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17、開拓者試験に向けて

試験の日が近づいてきた。


試験はタマシティ中央街試験会場で行われる。タマシティは孤児院のある郊外の住宅地を含めた商業区、中央街のある行政区、農業や工業地帯を巨大施設内に圧縮した生産区の三つの街が幾つもの駅で繋がった姿をしている。

壁の外の住宅街や生産区と、商業区や行政区が入った壁の中の間には未踏地が僅かに存在するものの、電車と高速道路の橋梁がその上を通っていた。


試験日前には中央街に移動しないと。初日は筆記試験、筆記試験合格者が後日行われる実地試験に参加出来る。ボクは初日の筆記試験で開拓者基本資格試験と、アコライト資格試験を受けるつもりでいた。どっちの内容もしっかり覚えたし準備万端だ。


実地試験は開拓者組合の管理下にあるダンジョンの探索だった。受験者同士で即席の旅団を組んでもいいし、ソロ探索でもいい。最奥にある羅針盤を取ってくれば合格ってものだった。実地試験の前に全員、開拓者生命保険を契約する決まりがある。一度は首だけになっても生き永らえるよう頭にマギアーツを仕込むんだ。


契約する生命保険会社によって、いざという時に生命維持出来る時間が変わってくる。駆け出しの頃は開拓者生命保険で良いけど、お金に余裕が出来たらちゃんとした保険会社にかかるようタマさんにも教えられていた。


一度効果を発揮した後はもう一度手術を受けて再度仕込む必要があるって話だけど、試験の際の手術費用は実地試験の受験料に予め含まれていた。手術は初めてだからちょっと怖いけど、話じゃ直ぐに終わって半日後には普通に歩けるって事だし大丈夫かな。実際に試験を受けたタマさんの話はとても参考になった。


前日には既に移動を済ませておく。ボクはタマさんと駅に向かっていた。


区を繋ぐ大きな駅を利用するのは初めてだけどタマさんが教えてくれる。


「スマイルのアプリに自動決済があるから、そのままゲートを通り抜ければいいわ。操作は必要ないから。」


大きさが違っても基本的な所は同じなんだ。スマイルがない場合は割高になるけどチケットを買えばいいんだよね。


昔はカイサツなるものが設置されていたらしい。歴史の教科書に写真が載ってたのを覚えている。でも既に廃れ、両側に青く光るスキャナーの置かれた大きなゲートがあるだけだった。通り抜ける時ピロン、という小さな決済音が耳元で鳴った。

少し意識すれば口座の残高から、中央街行きの乗車賃が引かれる簡素なアニメーションが邪魔にならない視界の端に表示された。2千万円くらいある内から僅かな量が引かれても分かりずらいな、と思えば総資産分の何%にあたる金額か追加表示される。いや、詳細情報が欲しいんじゃなくて。


横幅10m以上ある巨大なエスカレーターに運ばれて駅構内へ。でも中央街よりも大勢のヒトが生産区行きの方へ向かっていく。それもすし詰めって感じに。


「うう、人混みに酔いそうです。」


「そりゃ生産区はタマシティ就職先No.1の超巨大生産流通センターよ?一箇所に固めた方が防衛が楽だからってさ。うん百っていうテナント貸し出しまくって、工場から配送センターまで全部同じ建物。他の都市のも見てきたことあるけど、どこも壮大ね。」


「そうなんだ。ボクも一回見てきたいな。」


開拓者やっていればその内機会があるかもね。中央街勤めのエリートは中央街に住んでるヒトが多いせいで、朝のこの時間に商業区から中央街に向かうヒトは少なかった。


ホームは触ると弾かれる青いバリア装甲に左右を囲まれている。バリアには次発の到着時刻と色んな広告が順に流れていて、ホームを少しばかり華やかしていた。ボク達が乗るのは上り便。次の発車は10分後かぁ。スマイルでも弄って待っていようかな。


チラリとタマさんを見やれば既にスマイルを眺めているのか、宙に視線をやっていた。


『開拓者を集めて君だけの旅団を作ろう!9周年記念大型アップデート!ウィッチワークス旅団セルペンス・魔法少女エンジェル・ベリー♡!!ラズベリー、ブラックカラント、グミ‥‥!参戦!!開拓者コレクション〜羅針盤に導かれし者達〜』


あ、ボクも入れてるスマイルソーシャルゲームの広告。ホロウインドウの向こうで好きな開拓者さんを操作してダンジョン攻略!ってゲーム。脳波操作で簡単TPSっていうちょっと古風なデザインだけど、9年前のゲームだし仕方ない。

お金は沢山あるんだしちょっとくらいこういうのに使っても‥‥

セルペンスさんと実際に話した身としては、ゲーム内でセルペンスさんを見るのは不思議な気分かも。


ハムハムを見流しているとふと誰かの手がボクの視線を遮る。わっ?!何ですか?!


手の先に意識をやれば一人の少女が揶揄うような笑みを浮かべていた。全身が黒々しい‥‥多分ゴスロリってやつだっけ。初めて生で見た。赤と黒のリボンを纏い、顔を薄いレースで隠すトークハットを被っている。手荷物のない身軽な格好の少女はレース越しにボクを眺め、困った視線を好奇の視線で返してきた。


「どうしましたか?」


「ふふっ。ごめんなさいね。話題の顔を見つけたから気になっちゃって。噂通り随分可愛らしいお顔。」


あう。変に有名になっちゃったせいでこういう声掛けはちょくちょくあった。時間が経てば皆も忘れてくれると思うけど。


「言っとくけど、お触り禁止ね。」


さりげなくタマさんの尻尾がボクと少女を遮る。尻尾は軽く揺れた後、ボクの頬をふにっと突いてそのまま引き寄せようと纏わりついた。


「仲が良いのね。まぁ、また近い内に会いましょう。幻のパンプキンモンスター様の導きの手に感謝を。」


少女はベールの下で妖しく微笑み去っていく。そんな様子をちょっと警戒気味な視線でタマさんは見ていた。


「今アイツ、なんて言った?」


「どうしたのですか?」


「‥‥いや、まぁいいけど。」


煮え切らない口調で、タマさんはキョトンと見上げるボクに興味を移す。そして電車が到着するまでの間しきりに尻尾で摩られていたのだった。


装甲板で固められた大きな電車がホームに到着した。電車は3階層に別れていて、乗り口は三箇所だけだ。バリアの消滅と共に乗り口へ向かい、広めの簡素なエントランスを抜けて客席のある車両へ。特別なチケットを買った富裕層は3階の指定席に向かい、それ以外の人たちは1階と2階の自由席へ向かう。片道1時間の旅を少しでも快適にする為か、モーニングセットなどを食べられるカフェテリアのある食堂車両も付いていた。


「タマさん、折角ですしカフェテリアで食べたいです。」


昨晩のタマさんに伝えたお陰で今日はまだ朝ごはんを食べていない。電車のカフェの朝ごはんはどんなのだろう?ちょっとだけワクワクしながら、タマさんと一緒に足を向けた。


「聞いた話じゃ生産区に向かうやつより、中央街行きの電車の方がカフェの品が良いらしいわよ。ま、値段も相応だけど。」


やっぱり中央街は富裕層が多いからかな?でもこの時間の上り列車は大分空いていて、カフェなんか殆ど貸切状態だった。

重力を操作するマギアーツを使ったのか、天井全体がお洒落な中庭になっているカフェ。逆さまに生えた低木に、木の周りを囲む綺麗な花々。天井を這うように流れる小川がぐるりと中庭を一周している。そして液晶張りの床は爽やかな青空を映し出していて、薄らと雲のARが席の間を流れていた。


「おー、センス良いじゃない。」


「凄いですね。天地が逆転してます!」


雲のように真っ白なテーブルに着けば、視界の中央にいらっしゃいませとの文字が流れる。文字はそのまま流れていき、ARの雲の中に溶けて消えていった。演出まで凝っている。そして雲の中からメニュー表が風に流されるように現れて目前で静止した。


「何を頼もうかな‥‥?」


「ふぅん、チョコフォンデュタワーとかもあんの?片道1時間の電車で頼む奴居るのかしら。」


そうだった。片道1時間だし、さっさと決めないと。すっごく雰囲気のいい場所だからぼぅってしてると普通に2時間、3時間過ごせちゃいそう。


「モーニングセットで。ライスに飲み物はジュースにしちゃおうかな。えへへ、ちょっと豪華♪」


「そうね。同じのをコーヒーでいいわ。」


メニュー表を弄って注文すればメニュー表も風に吹かれて雲の中に消えていく。ふと気になってメニュー表をもう一度見たいと思えば、再び雲の中からメニュー表が流れてくる。目の前で静止する前にそのまま不要と思えば、止まらずに目前を横切っていく。あっ!ちょっと待って!と思えば逆再生したかのようにメニュー表が目の前へ。


「あははっ。」


「ラフィ?」


「あっ!すいません。何だか面白くて。」


メニュー表で遊んでいたボクの足をタマさんの尻尾が引っ張り、誤魔化すように苦笑したのだった。


驚いたのは頼んだモーニングセットが雲の中から現れた事だった。料理の到着を知らせる表示の後、一人でに雲の中からお盆に乗った料理がテーブルに運ばれる。どうやったんだろう?


「多分迷彩よ。実際は運搬用ナノマシンが動かしたんじゃない?」


迷彩ナノマシン。料理を出すだけでそんなものまで使うんだ。初めて見たよ。


「ま、ナノマシンは基本医療用のもんだしね。そもそも重量物の運搬にも向かないし。普通に生活してたら見る機会なんてまず無いわ。だからこそ演出のために使ったのでしょ。ほら、食べましょ。」


「ですね。いただきますっ。」


脂の乗ったソーセージに、トロけるスクランブルエッグ。粉雪のようなパウダーシュガーの上に蜜の垂らされたパンケーキ。それはとっても幸せな時間を味わわせてくれた。


カフェで寛いでいるとふと電車が止まった感じがした。実際車内に走行中の揺れとかは伝わらないんだけど、止まったりすると流石に分かる。


「未踏地ね。丁度今赤信号なのかしら。」


電車は僅かな距離とはいえ未踏地内を通過する。未踏地では突然の襲撃等に備える為電車は徐行モードで移動する規則があった。高速で走行すると突然線路上に現れた怪物に激突するかもしれないし、真横から攻撃を受けたりした際に脱線事故に繋がりやすい。電車の片道1時間はこの未踏地での徐行によって掛かる時間が大半を占めていた。でも赤信号で完全に停車したって事は線路の先に怪物がいる可能性が高いって事なのかも。


「直ぐに開拓者がどうにかするから安心しなさい。初心者の開拓者の主な収入源の一つに都市内の電車の護衛があんのよ。この電車も数人の開拓者が乗ってるはずだから、こういう時にすぐに応戦するわ。」


車内にアナウンスが流れた後、10分もしない内に再び電車が動き出す。でもこの辺りに怪物なんて全然いないって話だったのに最近増えたなぁ。タマさんもダンジョンの調査をしてたけど何が起きているんだろう。


電車は無事中央街の駅に着き、摩天楼の谷間に踏み込んだ。中央街にはタマシティの多くの会社の本社ビルが立ち並ぶ。タマシティ開拓者組合の本部もここにある。空の狭いこの街はちょっと窮屈で、だけど身なりの良い人々の行き交うこの場所はどこか華やかさもあった。


組合での試験は明日。でもその前に街の雰囲気に慣れておいた方がいいってタマさんが言う。


「そわそわして気が散っちゃうでしょ?お上りさんな態度でキョロキョロしてちゃ試験どころじゃなさそうね。」


一度開拓者組合本部に顔を出してみようってタマさんに誘われて、駅から少しの所にあった巨大なビルへ足を向けた。


喧騒に満ちたエントランスには開拓者のヒトたちが大勢いて、お仕事のお話がそこら中から聞こえてくる。


「なんだ、タマじゃないか。仕事か?」


タマさんを呼び止める声に振り向けば、そこにはタマさんより一回り体の大きいお姉さんが立っていた。褐色肌に青み掛かった長い黒髪、そして片目を隠す大きな眼帯を付けている。ボディラインを強調する軽装にワイシャツ1枚の格好は、豊満な胸元を見せつけるように開け放っていて直視できない。そして何より。


「相棒のラフィの開拓者試験が明日なの。ちょっと下見に来ただけ。クニークルスは男でも漁りに?」


「あいにく副業は今日はお休みでね。明日の準備で忙しいんだ。」


そう言うクニークルスさんの頭には大きなウサギのお耳が揺れていた。ラビットマンの亜人さんだ!同じ亜人仲間のお陰か、タマさんとはどこか気安い関係のようで。2人は軽い近況報告的な雑談をしている。そんな中、ふとクニークルスさんと目が合った。


「おや?小さくて気付かなかったが、もしやこの子が例の?」


「そうよ。ラフィ、挨拶しておきなさい。ランク25の先輩開拓者よ。」


「は、はい!よろしくお願いします!」


ペコリと下げた頭をクニークルスさんの手がもふっと撫でてくる。暫くふかふかと撫でられ、そして急に抱き上げられてしまう。きゃあっ?!ななな、なに?!


「この感じ、ギフテッド持ちかい?うわっ、不思議な感じがするね。少年、疲れたお姉さんを癒やしてくれないかい?」


ボクを誘惑するよう、開いた胸元に頭を埋めさせてくる。大きくてあったかで、香水とは違う本能を揺さぶられる甘い匂いがして。そしてボクの耳元で囁いてくる。


「その気になった獣人のフェロモンはどうだい?特にあたしらラビットマンのは凄いんだよ?」


「か、揶揄わないで下さい‥‥」


むわっとするような色気に体を縮こまらせながらタマさんに視線で助けを求めた。


「アンタは相変わらず小さいのが好きなのね。」


タマさんの尻尾がボクに巻き付き、クニークルスさんの胸元をくすぐる。思わずちょっと身を離して出来た隙間に手を差し込んで、あっという間にボクの体を取り返してしまった。


「なぁ、その少年は裸で抱き合ったらどうなんだ?」


「そりゃもう。ふふ、凄いわよ?アタシも完全に骨抜きになるくらいには。」


「少年、キミだけ特別に副業をだな。いや、逆にあたしに買わせてくれ!」


何を言い出すの?!ボクはそんな商売はしてません!!何だかクニークルスさんから危険な感じがしてタマさんにぎゅうっと抱きついてしまう。表情の緩んだタマさんは悪い顔で手を振る。


「アンタ忙しいんでしょ?ほら行った行った。」


「ぬう。まぁ、良いだろう。しかし諦めないからな。」


そう言うクニークルスさんは後ろ手を振って立ち去ったのだった。

開拓者コレクション〜羅針盤に導かれし者達〜

現実にいる開拓者を題材とした人気のソシャゲ。開拓者は庶民の憧れの的でもあり、スポーツ選手に近い印象を持つ者が多い。金に振り回され、血痕を踏み締め、仲間の死に慣れる開拓者の負の側面は輝かしいゲーム体験が隠してくれていた。

売れっ子開拓者にはこのゲームから参戦希望のオファーが届く事がある。ゲーム内の性能は開拓者本人の力量に左右される所が多く、実装された開拓者達は掲示板の性能談義でエゴサする事も珍しくなかった。

因みにセルペンスは実装後環境トップに躍り出て、長い間周年キャラとして相応しい壊れっぷりを見せつけたという。

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