159、童話の世界でサイバーパンクな戦争が起きる
「テメェらっ?!何処から?!裏切りやがったな!!」
チズル隊の隊員が銃を構え、頭部を失い崩れ落ちる。その先にゾロリと現れた重装な強化外装に身を包んだ一団。アリスの居城の王の間はあっさりと制圧されてしまった。
チズル隊に潜ませたスパイが内部からシステムをハッキング。厳重なセキュリティを数日掛けて突破し、僅かな穴を開けた。そこから外部が一気に脆弱性を突いてこじ開け、管理者権限のごく一部を奪取。内部からの招待によって彼らは招かれた。
プライベートルームの一種といってもこれは所詮おもちゃに過ぎず、そのセキュリティも上流階級の使う本物のプライベートルームと比べれば大分お粗末。それでもハックにこれだけ時間が掛かったが。
「チッ、チズルの奴。ここにガラを抑えとけって簡単な任務もこなせねぇのかよ。何処ほっつき歩いてんだ。」
一団を率いる隊長の強化外装には、紫槍の旅団証があった。
傭兵旅団“ゲイボルグ”、クシロ隊隊長。クシロは招いたお客さん相手にどう対応すっかなと頭を掻いた。真っ赤なおかっぱ頭が揺れる。
「何かトラブルでも?子供狩り、ちゃんと見せてくれるんでしょうね?ここまで来たんだから期待を裏切ったら分かりますね?」
続いて現れた仮面の紳士淑女達。纏う気配は上流階級、それぞれ身に纏ったAI香水システムが、互いの匂いを邪魔し合わないよう色を変え調和する。互いに高め合い漂う高貴かつ上品な香りが、クシロとは住む世界の違うヒトだとハッキリと認識させた。
(でも俺はこの匂い嫌いなんだよなぁ‥鼻につくっていうか反吐が出る。)
「不出来な元子供開拓者がお外へ遊びに出かけているみたいでして。直ぐに面前に引っ立ててやりますよ。」
和かに笑い優雅に一礼を。クシロの慣れた対応は流石ゲイボルグの隊長格か。幅広いクライアントに対応出来る柔軟さがあった。内心カネで腐った臭い猿だと軽蔑していても一切気配に見せない。これが大人の対応力。
「今回の目玉は今話題沸騰中の子供開拓者ラフィ!それに、チズルも添え物として悪く無いですわね。」
「アリス嬢には悪いが此度の全責任を負ってもらうとしよう。ふふふっ。」
「あの子の箱庭がこんな形で役立つなんて。」
ここは外への通信が隔絶されたプライベートルームである以上、ここで起きた事が外に漏れる事はない。ラフィに何があってもシブサワグループの怒りの矛先はウマミMAX社に向くだけ。責任から解放された上品な人々はクスクスと笑い合う。
「ラフィの買い手はもうついているでしょうか?事前のお話では30億円と出ましたが。」
「いえいえ、先程の話し合いで100億出すと名乗り出た方がいらっしゃいましてなぁ。手が届かぬのが口惜しいですが、こうも積まれちゃねぇ。」
「チズルは当初の話通り5億で私が買いましょう。ああいう生意気な手合いを夜の慰みに“使う”のは滾るものがあるんですよ。」
当初はチズルを売り払う為にクシロが上層部と共謀して企画した人身売買ショーのつもりだったが、思わぬ大物が釣れた。ゲイボルグは元々個別に存在した傭兵旅団が寄り集まって出来た大所帯であり、内部の隊同士の抗争に関して上層部は関心を示さない。
弱肉強食の掟がゲイボルグの規律。その程度で減った隊など不要。ヤマノテシティにはゲイボルグに加入したがる傭兵旅団は幾らでもいる。
大規模な旅団だからこそ受けれる仕事の規模も大きく報酬もデカい。作戦行動中の裏切りは御法度、しかしゲイボルグ全体に迷惑の掛からない個人的な嵌め合いはどうぞご自由に。2つあった隊が潰しあってより精強な1隊になるのなら差し引きプラスだと上層部は考えていた。
(チズル一人じゃ正直やや赤字だったが、臭い猿との関係を繋ぎ止めるにゃ必要経費だった。が、ラフィがいるなら奮発して独立傭兵も雇った甲斐があったもんよ。)
クシロの傍ら、小柄な影が控えていた。
白いキャップに薄青いマフラーで目元以外を隠した、雪の精を思わせるような儚げな美少女。伸びた髪同様、青をイメージカラーにしたその姿。覗いた目元はクシロに興味を示さず遠くを見る。
「いいか?セツナはラフィを抑えろ。カネは億単位払ったんだ。絶対上流のお客様に弾1発でも被害出すなよ?」
「んっ。」
「お前の所に精鋭の部下を寄越すからな?ラフィさえ捕縛出来んのなら最悪消耗しちまっても良いから兎に角絶対勝てよ?負けましたなんていったら許さねぇぞ。」
「んっ。」
「はぁ〜‥」
セツナの言語能力はあまりにゼロ。話せはするらしいがクシロにはまともな返しをする気がない。よくまぁんっ、だけでやって来れたなとクシロは呆れた。
つまり、その程度の交渉だけで独立傭兵としてやって来れるだけの実力がある事の証左だが‥んっ、の一言だけで億単位の仕事を受けれる。舐めた価格で買い叩こうとした馬鹿は皆後悔させられていた。
(子供開拓者じゃなく、最初から子供独立傭兵だなんて。一体どんな人生歩んだらそんな事になるんだか。)
謎の多いバックボーンにクシロは胡散臭いものを感じつつも、使えるものは使うと割り切っていた。
と、一角が急に騒めいた。ふとクシロの視線の先、思わず目を見開く。
ここで起きた事は外に漏れない。
紅いシルクハットが先ず目に入り、紅の燕尾服が次に目を引く。白い仮面は3つの三日月で構成されたニタリと笑う顔。肩から掛かったマントが片腕を隠し、背筋をピンと伸ばした姿勢でツカツカと歩み寄って来ていた。
「テメェは‥ノクターンの執行者か。何故ここに居る?」
「それはこっちのセリフだ。アリスのお嬢ちゃんは随分沢山呼んだのだな。」
少し戯けた態度で応じる男性の声に、クシロは内心で舌打ちした。
(‥俺ら全員とセツナを見ても正面から来るって事は勝算あるって?マジかよ。)
「ここに居るので全員か?」
「さぁ?教える義理は無いっての。そっちこそ何の用でヒトのおもちゃ箱に?」
「野暮用でな。」
ふとクシロは疑問に思った。この会話に何の意味がある?まさか談笑する為にわざわざ姿を現したとは思えない。攻撃するなら不意打ちでいきなり襲った方が良い筈。‥いや、不意打ちするよりもこの方が何かメリットがある?
パニックフィンガーという異名について知ってはいるが、実際情報は少ない。その力を知って逃げ延びた者は少なく、大体は再起不能になったか何が起きたか理解も出来ていないから。
(ハッキングだったか。どこまで出来るかは未知数。強化外装を操るって話も聞いたが‥噂に尾ひれが付き過ぎてハッキリしねぇ。)
「俺らはこれからお仕事でね。邪魔はして欲しく無い。邪魔しないのなら別にノクターンと戦う理由も無い。互いに不干渉ってのはどうだ?」
「ハハハ‥」
小馬鹿にするよう執行者は笑った。あまりに余裕のある態度に内心苛立ちを覚えるが、乗せられないよう冷静にしがみつく。
(真意が読めないな。セツナをけし掛けるのは避けたい。ラフィとの戦いを前に消耗させる訳にはいかん。俺が相手するか?それなりに食い下がれるだろうが、手の内が分からん対人のプロ相手はリスクがデカ過ぎる。)
ここで死んでは意味が無い。引かぬ以上向こうに交戦の意思あり。運が悪かったのだろう、恐らく姿を見られる事自体がアウトだったのかもしれない。最悪なのはラフィと合流されて同時に相手取る状態になる事。そうなったら上流階級のお客様は間違いなく護りきれないし、全滅もありうる。
(先のタマシティ防衛戦ではシブサワPMC旅団大隊と呼応する様に動いていた。ラフィとの繋がりがある線も否定しきれない。)
クシロの思考は加速し、答えの出ない沼の底へと沈んでいく。それは執行者に十分過ぎる時間を与えた。セツナも指示が無い以上動けず、警戒して見ている事しか出来ない。
───上流階級のヒトにとって強化外装は当然のドレスコードだった。単純に暗殺に対する最大限の自衛策は高価な強化外装に身を包む事であり、特にこういう暴力の気配の滲む場に来るのなら確実に用意をする。
性能が高価な強化外装というのは、素人向けに高度な戦闘総合支援システム(I.C.S.S)を始めから搭載しているモデルが多い。銃を撃った事が無くても勝手に強化外装が動き、襲って来た低質なチンピラ傭兵程度なら返り討ちに出来てしまう。
また、上流階級が持つ武器も一級品が揃っていた。質の良い武器はいざという時の自衛策として必須。質の良い武器がI.C.S.Sの威を最大限発揮させる。I.C.S.Sに踊らされる素人と侮れば、歴戦の傭兵でさえ死傷しかねないものとなっていた。
普通は1着に億単位の金が掛かる強化外装のI.C.S.Sにハックなど出来るわけが無い。が、今のタマはR.A.F.I.S.Sで繋がっていた。外部に通信は出来なくとも、この世界の中でならローカル通信は出来る。今の現状を伝えたタマはR.A.F.I.S.Sを要請していた。
元々戦略兵器としての運用を前提としたR.A.F.I.S.Sの間合いは、本格的に起動すればこの世界全体に影響が広がる。味方と識別した者にはR.A.F.I.S.S経由で膨大な演算容量を貸し出していた。
演算容量が増える程、マギアーツで発揮できる力も増えていく。R.A.F.I.S.Sに接続されたタマのハックは常識の域を超えたものとなっていた。時間は掛かるが慎重に放たれた“グレムリン”が高価な強化外装へと忍び込み、実戦経験の無い上流階級の人々は強化外装に起きた僅かな異変に気付かない。無論意識が目の前の執行者へと完全に向いてしまっているのもあるが。
「だから用がないんなら退い───」
クシロは無防備な背中を撃たれた。EX弾頭の数発が背中で炸裂し、強化外装を損傷させながら吹き飛んでしまう。セツナも躱しきれずにバリア装甲を削りながら転がってしまった。
背後で護られていた上流階級のお客様の銃口が揃ってゲイボルグへと向く。その顔は驚愕に引き攣っており、何が起きたかも分からないまま体が勝手に動いて突撃していった。
激しい銃撃戦が始まり、身なりの良い強化外装が血に染まり、ゲイボルグの傭兵達にも被害が広がっていく。既に何人か頭部を四散させて動かなくなってしまっていた。
起き上がったクシロの視線の先には執行者の靴裏が迫っていた。
『緊急要請、作戦名ティーパーティーにB.L(bad luck)。至急応援を求───』
専用回線で送られた外部への通信は不完全なまま送信された。
「お?始まったようだね。」
クニークルスは城の中を探し回り、地下牢を覗き込んでいた。
(ウマミMAX社の調査団は‥)
タマが陽動をかけ、その間に作戦目標の一つを達成してしまおう。予定に無いゲイボルグの内紛に気付いたタマの指示でクニークルスはヒト探しに精を出していた。
「うん?」
地下牢の中に不自然に籠に盛られたりんごの山があった。ふとそれがどういう意図で置かれたオブジェクトなのか思考が回る。
レーダーが感知した。ここへゲイボルグの一団が迫って来ている。
(随分沢山お仲間を呼んだようで。あたしのレーダーに映ってるって事は向こうのレーダーにも映ってるよな。交戦は避けられないか。)
収納から取り出した爆弾ベルトを片手に、ライフルを担ぎ上げたのだった。
アリスの管理者権限により城下町の近郊に姿を現した100を越す天使の一団。片目を演算陣で覆った紅い瞳の軍団は、軽快な足取りで城下へと迫る。
使い込む程に成長するR.A.F.I.S.Sは、プチフィーの動きにすら1兵程の実力を与えていた。その手に握るはビームシュナイダー。纏め買いするタマからケース単位で渡されていた光の刃を片手に地を駆ける。
その中央で進軍するはエクエス自走機関砲台。40mmに拡大するEX弾頭を積んだ20mm機関砲が、一緒に備え付けられた火炎放射器等の複数の銃口と一緒に迫り来る。
それを護る15体のミニフィー達はそれぞれ9丁の紫電、オオワシM100、5丁のフェンリルを携え、その中の一体はラフィのお古の強化外装を着込んでいる。
R.A.F.I.S.Sの成長によって、同時に高度な操作で操れるミニフィーの数の上限も上がっていた。
兵器は戦争によって磨かれ、一層強力な存在へと昇華していく。
タマシティ防衛戦でシブサワPMC旅団大隊と共闘した経験は、R.A.F.I.S.Sを更に一段階上のものに成長させていた。
大規模な傭兵旅団、ゲイボルグがアリスの世界へと攻め込んできた。彼らの知るラフィのデータはタマシティ防衛戦でのもの。得られた戦闘データを解析し、更なる成長を得たR.A.F.I.S.Sの威を知らない。
そして天使と歩調を合わせて進軍するカラフル賑やかな大軍団。幻想の世界から這い出した魑魅魍魎は銃を携える。
城下を飲み込まんと迫る天使の軍団とゲイボルグの先行隊が会敵するまで1分。
魔槍へと無数の光学の刃が襲い掛かった。




