157、反抗期に、思春期に、面倒臭い子供の幼心が求めるものは案外簡単なモノ
「今気になったんですけど、結局NPCって何なんでしょうか?」
ウサギさんから情報を色々聞いた後、城下町を散策しながら思いつきを口に出す。ここはプライベートルームであって、フルダイブ型のVRゲームじゃない。つまり、彼らに実体がある以上正体が気になった。生体反応は感じないんだけどね。
「デザインは獣人族寄りね。にしてもガッツリデフォルメ入ってるし、カートゥーン調だけど。」
獣人。獣性を宿しながらもヒトの特徴を色濃く残す獣尾族と違い、失礼な言い方だけど知性を宿す獣‥って感じの種族。基本は2速歩行で、全身が毛皮や羽毛で覆われてヒト肌部分が極めて少ない。ウサギさんも確かに言われてみれば映像で見た獣人族と雰囲気は似てる。
「ラフィは見た事無いかしら?アングルスには居ないし、都市部でも希少よ。ま、彼らの一番人気のお仕事が富裕層のペットじゃ顔合わす機会もそう無いけど。」
ペットかぁ。タマさんが言うには一日中愛想を振り撒く代わりに、昼寝して豪華な食事に舌鼓を打って遊ぶだけの夢のようなお仕事。しかも高給職。
「獣人族の中でも見てくれのいい奴は需要あんのよ。愛玩目的なら兎も角、愛人目的も居るなんてヒトの業は深いわよね〜。」
脇道に逸れる話をブランさんがグイッと引き戻す。
「彼らNPCの正体は恐らくオートマタの類かと。材質はぬいぐるみ、綿に似た素材の“繊毛AI”が使われているようです。」
ギャラクシー・トイズが特許を持つ繊毛AIは、自律して動いて話せるお人形さんに使われる技術だった。ざっくり言うなら糸だけで生物を擬似再現した技術って言うか。脳も筋繊維も全部、空気中の魔力を高効率でエネルギー還元して勝手に動く。
AIとしてのクオリティはそこまで高くなく、あくまでおもちゃの範疇。方向性を制限された思考範囲で自ら考え、子供を喜ばせる。子供達のお友達の輪の中に入って、場を明るくする陽気な隣人。
ブランさんの説明を聞いてはぇ〜って風にタマさんと二人で納得する。ボクはそういうおもちゃは買った事無かったから、知識に無かったんだ。
「つまり超大量に繊毛AIぬいぐるみをばら撒いて作った巨大ジオラマって所かしら。まぁ子供からしたら正に夢の国ね。こんなのがおもちゃ部屋にあったら引き篭もっちゃうわ。」
「因みにアリスお嬢様のご年齢は15歳です。」
「‥そうだったわね。ま、こういうのが好きなんでしょ。」
ちょい、と手近な風船を指先で摘んだ。さっきから目で追ってたけど、この風船ある程度上空に行くと転移して再び地上に戻っていた。薄っすらギャラクシー・トイズのロゴがプリントされている。確かすっごい長持ちする風船を売ってたっけ。動画広告で見た。
「それで、一つ思い付いたんです。クニークルスさんと合流出来て、女王様のアリスさんにも会えそうなアイデアが。」
この世界を色んなMODで形作ったアリスさんは、目新しくて明るく楽しいイベント事が大好きなんだと思う。さっきから散策していて使えそうな物を見つけていた。
「何するのよ?」
「目立つのはボクの十八番ですから!」
パパッと近くにあった花火ショップに飛び込んだ。お代はお客様の満面の笑み?
「これくださいっ!」
これからする楽しい事を考えれば自然と笑みが溢れる。店主さんのブルドックなお爺さんも笑顔で花火を沢山売ってくれた。
アリスさんについては事前に情報を沢山貰ってるし、好きなアーティストも知っている。ボクのカバーソングで歌っちゃうよ!
「タマさんはクニークルスさんと一先ず合流して下さい!ボクはブランさんと一緒にアリスさんに会えるか試してみます!」
「ライブを開けばアイツも寄ってくるでしょ。1発派手にかましなさい!」
兎にも角にもまずはアリスさんに会ってみないと始まらない。誰かがアリスさんを監禁してたとしてもここで大騒ぎすれば何かしらアクションを取る筈。お城に潜入するよりも先ずは誘き出せるかやってみよう!
早速ユリシスを展開し、ミニフィーを一斉に解き放ったのだった。
最高の食事‥飽きた。ジャンクフードの方が美味しい。
どんな娯楽も転移で即アクセス出来る広々マイホーム‥これも飽きた。そんな事より普通に学校に通ってお友達とエビスタウンで食べ歩きとかしたい。
何人もの付き人が身の回りを全てお世話します‥ウザい。居なくなっちゃえばいい。
家中監視カメラだらけ、プライベートな空間は何処にも無い。
アリスにとって金は親を振り回す厄介な姿の無い悪魔。会社の事なんて分からないしどうでもいい。ただ、これ以上の金儲けの為に遊ぶ約束すら無視されるのがムカついた。
幾らしたかなんて興味無い、だけどアリスにプライベートを与えてくれるおもちゃ箱こそが我が家だった。
窮屈な全てがアリスの反抗期に火を付け、思春期故の尊大さが警戒心を緩ませる。私は女王様。この世界のマスター権限を持つ者。この世界にいる全てのヒトは私の所有物。
「なぁ、もう数日だよ。もうちょっと粘ればクソ親父もこっちの世界に入ってきてアリスに頭を下げるって。」
赤いドレスを纏ったアリスを道化師が覗き込む。ボリューミーなツインテールを揺らす健康的な褐色肌。胡散臭いが、色々と面白いMODを紹介してくれた数少ないアリスの理解者。少なくともアリスの行動を肯定し、甘い言動で引き篭もりを提案してくれた。
最初は上手くいくとは思えなかったけど、チズルのお友達の傭兵達が良い感じにお城を守ってくれている。クソ親父の送ってきた厄介な奴らを寄せ付けなかった。
「ふん、どうかしら。そもそも私が居なくなったって、会社の方が大事だろうし。もしかしてこのおもちゃ箱も今頃倉庫の奥に放られちゃったのかも。」
中から外部の状況を確認出来ないし、中からの通信も厄介者対策に遮断している。反抗期の娘の引き篭もりは、当人にとっては正に親との戦争だった。溜まった鬱憤をぶつけられる親という存在のありがたみなんて分からない。
ムカつく、が全ての原動力。
アリスは馬鹿では無いし、無教養でも無い。ただ、年相応なだけだった。
「まぁまぁ。それで、また世界に招かれざるお客さんが来たみたいだけど?どうするのさ。」
「いつも通り蹴散らしなさいよ。」
「銃使って良い?」
「ダメよ。外したら街が壊れるじゃない。街の外でならお好きにどーぞ。」
チズルは困った風に頭を掻く。腕が立つって話だったのに、この前潜り込んできたウサギ頭の痴女も取り逃すし。案外使えない奴。
アリスは無意識に下に見る。今のアリスは尊大だった。
「あのなぁ、良い加減に。」
チズルの紹介した傭兵の一人が文句言いたげに口を開け、アリスが指せばその姿が一瞬にしてリンゴになって転がった。
「女王様に許可も無く口を聞くなんて無礼ね。」
「ああっ?!」
慌てるチズルはリンゴを拾い上げ、既に一杯になった籠の隣にそっと置いた。その目は仄かに憎しみを帯びるがアリスは気付かない。そんな目で見られた事がないから。
一人じゃ寂しいから───いや、来たいって言うからこの世界に招いてあげたお友達も気付けば数が減っていた。着ぐるみを着せてもゴツいおっさんの姿は鬱陶しいし、華があるのはチズルくらい。視界に入れて不快じゃ無いっていう理由でお付きの道化師にしてあげた。
反抗期とは、子供を孤高の存在へと至らせる。何処までも尖って、自分を特別な存在だと思わせる。
思春期とは、子供を多感にして自分の可能性に思いを巡らせる。社会が悪い環境が悪い親が悪いと口にしつつも、結局は自分に対する期待と希望を内心に忍ばせる。
孤高に冷え固まるアリスに今一番必要なものは───
突然城下町で大きな花火が打ち上がった。
「えっ?!」
驚いて窓に駆け寄るアリスは、次々と打ち上がる花火に仰天する。勿論そんなイベントは知らないし、予定に無い。
次に更なる仰天がアリスの情緒を揺さぶる。
何十mもあるような巨大な天使の羽が突然現れた。純白で、柔らかそうで、薄っすら光る幻想的なふわふわ。光の粒子が城下町全体に、お城の方までも包んでいく。
「何よ!なにあれっ?!チズルは知ってる?!」
「いや、知ら‥?!アイツは?!ああもうっ?!なんでだよ!!」
その正体にいち早く勘付いたチズルが頭を抱えて蹲るも、アリスは気付かない。目の前の光景を一瞬として見逃したくないから。
そして風に乗って聞こえてくるチズルのお気に入りのアーティストの曲。とっても柔らかで可愛らしい男の子の声でカバーされたそれは、聴いているとつい頬がほころんでしまう。綺麗で、澄んでいて、それに抑揚がハッキリしていてまるで本職のアーティストのような。
耳の肥えたアリスさえも魅了するライブを遠目に見る。
「ほらっ!早く!いくわよ!!」
蹲るチズルに拒否権は無い。逆らえばリンゴ。マスター権限を前にしては何も出来ない。
権限によって呼び出された薔薇の蕾の馬車は宙を駆ける。
街の住人達が楽しげに踊り、その只中で天使の羽を生やした美少年が歌っていた。
同じ顔の小柄な影が色んなARの楽器を操り、賑やか喧騒狂騒極まりないお祭り騒ぎがアリスを高揚させる。
思春期は多感であると同時に多感に飢える。平凡な毎日はクソ喰らえ!刺激が欲しい!思う存分騒ぎたい!お行儀良くなんてやってられるか!これが私だ!
目新しい全てが楽しい。大人ぶってスレた自分を演じつつも結局は狂騒が欲しい。
その欲望を叶える天使が今、アリスの目前で楽しく騒いで笑顔を咲かせていた。
「女王様っ!一緒に歌いましょうっ♪」
少年はウインクを送って手を差し出す。
「あっ‥えっと。」
反抗期の自分が、思春期の自分が乗せられるな!私は大人だ!冷静でクールな自分を忘れるな!と声を上げる。でも、
「さぁ!」
その手がぎゅっと握ってきた。
年頃の子供の敏感なパーソナルスペースに飛び込んだ手のひらは、歳下のあどけない手。歳上の遠慮の無いボディタッチは不快感しか無いが、不思議と相手が自分より子供だと嫌な気がしない。
手を引かれ馬車を飛び降り、小さいのにしっかりとお姫様抱っこで抱き支えてくれる。少年は笑った。
「ボクはラフィです。女王様、お名前は?」
その目は真っ直ぐアリスを見つめていた。
複雑に捻じ曲がり絡み合ったアリスの面倒臭さを受け入れてくれそうなその視線。親から向く家族愛のそれとは違う。生まれて初めて男の子に真っ直ぐ見つめられた。
社交辞令もご機嫌伺いも無い真っ直ぐな───




