153.5、フィクサーの手のひらに暗雲が立ち込める
開拓者、傭兵入り乱れるヤマノテシティに於いて一際大きな存在感を放つ傭兵旅団があった。
傭兵旅団“ゲイボルグ”。
元は少数精鋭の傭兵旅団の寄り合いだったが、時の流れと共に多くの傭兵旅団を吸収合併して拡大。今やヤマノテシティ内でも有名な大世帯となっていた。
ヤマノテシティの多くの開拓者は、ゲイボルグとの交戦を前提にした依頼を受けない。各隊を纏める隊長は皆精強、規模の大きさもあって割に合わないと誰もが背中を向けた。
元子供開拓者、チズルはふらりとゲイボルグの本部へと顔を出した。先日からの“仕込み”の甲斐あってやっと一つ大きく計画を動かせる段階がやって来たからだ。
とは言え、チズル自身計画の全容を聞かされていない。あくまで駒として任された任務を全うするだけ。
(ウチだって隊長なのに子供隊長だなんてバカにしやがって。)
そもそも今回の計画はチズルより古株なクシロ隊長が発案したもので、会議室にもクシロとその側近だけがいた。
「ったく、どんだけ時間掛けてんだ。子供の相手は子供にしか出来んから任せたんだがなぁ。」
だっさい真っ赤なおかっぱ頭の下に覗く嫌味ったらしい目。ゴツい武人という風でもなく、硝煙よりビジネスの匂いを漂わせるクソ野郎。それでいて実力だけはしっかりあるのが更に癪に触る。
「‥仕込みは終わった。明日決行する。」
「はいはい、で?何で時間掛かった?」
原因を聞いてるだけでパワハラじゃありませんよ?な態度でずけずけと、しつこくねちっこく質問攻めはクシロの十八番。特にクシロはチズルを露骨に軽蔑していた。
「金持ちの嬢ちゃんの相手は骨が折れるんだよ。ウチが上品な令嬢に見えるか?」
帰って来たのは舌打ちだけ。そして追加でため息が一つ。
「いい加減計画を教えてくれ。そもそもウチとお前は立場上対等だろ?コッチには情報を正しく共有される権利があるんじゃねぇのかよ?」
今度はせせら笑い。側近を顔を合わせてニヤニヤと。この場で飛び掛かって斬り刻んでやりたい衝動に駆られるが‥
(ダメだ。ここから逃げ出す訳にはいかねぇ。)
ふと自身の歩んできた20年に満たない人生を振り返って思い止まる。
「ま、知る必要は無い。仕事も簡単だ。終わったら分前をしっかり出す。俺が金をちょろまかした事はあったか?」
その瞳の奥にどこか憐憫を感じた。歯軋りを一つ残して、チズルは会議室を後にした。
「わざわざ対面する必要もねーだろうが!」
そんな捨て台詞にクシロは小さく。
「最期ぐらい顔見たくなっただけだっつの。」
その声は側近にしか聞こえなかった。そしてふと卓上に現れた美少女がプラチナピンクの髪を靡かせクシロを見下ろした。ブカブカな白タキシード姿はどこか滑稽で、しかしその瞳は人外の星形。
「にゃはは、パワハラクソ野郎にご報告を。ちゃんとパイプは繋いであげましたよ?ダメじゃ無いですか、しっかり整備しておかなきゃ。」
クシロはフィクサーの手際の良さ、有能さに思わず笑んだ。
「悪いな。資金繰りでちょっと事故ってね。ただそろそろやらねぇとマジで廃管しちまう。今でさえ俺の顔じゃ取り合っても貰えなかったんだ。こんな短時間でよくまぁ集めてくれたもんだ。」
フィクサーの動きはコミカルで、少し鬱陶しいぐらい活発的だ。いつの間にクシロの隣に移動し、にゅっと横合いから顔を出しひそっと囁く。
「悪魔の知恵って奴です。フリーコンサルタントの名は伊達じゃありませんし?」
急にクシロのスマイルのホロウインドウが勝手に開き、中に姿を現したフィクサーは自由に振る舞う。
『しっかし本当に大丈夫ですかー?失敗したら大火傷じゃ済みませんよー?』
手にしたライターを捨てれば、小さく表示されたガソリン缶が大爆発!黒焦げになったフィクサーが一回転する間に汚れが綺麗にまっさらに。
「勝手に入んな。‥はぁ。金ってのは生き物だ。今この瞬間じゃなきゃダメなんだよ。今回引っ張ってこれたのもデカい餌があったからだろ?アレの為なら何百億動くか分からねぇ。」
ゲイボルグの中でクシロの立場をより強大にしているのは、結局は金稼ぎの才能。銃を撃ってナンボの傭兵稼業?それは上がれない下っ端の役目。傭兵は自由に稼いでナンボ。これがクシロ流。
『しかし金の為とは言え中々鬼畜ですね!でも面白いものが見れそうなら背中を押しちゃいますよ!にゃはは、電子の影から見物してます!』
フィクサーの姿がホロウインドウから消えた。
ヤマノテシティを騒がせる電子の悪魔は、犯罪コンサルタントから夏休みの自由研究コンサルタントまで何でもこなす知恵袋。ゲイボルグも度々世話になっていた。
クシロは無煙タバコを咥え姿勢を崩した。
「‥別に俺だってやりたくてやってる訳じゃねぇっての。趣味は悪行、三度の飯よりヒトの不幸ってか?ハハッ、笑える。」
傭兵は金を稼いでナンボ。金の為なら鬼畜にだって落ちる覚悟がある。どう罵られても数100億円の稼ぎを出せば皆黙るしか無い。金がヒトの正義感を黒ずませる事をよく知っていた。
こうしているとふと思い出す。
30にもなって自由恋愛の一つも出来なかった恋愛弱者たる我が両親。顔も知らない育児放棄クソ両親は今頃どんな貧困に喘いでいるやら。孤児院は子供の投棄場?独身禁止法の被害者のツラして、ヤマノテシティに子供をほん投げてどっかの街のスラムへ逃亡?
丁度ヤマノテシティがどっかの街へ止まるタイミングを見計らって見事に“産み逃げ”した両親の不幸を妄想するのがクシロの金稼ぎのモチベーションに繋がっていた。
クシロにとって金稼ぎは、治外街まで逃げて最底辺を這いずる両親への復讐なのかもしれない。生まれを呪う事も、母の愛を求める事も、父の背中を欲する事も無かったが。ただ幼少期から言いようの無い怒りを抱え、拗らせ生きて来たのだった。
久しぶりに大きな仕事の入ったセツナは、銃の手入れをしていた。
当然のようにフィクサーが隣で覗き込んでいた。
「んっ。」
邪魔、と意思を込めて発された短い声をフィクサーは察し悪いフリで受け流す。
「前に言った事は覚えてますか?貴女の前に立ちはだかる壁はもう目前なんですよ?数日後、もしから死んでるのかもしれませんよ?怖く無いんですか?」
「んっ。」
鬱陶しい、という意思も暖簾に腕押し。
「セツナさんは何の為に戦いますか?」
「んっ。」
そんな事を語り合う仲じゃない、黙って消えろという意思の籠った短い声。
「あー、当ててあげましょう!セツナさんったら孤児ですよね?ほら、独身禁止法被害者の会、会長さんの娘さん!あははっ、子供の世話すら放って下らない活動家に耽るクソ親に中指立てる為ですよ───」
丁度メンテナンスが終わり組み直されたマグナムが火を噴いた。その先にフィクサーの姿は無く、真後ろに姿を現す。
「私達は産まされた!子育てを強要された!だから孤児院へ子供をぽいっ!にゃはは、孤児院の運営補助金に多額の税収が使われるのはこの悪法が悪い!この法が無ければ孤児院の世話になる子供は圧倒的に少ない筈だ〜!」
振り返ったセツナはただ、無感情な視線で煽るフィクサーを見つめていた。
「ま、冗談はさておき。セツナさん。一つ、質問です。」
「貴女は一国を相手に戦争した事はありますか?」
フィクサーの笑みはその真意を隠す。ただ、不気味な笑いを浮かべていた。
───おとぎの国の女王様は、城下町を見下ろす。
能天気に笑う街の住人達、踊るピエロ、空に浮かぶ無数の風船。
その世界を手中に収める女王様の表情はどこか憂鬱だった。
おとぎの国は、ヒトを飲み込む。
世間を揺るがす大事件の舞台は、夢と希望のおとぎの国だった。




