14、有名人って大変!と慌てる少年にミーハーな蛇が目を付ける
ビルの壁面を進みながら、持ち場の半分程を埋めた頃。そろそろ一旦休憩してお昼にしようかなって、タマさんと一緒に屋台立ち並ぶ大通りを見て回る事にした。
「ラフィは何が食べたい?」
どうしよっかな?フランクフルト、たこ焼き、焼きそば‥‥の食事体験を濃縮した彩色祭限定合成フードなんてモノから目を背け、悪魔合体前のそのままの素材が並べられた屋台を見回る。
「焼きクラゲはどう?タレが美味いのよね。」
串に刺さった薄く虹色に光るクラゲが炭火で焼かれていて。昔ながらの料理の他、転移後に新発見された食材を使った“新ニホン食”なるグルメも屋台に並んでいた。
数世紀前基準で串一本辺りの肉密度が10倍になったらしい凝縮串焼き、品種改良で角
まで全身霜降り牛肉を使用。
改良の果てに肉以外の全てを捨てたお魚1匹が乗ったお寿司。最初から血すらないその身を僅かに呼吸で揺らしている。踊り食いかぁ。新鮮なんだね。
勝手に割り箸に纏わりついて食べやすい自動食焼きそば。無害な食用ナノマシンが調味料と一緒に練り込まれてる。
ふと目の前に差し出された焼きクラゲに何の気なしに齧り付いてしまう。コリコリ食感と甘いタレが美味しい。タマさんはその串をポン、と口の中に放り込んだ。勿論串まで全部食べられる。ゴミがなくていいよね。
なんだか気恥ずかしくなったボクが目を逸らせば、タマさんはニヤニヤしながら尻尾で背中を叩いてきた。
「あっ!キミはもしかして今話題の?!」
わっ!急に駆け寄って来た一人のお姉さんに手を握られてしまう。お姉さんはカラフルでお洒落でラフな格好で。ちょっと警戒顔のタマさんを意に介さず名前を聞いてきた。
「ラフィです!あの、話題ってなんの話ですか?」
「ラフィくんって言うんだぁ。開拓者なの?ランクは?何処に所属してるの?」
「まだ開拓者見習いです!タマさんについて行っています。」
「そうよ。個人でやってるから。」
「自撮りいいですか?ほら、ラフィくん、お姉さんに寄って!」
きゃあっ?!急にお姉さんがボクの肩を抱くと、自撮り画面が宙に投影されてボク達を映す。遠慮のないお姉さんがぴとっとほっぺをくっ付けてきて、ウインクを飛ばせば自動でシャッター音が鳴った。赤面した顔を撮られて恥ずかしいボクがワタワタしていると、おもむろに抱きしめられてもっとジタバタ。
「急に何ですか?!近いですって!」
「だってなんだか気持ちいいんだもん!え〜?何この癒し系可愛い子ちゃん!」
暴走気味のお姉さんの胸中で慌てるボクは、ため息混じりなタマさんの尻尾に巻かれて引き離されてしまった。
「いきなり抱きついたら驚かせちゃうでしょ。あと、アタシの相棒だから振り回さないで。」
しかし気付けば観光客のヒト達が、ゾロゾロと集まって来て注目されてしまう。手をワキワキさせながら迫るお姉さん達に思わず後退り。そんな中、さっとボク達を庇うようにカラフルな集団が現れた。三角のとんがり帽子に、大きなローブ、そして一様に手に箒を携えた集団。
「悪いけど、ラフィくんはこの後私達との先約があるのよね〜。ほらほら、悪い魔女に悪戯されない内に散った、散った。」
紫のローブを着込んだお姉さんが手をひらひらさせれば、袖から漏れた花びらが踊るように宙を舞う。そして突然カエルに変化すると周囲に飛びかかった!
「お姉さん達に任せて。」
きゃー?!って悲鳴を上げて逃げるヒト達を尻目にお姉さんがボクを抱き上げ、一緒に箒に乗せられてしまう。そしてフワリと浮くと、近くのビルの屋上にあるカフェまでひとっ飛び!
「ぴゃーっ?!」
さっきから何なの?!
屋上のオープンカフェは静かでお洒落な雰囲気の場所だった。茶色のレンガ敷の床に並ぶテーブルは白い装飾が施されていて。どこかレトロな雰囲気の空間に、甘い匂いを漂わせるおっきなケーキが鎮座していた。
食べるよう勧められてソワソワしながらケーキを突くボクは、魔女のお姉さん達に囲まれて質問攻めを受けてしまう。でも孤児院の子供だったって事以外あんまり答えられる事なんかないよ。
「てか、アンタら何なのよ。」
いつの間に追いついていたタマさんが隣に立ち、尻尾がくるりとボクを巻く。
「ああ、ゴメンね。私達はウィッチ・ワークス旅団。平均ランク30のちょっとは名が売れた旅団なの。知らない?」
ボクとタマさんは顔を見合わせる。知らない風なボク達の反応に、あら〜?って感じに紫のお姉さんが首を傾げた。
「取り敢えず、私はヴィオラ。よろしく!」
ヴィオラさんは紫の三角帽子を指先で弾いて笑った。というより何の用ですか?
「ああ、忘れてた。癒しショタを味見‥‥ゴホン、ちょっとからかうだけ。じゃなくて、団長さんが貴方に会いたいって言うから。」
ヴィオラさんが団長を呼びに行く合間、警戒気味のタマさんを押し退けてぐいぐいと魔女達に迫られてしまう。
「ラフィ、可愛い。スキ。結婚しよ。」
ボクと同い年くらいかな?赤い帽子のジト目の子が急に変な言葉をぶつけてくる。ぱぁっと顔が熱くなったボクの前。そんな赤い子を黄色のお姉さんがボクの視界から押し退ける。
「この子はいつもこんなんだから忘れていいわよ。ハッ!スキと結婚の二つだけで恋愛ごっこなんて笑わせるわ!」
赤い影が黄色い影にドロップキックを放ち、二人が視界から消えるや否や今度は緑色のお姉さんが大きく開いた胸元を寄せ上げてボクを見下ろす。
「急に連れてきちゃって御免なさいね。ふふふっ、ギフテッド持ちの子なんて見たのはこれで二人目よ。」
綺麗なお姉さんに思わず見惚れていると、タマさんの腕がボクを抱きすくめてきた。ぐいっと引っ張られ、緑のお姉さんから引き離されてしまう。
「タマさん?」
「何でもないわよ。」
あの、尻尾でゴシゴシするのくすぐったいですって!
「あらあら。仲が良いのね。」
緑色のお姉さんはクスクスと笑う。そして振り返った先にいた一人の魔女に会釈をした。ボクより少し大きく、妖艶で大人びた雰囲気のお姉さん。大きな帽子のつばの下から蛇のような眼が覗いている。黒い魔女衣装に対し、真っ白な肌は陶磁器のよう。
「綺麗‥‥」
思わず声が漏れてしまった。すると愉快そうに黒い魔女は目を細める。
「あら、随分素直な子ネ。でも、貴方もとっても可愛いわヨ。食べちゃいたィ。」
黒い魔女がボク達の前まで来ると、他の魔女達はすっと後ろに控えた。さっきまでの賑やかな雰囲気と打って変わって真面目な静寂に思わず息を呑む。
「ワタシはウィッチ・ワークス旅団団長をやっている蛇の魔女、セルペンス。この子達が騒がしくてごめんなさいネ。」
羅針盤を片手に調べるタマさんは小声で。
「あいつ、ランク50よ。ダイナマイト・バギーと同レベルね。」
ひゃいっ?!そそそ、そんな凄い方なのですか?!
「当ててあげようか?アンタ、亜人でしょ。それも相当希少なやつ。白磁の肌の忌み子、メデューサ。あってる?」
メデューサ。それはまず人里で見かけることの無い、未踏地の奥地の秘境に隠れ住むと言われる亜人。その視線は石化の呪いを齎すとか言われてるけど。本当なのかな?
「そんなに構えなくていいワ。でモ、ワタシ達の使う“呪い”はマギアーツでも再現出来ないって話ネ。」
「そりゃメデューサの協力無しじゃ再現出来ないわよ。ブラックボックスアーツにしておかないと優位性を損なうからかしら?」
「アナタ達が使うには危険な力なのヨ。」
そうなんだ。
「ええと、結局ボク達に何の用でしょうか?」
「ハムハムで随分話題になってたじゃなィ。有名人には一目会っておきたいノ。あ、相互フォローよろしク。」
「えっ?」
ポカンとしている内にパパッとハムハムの相互フォローを済まされ、困惑した顔でタマさんを見上げる。タマさんも胡散臭い物を見る目でセルペンスさんを睨んでいた。意外とミーハーなのかな?不思議な雰囲気のヒトだ。
「用って、それだけですか?」
「そうネ。丁度いいワ、ワタシの子達と午後は一緒にお絵描きをしていきなさィ。それと‥‥」
急にローブの下から伸びた白い蛇がボクを引き寄せ、驚いている間に肩を抱かれて自撮りのポーズ。連続するシャッター音に困惑する間に、腕を引かれてケーキが置いてある席に座らされてしまう。
「ラフィとツーショット。これメチャ映えるわネ。」
一緒にケーキをフォークで突く様を魔女達に撮られまくり、どうしていいか分からないでいた。って、ボクのハムアカに魔女達からも相互フォローの承認が飛んでくる!そんなボクと違ってスマイルの通知が静かなタマさんはすん、とした顔で一歩後ろから見てきていた。
ケーキが片付いた頃、ふと気になってタマさんに聞いてみる。
「そういえば旅団って結局何なのですか?」
「ん?ああ、まだ勉強してなかったっけ。未踏地を旅するにあたって人数が多い方がなにかと安定するから、開拓者同士で組んだりすんのよ。旅団ってのは固定で組んだ開拓者達の呼び名ね。大体5人以上からそう呼ばれるわ。」
旅団として組合に登録申請を出しておけば羅針盤の情報を元に報酬の自動分配等、様々な面でのサポートをしてくれる。ウィッチワークス旅団のようにフリーランスとしてやってる旅団もあるけど、企業の傭兵旅団に登録して安定した月収を得る方向で進路を決める開拓者が多いんだとか。
ビッグチャンスは無いしランクの上がり方もすっごい遅いけど。装備貸し出しに、安定した仕事、場数を踏んで経験を積めるし仲間も保険福祉も充実。
むしろ駆け出していきなりフリーランスなんて、創作物の世界のお話って感じだった。殆どの開拓者はここで貯金して装備を整えてから独り立ちするか、企業から独立した旅団へ入団申請を送って回る。
ただ羅針盤を持たない傭兵で構成された集団も、同じく傭兵旅団と呼ばれる事が多くて混同されがちでややこしい。
「そうなんだ。旅団かぁ。いつかボクも組むのかな?」
「それならワタシ達と組まなィ?アナタ達なら歓迎するワ。」
どうしますか?
「別にいいわ。まだラフィは開拓者じゃないし、旅団無しのフリーランスでやってきたからね。でも、必要があったら一時的に手を組むのはいいわよ。」
そう言うとタマさんは羅針盤を翳して開拓者アプリを起動、セルペンスさんに通信する。あら、と驚いた風にセルペンスさんは目を見開いた。
「プライベートルームを持ってるなんテ。どういう伝手かしラ?応接間に招待してくれるノ?」
「伝手はまぁ、一山当てた結果とだけ。こっちとしても高ランクの開拓者との伝手はあって損しないし、応接間なら好きに来ていいわよ。仕事の話はそこでしましょう。」
応接間ですか?そんな場所あったっけ。
「離れてても、羅針盤に送った招待フォームを通してアクセスできんのよ。応接間はアタシ達のプライベートルームに繋がってるけど、許可がなきゃ入れないわ。ま、普通は企業の役員会議とかに使う機能ね。」
これがあれば遠くにいるヒトに直接会えるんだ。
「あっ!だったらエステルさんも招待すれば!」
「はいはい、それはまた今度。そうね、開拓者になれたらラフィが自分で招待しなさい。羅針盤を持ってない相手もちゃんと招待する方法があるから。」
そうだよね。うん、頑張る!よしっ!とヤル気がメラメラ燃えてきた所をタマさんの尻尾に小突かれる。
「その前にこの仕事をちゃんと終わらせないとね。午後も街中の落書きを頑張るわよ。」
「はいっ!」
スプレー缶の残量をチェックするボクに、魔女達もスプレー缶を持ち寄ってくる。
「午後は一緒だから、ちゃんと打ち合わせしましょ。」
そしてタマさんを交えてフォーメンションについて相談し合ったのだった。




