24、クロネコはギリギリの防衛線へ駆け抜ける
緊急事態に近辺の開拓者達が一斉に件のダンジョンへと向かっていた。タマ近辺に存在するはずのない魔王との邂逅は、多くの疑惑を呼び荒野も街もを騒がせる。しかしまずは受験生達の救助が先決、急ぐ開拓者達の先陣を切って駆け抜けるクロネコが居た。まだ他の開拓者は到着していない。一番乗りだ。
(あの面子なら時間的に最下層にいても不思議じゃないわね。)
パーカーのフードを靡かせ駆けるタマは両手の3M50を振り回し、瞬時に砕け散った怪物の残骸を押し退けるように地下鉄へ続く通路を行く。蠢く無数の怪物の銃口が向けられれば、タマを守るよう分厚い防火シャッターが降りて射線を遮った。意志を持ったようにひとりでに動いたシャッターに怪物達は困惑し、直後に僅かに開いた隙間から投げ入れられたグレネードが破壊を振り撒く。
開いたシャッターを潜り、残骸の上を通り過ぎるタマは徐に構内に設置された監視カメラを見上げた。その視線はカメラの奥深くを覗き込むようで。
「ラフィは羅針盤を手に入れたのね。」
それだけ呟くと迷いのない動きでラフィの元へ駆け出した。
怪物の群れを統率する、黒いローブの魔王は状況の推移に満足げにしていた。既にダンジョン内の開拓者の大半を平らげ、その血肉から得た知識がより魔王を強大にする。最下層でまだ交戦が続いているもののいずれ終わるだろう。このダンジョンを食い潰すついでに片付けるかと魔王は足を向ける。しかし魔王の足元に放られて転がった怪物の肉片に眉を顰めた。
暗がりの中から何かが此方へ向かって来ている。その先にいた怪物達の気配は既になく、硬質な足音だけが響いてきていた。紅い燕尾服にシルクハット、そしてニタリと笑う仮面。そんな派手で怪しい人影が無手のまま背筋を伸ばして歩いて来ていた。
「おやおや。これは。」
魔王が腕を振れば燕尾服を一飲みにするよう、壁に亀裂が走り牙を剥く。言葉通り、ダンジョンの一部のコントロールを操り自身の口腔としたのだ。壁は一瞬で燕尾服の片腕を齧り取り───
それでも歩みを止める気配の無い燕尾服の背後で何かが動く。何かに包まれる感覚を覚えた直後、蒸発するように片腕を失った魔王が思わず後ずさった。
燕尾服は仮面の下で黙して語らず。共に失った部位は即座に生えて再生する。しかし魔王は驚愕しながらも楽しげだった。
「あなたは何者ですか?人間?違う。怪物?違う。魔王・・・それも違う。生物かも曖昧な不思議な気配‥気持ち悪いですねぇ。」
足元に開いた口腔から逃れるように燕尾服の姿が宙に消え、再び迫った半透明な何かが魔王を襲う。腕を失い、脚を失い、されど魔王は即座に再生した。魔王が手を鳴らせば足元の地面から突然大量の銃口が覗く。突き出した何丁ものライフルの銃口が火を噴き、燕尾服へと銃弾の豪雨を叩きつけた。
もう何枚もの防弾壁を捨て、線路から通路の中まで逃げ込んで応戦をしていた。皆ボクの力で蓄積した疲労を改善出来たけど、傷付いた肉体が勝手に治る訳じゃない。弾薬もどんどん減っていく。いつしかイトウさんの眼鏡にもヒビが入り、状況の悪さを教えてくれていた。
イトウさんの8連装砲も弾が尽き、今は両手に構えたマシンガンで戦っていた。ルナさんも何度か手足を失い、その度にボクが慌てて繋ぎ直している。だけど都度流れた血が体力を確実に奪っていた。輸血用の血液が目減りしていく。クニークルスさんもルナさんと同じく重ねた被弾が機動力を落としていた。
「油断してちゃんとした装備で来なかったのは失敗だったね。」
むしろこの状況でワイシャツ型の簡単な強化外装で戦って五体満足なクニークルスさんがおかしいような。最低限の全身を覆う薄いバリア装甲ぐらいしかないのに。
イトウさんの8連装砲が尽き、タネの分からないルナさんの攻撃も火力が下がったせいか怪物達の接近を抑え切れなくなっていた。このままじゃ。
「ラフィ様、残りの防弾壁の数が心許ありません。少し打って出ますので、援護を。」
ブランさんはそう言うと、突然半透明な大楯を片手に呼び出し防弾壁から飛び出した。そのまま驚くような機動力で壁を数歩蹴って怪物の群れに突っ込む。片手の手首から射出された黒い鞭が殆ど目で追えない速度で薙がれた。多くの怪物達が不意を突かれて転がり、胴体が千切れたものまでいる。
その時だった。反射的に、言葉じゃ説明できないけどそうするべきだって感じた通りにボクは硬質化させた巻物を伸ばしてブランさんの頭部を守る。同時に巻物が銃弾を弾き、反撃に出たブランさんが銃撃で返した。
激しく動き回るブランさんの一歩先の行動がボクには見えていて、それでいて何処から致命傷になる攻撃が飛ぶかも不思議と分かる。ブランさんとは脳波のチャンネルを合わせたって聞いたけど、もしかしてそのお陰?
ブランさんは手首から射出される黒鞭で薙ぎ払い怪物の群れを牽制し、白い光を放つレーザーを纏った半光学兵器の実体剣で激しく切り込む。味方の射線の邪魔にならないよう、群れの内側に何度も攻撃を仕掛けて注意を引き付けた。そして皆の攻撃が背中を突き、徐々に敵を後退させていった。
「あらっ?!」
ルナさんの声に驚いて視線をやると壊れた羅針盤が床に転がった所だった。ああ、折角取れたのに。
「気にすんな!羅針盤の再発行を後で申請しとけ!」
クニークルスさんに檄され、ルナさんは納得いかない顔をしながらも応戦を続ける。しかし動揺があったせいか被弾してしまう。突然体ごと吹き飛んだルナさんに慌ててボクは駆け寄った。口から血を吐きながらも大量の血が腹部を染める。
「あら?私とした事が、ちょっとしくじっちゃったわねぇ。」
「大丈夫です!すぐに治しますから!」
ダメだ!簡単な応急処置じゃ傷が開いちゃう。手術台を使わないと。
「手術で弾を取り出さなきゃダメです!」
ボクの声にクニークルスさんは答える。
「なら一足先に一個後ろの防弾壁まで撤退だ!あたしらで足止めしとくから急ぎな!」
「ラフィ様、撤退中は当機が背中をお守り致しますので。」
怪物の群れの中から戻ってきたブランさんが、ルナさんを抱き抱えるボクを庇って盾を構える。急いで走れ!少しでも早くルナさんを復帰させないと戦線が崩れちゃう。
すぐ後ろの防弾壁まで退いたボクは借り物の手術台を本から取り出し、ルナさんを寝かせた。思ったよりも傷が深い。普通の人間だったら即死するような傷だけど、開拓者として手術を受けたヒトなら死に直結するレベルではない。少なくとも直ぐに適切な処置を受ければ十分戦線復帰も可能だった。
ルナさんは慌ただしくするボクをただ黙って見つめていた。痛覚が遮断されているとはいえ、今から意識あるままに手術を受ける。自分の体の内側を他者に委ねるのは覚悟がいると思う。
「頑張りますから、じっとしてて下さいね!」
手術台の多腕が一斉に動いてルナさんの体を拘束。そして体内に残った銃弾を精密な動きで摘出していく。同時に手術台に格納されていた医療用ナノマシンで傷付いた内臓を修復する。足りない部分を埋め合わせ、破れた箇所を縫合していく。
破片で破れて胃の内容物が溢れちゃってる。縫合した胃にカロリーゼリーを注入!これで空腹感に苦しまず、活力あるまま動ける筈。
既に大分減っている血液も補充しておかないと。
汎用輸血液を取り出して輸血も行う。直ぐにでも復帰したいと思うだろうけど、ちゃんと手術が終わってからじゃないとダメだからね。ナノマシンも縫合糸も時間が経てば細胞と置き換わり、最後には余計な部品は体外へ排出される。一応ここでちゃんと処置をしておけばその後に病院に通わずとも大丈夫なはず。
「ふふっ。」
不意にルナさんが笑った。急にどうしたんですか?
「真剣なラフィの顔、かっこいいわぁ。普段はあんなに可愛いのに。」
「そ、そうですか?」
カッコいいって言われて悪い気はしない。だけど、普段は可愛いっていうのはちょっと複雑かも。
輸血が終わって手術を終えると、調子を取り戻したルナさんが勢いよく起き上がって伸びをする。そしてついでにボクに顔を近づける。
「ありがとねぇ。」
驚いて離れる前にほっぺにキスをされてしまった。急に恥ずかしくなっていそいそを台をしまうボクは頭を振って状況を思い出し、意識を切り替えたのだった。