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20、実地試験当日、魔窟と化した駅構内にて

俺も混ぜろとやって来たイトウさん。ボクは宜しくと言いたいけれど、ブランさんとルナさんは今にも飛びかかりそうな気配・・・殺気をイトウさんにぶつけた。思わず息を呑んで大人しくなるボクとは対照的に、腕組みしたまま余裕を崩さないイトウさん。しかし、


硬いガラスにヒビが入る音。


あっ?!イトウさんの眼鏡にヒビが!!


澄ましたポーズのままひび割れ眼鏡を片指で弄るイトウさんはあくまでも自然体に振る舞う。


「ふん、眼鏡にヒビを入れるとは見込んだ通りだな。気にするな、俺に対して向けられた脅威を視覚的に分かりやすく表示してくれる機能によるものだ。」


指先で軽く突かれた眼鏡は直ぐに元通り。ハイテクな眼鏡だなぁ、突然眼鏡が割れたらこっちが驚いちゃうけど。


「脅しても怯まないなんて。ふふっ、ならラフィが良いなら、私は良いわよ。豪胆なヒトは好きなの。」


「ラフィ様の指示に従います。」


そうですか?じゃあ、宜しくお願いします。


差し出したボクの手をしっかりと握る大きな手。これで4人になったし、当日も大丈夫かな?5人くらいで組む人が多いけど、旅団申請自体は教官含めて4人以上から出来た。3人でも教官入れて4人になりそうなら推奨はされないけど一応OKとなっている。即席の旅団として申請すべく、スマイルを弄ったのだった。


当日までに手術を終え、準備を整える。


手術は少し眠っている間にあっという間に終わった。タマさんから聞いた通り半日後にはベットを後にする事が出来た。色々アドバイスを貰って食料、水、消耗品と用意を済ませる。そして試験日当日になった。


早朝準備を整えたボク達は壁の外、商業区へ向かう郊外の駅前に集まった。街から移動する所から試験は始まる。同行する教官ともここで落ち合うんだけど。


「では、少年。早速向かおうではないか。」


そう言ってボクの肩を叩くのは前に会った時のように、大きく胸元を開いた大胆なワイシャツの着こなしをするクニークルスさん。そんな格好にベールの下で冷たい視線を向けるルナさんに、少し警戒気味にボクから離れないブランさん。そして一層やる気に満ちた風なイトウさんなのであった。


「おーい、タマ!どうせ相棒が居ないんじゃ暇だろ!送ってくれよ!」


ボクを送った後そのまま車に戻ろうとするタマさんの尻尾をクニークルスさんが掴む。言葉通り、ボクの隣からひとっ飛びで。バニーマンは瞬発力に長けた種族だって聞いたけど、瞬き一つの間の行動を目で追うことは出来なかった。バニーマン専用に調整された駆動魔具って凄いんだっけ。恐るべし。


「どこ触ってんのよ!」


タマさんの背後蹴りを軽く上体を逸らしていなし、もうひとっ飛びで車の操縦席に半身を出して腰掛けるクニークルスさん。片手でハンドルを弄りながらボク達にウインクした。


「乗ってくかい?」


釈然としない顔のタマさんは少しの間ハンドルを好きにするクニークルスさんを睨んだものの、ため息一つ残してボクを尻尾で引き寄せる。あの運転席、そっちから乗った場合は普通に座席に座れるんだ。初めて知ったかも。


「ほら、乗って行きなさい。いい?土足厳禁だからね!」


尻尾に引かれて車に飛び乗るボクを追って、皆もゾロゾロと乗ってくる。そして意外な内部の様相に驚きの声を漏らしたのだった。


「あらぁ!随分広い車なのねぇ。」


「おおっ!こんな所でお目に掛かれるとはな。」


ルナさんとイトウさんとは対照的に、既にボクの付き添いで一度プライベートルームに入った事のあるブランさんはちょっと得意げな顔で。


「ラフィ様の住まうこの場所は上流階級にのみ許されたプライベートルーム、“パンタシア”となります。ダンジョンまでの短い間ですがせいぜい寛いでいきやがって下さいませ。」


「アンタもまだ客人よ。」


ペシっと尻尾で頭を叩かれるブランさん。自動操縦モードの設定を終えたクニークルスさんが戻って来ると遠慮なくどかっとソファーに腰掛けた。


「タマ〜、お茶も出ないのかい?」


「はぁ、アンタは。ほらほら、メイドなんだから仕事しなさいよ。」


尻尾で突かれたブランさんはボクに恭しく一礼するとお茶の準備を始める。タマさんとクニークルスさんって仲良いんだ。付かず離れずって距離感だけど何処か互いを認めてる感じがした。今まで見てきたけどタマさんって人見知りな対応する事多いから。タマさんにもお友達がいて良かった。


「なに急に見てきてんのよ。構って欲しいの?」


「違います。でも、タマさんにもお友達がいたなんて。」


「アンタねぇ。・・・うりゃっ!」


急にタマさんに抱き上げられて膝の上に乗せられてしまう。そして尻尾が服の中に入り込んできて。ひゃひゃひゃ、くすぐったいよ!や、やめっ!


「でもどういう伝手で手に入れたのよぉ。」


ルナさんの問いかけにタマさんは適当に首を振る。


「さぁね。色々あんのよ。」


「ランク25の開拓者だったか。どうやったのやら。」


イトウさんも声に呆れを混じらせていた。未だにこの空間の価値をはっきり認識出来てないけど、やっぱり相当凄い事なんだろうなぁ。まだまだタマさんの知らない事は盛りだくさんだ。でもあんまり質問ばっかりするとさっきみたいに急に襲われちゃうから、少しずつ訊かないと。


片道2時間程。お茶を片手にダンジョン探索のブリーフィングをしている間に到着した。ダンジョン内ではアコライトであるボクを中心に、ブランさんが先頭に立ち、イトウさんが最後尾。ルナさんとクニークルスさんが左右を見張る形になる。教官も試験中はちゃんと戦ってくれる。場所が場所なだけに離れて見守るなんて危険過ぎるし、戦わずにのんびり出来るほど甘くはない。


戦闘を教官だけに任せてコソコソ‥というのは絶対にやらないよう通知が行っていた。過去にそれで教官と分断されて全滅した事件があったからだった。


「事前にある程度ダンジョンを掃討して危険な怪物をザックリ片付けてある。勿論新しく湧いて出た怪物は居るだろうが、ダンジョンが生成に大きなリソースを投じる必要のある中型以上の怪物の発生率はかなり下がっている筈だ。だが所詮は初心者用だなんて気を抜くなよ。あたしの隊内で死者を出したくないんでね。」


クニークルスさんの言葉でブリーフィングを終え、ボク達は早速ダンジョン探索へ出掛けたのだった。


目の前にあるのは地下へ続く一本の階段。元は地下鉄だったらしいけど、ダンジョン化した際に広大な魔窟になってしまった。地図によれば階段を降りた先は暫く真っ直ぐな地下通路があるらしい。


『多摩地下鉄道線』


ボロボロの看板にそう記されていた。


地下へ続くダンジョンの大きな口の中へ、ボク達は降りて行ったのだった。


電灯で薄暗くも視界が確保された地下通路は、両側の壁に古くなった広告の看板が並んでいる。障害物も無く真っ直ぐ先まで伸びた通路に既に敵影は無い。あっという間に残骸となった怪物の痕跡が転がっているだけだ。


通路の奥から現れた怪物の群れの銃口が向けば、ブランさんが飛び交う無数の銃弾を片手で受け止め容易く防ぐ。左手に呼び出された半透明な大きな盾で銃弾を防ぎ、右手に呼び出した純白のライフルで的確な反撃を行う。バトロイドの戦うところは初めて見たけど、精密で一切無駄を感じさせないその有り様は驚きに満ちていた。


背後からも何処からか現れた怪物達が挟み撃ちにする様に同時に迫る。その銃撃は腕組みして仁王立ちするイトウさんの体を貫通できずに跳弾となって四散。イトウさんが胸ポケットから取り出した2枚の防護壁が、放られた先で突然巨大化。ズシリと重い音を立て、床に下部をめり込ませ鎮座する。巨大化した2枚の防護壁とイトウさん自身の体が背面からの攻撃をあっさり防ぎ切ったのだ。


攻撃でスーツ型の強化外装が破損しても、即座に再生するお陰で素肌を晒さずに済んでいるみたい。確か‥バリア装甲が付いていない代わりに再生力と馬力にリソースを特化させたタイプなんだっけ。大枚を叩いて特注品を用意したらしい。大規模な爆撃はともかく、そこいらの銃撃程度じゃ破壊されないって言っていた。


その背後で怪物達を指差すルナさん。ここまでくる熱気を放ち、黒い炎を体内から噴出させて崩れ落ちる怪物にびっくりしてしまう。ルナさんは何をしたんだろう?指差すだけで火がついちゃうなんて、不思議で怖いマギアーツだ。ルナさんは出来る事は共有したけど、その原理までは明かさなかった。


「皆さん、お怪我はありませんか?」


怪物達の残骸を通り越しながら気にするも、誰一人一切の痛痒を受けていなかった。ボクの活躍の機会は無い方がいいんだけど、でもこのままじゃ本当に何もしないで試験が終わっちゃいそう。それくらい皆の実力は圧倒的だった。


「いやいや、お見事。即席の旅団ながら安定しているじゃないか。普通遮蔽物の無い通路で挟まれたら結構損害を受けるもんだよ?」


苦笑するクニークルスさんにイトウさんが笑って応える。


「まぁ、俺のお陰だな。」


「当機がいる以上当然です。」


が、ブランさんと丁度声が被ってしまった。前後を挟む二人が銃弾をあらかた防いだお陰なのは間違いない。


「ところでルナさんはさっきのはどうやったんですか?」


「あらぁ?それ聞いちゃう?ラフィになら教えてもいいけど、他の子はちょっとねぇ。後でねぇ。」


適当にはぐらかされてしまった。指を差しただけに見えたんだけど何が起きたのやら。


事前にざっくりと使用武器を教え合ったものの、結局皆切り札は隠す方針らしい。ボクも巻物の事は軽く説明したけど、ペンの事は黙ってるし。それに巻物の中に仕込んだ色々の事も。アコライトだから戦闘面で期待されてないのが分かってたから。


『出来る奴は用心深いものよ。開けっぴろげにして危険な目に合った奴は特にね。』


未知はそのまま牽制力になる。揉めたら腕ずくでどうにか出来るって思われないようする方が、開拓者同士尊重し合えるいい関係を築きやすいんだって。重要なのは役割分担の明瞭化、怪物退治に役立ちそうな手の内の共有くらいなんだとか。


戦いが終わると直ぐにブランさんは両手の武器を収納にしまっていた。まるで荒事など無かったかのように優雅にメイド服を揺らして先頭を進んでいる。ブランさんが言うには、スクトゥムロサに配備される武器一式を服の収納内に持っているらしい。頼りになるな。


だけど幾ら皆が強くても油断は出来ない。むしろ強いからこそ皆の索敵は鋭く、遠くにいる敵にも直ぐに気付ける。優秀なレーダーにしろ、経験則から来る勘にしろ、敵を中々寄せ付けない。ボクは索敵に関しては全然技術も足りてないけど・・・


「いや少年も貢献してるよ。少年の近くにいるだけで演算の調子が格段に良くなる。索敵も捗るってものだ。」


クニークルスさんがボクの肩を叩けば皆も頷いた。タマさんにもそういう事言われてるけど、ボクには全然実感ないし。居るだけで助かるって言われてもやっぱり落ち着かなかった。


「そんな顔しないでいいわよぉ。それにこうしてくっ付くと癒されるしぃ。」


不意にルナさんがボクに肩を寄せ、クニークルスさんもからかい顔で片腕を絡めてくる。そして後ろを歩くイトウさんの大きな手が頭をワシワシと撫でた。


「ふむ、これが癒しか。悪くはないがラフィが女の子でないのが悔やまれる。」


あっ、イトウさんをルナさんが指差した。またも見えない何かにどつかれたイトウさんが体勢を崩すも、今度は踏み留まった。


「怒らんでもいいだろう。俺は男を撫で摩る趣味は無いんだ。」


「こんなに可愛いのにぃ?」


「大事なのは付いてるか、付いてないかだ。」


ボクを挟んで変な話をするのはやめて欲しい。ボクは誰でも特に抵抗感とかは無いけど‥孤児院では用務員のお爺さんのお膝の上によく乗ってたし、エステルさんに好きにされていた。

そんな話を出来るくらい探索に余裕のある面々だった。クニークルスさんの言ってた通り、道中見かける敵は簡素な装備と一体化したような怪物ばかりだった。ゴブリンの部落で見たような威圧感のある敵じゃない。両手が拳大の拳銃に置き換わったような、アレと比べて体格も二回り程小さいものばかり。タマさんと小さいダンジョンを回った時にも時たま見かけた怪物種だった。


たまにクニークルスさんも他所の教官と連絡を取り合い、他の受験者と鉢合わせないようにしていた。ダンジョン内での開拓者同士の不意な遭遇は、初心者にとって偶発的な銃撃戦の引き金になりやすいからだそうだ。ついでに他所の近況を聞いていたけど、何処も順調ながらボク達が一番進んでいるって言っていた。


いつしか無機質な通路は広い駅の入り口に様変わりした。わぁっ!!写真で見た通りにカイサツがある!ここにキップを入れるんだっけ?カードを翳す所まであるよ!


つい興奮してキョロキョロと見回ったり、スマイルで撮影するボクの体は宙を浮く。いつの間に背後に立っていたクニークルスさんに抱き上げられてしまったのだ。


「きゃっ?!何ですか?」


「はいはい、ここはダンジョンの中だから冷静にね。少年はこういう機械が好きなのか?マギアーツの使われていない純度100の機械製品さ。」


「こういうのも好きです。ちょっとワクワクするっていうか。」


「男の子なのねぇ。可愛いわぁ。」


抱えられるボクをルナさんがベールの下でクスクスと笑った。イトウさんも何処か羨ましげに見てくる。


「ええと、そろそろ下ろして下さい!」


皆に見られて恥ずかしいし、頭がデリケートな部分に包まれて落ち着かないです!


「あたしも癒されてるんだし、気にしなくてもいいのにさ。」


もぞもぞともがけばクニークルスさんは残念そうに下ろしてくれた。そんな中、不意にルナさんが壁の一部を指差した。同時にブランさんが即座に取り出した純白のライフルで壁を撃ち抜く。今まさに壁から這い出ようとした怪物が黒炎と銃弾で粉砕されて散らばった。


「ラフィ様、あまり長く一箇所に留まっているとクソ蟲・・・怪物が涌いてきますので。先に進みましょう。それとあまりそこの発情ウサギがご主人様を煩わせるようなら、動けない程度に半ご逝去させて頂いてもいいのですが。」


ブランさん!ボクは大丈夫ですから仲間を睨まないで!


だけどクニークルスさんはへらへらと笑って軽く流す。


「あはは、発情ウサギってのは自覚あるからいいさ。あたしは陰気なタマと比べて色々開放的でね。」


慌てるボクを挑発するように屈んで胸元を見せつけてきて、ワイシャツを大きく膨らませた褐色肌のそれをブランさんが無言で叩いて大きく揺らした。って、そんな事したら!ああっ!溢れて!


「ぐふっ。」


何故か背後でイトウさんの眼鏡にヒビが入り、クニークルスさんはそんな彼を面白がって笑っていた。ジト目のルナさんに目を覆われるボクは慌てて背を向ける。


順調に探索は進んでいた。





────そこはダンジョンの何処か深い所。


突然壁を食い破って開いた横穴、その暗い、暗い奥から人影が現れる。そしてその背後から少しずつ増えていく足音。暗がりから出た人影がぼんやり薄い灯りに照らされ、その姿を露わにした。黒いローブで身を包んだ怪人。狐を思わせる細い目で見やった先には数人の受験者達。突然の出来事に彼らは言葉を失い、反応に迷っていた。


「いやいやぁ、今日はいい日和で何よりですねぇ。ああ、こんな日はお腹が空いて仕方ない。」


硬い革靴で床を蹴れば、その音と同調するように暗い横穴から這い出ようとする無数の足音が一層大きくなる。


受験者達に付いていた教官は、震える手で羅針盤を弄り全体に緊急事態を告げる信号を送った。


魔王種と遭遇、緊急救助依頼を本部へ───


横穴から這い出た無数の怪物達を灯りがほのかに照らし、ダンジョン全体に響く咆哮を響かせたのだった。

ーセーフティグラスー

イトウの付ける危険を察知して視覚的に教えてくれるメガネ。実際は単なるジョークグッズだが、イトウなりに利便性を見出して愛用している。金さえあれば視力を矯正し放題なこの時代に於いて、度入りのメガネの需要は貧困層や治外街に集中している。イトウの付けるこのメガネは勿論度が入っておらず伊達だった。

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