213、売れない3人組はてっぺんを目指してカメラを回した
今、人気急上昇中!元手配犯の悪魔がお送りするショート動画チャンネル、“フィクサーのお部屋”。今日もパンタシアの応接室で、ARで映し出されたぶかぶか白タキシードがコミカルに踊る。
『にゃははっ!もう春ですよね!人間共は桜が舞う時期を始まりの時期って認知しますけど、別に始めるタイミングなんていつだっていいじゃないすか!ワタシがポン、と背中を押しますのでフリーコンサルタントにお任せあれ。』
フィクサーの体は伸縮変幻自在。カメラの中をオーバーな動きでぴょこぴょこ動き、時折画面の端にソファーで寛ぐラフィの姿が映った。
『で!今日のお悩みは〜?にゃははっ!新生開拓者ARチューバーの3人組から!なになに?ヤマノテシティでビッグになる為にひと山当てたいって?』
ピラっと翻した手のひらにお手紙が。読み上げた後放り投げれば鳩に姿を変えて画面外へ羽ばたいて行く。フィクサーの腕の上に1匹の狼がのそりと姿を現した。
『下層区住まいの3人組にとってチャンスって少ないですよねぇ。煌びやかなヤマノテシティの影の中、光るものはまぁありません。でも‥』
『ここだけの話ですが、今下層区に1匹の狼が紛れ込んだかもって噂がですね。ああ、ニュースで知ってますよね。今ヤマノテの守護天使さまが捜索に当たってますが苦戦中。ふふん、チャンスが転がってるじゃないですか。』
『全てはあなた次第ですよ?』
アイビー、17歳の高校生開拓者。華あるJKから一攫千金を夢見て開拓者業へ足を踏み込んだ。しかし仕事が回って来ない。現実が非情なら足掻いてやる。仲間を募って始めた開拓者系ARチューバーも、イマイチなまま下層区暮らしが馴染んできた。
「あーっ!もうっ!前の動画全然伸びてないー!再生数11って何よ!」
垂らした長いサイドテールは髪質綺麗な黒艶。一緒に共有モードのホロウインドウを覗き込む同い年の女の子は背を屈めていた。
「あらら。下層区爆走しながらコーラ一気飲み素数を1000まで暗唱企画、私は面白いと思いましたのに。」
「ワイもサイコーやと思ったんだがなぁ。また企画からやり直しやで。」
強化外装を着たアイビーの肩の上、小柄な獣人が眉間に皺を寄せた。いや、眉間は合っても皺は無いが。ツルンと光沢のあるメカメカしいネコ型サイボーグ。小学生と同身長な体の9割が機械化していた。
「っぱさぁ!ニコラがそのデカいおっぱいでサムネやった方が売れるで!巨女って結構需要あんのよ?ニホンペディア的にはニホンコク人は潜在的Mが多く、逆レの検索数がエロワード検索ランキング不動の2位にあるような国民性なん──」
無言で振るわれたニコラの平手打ちは、巨体相応の遠心力の働いた重たい一撃。ゾロの首が3m吹っ飛んだ。慌てて伸びた腕が首を拾い上げ、カチリと磁力によって装着し直される。
「今のはゾロが悪い。ニコっちはそういう方向性嫌なのよ。てか、イチモツも付いてないサイボーグがエロ語るなって。」
窘めるアイビーの眼下、数人の男が銃を構えて路地裏の広場を進んでいた。隣り合うビルのゴミ箱が並ぶそこは丁度4つの建物の裏口が揃っていて、普段は従業員達の休憩所として使われているのかもしれない。くたびれたベンチが申し訳程度に並んでいた。
「アイツら、怪しいと思わない?ここ数日武装したチンピラが何か嗅ぎ回ってるって噂だったけど。」
「そうね。この先には地下道へ続くトンネルしか無いの。でも定期工事で閉鎖されてそのまま半年は手付かずですのに。」
「工事業者さんじゃないん?ニホンペディア的には工事業者さんも最低限の武装してたりするって話あるでー。」
ニホンぺディアの記事は会員登録すれば誰でも編集は自由。つまり情報の信憑性にはやや疑問が残る。ゾロは情報の宝庫なニホンぺディアをこよなく愛していた。
「ほら録画準備、カメラ回して。怪しいチンピラを問い詰めて何かの陰謀を暴くわよ!」
アイビーが手にするオシャレなステッキは、持ち手がストックに先端が銃口に。そしてラインレーザーがステッキをピンクに光らせる。快・活・堂製のオシャレステッキは無名なアイビーのトレードマークだった。
まずはお話でも‥!っと!レーダーでこちらを感知した1人が急に銃口を向けてきた!
屋根上へ躊躇無く発砲され、思わず一同は後退さる。
確かに屋上から覗き込む姿は敵意を隠さない不審さはあるものの、しかし何も言わずにいきなり撃つなんて!これがただのイタズラ好きな一般市民だったら今ので全員死んでいた。
敵は明らかに暴力と殺しに慣れている。凶悪な犯罪者だった。こんなのが市街地を彷徨いている辺り、下層区の治安は知れていた。
「このっ!数人張っ倒して先ずはお話を聞きましょう。」
ニコラは両手に虎薙を携えた。ジュエリーな装飾の施された虎薙は、組合警察が使う物と同一だとは見た目で悟らせない。ニコラは警察で無いものの、虎薙の使い勝手は気に入っていた。
「はいはい、援護は任しとき。行ってこいや暴力娘!」
ゾロは収納に両手を突っ込み、パーツを小型ガトリング砲に切り替えた。口径は小さくとも弾幕を張った際の牽制力は中々の物だった。
ビルの上から真っ先に飛び出したゾロは、壁面を走りながら拳代わりに付いた2丁のガトリング砲で大きく薙ぎ払う。
「撃ち返して来やがった!隠れろ!!」
チンピラの1人が蜂の巣に、しかし他はゴミ箱の影に隠れて直撃を逃れた。意識がゾロに向いたタイミングで、アイビーとニコラはビル上から急襲した。
射程が短く精密性に欠ける代わりに、口径の大きいアイビーのステッキ銃が着地点に風穴を穿ち男の片足を吹っ飛ばす。着地と同時にステッキで払い、銃を向けようとする男の腕を引っ叩く。器用に動かされたステッキはクラスC規格の質量兵器でもある。ダマスカス合金製のそれで叩かれれば、強化外装に身を包んだ男は銃を取り落としてしまった。
咄嗟に男は掴み掛かり、対してステッキが胸を喉を額を突き回す。側頭部に更に一撃、下がった後頭部にもう一度真っ直ぐ叩き下ろす。そして胴に改めてステッキを突き出した。
「バーン☆ってね。」
至近距離から一発。ボコボコにされ、ゴミ箱の影から胴に穴を開けたリーダーらしき男が飛び出した。
固まった4人組が2本の虎薙で挟み潰され胴がひしゃげた。虎薙は10mまで伸び、その質量はクラスC規格を誇る。しかもそれがクラスB規格の出力で振るわれる。直撃すれば並の強化外装を容易く破損させた。
ひしゃげたままの4人を挟んで持ち上げたニコラは、そのままゴミ箱の中に投げ捨ててしまった。
「おーおー、相変わらずのバカ力で。」
デリカシーの無いゾロの首が飛ぶのは日常茶飯だった。
「それで、アンタらは何してたのか教えてくれる?怪しいチンピラにご近所さん達が怖がってるんだよねー。」
「クソッ!ヒト探しだよ!邪魔すんゃねぇチンピラが!」
胴に穴を開けた1人を持ち上げ、そのままゴミ箱に。
「こりゃ本格的に事件の匂いがしてきたねぇ。次こそ再生数1万越え狙うよ!」
「まずはこのヒト達の行き先を確認しないとね。」
先を行こうとするニコラの肩に手をかけ、アイビーはぐいっと一歩先を行く。カメラを意識しながらステッキをクルクル。
「怪しいチンピラが向かおうとしていた先はこちらになります!ふふん、何があるやら。」
3人は暗がりのトンネルを覗き込む。封鎖する看板と柵を越え、電灯も付いていないトンネルの奥へ靴音を響かせた。
「ちょっとしたお化け屋敷気分?怖いかも〜。」
調子の良いアイビーは暗がりの向こうにカメラを向ける。その時、
「あっ!今何か見えた!あっちや!」
ゾロのライトが向く先で、巨大な影が息を潜めていた。それは灰色の毛並みを持つ巨大なフェンリル。その目が驚く3人を見据えていた。
「デカっ!なんやコレ?!」
「フェンリルですよ!わ〜!実物見るの初めてかも。」
「てかニュースになってたやつ!探してるって!マジで下層区に逃げ込んでたの?!」
3人がどう動くか迷う間、フェンリルから辿々しく思念が聞こえてきた。直接脳に語りかける、フェンリル含め高知能な原生生物が使う魔法。
『守って──殺される──』
ただでさえ驚いて戸惑う3人を更なる驚愕が襲う。フェンリルは命を狙われていると告白した。
資産運用で長年上流階級としてヤマノテで暮らしてきた、資産家のオオカミさん。オオカミさんって言うのは、漢字に直すと“大神”なんだと思う。でも狼さんみたいでちょっと親しみを感じていた。
そんなオオカミさんからの緊急依頼に、ボク達は邸宅に招かれていた。場所は中層のコマゴメタウン。コマゴメタウンの中でも、豪邸が並ぶ上流階級の階層住宅街だった。この区画は3階層に分かれた土地になっていて、側から見るとすっごい大きい立体駐車場みたいな構造になっている。
その全区画が大きなセキュリティゲートに囲われていて、専用の高級繁華街や学校に病院がある階層もある場所だった。
階層住宅街はヤマノテシティではそこかしこに有るけど、やっぱり広い豪邸が欲しいヒト達は限られた土地を少しでも増やすためにこんな形を作ったんだって思った。
「ラフィ様ですね?オオカミ様より招待の手配を受けています。2層住宅街、6−15−20へ転移させますのでそこのゲートへお願いします。」
大きな入り口の受付にて。マイIDの提出、生体認証を済ませたら転移陣へ。受付のあるホールは各階層毎に転移陣が分かれていて、徒歩で来たヒト専用の陣へ集まった。
「わざわざヤマノテ住まいで豪邸に住みたいなんて、どんだけ金を余しているんだか。ここに住んでるってだけでもすっごいステータスよ。」
「住まいに満足する為ならタワーマンションの上層階でも良いでしょう。大家族で住んでも空間拡張技術のお陰で広さだだ余りになりますから。自己顕示欲の為に居を構える成金連中の箱庭って所でしょうか。」
そう言えばアリスさんも、ビャクヤさんも、ワタルさんもこういう所に一軒家を構えてなかったっけ。
『にゃははっ、まぁご近所付き合いは地獄の様相なのが伺えますね!資産自慢、旦那奥様自慢、子供自慢、ステータス自慢‥口を開けば見栄の張り合いで見ている分には面白滑稽極まれりですよ!金に踊らされるヒトってホント面白っ!』
勝手に開いたホロウインドウの中、フィクサーさんが小馬鹿にしたよう嗤ってお腹を抱えていた。
沢山お金があるから良い場所に住みたいってのは分かるし、こういう場所に住むのも憧れるかも。ボクは開拓者だから1箇所に定住出来ないし、パンタシアっていう素敵なお家があるんだけどね。
一瞬の暗転の後、ボク達は綺麗な住宅街に立っていた。デザイン性の凝った芸術作品みたいなお家が整然と整理された区画に並んでいる。どこのお家も洋風、和風なお庭があって、庭に遊園地まで付いている家すらあった。
見上げれば3階層の土台が空を隠している。なのに陽の光は差すし、影に覆われる感じが無い。不思議。
オオカミさんの邸宅はすぐ目の前にあった。門が自動で開いて、招かれたボク達は奥までドンドン進んで行く。応接室で対面したオオカミさんは、なんと言うか。不思議な気配のヒトだった。
「ここまでご足労頂き、ありがとうございます。まさかラフィさん程の高名な開拓者に受けて頂けるとは。」
目が大きくて、ぎょろっとしてる。瞬きも少ないし眼力が凄い。そして何より表情が無かった。ブランさんみたいな表情少なくとも喜怒哀楽の気配に富んだ感じとは違い、本当に感情が伝わって来ない。
その目はボク達を見ずに、ホロウインドウを視線で追っているようだった。
「依頼内容は伝えた通り、我が家のペットのフェンリルが逃げ出してしまいましてね。勿論都市警察には通報しましたが、捜査状況が芳しくありません。ラフィさんは特に捜索技術に長けたお方だと伺っております。」
「ジャーノを見つけ出してくれませんか?回収はこちらでやりますから、その場で拘束し報告を上げてくれるだけで構いません。」
大切なペットを心配しているって素振りも無く、何を考えているのか分からない不気味さがあった。ふと、オオカミさんのスマイルが鳴った。
「すいません、この後予定がありますので。」
「さっきから妙な態度ね。ここまで呼び付けてこんだけ?組合のアプリ経由で済むような内容でしょ?」
ついにタマさんが文句を飛ばした。そうで御座います、とブランさんも便乗してボクの貴重な時間を不当に扱った弁償まで求めてしまう。そんな事しなくても良いって!
「すいません。スマイルに慣れて無いのですよ。機械音痴でして。」
「‥この後の予定って?」
「30分後にはレジャーの予約が。その後も2時間刻みにヤマノテシティを回らなければ。遊ぶってのも中々疲れますね。」
まさかの返答に空いた口が塞がらない。ポカンとするボク達を他所にさっさと行ってしまった。この家使用人も居ないみたいだけど、お客さんを置いて行っちゃうの?勝手に帰っていいって事?本当に何なんだろう?
「ふざけてるわ!組合に報告してやるんだから!今回の依頼でアイツは出禁よ!」
あまりにぞんざいな扱いに、フシャーッ!と怒り心頭なタマさんが声を上げる。ただ、フィクサーさんはボクのスマイルの中でクスクスと笑っていた。
『にゃはは、面白い事になりそうですねぇ。ラフィさま、フェンリルなんて危険な生物野放しに出来ませんよ!依頼人は兎も角、無視できないでしょう。』
「はい。受けた以上はやります。」
『一つだけ。ラフィさまの依頼をコンサルタントして差し上げましょう。常識っていうものは厄介な固定概念であり、視野を狭めます。奇々怪界なヤマノテシティに於いて常識に囚われすぎないよう気を付けましょう。』
ホロウインドウの向こうでフィクサーさんが意味深な事を告げてきた。




