15、小悪魔達のネズミ捕り
「じゃあお昼終わりの一発目、いっちょズドンと決めてきなさい!」
ヴィオラさんの合図で赤い魔女がボク達の前に出る。赤い魔女の名はルーフスさん。鉄甲の立襟と額当てから覗くジト目がボクを見やり、通りすがりに肩を叩いてきた。
「ラフィ、見てて。かっこよく決めるから。」
赤いローブに纏ったマントがクルリと体に巻きつき、その見た目はまるで弾丸のように変化する。
「見てなさい、ルーフスは旅団の斬り込み隊長よ!ヘビーカーボンでどんな怪物もドカン、だから。」
そして一瞬の溜め動作の後、ビル全体を揺らすような衝撃が!舞い上がった土煙を残し、赤い弾丸が空を切り裂いたのだ。弾道には一瞬遅れてスプレーの粒子がキラキラと瞬き、宙に大きな絵を描く。その直ぐ後に再びキラキラ光るスプレーの粒子が空を薙ぎ、一枚の巨大なタマちゃんのイラストを宙に投影した。観光客達の歓声の中ボク達の前に着地したルーフスさんはドヤ顔でタマさんを見やった。
「ラフィの面倒を見るのなら、これくらいできて当然。」
んふー、って鼻を鳴らすルーフスさんと鼻で笑うタマさんの視線が交差する。
「見てなさい。」
タマさんは全身のあちこちに収納していたスプレー缶をジャグリングの要領で宙に浮かし、パパッとブレードランナーを起動して飛び出してしまう。観光客達の気をひくためにまずは一発、蹴り飛ばしたスプレー缶が粒子を撒きながら向かいビルの壁面に衝突。淡く光る粒子が空に一本の線を描き、観光客達の視線を奪う。
もしかして休憩中にスプレー缶を改造した?脳波で遠隔操作出来る簡単な機構を追加したのかも。確か簡単キットみたいなのが通販でも売ってた。
次々蹴り出されたスプレー缶が向かいのビルへ線を描きながら飛んでいき、跳ね返ってきた分をボク達のいるビルの壁面に蹴り返す。
タマさん自身もスーパーボールのようにビルの間を跳ね回り、ジグザクに青い軌跡が徐々に描かれる一枚のイラストの中を走り回った。蹴って、跳ね返って、摘んで頭上で半回転。
その場でタマさん自身が縦に一回転して両足で蹴った缶と跳ね返った缶がぶつかり合い、バァッとスプレーの中身がぶち撒けられた。そして落ちる前に通りすがったタマさんに回収される。
その動きは繊細で大胆、見る物を惹きつけるサーカスのよう。
「タマさん、凄い!曲芸です!」
湧き上がる歓声の中にボクの声も混じり、目を見開いたルーフスさんも魅入っていた。
カラになった缶をパーカーのフードに仕舞い込んだタマさんがそのまま屋上に戻ってくる。そしてルーフスさんの肩を軽く叩いた。
「これくらい出来なきゃやってけないわよ。」
悔しそうに肩を震わせるルーフスさんをヴィオラさんが慰める中、ボクはタマさんに連れられて颯爽と屋上を後にしていた。旅団の皆とは後で再度合流して大きな絵を描くって話だけど、それまでは持ち場を描いて回らないと。タマさんの手持ちのスプレー缶がカラになってしまった分、補充のために少しの間離れる事になった。
ボクを適当なビルの屋上に残して飛び出していくタマさん。その背中を目で追うボクは、後ろから近づく一人の少女に気付けなかった。
「ラフィくん。」
「あ、はい?」
振り返れば同じ高さで目線が合う。健康的な褐色肌に、ツインテールに分けられた綺麗な金髪。布一枚纏ってはいるものの、小さいビキニ姿で殆ど裸な格好をしてて。
ドキリとしたボクが何か言う前に、すっとお顔が急接近。きゃっ?!と驚いて目を瞑り、しっとりした柔らかな感触を感じて更にドキドキが加速する。なのに急に力が抜けて、へにゃっとなったボクは意識を朦朧としたまま何処かへ連れてかれてしまった。
次に目が覚めた時には何処かのビルの、多分家具販売コーナーにいた。展示品のベットの上に寝転がされていて、周りを3人の女の子が囲っていた。その内の一人はさっき会った子で。さっきの事を思い出したボクはぶぁっと顔が熱くなって目を逸らしてしまう。
「ふっふーん。噂の美少年ゲット〜♪シャンタル、セシル、褒めなさい!」
褐色の子が得意げな顔をすれば脇の二人がやんやと煽てる。
「さっすが将来のサキュバスクイーン!やっぱクロエ嬢は運だけは一流だね!」
笑顔で拍手をするシャンタルさんは、長いピンクの髪に小さなシルクハットを斜めに乗せていて。お洒落で派手な格好をしている。
「ええと、凄いと思います。その、それだけ。」
セシルと呼ばれた子は紫の短髪に合ったキャップを被り暗い色合いの服を着ていた。どこか気弱そうな雰囲気をしていて、口数少なく簡潔に誉めていた。
「ここは何処ですか?」
「えーと。何処だっけ?」
「お祭り中はこういう大きなビルは閉鎖されるんだけど、なんか警備システム落ちてたから入っちゃった!」
首を傾げるクロエさんの言葉を遮り、シャンタルさんが笑顔で説明してくれる。
「ボクを攫ってどうするのですか?」
「それはもちろん‥‥」
「サキュバス3人に囲まれてそんな事言うなんて可愛い〜♪大丈夫!力を抜いてればいいから!」
やっぱり言葉を遮られたクロエさんがふにゃっと涙目になるも、無視したシャンタルさんがぐいぐいと迫ってくる。
「私も、いいよね?したい、したい‥‥」
じっとりとした気配のセシルさんまで身を乗り出し、後ろで動けないクロエさんが口を半開きに涙目でふるふる震えてしまう。
「すいません!こういうのは好きなヒトとする事ですから!」
暴れるボクを押さえる力は思いの外強く、あっさり組み伏せられて両ほっぺに吸いつかれてしまう。きゃ、きゃー?!どうすれば?!
強化外装を戦闘モードに?でも、そんな出力で急に暴れたら大怪我させちゃうし!
目を瞑っていると不意に二人に抱きつかれ、身動き取れないままに抱き枕にされてしまう。二人とも脱力してて、不思議そうに後ろから見るクロエさんと目が合った。
「ふわぁ、これすっごい。え〜?マジ癒されるんだけど!」
「これが男の子の温もり‥‥寝ちゃいそう。」
ギフテッドの力で癒されちゃったのかな?助かった。でも、これからどうしよう?タマさん心配しているだろうし、何とか連絡を取らないと。試しに脳波でスマイルを操作してみても何故か圏外ってなってる。強力なジャミングがビルを覆っているらしい。
「すいません、ジャミング装置を起動しているのですか?」
「じゃみんぐそうち?」
クロエさんはきょとんとした顔で首を傾げる。誤魔化している感じじゃなさそう。二人はボクを抱いたまま、ほけーって寛いじゃってるし。うう、動けないよう。
「というより、そろそろ私に献上しなさい!」
我慢できないって顔でクロエさんが飛びついてきて、ベットがギシギシと揺れた。女の子3人にくっ付かれて真っ赤になってジタバタ。そうこうしている内にふと一つの足音が下の階から近づいて来ている事に気付いた。タマさんかも!
「た、助けて下さい!」
しかし返事は無く、足音はそのままこちらに向かってくる。何だろう?嫌な感じがする。
「すいません、気付いてますか?」
小声になったボクにお口を半開きにしたまま首を傾げるクロエさん。そんなクロエさんに代わって異変に気付いたシャンタルさんが、この階へ続くエスカレーターの方を睨んだ。
「他に誰かいる。‥‥一旦場所を移そう。」
雰囲気の変わったシャンタルさんとセシルさんが身を起こす。シャンタルさんがボクを、セシルさんが分かってない顔のクロエさんを抱き上げてその場を飛び退いた。
一瞬遅れて確かにボク達のいた場所を赤いレーザーポインタが横切った。
「アレで撒くよ。」
シャンタルさんが空いた片手の指先をクイっと動かせば、数発の発砲音が響く。次々と家具が撃ち抜かれ破壊されていく中、ボクは抱えられながらも上階へと逃げていった。
そのままスタッフルームの一室に転がり込んだボク達はわたわたしながら状況を確認する。
「ちょっと?!銃を持ってる奴がいるなんて聞いてないわよ?!都市内で発砲だなんて何を考えているの?!」
「まぁ、ビルの警備システムがダウンしている時点でちょっと怪しいかなーって思ってたけど。」
「通信も圏外で届きません‥‥飛んで逃げますか?」
「あの、それはやめた方がいいと思います。銃を持っているんですし、狙撃されるかも。」
「じゃあ倒すしかないってことね。シャンタル、セシル、やっておしまい!」
そう言うクロエさんにお二人はやれやれって感じに首を振る。
「敵の戦力も分からないのに突っ込めるわけないって。煙に巻いて時間稼いでればその内誰か助けに来るかも?」
でも圏外だし、ジャミング装置を用意したりしているなら結構計画的な犯行かもしれない。なら助けを待っていても間に合わないと思う。直ぐにはバレないような場所って事だからね。
「すいません、戦いましょう。皆の出来る事を話し合って直ぐに作戦を立てた方がいいと思います。」
一瞬黙った皆と視線を交わし、すぐさま作戦会議となった。セシルさんが言うにはまだ敵は下の階を探し回っているらしい。あまり高度なレーダーは持っていないのかな?
「レーザーポインタなんて古臭い銃を使っている辺り装備はそんなでもないかもね。」
シャンタルさんが言うには恐らくさっきの銃撃は拳銃系統のものだとか。だけど流石にライフル系の武器を携帯している可能性が高いだろうって。そして初撃で仕留め損ねたボク達を警戒して、本命の武器に持ち替えて構えているかもしれない。半端な待ち伏せをしようものなら手痛い返り討ちに合うって事。
前にタマさんが銃撃を見せてくれた事があるけど、一度タマさんが引き金を引けば瞬く間に大きな岩が粉々になってた。うう、銃口がこっちを向く事を考えると怖い。
「クロエさん達は銃を持ってないんですか?」
「サキュバスが武装して都市に入れると思う?」
なんで分からないの?って感じに聞かれてあれ?って首を傾げちゃう。あっ!そうだった。サキュバスは特別指定亜人!生体特性や文化思想がニホンコクと相容れない亜人種の都市への出入りは厳しく管理されていた。
授業で習ったけど昔サキュバスのせいで出生率がすんごい下がって大事になったらしい。将来的にニホンコクの総人口に致命打を与える可能性がある種族として都市圏への出入りが大きく制限されていた。
「流石に銃相手にマギアーツだけで戦うのは大変よ。」
「一発勝負で決めましょう。行動する前に一気に倒すのです。」
互いに手の内を話し合い作戦を纏める。そして直ぐ後に迫る襲撃に備えて各自行動を開始した。
────用事を済ませた一人の男が物音に気付いたのは偶然だった。とある企業の手引きの通り、警備システムのダウンした大型ショッピングモール。祭りの最中は内部のイタズラ描き防止の為閉鎖される。翌日に観光客の気を引く大々的なセールで街を沸かせる予定だそうだが、今年はそうならないだろう。内部にまんまと忍び込んだ男は用事を済ませ、丁度一服しようとした所だった。
上階から物音が聞こえる。直ぐに様子を見に行ったものの、そこにいた何者かを取り逃してしまう。引き摺るように動き出した家具に襲い掛かられ、対処に手間取ってしまったせいだ。未知のマギアーツに警戒を高めた男は背中の獲物を取り出す。
自動照準機能の付いたアサルトライフル。最初の一撃にそれを使わなかったのは弾薬費を惜しんでの判断だった。場数を踏めば踏む程より安価で手軽な拳銃に頼ってしまう悪癖が染み付いてしまっていた。少なくとも拳銃一丁で多くの修羅場を乗り越えてきた実績があったのだ。
銃口を突き出すように構えながら、非常階段の踊り場を通り過ぎた。確か上の階は服飾系のコーナーだったか。見通しが悪そうだな、と男は舌打ちを一つ。そしてレーダーで壁越しに確認しつつ非常階段のドアから覗き込み、待ち伏せを警戒しつつも転がり込むように一気に突入した。
暗い店内はあちこちにセールの看板が立ち並び、天井からは帯が何本も垂れ下がっている。祭り明けの開店セールの準備が既に済んでいた店内はいつも以上にごちゃごちゃとした雰囲気だった。
そんな中、ふいに男は発砲する。
穴の空いた幾つかのマネキンが転がり、訝しむように覗き込む。おかしい。ロボじゃねぇよな?今確かに動いたような気がする。警戒を一層高める男の首筋に、壊れたマネキンの着ていた服の一部が音も無く伸びていた。そして周囲に陳列された無数の服がざわつき、気管を潰すように締め上げられて目を見開く男に一斉に纏わりついてきたのだった。
バリア装甲のお陰で窒息はしないが、何だろう?凄い嫌な気配を男は感じ取っていた。早く引き剥がさなければと男は暴れた。
狂ったように銃火が火を吹き、しかしその銃口は定まらず。気配も無く足元を通り過ぎた何かが腱を切り裂き膝をつく。
バリア装甲が機能しない?!ごく短時間の間に装甲のエネルギー残量が危険水域に達していた。男の混乱はピークを迎えた。
「うぉぉぉおおお!!!」
男の咆哮は次第に弱っていく。それは纏わりついて動きを封じる布切れに精力を奪われているようで。しかしそれだけでは決め手にならない。脳内のアドレナリンが荒れ狂う男は、まさに火事場の馬鹿力とでも言うべきトランス状態に覚醒していた。だからこそ、天井に垂らされた帯がただの装飾でない事に気付いた。それはまるで引き伸ばされた巻物のように真っ白で、突き出された黒い点々が何個もこちらを向いていて。
それが無数の銃口である事に気付き、纏わりつく布切れと腱の切れた足が回避を不可能にしている事、そして直後に齎されるであろう惨状に気付いた男は発狂気味に最後の咆哮を上げた。
床が激しく粉砕し、血の混じった布切れが辺り一面に飛び散る光景を、首先だけになった状態で眺めた後意識が途絶えた。
呆気なく散った男は開拓者崩れ。低ランクで独立しようとして見事失敗、依頼が来ずにジリ貧な毎日を送っていた。人生の転機となった裏社会からの怪しい依頼が彼を人生の暗がりに引き込んだ。犯罪を記録されないよう羅針盤を手放し、組合へ届けを出さずに失踪。次に発見された時は少年に倒され、首だけになった状態だった。
独立した開拓者には夢がある。が、こうして消えていく者も少なくなかった。




