173、少年はサキュバスとの金で買える自由恋愛を奢られる
コタロウさんが言った。
「よくやった坊主!1発奢ってやる!大人になって来い!!」
タマさんはお店には近付けず、ブランさんがボクを後ろから抱いて警戒していた。
「いやぁ、前々からウチ名指しでハムハムで大暴れしていた厄介者が居なくなって清々したよ。まさか本当に依頼を受けてくれるとは思わなかった。」
上機嫌なリズさんが、パパッとブランさんからボクを奪って抱っこするよう抱き上げてしまう。急に柔らかな場所に頭を預けさせられてビクッと。恥ずかしいけど良い匂いがふわりとして抵抗する気が起きない。
「礼を言うよ。‥可愛らしい私達のヒーローくん。」
「ラフィ様は不干渉権を亜人相手に行使するタイプではありませんので。ですが、冗談で済む範囲の可愛がりにしやがりましょうか。当機はラフィ様の自由恋愛を妨害する気はありませんが、性暴力に拳暴力で応える準備があります。」
ブランさんの脅しは相変わらずスルー。不干渉な態度で抱っこなままのボクを奥の部屋まで案内した。
「常連のコタロウさんからお代を貰ってしまった以上、何かサービスしないとね。この店一番の人気嬢は誰だと思う?」
「わからないです‥」
ふにゃっと諦め顔でぼぅっとするボクの頭を優しく撫でた。
「一般的な店舗と違ってここは実力主義でね。一番売れてる子が店長さ。でも、ここ10年は代替わりしてないんだよねぇ。お陰ですっかり板に付いちまった。」
「同意の上なら良いんだろう?ね、極上の快楽を味わいたくないかい?お姉さん、ヒーローくんがとっても気に入っちゃった。」
パッと飛び降りたボクはんーん、と首を振った。
「そう言うのは好きなヒト同士でする事です。リズさんとはまだ会ったばかりだから。ヤっ、です。」
くっ付いて甘えるくらいなら良いけど、肌を合わせる関係は恥ずかしいし。
つい、タマさんやブランさんと一緒に毎日お風呂に入っている事を思い出して気恥ずかしくなった。二人はもう‥大切なヒトだから。
「はははっ。」
リズさんが片手を上げるとジュースとアイスのセットが出てきた。
「本気で誘惑したつもりなんだけど、やっぱりサキュバスの色気が効かないね。普通の女の子みたいにあしらわれたのは初めてだよ。ウチは飲食店じゃないから賄いのデザートだが、まぁ食べて行ってくれ。」
ソファーに腰掛けたリズさんは、ひょいとボクをお膝に乗せる。後ろからきゅうっと抱いてきた。
「これくらいは良いかい?」
「大丈夫です。」
ドキドキする距離感、でもリズさんも疲れてるみたいだし癒しを。そう思い、ちょっとずつ体重を後ろに預けていった。
「あっ!!やっぱり!ラフィ!」
と、ドアが開け放たれ3人のサキュバスが顔を覗かせた。見た顔だ。
「クロエさん?!シャンタルさん!セシルさん!ヤマノテに来てたんですか?!」
「知り合いかい?」
抱かれたまま上を向いてリズさんへ説明を。
「タマシティの彩色祭で会いました!ええと、色々あって一緒にテロリストをやっつけたんですよ!」
「そうよ!リズ店長信じてくれないの!もぅ、嘘は言ってないでしょ。」
久しぶりの再会に話が弾む、ジュースがお代わりされた。
どうやらあの後周辺の治外街へ潜伏し、ヤマノテシティが到着した際に“裏口”からやって来たらしい。
「犯罪者みたいなルートで入って来やがったんですね。」
「だって滞在証ラフィの知り合いの組合警察に改竄されたんだし!ここで再発行待ちしてるのよ。」
シャンタルさんがチュッと、ボクのジュースにストローを差し込んだ。悪戯っぽい目でボクを見る。
「リズ店長はこういう訳ありな子の面倒を見てくれるって同族内じゃ有名でさ。聞けばミツホシのトップと面識あるんだって?」
それってボクが知ってもいい話なのですか?!
慌てるボクの前、シャンタルさんの頭をリズさんの尻尾がピシッと叩いた。
「ヒーローくんもワタルと面識あるんだってね。不思議で面白い子を見つけたと、私にも自慢話が来ていたんだ。」
リズさんははぁーっとため息を漏らし、ボクの頭の匂いを嗅いだ。
「つまりワタルのコレだったと。」
小指を立てるブランさんに苦笑で返す。
「んな上品な仲じゃないよ。ただ、それでも付き合い長けりゃ情がお互い沸くものでね。ここに住まわせて貰ってるんさ。色々屁理屈捏ね回してさ。」
だからヤマノテシティには全国で唯一サキュバス専門店があるんだ。都市運営委員会のトップが裏で手を回していたら、確かにアングラな場所にお店を一個建てるくらい簡単そう。
「当機の見立てではワタルはだいぶ精力漲っておられるようでしたが、まさか愛人のサキュバスとあの歳で未だ通い合っているとは絶倫ですね。」
「死ぬなら腹上死をお望みだよ。若い頃から元気なやつだった。」
サキュバスは長寿な種族だ。その分あまり子孫を残す事に精を使おうと考えず、子を欲しがるヒトは変わり者くらいだった。全体の個体数が減った時にサキュバスクイーンが増やすよう号令を掛けるって話をTUBEの動画で知った。
「ワタルさんと子供は作ったのですか?」
「ははは、まさか。そんなのは互いに望んじゃいないよ。単に快楽を貪り合うだけの仲さ。」
リズさんは思い出を語るように、どこか遠い所を見ていた。
ボクは“そういうコト”は好きなヒト同士でするものって考えている。リズさんとワタルさんの関係は好きで繋がっていると思うんだけど、距離感が分からなかった。
「今は、ラフィが好きだなー。ふふふ、この精力。芳醇な香り。絹のような肌触り。癒される抱き心地。全部が愛おしい。」
好きがなんなのか分からなくて混乱する。
「ラフィ様、恋と愛は同じ線上にありながら異なる感情で御座います。リズからラフィへ様の気持ちは恋、ワタルからリズへの気持ちは愛、即ちNTRで御座います。」
分かるような、分からないような事を言うブランさんはふんす、と鼻を鳴らす。
「本当に寝取って見るかい?秘密の関係になろうよ。なんならそこのクロエ達も一緒に。」
リズさんの尻尾が差した先で、クロエさんが涎を垂らして羽をパタパタさせていた。
「いいですって!!ええと、今日はこれでお邪魔しました!」
「ラフィ!これからもなんかあったら依頼を受けてくれる?」
慌てて逃げるボクにクロエさんが声を掛ける。依頼‥あっ!そう言えばまだ払ってなかった。彩色祭でテロリストを倒した時の報償金の分前!
「口座を教えてくれますか?」
「えっ?」
「この前のテロリストの件の報酬は皆で分けるって決めてたんです。」
「いいの?ふーん、気にしてくれたんだ。ふーん‥」
クロエさんは意外そうにしながらも嬉しげで。口座の番号へクロエさん3人分を振り込んだ。
「えっ?!150万円?!そんなに?!」
思わず声を上げるクロエさんに、シャンタルさんとセシルさんが一緒に確認していた。全額200万円、4等分してボクの取り分を引いた額。
「いいんですか?大金ですよ?」
不安そうなセシルさん、
「わー、こんなにお金貰ったの初めてー。ねぇねぇ、本当に抱いていかないでいいの?後でこっそり何処かで落ち合おっか?」
ウインクを送るシャンタルさんへ笑いかける。
「いいですよ。正式な取り分です!皆で頑張ったんですから!」
そんなやり取りをリズさんは後ろから眺めていた。
「また何かあったら依頼するよ。ラフィは信頼できる開拓者のようだからね。」
手を振るリズさん達を後に、思った以上に待たされて不機嫌なタマさんに対面していた。
「随分お楽しみだったようね。」
「あちゃー。」
棒読みで返すブランさんの脇腹を尻尾で小突く。
「変なコトはしてませんから!久しぶりの再会があって盛り上がっちゃっただけです。でも、お待たせしてごめんなさい。」
スマイルで何度か催促のメッセを受け取っていたけど、リズさんやクロエさん達とのお話を優先しちゃっていた。
ボクのほっぺを尻尾が撫でる。
「怒ってないわよ。ラフィに勝手に奢りやがったコタロウもそろそろ起きる頃よ。店に行きましょ。」
起きる?寝ていたの?
タマさんは黙して語らず。ただ何となく笑顔が怖かった。




