの道遅かれ早かれバレるけど、逃げるのに都合が良い場所があんのよ。」


そういうタマさんはちゃちゃっと車の行き先の設定を済ませた。すると少しだけ揺れて車が発進した事に気付く。


「アタシの顔馴染みの住む亜人の街、アングルスに潜伏するわよ。」





────夜のベールの下、色香を漂わせるアングルスの一角の風俗街。薄汚れたレンガの通りで男を誘う亜人の女性達は、華奢ながらも誰もが爪を隠している。


「兄弟!今日は羽目を外して1発決め込むぜ!」


「兄貴ィ!俺、あの嬢ちゃんがいい!お先に行って来ますぜ!」


今宵も街に不慣れな開拓者二人が女郎蜘蛛の巣へと不用意に足を踏みれてしまう。この街の風俗街の掟は一つ。料金は遊んだ分だけ。床の上で迂闊に無防備になった男は、娼婦と言うにはあまりに力強くしなやかな彼女達に()()()()()しまう。力と力のぶつかり合いを至上とするこの街の在り方は、多くの油断した開拓者達を飲み込んできた。


そこは緩くも厳しい、治安が地を這う街『アングルス』。

ーダンジョン管理法ー

ダンジョンは捕食した知的生命体の知識を取り込み、その生命体が欲する物を産出する。草食動物なら隠れ場所の多い鬱蒼とした森林に綺麗な川。肉食動物なら無防備な山羊の群れ。そしてヒトなら産出される物は多岐に渡る。

管理法ではダンジョンの育成に、第一種死刑囚を捧げる事が認められていた。事前に余計な知識を削ぎ落とし、必要な情報を脳に詰め込んだ廃人がダンジョンに消える。幾度か繰り返せば狙った資源を産出するダンジョンを作る事が出来た。

ダンジョンを維持するための日々の給餌が少しずつダンジョンを成長させていく。

保有管理に多くの立場のヒトが絡む以上、深刻な利権問題に発展しやすく多額の出資をしたダンジョンを手放せる企業は少なかった。願えば何でも資源を産出する玉手箱はあまりにも根深く文明に根を張ってしまっていた。

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