23、地下鉄防衛戦線は赤に染まる、幾つもの道が途絶える
暫く通路が続いた外周は、途中から線路に変わっていた。大きな通路がそのまま線路の終着点に続いていたのだ。怪物が迫る前に出来る限り進んでおきたいと歩を進める。道中に脇道は無く、背後を攻撃される心配はない。だったら広くて戦いやすい場所を選んだ方がいいからね。
このダンジョン由来の怪物が背後に湧くかもって思ったけど、クニークルスさんが言うには他所のダンジョンの襲撃を受けている今、このダンジョンの怪物はより脅威度の高い侵入者を最優先に狙うらしい。ダンジョン同士での共食いも偶にあるそうだ。
ブランさんの用意した防弾壁には自爆トラップが備え付けられている。戦線の維持が困難な場合に、これを作動させて後退する時間を稼ぐ算段だった。多少なりとも怪物を減らしつつ足止め出来るのなら、壁は多い方がいい。全部設置し切るまでボク達は前に進んだ。
最後の防弾壁を張ったのは線路の途中。ブランさんが用意した投光器のお陰で遠くまでよく見える。線路は真っ直ぐで、射線を遮る遮蔽物は存在しなかった。
怪物達の行軍が振動となって伝わってくる。会敵は間も無くだった。
────投光器の光が怪物達の姿を照らし出し、横殴りの豪雨となった弾幕が防弾壁に叩きつけられた。何十億という巨額を操作する要人を襲撃から守るための防弾壁は並の性能ではない。ランク20の開拓者が用意できる程度の防壁なら、今の一瞬で煎餅に張り手をしたの如くバラバラに四散してしまっていたかもしれない。しかしこの防弾壁は傷付きこそすれど、余裕を持って内側の安全を守ってみせた。
反撃の火蓋を切ったのは二丁の8連装のランチャー砲から放たれた計16発の誘導ミサイルだった。仄かな軌跡を残して飛来するミサイルは、例え撃ち抜かれても誘爆せず事前にロックオンした目標物に接近して初めて起爆される内蔵センサーを搭載した代物だった。目前の群れが爆炎に消え、激しい爆風を一身に浴びながらイトウは戦果に目を細めた。
怪物は斃れた端から次々と線路上を蹂躙するかのように湧いて出てくる。ミサイルで吹き飛んだ分も即座に補充され、雪崩のように防弾壁へと迫った。
「なら、こういうのはどうかしらぁ!」
ルナの指先に突如として現れた髑髏を模った黒炎は急速に成長し、雪崩を丸ごと飲み込むように口を開ける。逃げ場の無い捕食が怪物達をなす術なく噛み砕き、あっという間に灰燼に帰した。
イトウ、ルナ両名の大火力が群れを蹴散らす中、討ち漏らされた数体の怪物が銃口を向けてくる。だが、クニークルスのライフル弾が正確に頭と銃口の付いた腕を破壊し、展開されたラフィの巻物から一斉に発射された銃弾の雨が体を粉々に砕いた。
「そろそろ頃合いになります。後方へ退避を。」
防弾壁の耐久を精密に把握しているブランが一歩前線に乗り出し、両手に純白の小型ガトリング砲とシールドを呼び出して掃射を始める。事前の取り決めの通り、一同はブランを最後尾に防弾壁一枚分の戦線を下げる決断をした。
捨てられた防弾壁の爆炎が怪物の群れを怯ませる間に退却を終え、迎え撃つ準備を整える。怪物の群れは想像以上に多く、防弾壁を捨てるまでの時間も予想外に早い。文字通り防弾壁の残り枚数が生命線となる以上、一同の構える武器に緊張が込められた。
「ブランさん、大丈夫ですか?!」
一度殿を務めただけでもブランさんに大量の銃弾が叩きつけられたようだった。表情は変わらないけど、体のあちこちが損傷している。ブランさんはバトロイドだから普通の医療マギアーツは効かない。
「当機には自動修復機能が御座いますので問題ありません。損傷率軽微、作戦続行に支障はありません。」
そうは言ってもあちこち抉れてて、見ているだけで辛い。なのにそのまま応戦を始めた。ブランさんの動きを見ていると分かるけど、明らかにボクを銃撃から守ってくれている。不慣れなボクはどのタイミングで攻撃すれば安全か把握しきれていないけど、ブランさんが体を張って防いでくれるお陰で何とか大きな怪我は無くいられた。
「一体どんだけ怪物が入ってきたんだ!」
何度目になるか分からないイトウさんのミサイルが爆風を線路上に撒き散らし、
「何度燃やしてもキリが無いわぁ。」
ルナさんの操作する黒炎髑髏が怪物の群れを横薙ぎに噛み砕く。髑髏に触れた怪物は燃え上がると同時に、内側から爆ぜるように砕かれるのだ。原理は分からないけどすっごい危険な力が振るわれている事だけはハッキリと分かっていた。
「少年、あまり無理に攻撃はしなくていい!アコライトはキミだけなんだから、身の安全を最優先にな!」
クニークルスさんはこんな時でも冷静で。討ち漏らされた敵の接近が一切無いのもクニークルスさんの射撃のお陰だった。でも少しでも攻撃をしないと。
扉の向こうを索敵した時みたいに、防弾壁に身を隠したままコソコソと巻物を伸ばしていく。地を這うように伸びていく先の景色は脳裏に投影されて、激しい銃撃の振動で揺れるけど何とか見えた。
戦場の左右端に展開された巻物が両端から銃口を静かに覗かせ、暗がりから隙を窺う。大火力の二人の攻撃が途切れる隙を少しでも潰せるよう、射撃で援護するんだ。
ルナさんの髑髏が銃撃を浴びて姿を崩した瞬間、一斉に突っ込んでこようとする怪物達目がけてボクは銃撃を見舞った。左右から放たれた無数の銃撃に挟まれ怪物達は一瞬で原型を損ない四散する。同時に反撃を受けないよう、慌てて巻物を巻き戻した。
「あら、やるじゃない。」
ルナさんに褒められてちょっと嬉しい。そんな時だった。
「アグっ?!」
クニークルスさんが突然倒れ、驚いて振り返れば血飛沫が顔に掛かる。頭の無事を一番に確認するも、直ぐに右腕が千切れている事に気付いた。マズイ!この状況を保っていられるのは皆の火力が合ってこそ。一人でも掛けたら総崩れになりかね無い!
「ラフィ!済まないね。」
伸ばした巻物が千切れ飛んだ腕を回収し、医療用魔具を本の中から取り出す。強化外装のお陰でクニークルスさんの腕は即座に止血され、痛覚も遮断されたようだけどこのままじゃ戦えない。
「どれくらい掛かる?」
「3分・・・いえ、1分で!」
「任せるよ!」
上体を起こし残った左腕で応戦を始めるクニークルスさんの傍ら、動揺する気持ちに蓋をして医療マギアーツに集中する。腕一本の接着なら手術台は必要ない。
千切れた腕を当てがい、注射器を上腕に刺す。内部には事前にクニークルスさんから採取し培養していた汎用細胞液が詰まっている。一緒に注入される医療用ナノマシンを操作して、そのまま神経を繋げて足りない肉を作り出すんだ。
この時神経系の接続が上手くいかないとまともに動かせなくなっちゃうから、細心の注意を要求された。
神経を集中させれば腕の内部の神経一本、一本まで全部把握できる。大丈夫だ、ボクなら出来る。やるしかないんだ!
実践は初めてだけど、ドキドキしながらも注入された汎用細胞を腕を構成する様々な細胞へ変化させていく。欠けた骨、欠損した肉、千切れた神経、剥離した皮膚を1分の短時間で一気に作り上げた。普通は数分じゃ終わらないって話だったけどやってみたら案外簡単だった。
腕が復帰した瞬間、クニークルスさんは左手から即座に持ち替えて戦い始めた。
「お、流石少年だね。前よりむしろ調子良いくらいだ!」
その言葉に安堵し、一旦緊張を切ってへたり込んだ。汗が凄い出てる。まだ終わってないんだ。集中し直さないと。
それからボクは一旦攻撃を止め、誰がいつ負傷しても対応出来るよう身構えておく事にした。
タマさんも言っていた。ボクにくっ付いていると癒されるって。でも戦場でくっ付いていちゃ邪魔になっちゃうし。そもそも癒しのギフテッドっていつも完全無意識に振り撒いてるみたいだけど、一体どうやって制御すればいいんだろう?
目を瞑って内側に集中してみる。こんな状況で集中なんて出来ないかも‥と思ったけど、体がそうする事を最初から求めていたみたいにすぅっと意識が内側に集約された。
今までにないピンチに、体が解決策を提示してくれようとしているような。
集中が強まる程に喧騒が消えていく。
内側から少しずつ漏れ出るオーラのようなものを感知した。手を伸ばしても届かない。ん〜っ!届いて!もうちょっと‥!と、指先に掠った気がした。掠っただけじゃダメ。ちゃんと引っ張り出さないと。でも集中するだけじゃダメ?
もっとお腹の底から力を振り絞らないと!ううむ、ぐむむ、うにゃあっ!!
「あっ!ラフィ様、伏せて下さい!」
急にブランさんに押さえつけられ、頭上を掠って銃弾がぁ!!きゃああっ?!
その時だった。ふわっと急にボクの体が軽くなった錯覚を覚え、ボクの力が外側に向けて放たれている感覚を覚えた。今の衝撃でスイッチが切り替わったみたい。でも、この力を皆に伝えれば少しでも助けになるから!
皆の表情がどこか明るくなった気がした。溜まっていた疲れが吹き飛んだように、急に動きの良くなった面々が猛反撃を始める。少しだけだけど、状況に光が差したかもしれない。
「──けて。」
声が聞こえた気がした。
この場に居ない誰かの声が。悲痛で、助けを求めていて、振り絞るような。
癒しの力が広範囲に広がる程、どこか遠くの声を拾ってくる。皆は前に集中していて、だけどブランさんはジッとボクの顔を見つめてきていた。
広がっているのは癒しの力?違う。多分。もっと別な何か。ただ、声が次々と聞こえてくる。
『何だこの群れは?!』
『やだぁ!!いやぁ!!』
『痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!やだやだやだ!!』
『あああああああ!!!』
『教官は何処だ?!逃げたのかよチクショウ!!』
『皆ここなら安全だ!こっちだ!!』
『銃弾が‥!もう無いです!誰か!』
何かと接続されて誰も彼もの悲鳴が、最期の声が、恐怖が‥
「ラフィ様。」
ボクの肩が引っ張られて揺らされる。ブランさんの片手がボクの意識をこちら側へ返した。
「今はまだその時ではありません。不完全では意味がないのです。」
言葉の意味が分からない。けど、目の前の戦いへ意識を集中させようって切り替えた。
ボクの中に業が刻まれた。なのに動揺は無くて。心がすぅっと冷たくなったけどこの状況に感じる恐怖が何処かへと消えていった。
一瞬だけど、脳裏に赤い髪の女性が浮かんだ。汽車の中向かい合って座り、口元に笑みを浮かべた一人の女性。遠い記憶の、どこか遠い場所で見た顔。ボクを呼ぶ声、でももう忘れそうで。
一緒に来れなかったボクの大切な◯◯◯さん────
頭痛がその光景を掻き消した。