18、暴言の大暴投を渾身の蹴りで打ち返す
試験当日。前日の下見もあってか組合本部の空気感に気圧されることもなく会場に到着した。既に大勢のヒト達が集まっていて、皆一様にホロウインドウに齧り付いていた。ボクも最後の確認を‥‥あっ。隣の席のヒトが来た。
隣に座ったのは見覚えあるちょっと派手な黒ドレスの女の子。女の子はボクの視線に気付くとニコリと笑って手を振った。
「あらぁ?貴方も開拓者を目指すの?おんなじね。」
「はい。ええと、お名前は。」
「ルナよ。ラフィ、一緒に頑張りましょうねぇ。」
どこかねっとりとしたような不思議な口調で、ルナさんはベールの下からボクを見つめる。ボクもこくりと頷いて開始時間を待った。
試験が開始されると目前に試験問題のホロウインドウが投影され、思考入力で答案を埋めていく感じになった。このホロウインドウはそれぞれ個人にしか見えないからカンニングの心配は無い。また試験中は外部からの電波が一切遮断されるのだ。
試験内容は開拓者としてやっていく為の基礎知識の設問から始まる。
未踏地の定義は‥‥都市警戒区域外の文明圏の及ばない地帯の総称。じゃないよね。
都市圏、つまり街を防衛する都市防衛隊の管轄区域内も一部未踏地に含まれる。電車でも少しだけ未踏地を横切ったけど、電車の通る場所は勿論都市警戒区域内だしね。
未踏地とは都市防壁の外全体を指す言葉。つまり、孤児院のある郊外区も厳密には未踏地内だったりする。
都市警戒区域とは‥‥都市近郊の未踏地の事。都市から離れた4方に存在する、都市防衛要塞で囲んだ区域内が警戒区域になる。
区域内に発生した所有者の居ないダンジョンは、速やかに開拓者によって破壊されなければならない。
但し、発見者である開拓者がダンジョンの運営権を競売にかける事は可能。その場合24時間以内に買い手が付かなければ破壊される。
だけど規模が小さく立地の悪いダンジョンは結局競売に掛けられず破壊される事が多い。ダンジョンを破壊した際には纏まった金額の報酬が組合から出るし、結構いいボーナスになるらしい。
競売に掛けてる最中はちゃんとダンジョン付近で見張ってないと、最悪別の開拓者に破壊されてしまう可能性もある。怪物の出るダンジョン前で最大24時間も待機するのはかなりのリスクが伴うし、弾薬費等掛かる費用もバカにならない。その上で利益になると判断されなければ即破壊が常識との事。
都市警戒区域内の怪物の討伐には治安維持分の特別手当が報酬に上乗せされた。だから区域内は怪物が少なく、治安がある程度維持されている。そのお陰でゴブリンの部落のように亜人の拠点や治外街が作られることが多い。
そして深未踏地。そこが文明圏の完全に及ばない、かつてのニホンコクの姿が失われた未開の深地。この地帯の探索が開拓者にとって本懐であり、ここでの冒険で一山当てて大金や名誉を手にする事を夢見るのだ。
でも深未踏地には古くから存在し続けるダンジョンが多数あり、山程に大きい怪物なんかが普通に彷徨っていたりするらしい。勿論新米開拓者が立ち入れる場所じゃ無い。
ここはタマさんから色々教わったし、特に躓く事もなくサクサク解いていった。
公的に旅団と認められる条件から、任務内容による報酬の適性額の計算方法まで内容は多岐に渡る。だけど勉強の成果か、随分早く終わらせてしまった。答案を送信するとそのまま席を立って帰っても大丈夫って事になっている。ボクが席を立つと同時にルナさんも立ち上がり、並んで会場を後にしたのだった。
試験結果が出るのはお昼過ぎ。アコライト試験を終わらせてお昼ご飯を食べたら丁度いい時間か。
ボクはこの後アコライトの試験も受けなきゃだから、開始時間まで復習をしてようかな?でも内容は全部頭に入っちゃったし、これ以上やってもあまり意味がない気がする。中途半端に空いた時間の使い方に悩むボクの袖をルナさんが摘んできた。
「ねぇ、ラフィ。この後空いてるぅ?」
「アコライトの試験も受けるので。すいません。」
「ふーん、勤勉なのねぇ。明後日の実地試験、私と組まない?」
いいんですか?と、ボクはキョトンとする。アコライトは誰かと組んでこそ真価を発揮する。医療用の魔具を色々用意する都合上、どうしても持ち運べる武装の量が少なくなってしまう。医療用の魔具って結構大きいのも多いから。医療テント一式とか、個人使用できる多腕制御型手術台とか、場合によっては同行する開拓者の“スペアパーツ”‥‥つまり培養して増やした手足も運ばなきゃいけない。
医療用魔具は当面レンタルする予定だけど、あれを全部持ち運ぶとなると本2冊分全部収納のマギアーツの容量を使い切る必要があるかな。仕方ないけど戦力的には少し心許なかった。
ルナさんは試験を受けに来た他のヒト達と違って、どこか風格を感じるところがある。強そうっていうか、時折タマさんに感じる底の知れない感じ。まだまだ弱いボクじゃ推量れない独特な気配。そんなヒトに誘って貰えて嬉しい反面、足を引っ張らないようにしないと、って緊張感を覚えるのだった。
「じゃあ、アコライトの試験頑張ってねぇ。」
ルナさんはベールの下で笑うと、ふわりと香水の匂いを残して去って行った。鼻をくすぐられてちょっとだけぼぅっとするものの、直ぐに気を取り直してアコライト試験に向けて最後の見直しをする事にしたのだった。
アコライトの試験は筆記試験、実技試験それぞれ行い両方に合格する必要がある。
筆記試験は医療用魔具の運用に関する法律の問題、メンテナンスの問題、正しい使用方法について問題が出る。その他アコライト派遣会社との雇用契約に関する知識や、未踏地内での緊急対応分の報酬額の計算方法も出てくる。緊急対応分の費用は結構高額になるけど、命の値段って考えたらこんなものなのかな?普通の開拓者は保険で大分支払いが減額されるから、怪我で一発破産ってのは無いと思うけど。逆に変に安値で対応しようとすると、怪しまれてトラブルの元になりやすいって前にタマさんに教えてもらった事もある。
救世主気取りで安値で治療を施して回る何処にも未所属のアコライトが、一回の医療ミスで死者を出した事をキッカケに、安値相応の無責任な医療行為と見做されて酷い目にあった話を聞かされた。安価な報酬分では医療用魔具の十分なメンテナンス費用を賄い切れず、それがミスに繋がってしまったらしい。悲しい話だけど、難しい問題だ。もしお金のない大怪我を負ったヒトを見つけてしまったら、ボクはどうするんだろうか。
試験問題は事前にしっかり予習してきた内容だったから問題なく解けたけど、アコライトの責務にどう向き合っていけばいいか頭を悩ませていた。
筆記試験が終わったら次は実技試験になる。アコライトの使う主要な医療用魔具を兼ね揃えた、多腕制御型手術台を作動させて患者を治療する。今回筆記試験で不合格になったヒトは居なかった。今回の受験生は50人くらいかな?話によると医療用魔具の動作試験で落ちるヒトが多いって話だし、ボクも気合を入れなきゃ。
5人ずつに分かれ、各所で一人づつ試験を受けていく。カーテンの向こうで一人当たり大体20分くらい時間を掛けて試験に臨むんだ。魔具の扱い方は事前に勉強したけど、いざ目の前の手術台を意識すると緊張感が否応にも高まった。そしてボクの番が来た。
用意してくれた踏み台に乗って手術台を見下ろす。台の上には人工培養肉で作られた肉人形がが横たわっていて、体を大きく損傷していた。まずは止血をしないと。手術台の操作盤に片手を添えて、魔具と脳波のチャンネルを合わせて接続する。ブワッと手術台全体がボクの手足になったような感覚を覚え、備わった多腕がピクリと揺れた。
脳内に流れる大量の演算の中から用途に合わせた演算を抽出し、目的の腕を操作する。まずは止血、同時に臓器の縫合、同時に輸血もしないと。腕が沢山あるお陰であれこれ同時に出来る分、手術のスピードは早い。如何に腕を精密に動かせるかが重要なんだけど、腕の一本一本が本当に体の一部になったみたいで。備わった全ての腕が同時に動き、僅か3分足らずで用意されていたスペアパーツで肉人形を完治させる事が出来た。
あれ、もう終わったの?想像以上に呆気なく、体に馴染む魔具の操作感が楽しく感じていた所だったのに終わってしまった。手術台から手を離せば接続が切れ、手術台は活力を失って静止した。
「ラフィさんでしたっけ?以前もアコライトとして活躍を?」
隣で見ていた試験官さんに不思議なモノを見る目で問いかけられ、首を振って否定する。
「何だか調子が良くって。ご、合格ですか?」
「勿論合格だけど。ラフィさんみたいなのは初めてだよ。どうだい?俺の所属しているアコライト派遣会社に推薦するぞ?」
「ええと!ボクはまだそういうのは考えていなくて。暫くは開拓者のヒトと世界を見て回りたいんです。」
「うーん、そうかい。まぁ、その腕じゃ何処でも大歓迎されるだろうな。しかし、天才ってのは居るもんだねぇ。おじちゃん、ちょっと自信無くしちゃったよ。」
苦笑いする試験官さんにペコペコしながらカーテンを出る。ボクの次のヒトが驚いた表情で見てきて、会釈をしながらもちょっとドヤって顔で悠々と会場を後にした。
ムフッとしたボクの顔を見て試験結果を察したタマさんとお昼にする為に、組合ビルの中にあるレストランに向かう事にした。ちょっとお高いけどそもそも中央街に安い食堂なんて無いって話だし、ビル内で済ませようって。
そんな折、レストラン街の階層に向かうボクは奇妙な人物を目撃した。上質な仕立てのメイド服を着た一人のお姉さんが、誰かについて行く訳でもなく一人でふらふらと歩いている。特徴的なクリーム色の髪が片目を隠していて、青い瞳が物珍しそうに辺りを見回していた。しずしずといった上品な歩き方で対面から歩いてきたメイドさんは、ボクと目が合うなり急に真っ直ぐ足を向けてきた。
「何よアンタ。」
警戒気味にボクの前に立つタマさんに、メイドさんは品の良い仕草で会釈を。そして耳を疑うような一言。
「ふぁっくゆー、で御座います。そこの子に用件が御座いますのでペットは脇にどいて下さい。」
「なんっ?!」
出会い頭のあまりの暴言の大暴投に言葉を失って呆けるタマさん。その間にボクの前に立ったメイドさんはおもむろにボクに顔を近づけて目線を合わせてきた。
「対象スキャン開始。対象、該当データ一件あり。個体名ラフィ。」
なになになに?!怖いよ?!
メイドさんは機械的な声で要領を得ない事を口走り、その間瞳孔がぐいんぐいんと収縮してボクをしきりに覗き込む。
「脳波チャンネル登録開始‥‥失敗。対象の警戒により脳波リンクシステム阻害。懸念事項、1件。対象の記憶に一部破損を確認。現行動に対し問題ありません。スキャン終了。」
ぴぇっ‥‥って涙ぐむボクから顔を離しつつ、自然な動作でタマさんの蹴りを躱すメイドさん。そのまま自然な流れを装って自己紹介をしてきた。
「私はリューゲル社製、スクトゥムロサシリーズ、個体名、ブランと申します。お見知り置きを。」
「はぇ?ボクはラフィです。その、急にどうしたのですか?」
無言のまま顔を蹴飛ばしてやろうと躍起になるタマさんの蹴りは宙を切り、最小の動きでそれとなく避けるブランさんはそのまま会話を続ける。
「単刀直入に言いますが明後日の実地試験で組みましょう。ラフィの事を色々観察させて頂きます。」
「く、組むのですか?いいですけど。なんで?」
「詳しい話はお昼を頂きながら致しましょう。」
タマさんの蹴りをそっと片手で受け止めたブランさんはしれっとお昼に誘ってくる。どうして良いか分からずタマさんに視線を移せば、ため息を吐いてブランさんを睨んだ。
「アンタの奢りなら話くらい聞いてやろうじゃない。」
「決定権が愛玩動物にある訳無いでしょう、ハンッ。」
ブランさんがまたも暴言と共に鼻で笑ったお陰で場は紛糾!慌てて止めに入ったのだった。
結局本気を出したタマさんの蹴りで吹き飛び、三回転くらいしながら宙を舞ったブランさん。変な角度に曲がった首を元に戻しつつもボクに付いてきて。それでお昼を奢って貰う代わりに話を聞く事になったのだった。
未踏地‥都市防壁の外全体
深未踏地‥防壁を遠く囲む四方の防衛基地の更に外側
都市警戒区域‥ 防壁を遠く囲む四方の防衛基地の内側




