22、旅の始まりは曲がりくねった道の途中に
最下層まで一直線に降りたボク達は、徐々に灯りを取り戻していく通路を進んでいった。汚れたタイル壁には今は無いであろう旧世界の企業広告が点々と並び、受験者が書いたメッセージのようなものが沢山書かれている。
『到達記念!』
『俺はやった!』
『ショトカ気付かなかった奴いる?』
『外周一周ぐるりとかお排泄物』
ボクも何か書き残そうかな?どうしよう?
メッセージの落書きを前にそわそわと身を揺らしていると、クニークルスさんがもふりと頭を撫でた。
「そういうのは羅針盤を受け取ってからにしな。この先だぞ。」
頭を撫でる指先はだんだんくすぐったい変な手つきに変わり、首筋を撫でようとする指先から逃れるように逃げ出す。
「一人で行っちゃダメよぉ。」
ルナさんがボクを手招けば、急に見えない力に引っ張られ手を繋がれてしまった。見えない力は硬いけど纏わりつく感じで、不思議ながらに何処かその感触に引っ掛かる物を感じた。何だろう?この感じ、どこかで‥‥?
ルナさんと並んで進んだ先には大きな扉があった。分厚い鉄で出来たそれはまるで金庫のドアのようで。鍵は開いてるかな?
「まずは索敵ですよね。」
金庫のドアが分厚いせいか、材質の都合か。普通にレーダーを使っても内部の状況が探知できない。3000万円の強化外装に積まれたレーダーでも、内部の状況がイマイチ掴みきれなかった。
この奥にダンジョンコアがあって、それを守る為のセキュリティロックは高度なレーダー探知すら弾くみたい。設置したのはダンジョン保有者の開拓者組合、試験期間外のダンジョン破壊行為に対するセキュリティが牙を剥いた。
アレを使おう。
試験期間中は鍵は掛かってないようで、強化外装の出力で押せば動く。ボクの袖の下から伸びた巻物がしゅるしゅるとドアの隙間から入り込み、その先の光景を脳裏に投影した。
新しく書き込んだ“遠見”のマギアーツ。本来ある程度の性能のレーダーに内蔵されるマギアーツで、文字通り直接的に視界外の光景を見せてくれる。目で見えてなくてもレーダーの感知範囲内なら脳内に映し出してくれるんだ。
普通のレーダーは文字やエフェクト、ARの立体図を使った情報で完結するけど、これはカメラで撮影したようにレーダー探知内の光景を脳裏で見る事が出来る。
便利だけど使ってみると不思議な感覚。タマさんが持っている高度なレーダーは小さいダンジョン内なら、出力次第で全体を見通せてしまう。でもかなり慣れがいるらしくて、ボクはまずは簡単なもので練習しているのだった。
実際この強化外装に積まれた高度なレーダーで試したら、視界がぐわんぐわんになって酔っちゃったし。
ドアの向こうは薄明るい開けた大部屋。その向こうにもドアがあるけど封印するようにバリケードが張られていた。そして部屋の真ん中で上からライトで照らされた壇上にボク達の羅針盤があった!
「安全そうです。行きましょう。」
はやる気持ちを抑えて、見通しの悪いドアを抜ける隊列で慎重に進む。まずは最も頑丈なイトウさんが、次いでブランに守られながらボクが。しんがりを守るクニークルスさんに押されるようにルナさんがドア内に滑り込み、即座に内部をくまなくクリアリングした。
よし、敵影なし。この瞬間が一番緊張する。でも、これでついに羅針盤の元に辿り着けた。近付けば一つの羅針盤がボクの名前をホロウインドウに投影した。これがボクの羅針盤‥‥っ!
薄暗い部屋の中、光を浴びて光る羅針盤の針は真っ直ぐで。指先が触れると冷たい金属の感触と、その重さを伝えてくる。羅針盤はボクの手中に収まり、大事に懐に仕舞い込まれた。
「やったな、少年。ほれほれ、お姉さんが褒めてあげるよ〜。」
手をワキワキさせて迫るクニークルスさんから距離を取りつつも、やったぁっ!ってボクは飛び跳ねたのだった。
「さて、今の時刻は午後3時。今から引き返した場合出る頃には日没となっている。ダンジョンの脱出を優先するか、ここで交代で仮眠を取って明日の脱出を目指すか決を取ろう。」
気持ちを切り替えたクニークルスさんが手を叩く。結構順調に進んでたけど、やっぱり索敵に時間をかなり取られたお陰でもうそんな時間になっていた。日の暮れた未踏地では原則行動を控え、出来る限り陰に隠れるなどして静かに過ごした方がいい。夜間は見通しが非常に悪いし、生物の寝込みを襲うべく怪物がより活発になるからだ。
怪物の居ない街として一時期有名だったタマシティも、最近は物騒で怪物の出没が増えている。それにゴブリンの部落の一件もあったし、夜の未踏地は危険なんだ。
ダンジョン内に留まる時間が長いほどにリスクは高まるけど、深夜の未踏地に出てしまうよりはマシかな?タマさんも入り口に車を停めっぱなしには出来ないから離れてるだろうし、夜間に迎えに呼ぶなんて危ないからね。
狭い範囲だけど内部に怪物を生み出せなくするバリア発生装置がある。ADバリア装甲って言うんだけど。四方を防弾壁で囲い、内部にこれでADバリアを張れば安全地帯を作れた。勿論万全じゃ無いけど寝泊まりならなんとかできる。
結局ダンジョンで一夜明かして、翌朝に脱出する方針で決まった。
「ならばまずはご飯にしましょう。ラフィ様、タマからくすね‥‥いえ、頂いた高級携帯食が御座います。どうぞお好きなのを選んで下さいませ。」
「ブランさん、次からちゃんとタマさんに言ってから持ち出して下さい。でも、それはそれとして食べたいです。」
多分素直に言えば貰えると思うけど、ブランさんとタマさんが打ち解けるには時間が掛かりそう。でも持ってきた自前のレーションみたいなご飯と比べると、やっぱりそっちの方がいいかな。
美味しそうなパッケージを前に、ボクの食欲が早めのご褒美を求めた。後でタマさんに報告すればいいよね?
ブランさんの手にあるハンバーグの携帯食を指差す。一流シェフの手作りハンバーグって美味しそうだし、お肉が食べたい。携帯食自体はペラっとした空の袋。封を切る事により内部の収納・時間経過遅延のマギアーツの演算式を壊し、収納されていた出来立て品が出てくる仕組みだ。
ブランさんは収納から綺麗なテーブルと椅子を用意して純白のテーブルクロスを被せる。床には赤のカーペット、卓上にARの壮大な花瓶が鎮座した。そして装飾の細かいお皿に料理を用意すると、コップを水で満たし椅子を引いた。優雅で無駄のない所作は見ていて気持ち良い。
「どうぞ、お食事になって下さいませ。」
そんな様子に一同は驚いた風に見ている。こんなダンジョンの奥地に、高級レストランのような一角が突然出来上がったら驚くよね。ボクも驚いていた。
皆もそれぞれ用意していた携帯食を食べている。袋から出さずに片手で食べれるハンバーガー系のものや、その場で広げたプレートで料理を楽しむ者もいる。ボクの前で湯気を立てる熱々のハンバーグとライス、そして添え物の焼き野菜。スープまで付いたそれは幾ら開拓者の携帯食が豪華だと言っても明らかに場違いだった。
高級携帯食って言うけど全部で幾らするんだろう?1万円超えたりしないよね?
「いただきます。」
もぐっ、とハンバーグに齧り付きライスを摘めば幸福感が疲れを癒す。食べるフォークは忙しく動き、お肉の旨みを口の中へとかき入れる。美味しい!もっと食べたい!
大分食べてお腹が落ち着いて来た頃、
「あらぁ、いいもの食べてるじゃない。一口交換する?」
卓上に何だか具沢山で華やかなプレートを乗せたルナさんが、フォークに刺さったウインナーを差し出した。ボクもハンバーグを一切れフォークに刺してルナさんに突き出す。そんなやり取りをジト目で見ていたブランさんが何かいう前に、クニークルスさんが手を叩いて声を上げた。
「ああ、食事中の所悪いが少々問題が発生した。真偽は不明だが、何処からか怪物の群れがダンジョン内に侵入したらしい。既に開拓者達に緊急の救助依頼が飛んでいるが、受験者達は出来る限り敵に捕捉されづらい場所に身を隠し待機する必要がある。」
「何があったのだ?」
鋭い目つきで睨むイトウさんにクニークルスさんは首を振った。
「魔王が現れたんだとよ。」
魔王。それは成長が最終段階に達したダンジョンコアが変質した存在。姿形は様々だけど多くの場合は怪物と違って高い知性を持ち、ヒトと対話もできたという記録もあるのだとか。でも魔王の思考はあくまでダンジョンとしてより知性の高い生物を捕食する事を優先する為、まともな関係を築けた試しはないらしい。
「あらぁ?こんな場所に魔王だなんて、一体何処から湧いたのかしらね。怪しいわねぇ。」
そうだ。この辺りは警戒区域内だし、そもそもダンジョン自体殆どないって事だったのに。魔王が発生する規模のダンジョンなんてあるはずない。だけど、直ぐに上階が騒がしくなった事で事態を飲み込めた。
「しゃーない、運悪くあたしらは最下層のどん詰まりにいる!生きてここから出たきゃ部屋に入られないよう死守するしかないね。成り立て新人開拓者共、初仕事だよ!」
銃器を肩に担いだクニークルスさんの号令でボク達は慌ただしく準備に掛かる。狭い縦穴のショートカットは速乾性セメントを噴射して強引に塞ぐ。それなら外周をぐるりと一周しながら向かってくるだろう。ボク達も打って出て、広く戦いやすい外周の通路で幾十に防衛線を張り、救助が来るまで徐々に下がりながら遅滞戦術で応戦する。
「楽しくなってきたわねぇ。」
虚勢でなく心底楽しげなルナさんがさっさと部屋を出て、ボク達も後を追った。
「ブランさん、壁になる物とかありますか?」
「要人防衛用の特殊防弾壁が10枚あります。道中に設置して回りましょう。」
流石ブランさん、ちょっと変わってるけど頼りになる。今回はボクもちゃんと戦わないと。道中の消耗も無くたっぷり銃弾の用意があるんだから。
「まったく、ままならないものだ。」
そう言うイトウさんは収納から取り出したであろう、2丁のランチャー砲を担ぐ。
派手な戦いになりそうだ。折角開拓者になれたんだから、絶対生き残ってやる!怯える心を奥底にしまい込み、ボクはおーっ!ってやる気を漲らせたのだった。
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お値段〜5千円(税別)
開拓者向けの高級携帯食は品質と引き換えに値段が青天井。これでも中価格帯である。ダンジョンや未踏地での食事は数少ない娯楽であり、食にうるさいニホンコク人としてこだわりを持つ者は多かった。




