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165、逃避の幻想を将来の理想に変えた少女は強く踏み出した

「ごめんなさいっ!お父様!皆様!本当に迷惑を掛けてしまいました!」


帰還してすぐに頭を下げるアリスさんに、アジモトさんは驚いた顔で固まっていた。


「アリス‥?!」


「今回の開拓者達への報酬金、事後処理に掛かった額も全部私の借金にして。私が自分で稼ぐようになったらその時全額返金するから。」


アジモトさんを真っ直ぐ見つめるアリスさんに、娘の無事に感激して飛び付く間を失ってしまっていた。


「お母様は今日も忙しいのでしょ?お父様がここに居る分お母様が回しているのでしょう?どれだけ会社の業務が遅れたの?その分の損害も請求して欲しいの。」


「借金の金額を見て、戒めにする。」


ボクは引き篭もる前のアリスさんを知らないけど、アジモトさんの声も出せない凄い顔を見れば豹変っぷりが窺えた。


「アリス‥何を言って。」


「だから!私がお金を稼げるように教育して!お願い!次期社長としてやっていけるように。もう勉強から逃げないから。」


アリスさんの目は本気だった。その視線を真正面からアジモトさんは受け止め、ただ肩を叩いた。


「そうか。そうだな。金の巨躯を纏う覚悟が出来たのか。」


その目は少しだけ寂しそうで。もしかしたらアリスさんには別の道を用意していたのかもしれない。この企業とは関係の無い、普通の女の子としての道を。本音を思う存分ぶちまけたアリスさんの心は凍っていて、アジモトさんと同じ道を歩む人生を呪っているようだったから。


でも、もう違う。


「ラフィ。」


凛とした顔でボクを見る。初めて会った時とは雰囲気が大分違った。


「ありがとう。もしシブサワグループの者じゃ無かったら絶対貴方を離さなかったのに。でも諦めないから。シブサワと一緒に支えさせて貰うわ。」


手を叩いてお付きの人達を呼び、テキパキと指示を出してそのまま背を向けた。最後に微笑みをボクに向け、後ろ手を振る。ボクも笑顔で手を振った。


「また、会いましょう!」


アリスさんはやる事が一杯みたいだった。退室したアリスさんを見送ったアジモトさんはボク達に深々と頭を下げる。


「本当に。本当に、ありがとう。この場で礼を言うだけでは語りきれない。場を改めて良いだろうか。もうディナーの時間だ。直ぐに食事を用意しよう。その場で今後の事を話させて欲しい。」


ブランさんがピピっと予定を確認。


「良いでしょう。予定では明日まで掛かる可能性が高いと見積もっていましたので今晩のラフィ様の予定は御座いません。一応言っておきますが、当機の分のディナーも出ますよね?刺身とステーキをドカ食いしたい気分に御座います。」


「注文する料理が随分庶民レベルの高級ディナーね。こういうのは黙ってれば良いのを用意してくれるもんよ。あ、アタシとラフィはお任せで。期待してるから。」


「ああ、良い酒を頼む。向こうじゃ数日禁酒してたんでね。」


質より量な注文のブランさんと何だか手慣れたタマさんとクニークルスさんの注文にアジモトさんは真摯に対応する。


「その。注文しちゃってすいません。あはは‥」


「いえ、好きなものを。ウマミMAXは食の美を追求する会社。必ず期待に応えられると約束しよう。」


そう言うアジモトさんは自信満々に佇まいを正した。初めて会った時のしおしおな雰囲気と違い、覇気のある顔をしていた。


やっぱりチズルさん達は居ないよね?出口から出たのはボク達だけ。チズルさん達はアリスさんの計らいで別の出口を作って貰ってそこから退散した。今回の事件に深く関わるチズルさんがここに出るわけにはいかないし、アリスさんは今回の事件でチズルさんを擁護するつもりみたい。お友達って言ってたけど、アジモトさんがどう対応するかはまだ分からない。


ゲイボルグに騙されていたとは言え、チズルさんは今回の主犯格の一人。アリスさんが賠償を全て背負うつもりで動いても、ウマミMAX社はどう動くんだろうか。


どうか穏便に話が落ち着くと良いな。ボクはそう思っていた。


羅針盤のデータを組合本部に送信。一先ず依頼達成の報告を。


『大変な依頼だったのによぅやってくれはりました。随分事前情報に無い戦いがあったそうやけど、そこん所含めてこちらから報酬額について再度お話し合いさせて頂きます〜』


ニワさんからの返信にタマさんとクニークルスさんも納得した顔をした。肩にエンジェルウイングを羽織り、並んで高級そうなソファーの上。綺麗な貴賓室に通され、お食事が出てくるまで癒しの時間。


「んふ、備え付けの菓子も中々ですね。」


手持ち無沙汰に伸びたブランさんの指先が、卓上のお菓子を摘んで減らしていく。ボクも出された紅茶をちゅっと飲んでホッと息を吐いた。


「ここで話すのもあれだが、あの強化外装使って良かったのかい?」


あの?ああ、もしかしてノクターンの強化外装かな。プチフィーが見ていた。


「アレを使ってる間はアタシ含め周囲の羅針盤には強化外装のデータだけ“誤魔化し”が入るのよ。」


「羅針盤の情報精度を誤魔化すなんてハッキングでどうこうなるものかい?」


「‥関係者以外には言わないわ。ま、知りたきゃ関係者になれるよう頑張りなさい。」


クニークルスさんは小さく笑い、ボクの体をぎゅっと抱き寄せた。


「ほーら。不良開拓者から守ってあげないとね。」


「あの、近い‥!」


顔を柔らかに埋められ、タマさんの腕が抱きすくめてくる。そしてブランさんがぐいっとボクを奪い取って床に着地させた。


「貴賓室で1発おっ始める気ですかこんにゃろで御座います。ラフィ様はパーソナルスペース極小の甘えん坊ですが、やらしい手つきには敏感に反応を返す純情少年ですので。つまり続きのコンテンツは未開放に御座いますよ。」


相変わらず変な事を言うブランさんがタマさんと睨み合う。


「癒しが欲しいのなら当機がマッサージくらいくれてやりますよ?」


挑発するような声色に、


「じゃあやって貰いましょうか。いい?下手だったらぶっ飛ばすわよ?」


小馬鹿にするタマさん。


そしてそれから暫く、ディナーが用意される頃。


タマさんはソファーの上でフニャッとした顔で伸びていた。最高級バトロイドのスクトゥムロサはご奉仕も超一流。ディナーの知らせを受けても離れようとするブランさんの腕を、しきりに尻尾で引っ張って引き留めて困らせていたのだった。


貴賓室は複数の部屋に分かれていて、その内一角が装飾煌びやかなディナールームとなっていた。部屋に入るとわっ、と驚きの声を出してしまう。皆の格好がドレス姿に、ボクもしゃんとしたフォーマルな格好に。白いスーツの作りがボク好み。皆も悪い気はしてないようだった。


「ARで雰囲気作り、と言った所だ。どうぞ、寛いでくれ。」


アジモトさんが出迎えてくれて、そのまま席に案内された。すっごいVIP待遇で気分が良いな。ふとタマさんと視線が合う。


「‥何よ?」


「ドレスも似合ってます。えへへ。」


「ラフィはいつも通り可愛いわね。」


ほっぺを突かれちゃった。あう。


ボクの前に並んだ綺麗な食器、そしてその上に鎮座する3口くらいで食べきれちゃいそうなお野菜の芸術品。そしてブランさんの前にだけじゅうじゅうと音を立てるステーキとお寿司の山が。流石に量が多く匂いもあるからブランさんだけ別のテーブルとなった。


「撮っても良いですか?ハムっても?」


「ああ、構わない。満足するまでコース料理は続く。何なら500種あるメニューを制覇してみるか?」


冗談混じりなアジモトさんに、ボクのお腹はきゅうっと減った。そんなに沢山あるんだ。気になる。全部食べたいな。


「そういう事言うと本当に全部食べちゃうんじゃない?ラフィは普通のヒトとはちょっと体の作りが違うのよ。」


タマさんの尻尾がボクのお腹をツンツン。写真に収まったお野菜の芸術品はボクのお腹に消えた。料理の詳細はお皿の側にポップしたホロウインドウが教えてくれる。1分前収穫採れたて野菜タワー特製ウマミドレッシングかけ、美味しかったです。


『あ〜、ラフィの内蔵全般は見た目と通常の機能性は同じだけど。特殊な状況下に於いては全く別の挙動をするね。面白いじゃないか。』


この前のウマミMAX社の食レポ案件を受けた後、ボクの体の事が気になるってタマさんがノクターンの検査を受けさせていた。オチヤマさんと何人かの白衣のヒト達が、ゾロリと並んでお寿司食べ放題なボクの体を検査していた。


1人前、もきゅもきゅと摘まれて直ぐに消えた。


5人前、美味しいって思いながら同じペースで消える。


ちょっと心配顔のタマさんの前、色んな種類のお寿司を食べるボクの体内では面白い反応が起きていた。


『一言で説明するなら、ラフィの胃は必要に応じて空間拡張のマギアーツが働き許容量が大幅に増える。つまり食べた分だけデカくなる胃って事。で、面白いのが空間が拡張されると胃酸の質も変質して消化速度が激烈に上がっていく。食べたい、と思ったら直ぐにお腹が減るのだろう?そう思った際にあっという間に消化し切ってしまうね。』


オチヤマさんは早口で説明する。


『ここで得た過剰なエネルギーは全てラフィの背中側にある収納内へと流れているんだ。エンジェルウイングやユリシスが仕舞われている中にね。これは考察だが、まだ中に何かあるんじゃないかな?それを起動されるのに必要なのかもしれない。』


ボクの背中の収納は構造が特殊で外から内部を覗けない。実際エンジェルウイングが出るまでは存在にも気付かなかったし。


まだまだボクの体には神秘が宿っているみたいだった。


お肉のお城、濃厚ソースがけ。噛む程肉汁が溢れ出て凄い美味しい。

フルーツゼリーがお皿の上で踊っている。揺れる身をスプーンでそっと削っていく。

一口パスタが6種類、コッテリからアッサリまで網羅したパスタ食べ比べ。

皿上のミニチュアAR庭園の中で放し飼いになった家畜の踊り食い。毛も皮膚も骨すらない100%お肉だけの4足歩行は、噛むと中から血の代わりにソースが溢れ出る。


タマさんとクニークルスさんは30皿でフォークを置いた。


「あー、食べた。めっちゃ贅沢した気分ね。」


「そうだな。上限無しのコース料理食べ放題とは住む世界の違う奴らの食事って感じだ。」


「胃だってインプラントで強化してるんでしょ?食の贅沢を味わい放題ってのも羨ましいわねー。」


「そのせいでいつも微妙に空腹感で飢えてるって話は滑稽だな。超消化、超エネルギー消費、残り滓は何処かへ転送するからトイレすら行かないってさ。」


「それ以上その話をここで掘り下げるんならこっからロケットパンチ飛びますよ。」


二人の少し下品に傾きかけた談笑へ、隣のテーブルから苦情が刺さった。


お刺身の色彩でお皿に作られた綺麗な絵画。食べるのが勿体無くて写真に撮った後暫く眺めた。

細長いパフェのタワーが4つ。面白いのが容器となるグラスが無い事。具材だけが宙に浮いて、カラフルなアイスにフルーツが盛られていた。それを見たタマさんとクニークルスさんも、1本ずつ追加で頼んでいた。別腹は空いてるみたい。

手のひらサイズの丼が並んだ、肉丼各種食べ比べ。肉厚ステーキ丼が一番だった。


どれも美味しくてついつい夢中でお代わりを頼んじゃう。


そんな中タマさんがアジモトさんへ催促した。


「ラフィが食べ終わるの待ってたら朝になっちゃうわ。話があるんじゃない?そろそろ進めて良いわよ。」


「あっ。ごめんなさい。」


思わず手を止めるボクの横腹を尻尾が突く。


「ラフィは一番頑張ったんだし遠慮しないでいいから。でもアジモトも暇じゃないでしょ?」


頭を掻いて苦笑するアジモトさんは早速切り出した。


「いや、ラフィの胃の大きさは知っているつもりだったがまさかこれ程とは。ははは、満足するまで食べていってくれ。すまないがこのまま話をさせて貰おう。」


「まずは今回の依頼のイレギュラー要素となった大規模傭兵旅団の件に関してお詫びしたい。この通り、謝罪しよう。藁にも縋る思いだったが、依頼内容の不正確性は信用に関わる。」


席を立ち頭を下げるアジモトさんに、ボク達は頷いた。そのままアジモトさんは依頼の報酬額について話し始めたのだった。

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