226、迷彩で隠された痴態も、見えるヒトには全部見えちゃうんです
「ツナヨシさん、不調ですか?」
下腹部から容赦無く湧き上がってくる快楽に耐える為、ツナヨシさんは白目を剥いて歯を食いしばっていた。
「おおおっ、おっほ!だだだい丈夫‥ひぃっ?!」
ダメだ!限界みたい。ブランさん!
ツナヨシさんのスマイルへメッセを送って備える。
『今から顔を一時的にARで誤魔化しますので、話したい内容をメッセで伝えて下さい!』
直ぐに返信が来る。
『すまない、詳しい事は機密だから言えないがクライさんに次の合同企画を引っ張って欲しいんだ。ここでは簡単な根回し程度だからそれらしい事を言ってくれ。』
苦悶するツナヨシさんの表情は、パッと晴れやかな顔に。頬も紅潮し、健康的な肌色でテッカテカ。ARの仮面を被ったその表情の変わり具合に、思わずタマさんが吹き出しそうになって激しく咳き込んだ。
(ブランさん、ちょっとオーバーです。もう少し自然にお願いします。)
(いえ、不調を心配されていましたので。あまり注視されると違和感に気付かれますから、あえて注視したくならないテカテカ顔にしています。オッサンの健康艶肌を凝視したがるオッサンは居ないでしょう。)
「ご心配をお掛けして申し訳ない。クライさん、次の合同企画の件で事前にご挨拶でもと。」
「ああ、そうですか。元気そうで良かった。その件についてはまぁそう来ると思ってましたから。大丈夫ですよ。頼って下さい。」
「ありがとうございます。私も今中々大変でして。ご迷惑をお掛けしないよう努めさせて頂きますから。」
ツナヨシさんの合成音声、AIツナヨシボイスで流暢に会話を続ける。確かに今迷彩の下で大変な事になってるけど。
ツナヨシさんはアケミの容赦無い攻めに悶絶していた。意識レベルが下がったら、ボクが気付けをしないとね。
「そうだ。この料理ですが中々イケますよ。折角のパーティーなんです。料理も楽しみましょう。」
クライさんのお誘いに、一瞬ブランさんと視線を交わす。
食べれる?
ARは無敵ではありません。
『ラフィさまのアニマトロニクスを使えば窮地を脱せるでしょう。可愛い九尾は器用に動かせますよね?』
フィクサーさんの助言に、アニマトロニクスを起動した。ARのツナヨシさんの腕に紛れて、尻尾の1本がそっと料理のお皿を掴む。
「ミートパイですか。ははっ、好物です。」
両手が動けば2本の尻尾で対応した。そのままARで誤魔化された顔へミートパイを近付け‥
『ツナヨシさん!頑張って頬張って下さい!』
ツナヨシさんは根性でパイに齧り付いた!んぐっ、んぐっ、と無我夢中で噛み砕き、何とか喉へ通す。性欲と食欲を同時に満たすのは難しいけど、ツナヨシさんは気合いで乗り越えていた。
「そんなにがっつかなくても。お腹空いてたんですか?」
「失礼。左様です、少々空腹でして。無作法をお許し下さい。」
「大丈夫ですよ。私はお話ししたい方が居ますのでどうぞ、遠慮なく食べて行って下さい。」
クライさんが向こうへ行けば、思わずボク達は難所を凌いだ達成感にガッツポーズを小さくとった。
アケミの攻めが収まり、再び恍惚としたツナヨシさんの顔がARの仮面の下から覗いた。
その後も数人の方と歓談をして、根回しを済ませていった。パーティーだから流石に本格的なお仕事の話し合いは無いみたいだけど、これに欠席すればその後のお仕事に大きく響く。ツナヨシさんが無茶をしてでも来たがった理由が何となく察せた。
「本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます。ミツホシと赤翼の親睦パーティー、メインイベントとして皆さんの一芸披露宴を行いたいと思います!」
えっ?なになに?聞いてないよ?!
『すまん、忘れてた。俺は演歌を披露する予定だったんだが。』
ブランさんのメッセが横合いから突っ込む。
『手コキカラオケならぬ逆駅弁カラオケを歌い切る自信はお有りで?』
『ねぇよ!ああ、どうすれば!』
既に皆適度にお酒が入ってて、会場は沸き上がって大盛り上がり。丁度壇上に出たクライさんが、演歌を披露していた。わぁ、歌が上手!良い声だなぁ。
(ラフィ様、現実逃避はおやめ下さいませ。このままでは依頼達成が頓挫致します。)
事前に割り当てられた番号から、ランダムに選ばれたヒトが壇上で一発芸を披露する。つまり呼ばれない可能性もあった。
「38番、ツナヨシ様!どうぞ壇上へ上がって下さい!」
きゃーっ?!呼ばれちゃった!どうする?どうしよう?!一発芸‥!一発芸‥!!
『お困りですか?にゃはは、ラフィさまが付いているのですよ?一つ現実的に可能な物があるじゃないですか。』
フィクサーさんの提案に、タマさんへ連絡して急いで準備を整えた。
AIツナヨシボイスが高らかに宣言する。
「ではぁ!ここに居るランク20を超えるベテラン開拓者さんと一つ、演武を行いたいと思います!」
まさかの武闘派宣言に会場が揺れ、中腰で構えたタマさんに堂々と向かい合うツナヨシさんへハラハラとした視線が集中した。幾らお酒に酔ってるからって流石に無茶では。皆そう感じて声を出さずに見守る。
開始の合図はR.A.F.I.S.Sで。タマさんが動くと同時、アニマトロニクスを起動していたボクの九尾の尻尾が迎えうった!
ツナヨシさんの動きは全てARで誤魔化す。それだけじゃない。アニマトロニクスの力で、ツキシロを場に転移させていた。最初から霧化したツキシロが場に広がれば、薄っすらとツナヨシさんの姿を隠す。
凝った演出に驚きの声が上がる中、タマさんの拳とツナヨシさんの拳が交差した!
ツナヨシさんの腕のARの中で動く九尾の尾。先端をギュッと丸めて拳状にしたそれが、タマさん目掛けて勢い良く突き出される。ツナヨシさんの鋭い踏み込み、そして激しいラッシュ!
タマさんが一回拳を振るう間に、5回以上連続で拳が飛ぶ!その動きはARを持ってしても速過ぎて怪しいけど、霧と丁度良い酔いが説得力を与えた。
「ちょっ?!アンタ!激しいって!」
(ハッ、手加減が必要に御座いますか?)
悪い顔でブランさんが囁き、真剣な顔立ちになったタマさんが勢い良く飛びかかって来た。拳が一発ブランさんへ飛ぶも、上体を逸らして危うげなく回避。回し蹴りを形状を変えたバリア装甲で弾く。
タマさんの鋭い拳をARのツナヨシさんがシャドーボクシングの動きでひょいひょいと!あっ!一発顔に直撃!ツナヨシさん!大丈夫?!
しまった!って風に一瞬戸惑うタマさんに構わず、ツナヨシさんがメッセで応えた。
『俺に構わずやれ!ここを乗り越えないとどの道お終いだ!』
放たれた数発の拳を、皮膚一枚切らせてギリギリで回避する。ARは大袈裟に動くけど、数本の尻尾で上半身を絡め取って操り人形のように動くツナヨシさんの回避は危なっかしかった。
踏み込みの浅い拳を、真下から尻尾が弾く。一瞬で伸ばした腕に絡み付き、タマさんの踏ん張った片足を掬い上げて綺麗に投げ飛ばした。
「このっ!」
宙でブレードランナーを駆動。体勢を立て直しつつ飛び掛かるタマさんへ、R.A.F.I.S.S越しに合図を送った。
ツナヨシさんの反撃の一打。ARの腕の中を突き進んだ尾の拳が、防御するタマさんを直撃した!飛び退くよう大袈裟に吹っ飛んで、ダメージを最低限に抑えたタマさんはそのままゴロゴロと転がって壇上端へ。
グッとガッツポーズをとるツナヨシさんは、鼻から血を流しながらもやり切った顔をしていた。
会場は一瞬静まり‥
「おおおおっ?!まさかのツナヨシ様!武闘派だぁー!!」
盛大に沸いた。この日、親睦パーティーの主役が決まった瞬間だった。
これだけ激しい一発芸の範疇を超えた本格的な演武を見せられた場は、そのままツナヨシさんを褒め称え一発芸の披露宴は一旦終了って空気になる。
色々精魂尽き果てて死にそうなツナヨシさんを休ませる為、迷彩に隠されたアケミはイナバウアーの姿勢のまま場を離れた。
そして会場外に出た途端、不思議なモノを目にする。
笑い過ぎたのか、悶絶してお腹を抑えたままぐったりするロゼさんが廊下に倒れていた。
「“視えて”いますから、そのままこちらへ。話を聞きましょう。ラフィさん。」
驚くボク達はそのままロゼさんに連れられ、パーティー会場脇の一室で向かい合った。
「ラフィさんはやんちゃな一面もあるのは知っていますが、その。ふふふっ、失礼。ふふっ。それセクサロイドですよね?それも大型の。何故パーティー会場に?」
組合警察に向かい合って顔面蒼白なツナヨシさんは、口をぱくぱくさせてボク達へ目配せした。
「ごめんなさい!ツナヨシさんが困っていたんです!」
ピャーッ!!っと謝るボクに、ロゼさんは笑いが抑えられない風にニヤニヤ。アケミと繋がったままユサユサ揺られるツナヨシさんの、情けない格好がツボに入ったみたい。
「てか何でアンタがいるのよ。」
「不審なタクポの通報が入り、調べた所タマが関わっている事が判明しましたので。ラフィさん絡みの案件は私かメリー先輩が受け持つようになっています。」
そう言えばタマさんが迷彩を起動する前、それなりな人数に見られてたっけ。そこから足が付いたんだ。
「対光学迷彩眼球インプラントを入れたんです。お金も溜まってましたし、ヤマノテシティで組合警察やるならあった方がいいと。ですが‥その。ぷふっ、すいません。アダルトグッズと繋がったままパーティーを楽しむ男性を見て悶絶してしまいました。」
「宜しいでしょうか。本件はツナヨシが事故に遭い、緊急避難的に依頼として正式に組合から受けた仕事です。組合法によれば、事故時の緊急避難対応として受けたこの依頼の内容に違法性は御座いません。ツナヨシの社会的地位の喪失と天秤に掛けた際、緊急避難対応として妥当であり、整備不良によるツナヨシの過失はあれどラフィ様の過失は御座いません。」
ブランさんは堂々と言い訳し、ロゼさんはため息を吐いた。
「先に言いますが、本件を立件する気はありません。幸い誰にも気付かれていませんし、ブランの見識の通り緊急避難対応の範疇です。露見していたら少々問題がありましたが、神業とでもいう対応で隠し通せました。」
ただ、R.A.F.I.S.S越しにロゼさんの気持ちが伝わってくる。アニマトロニクスを起動、真っ白な九尾の尾がロゼさんの腕にするするを絡み付いていく。ボクもちょん、と隣に座って片腕を抱いた。
「許してくれますか?」
「ふふふ、色仕掛けですか?このっ。可愛いんですから。」
抱きしめられ、撫で回され、膝の上に収まってしまった。
「ラフィー、別にそんなんしなくてもアタシらは悪くないわよ。」
ケッ、と態度に出すタマさんにロゼさんはジト目を向けた。
「ラフィさんはああなっちゃダメですよ?世の中、可愛いってだけで許される事も多いんです。逆に態度の悪い不良開拓者ってだけで無駄に目くじらを立てられる事も多いのですよ。」
猫撫で声で諭され、ボクはこくこくと頷いた。
「じゃあ、お咎め無しでいいか?」
ツナヨシさんの声に、ロゼさんは毅然とした態度で応えた。
「今回は、です。例え光学迷彩等で隠していたとしても基本的に猥褻物陳列罪は成立します。法で定められた最低限の肌着を着ずに外出する事自体が違法だからです。今回は緊急避難対応としての特例である事をお忘れなきようにお願いします。」
さっきの猫撫で声と打って変わって厳しい態度。ツナヨシさんも変わり身の速さに思わず気圧されて黙って頷くしかなかった。
「パーティーはこのまま欠席して下さい。もう用事は済みましたよね?こちらの方でセクサロイド緊急カスタマーセンターに連絡しましたから、この場で待機するようお願いします。勿論対応料金は自費になりますが、この部屋は封鎖しますから大丈夫ですよ。」
ツナヨシさんは安堵の息を吐く。
「ラフィ、タマ、ブラン‥フィクサーだったか?今回は世話になった。お陰で首の皮一枚繋ぐ事が出来た。今回欠席してたら次の合同企画が頓挫する事もあり得たんだ。今声を掛けねぇと、先約で埋まっちまう奴も居るんでな。」
「報酬は満額支払う。3000万円耳を揃えて今送金するから、受け取ってくれ。」
口座に振り込まれた3000万円‥‥から自動で組合手数料や諸々の税金が抜かれた金額。それでも大きな数字を前にテンションが上がっちゃう。わぁい!このお金で何を買おうかな?
「3000万円ですか。私の年収数年分が右から左へ動きましたね。」
ロゼさんのぼやく声に、苦笑いで返すしかなかった。




