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26、死地を超えた湯気の向こうは未だ暗く

立派なお風呂・・・もとい、露天温泉に驚くルナさんとクニークルスさん。


「タマ、こんなの買ったのかよ。前のでも結構上等だったってのに。」


「いいじゃない、ラフィとのお風呂の時間を最高の物にしたいの。」


「いつも一緒に入ってるのぉ?」


「‥だって。」


ベールの無いルナさんはまるでお人形の様な綺麗な顔をしていて、くりんとした目がからかうようにボクを見ていた。実際いつもタマさんと一緒だから何も言い返せないよ。うう、恥ずかしい。


「ラフィ、洗ってあげるからこっちに来なさい。」


いつも通りタマさんの尻尾がボクを引っ張ると、いつもと違う方向から引く力がボクを抱き上げてしまう。


「どうせだしあたしが洗うよ、少年。開拓者試験に受かったご褒美に、教官のお姉さんが綺麗にしてあげようか。」


うへへ、と笑うクニークルスさんはボクを膝の上に乗せると、すぐさまわしゃわしゃと洗い出してしまう。


「きゃあっ?!前は自分で洗えますって!」


柔らかくて大きいお膝の上で、タオル一枚でくっつき合うのは刺激が強いっていうか。むずむずするボクをジト目でタマさんが見ていた。


「ああ、ラフィ少年のギフテッドは凄いな。おおぅ・・・やばい、脱力する。」


「あの?!膝上にボクが居ますっ!そんなに前屈みにならないで下さい!」


大きいのがのしかかって柔らか重い?!


「大丈夫ぅ?」


「うう、落ち着かないです。」


「はいはい、癒されるのは湯の中でね。まずは綺麗になりなさい。」


ふにゃっとしたクニークルスさんからボクを取り上げるタマさん。泡だらけのボクははだけたタオルを慌てて巻き直したのだった。


夜空に浮かぶ月に見下ろされ、ボク達は露天風呂に身を沈めた。未踏地の中でこんな贅沢出来るなんて、やっぱりパンタシアは凄いな。あったかなお風呂が未だに残る恐怖心を少しずつ解してくれる。今日はこのまま寝落ちしちゃいたい。タマさんとクニークルスさんは和傘の休憩所から取り出した熱燗で一杯やっていた。これなら落ち着いて入れるかな?そんなボクの期待はルナさんに寄り掛かられたお陰で霧散してしまった。


「私も癒して欲しいわぁ。」


「ひゃっ!‥いいですけど。」


背丈が同じくらいのルナさんに寄り添われると、何だかいつもより緊張しちゃう。そう言えば、結局ルナさんって何で戦っていたんだろう。聞きそびれていた。


「どういう魔具なんですか?あの燃える粒子は。」


「あらぁ、そうだったわね。ラフィにならいいわぁ。」


ふと顔を寄せられ、ドキリとしたボクはわたわたしてしまう。そのまま耳打ちをされた。


「ふふっ、秘密にしてねぇ。」


ルナさんが言うには大量の迷彩ナノマシンらしい。ああっ、あの電車のカフェで見たやつだ!透明だけどしっかりそこに物質として存在する。微細なナノマシンには発火機能が付いているようで。怪物の体内に侵入した後、体内から焼きつつ物理的に裂き砕いてしまうって。うぇぇ!怖いよ。


「私のナノマシンは特注品だからぁ、知ってる子は殆ど居ないのよぉ。貴方もこれでその一人ね。」


「えへへ。秘密です。」


ルナさんは楽しげに静かに笑うと、ボクに寄りかかってきた。


「ラフィも凄いわよぉ?ラフィの力があったから私も最後まで戦えたんだしぃ。一緒に居るだけで心が安らいで、楽に戦えるのよぉ。しかもこうして肌を合わせれば・・・ああ、もぅ。本気で好きになっちゃうわぁ。」


「え、えへへ。」


あの時はボクも無我夢中だったから。でも、やっぱり皆少しでも楽になってくれたんだ。良かった。お湯の中でルナさんと手を繋いでくっ付くボクの頭を、タマさんの尻尾がペシペシと叩いてきた。


「な〜にいちゃいちゃしてんのよ。アタシ達も癒やしなさいって。」


そのままタマさんの尻尾に引かれて、体の大きいお姉さん二人に囲まれてしまう。そして思う存分可愛がられたのだった。


結局その日は皆疲れていたから一度就寝となった。ボクはタマさんと一緒に寝るけど、他の面々は元々持っていた寝袋を使ったり、ソファーで寝るみたいだ。タマさんとくっ付いて寝るボクは、夜闇に紛れて忍び込む影に体を許してしまう事になる。


翌朝目が覚めるとふわふわで大きくて、あったかい抱き枕に抱きついて寝ていた事に気付いた。いつの間にタマさんがベットの下に転がっていて、枕を抱いてごそごそしている。抱きついた感触はふわふわもふもふで。


「起きたかの?」


ボクより少し大きい背丈。そして沢山の狐の尻尾を持つ、どこか妖艶な雰囲気の狐耳の女の子だった。ええっ?!本当に誰なの?!ニホンコク古来からの伝統、和の装いに身を包んだ女の子はボクに尻尾を抱かせたまま上体を起こして見下ろしている。しかし腰まで届く髪の色は美しい狐色。和装の黒髪撫子って言う感じじゃない。


「誰ですか?」


「聞いて驚け、妾こそが古の時代より甦りし九尾の妖狐。だっき‥かよう‥いや、最近使う名はたまもだったか。」


わ、わーっ!


聞いて驚けと言われたボクは両手を上げて驚いた素振りをする。腰に巻いた太いもふもふ尻尾に引かれて思わず倒れ込み、タマモさんの膝上に頭を乗せられてしまった。


「ずっと外回りの仕事で、気になっておったのにらふぃをもふれずにやきもきしてたのじゃ。ほれほれ、存分に甘えてたもれ。」


「コラ。」


起き抜けに放ったタマさんの尻尾ビンタがタマモさんの額をどつく。思わずボクを手放してジタバタするタマモさんは、涙目でタマさんに抗議した。


「なんじゃ!たまばっかりずるいぞ!偶にはべっどとらふぃを妾に譲らんか!」


「あの、この方はどなたでしょうか?」


ボクの質問にタマさんは少し面倒そうに頭を掻いた。


「ノクターンのアタシの相方ね。ヨージュツ?とかなんか不思議な力使える便利な奴よ。それに対魔王の切り札の一つ。昔アタシがボコって捕まえたからそのまま面倒見ることになったのよ。気を付けなさい、怪物も魔王も捕食するヤバい奴だから。」


「ま、魔王ですか?!」


あれだけの怪物の群れを従える魔王すら捕食したというタマモさんは、ジト目でタマさんの紹介に抗議する。


「妖術じゃ。言っておくが昔はてくのろじーとやらの差で負けたのじゃ。文明に順応した今の妾なら負けぬぞ?」


「セッショウセキだか何だかの封印から解かれて這い出て来たところを、通り掛かりのアタシに張り倒されたわよねー。ご自慢の尻尾をあっさり焼き切られた時の間抜け顔は忘れられないわ。尻尾ごと袈裟斬りで体縦半分になってぶっ倒れちゃってさあ。」


「今の妾の尻尾はちゃんとばりあ装甲で守られておる!らふぃが懐いてなければ八つ裂いてくれるものを!」


そんなタマモさんの剣幕を無視するタマさんは、ボクを抱えたままとっととリビングへ向かったのだった。タマモさんはそれ以上何も言わずに、ため息一つ残して音も無くすぅっと宙に消えてしまった。


「ご飯の前に、とっとと返信しておきなさい。」


トントン、とタマさんの指が耳に付けっぱなしのボクのスマイルを突く。あっ!いつの間に凄い数の着信がエステルさんから来てる!昨日の事件はもうニュースになったかな?心配させちゃったみたい。


「そういえば、エステルさんを応接室に招きたいです。ええと、どうやって招待を送るのですか?」


「ん?そうだったわね。じゃあ教えるから言う通りに操作しなさい。」


エステルさんに向けて特殊な形式のメッセージを送信する。と、ほぼ同時に再び着信が!


「あの、エステルお姉ちゃん。」


「ラフィ?!無事だったの?!怪我はない?!ニュース凄い事になってるのよ!開拓者試験で怪物の討ち漏らしがあったって!受験者が沢山亡くなったって聞いてもう心臓止まるかと思った!」


あれ?討ち漏らしって。


「怪我は無いです。心配してくれてありがとうございます。でもあれって討ち漏らしってレベルゃないっていうか・・・魔王が現れたんだよ!」


「魔王?本当?そんなニュースは知らない・・・どう言う事?」


初耳のようだった。


「ふぅん。まぁ、予想通りね。」


スマイルでニュースを確認するタマさんが、共有モードにしたホロウインドウを見せてくる。ニュース記事には魔王の情報など欠片も無かった。書かれているのは組合の失態を責める記事ばかりで、ダンガンさんが会見で頭を下げていた。でも、どういう。


ボクは酷く混乱していた。何か大きな力があの凄惨なダンジョンでの戦いを無かった事にしてしまおうとしているような。確かにクニークルスさんは魔王の通達を受けていたし、ボクの羅針盤にも通達が入っていた。羅針盤には写りが悪いものの、怪物を従える黒っぽい姿の魔王の写真も送られている。


「状況を一旦説明する必要があるわ。アタシ達の今後の身の振り方もね。悪いけど、エステルはこっちで情報共有するまで応接室使うのは後にして。急いで予定立てなきゃならないから。」


タマさんは少し不機嫌そうに尻尾を揺らして、リビングへ足を向けたのだった。

ータマモー

タマが引き入れたノクターンの執行者補佐。まだ正式に執行者として認められておらず、故に気に入らない南蛮の装いも着崩し無しでそのまま着ている。ニホンコクは妖という種族を公式に認知していない。神秘が文明に塗りつぶされた世界に於いてその存在は儚く希薄。ただ、タマモがその存在を確たるものにした時状況が変わった。

この世界に現出し、片田舎の治外街を牛耳ろうとした時に高度な文明の利器とはなんたるかを知った。獣尾族のような出立ちが気になったタマの気紛れが無ければ儚くも消滅していただろう。ただ、暫くのタマとの二人旅で文明に順応したのだった。

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