238、宝石箱の中で泳ぐ
ライブが始まるまでまだだいぶ時間はあるし、モモコさんと一緒にナイトプールを楽しもう!っと思ったけど、プールの水面は波立たず。プールの上に浮かぶ綺麗なボートに行儀良く座って、お酒や料理を楽しんでいた。
ボートと言っても、座席や机が付いていてお船って感じじゃない。背もたれの無いクッション座席、宙に浮かぶ半透明な机、そして照明になる光球が真上から華やかす。全体的に薄っすらと虹色に光っていてとっても素敵。ARの花びらや睡蓮、イルカさんとかを周囲の水面に映し出していた。
「ああ言う色合いをゲーミングカラーって言うのよね。」
コソッと小馬鹿にした口調のタマさんの前に、モモコさんが用意したオシャレボートが姿を現す。
「エレメンタル・シャインと言ってくれ。所謂ゲーミングカラーと比べてお上品な色合いなんだ。絹のような色合いとでも表現するべきかな。」
ゲーミングカラーじゃないんだ。思わずタマさんに同調しそうな言葉をんっ、と飲み込んだ。尻尾がボクの頬を突き、首筋をくすぐられた。
誤魔化してんじゃないわよ、って。
モモコさんの用意したボートは、中央にARの桜がそそり立ち花びら散らす大きなお座敷。畳に見えるけど触ってみると質感はボートのそれ。腰掛けが並んで、立派な屏風まで付いてる。
「和風というのも意外性があって面白いだろう?ボートにしろ何にしろ、ここでは見栄の張り合いが大切でね。如何に周囲と調和し、それでいて一歩抜きん出れるか。」
「上級階級特有の泥臭いマウント合戦で御座いますね。ハッ、ラフィ様が居ればそれだけで映え度MAXでしょうに。」
嘲笑気味のブランさんを開いたホロウインドウのフィクサーさんが刺した。
『イニシアチブの取り合いなんて原始の猿の頃からやってた生物の性ですよ?金の多寡が関係するというエビデンスは?にゃははっ!不意打ち論破っ!』
むすっとした顔でブランさんが福音を持ち出せば、ホロウインドウがシュンッと閉じて消えた。
「早くボートに乗りましょう。あと、福音の濫用はダメです。暴走しちゃった時は仕方ないかもですけど、ちゃんとお話しましょう。」
「周囲に迷惑が掛かった時の躾用の鞭で御座いますね。モモコさんが不快に感じたと当機のセンサーが察知したらぶっ放しましょう。」
「何で僕に振るの。」
呆れた顔のモモコさんは、気を取り直してボクの手を引いて屏風の前へ。そして二人で並んで腰を下ろした。タマさんは雑に寝そべり、ブランさんは格好付けてボクの後ろに控えた。ボクの事を気遣ってか、立ててくれるみたいでちょっとこそばゆい。
「ほら。」
モモコさんが手を叩く。それぞれ用意された座敷机にお酒とグルメプリズムが転移して来た!良い匂いがする!美味しそう!ボクとモモコさんの机にはお揃いのジュースの入ったグルメプリズムが。どうやって飲むの?透明なシャボン玉の中でブルーハワイアンがチャプっと波を立てた。
「ラフィ。見ててよ。」
ブルーハワイアンのグルメプリズムは、柔らかいけど触っても突き破る気配が無い。モモコさんが指で突けば勝手に宙を泳いで移動し、口元ににゅっとストローみたいに細い飲み口が変形して現れる。咥えれば中のジュースを吸えた。
見様見真似でジュースを楽しみ、お肉料理の詰まったグルメプリズムを摘んで口に放り込む。パリッと口の中で弾けて芳醇なタレと脂、ぷるんと柔らかなお肉でほっぺが満たされた。
「なんかさ、この飲み方。ペットの給水器みたいね。ほら、齧歯類とかのペットのケージに水の入ったこんな感じのタンク付いてない?」
「仕組みは同じようなものだからね。ただ、お客さんが来てる時にそういう野暮は言わないように。」
モモコさんに釘を刺され、へーいって感じにタマさんはチャピチャピとお酒を啜った。確かに側から見ると‥タマさんの言いたい事も分かっちゃう。便利だし目新しくて面白いんだけど。
プールの水上を歩いて、見慣れたヒト達が歩いて来た。皆綺麗な水着姿で、いつもより肌面積が多くてちょっと目のやり場に困る。足元が淡く発光するサンダルを履いてるけど、水面を歩ける特別性みたい。
「ラフィ!会いに来たわよ。それと、モモコさん。この度はお目に掛かれて光栄ね。」
「光栄だなんて、そんなにへりくだらなくても良いじゃないか。アリスさん、僕も会えて嬉しいよ。」
チズルさんを連れたアリスさんがボートに上がって来て先ずは挨拶を。ボクにはフレンドリーに、モモコさんには恭しく。チズルさんはボクによっ、と片手で挨拶してボクも同じように返した。
「モモコ様、アマカケ・セイテンの代理で来ました。ビャクヤと申します。」
畏まった態度でビャクヤさんも挨拶をしてくる。後ろに控えるセバスチャンさんが、ボクにお辞儀をしてくれた。
表面上はただの挨拶だけど、色々とお仕事絡みのお話をしていてボクはちょっと退屈。公式な場として言葉を交わす以上やり取りが長くなっちゃう感じだった。
ひょこっと立ってチズルさんの下へ。
「チズルさんはグルメプリズム食べてますか?」
「護衛中だぞ。まぁ、興味はあるが流石にな。」
「初めて彼女が出来た男子中学生かしら。肩に力入り過ぎよ。周囲の全てが敵に見えてんの?今どこにいるか分かんない?」
タマさんの尻尾が横から差し込まれ、既に酒気を漂わしながらチズルさんを揶揄う。ジト目で返すチズルさんのおでこを指で突いた。
「ラフィの側以上に安全な場所があるかしら。護衛ってのはね、気を抜くタイミングを見極められるようになって一人前よ。ずっと張り詰めてんじゃ疲れるでしょ。そういう奴ほど簡単に出し抜かれるっての。」
「うっさい。てか触んな。」
タマさんの指先を払うタイミングで、その尻尾の先端がいつの間にアリスさんのうなじを突いていた事に気付いて目を見開く。
「ほら、出し抜かれた。もう疲れて集中力切れてる。あはは、何よ、怒らないでって。」
ヘラヘラするタマさんは、おどけた態度でチズルさんの肩を叩いてボクを後ろから抱いた。
「はぁ‥いや、ミスはミスだな。ラフィ、支援を要請する。ほらっ。」
「チズルさん?あのっ?!近いっ!」
チズルさんもTPOを弁え水着姿。強化外装を兼ねた奴だから露出が多い訳じゃないけど、いつもの大きなジャンパー姿と違って薄布1枚で。ボクは強化外装を変形させたラッシュガード型にしてるけど‥その、密着感が。
「照れてるのか?ふふっ、可愛い反応するなぁ。うりゃうりゃ。もっと癒やせ。」
「分かりましたから!ううっ。」
耳元で囁かれ、イタズラするようにボクの内腿に膝が差し込まれる。エンジェルウイングを展開。皆の注目を浴びる中、チズルさんを癒した。
「チズル〜?何してるのかしら。大切なモモコさんのご友人に。」
ほんのりと怒気を内心に隠したアリスさんの声が、合わさった体温を離したのだった。
ボクの後ろでタマさんがブランさんに止められてる。チズルさんの急な行動にボクを奪い返そうとして、ブランさんに抑えられていた。流石にこんな場所で揉み合ったら目立ち過ぎちゃうから。
それからも10人くらいモモコさんとお付き合いのある方々がやって来て、ボクにも挨拶して応えるっていうのをライブが始まる時間まで続けた。ヒトによってはブランさんが秘書として前に出て、連絡先を交換したりと人脈作りをしてくれた。
真面目に働くブランさんはカッコいい。普段はちょっと変な事言ったりするけど。
ここで会うヒト達はすっごい容姿が綺麗な方が多いのが印象的だった。男性も女性も、アイドルやモデルさんみたいな雰囲気にキラキラしてる。そんな話をしたらモモコさんは笑った。
「そうかい?ああ、整形で顔を整えてるからね。よく見ると手術痕が薄っすら見えるよ。ああ言う“モザイク”の人形顔を美しいとは思わないな。」
「顔変え放題だから、敢えて弄ってるの分かるように手術痕残す法があんの。じゃなきゃ簡単に他人に成りすませるでしょ?その点モモコはよくまぁそんな顔で“ナチュラル”よね。」
タマさんがそっと補足しながらもモモコさんを尻尾で指す。お行儀悪いですよ、もぅ。
「だからこそ天性の美貌ってのは、整形大国と化したこの世に於いても大きなステータスなのさ。僕は母親似でね。童顔が気になるけど、お陰でラフィが来る前はシブサワの広報でよく顔を出していた。」
仕事が減って幾らか楽になったよ、と語った。そっか。シブサワのイメージキャラクターとしての業務もあったんだよね。ボクもCMとかで目にした事があった。
そんな話をするとついモモコさんの綺麗な顔を意識しちゃう。ボクの視線に気付くと、急に顔を近付けて妖しく微笑んだ。
「どうしたんだい?おや、顔が赤いね。」
昔ホロウインドウの向こうに見て、綺麗だなって思ったヒトの顔がすぐ近くにある。好意を隠さないで向けてくる視線は、目が合うと急にドキドキして。思わず袖で口元を隠そうと‥水着だから袖が無い。
急に展開したエンジェルウイングの羽先が、恥ずかしくてむにむにする口元を隠した。
そんな様子にモモコさんも顔を赤らめ、もっと迫ろうとして。両肩をブランさんに抑えられ、タマさんの尻尾に小突かれた。
「それ以上のコンテンツはまだ未解放で御座いますので、せいぜい貢いで好感度を稼いで出直して来ましょう。」
「周囲の目を考えなさいよ。てかアンタ野郎でしょうが。」
今は女の子だよ、と不満顔で抗議するモモコさん。距離が離れて思わずホッと息を吐いた。モモコさんの事も好きだけど、急に迫られるとどうして良いか分からなくなっちゃう。
来客が落ち着いた頃合いに、グルメプリズムを楽しみながらもちょっと泳いだりしてナイトプールを楽しむ。別に泳ぐのは禁止って訳じゃなかった。どこも挨拶回りが落ち着いたみたいで、プールで泳いで楽しむヒトが増えている。
流石に派手に飛沫を上げながらクロールでプールを横断!とかはしないけど、水辺の白鳥のよう上品に満喫していた。
潜ると水中は昼間のように明るくて凄い綺麗。プールの底は光を放つ水晶で出来ていた。つるんと滑らかな表面だけど、色とりどりに輝く様は幻想的。思わず録画して、後でハムハムに投稿しようかなって考えた。
水面に浮かぶ綺麗なボートの数々といい、プールそのものが宝石箱みたいだった。ナイトジュエルの呼び名はこういう事なんだって、宝石箱の中で泳ぎながら納得した。




