122、巨大な怪物は0と1の世界からやって来た
戦争が始まった。車を走らせボロボロの市街地に逃げようとする。幾らシブサワでも大勢の民衆に紛れるトオルを攻撃なんてしないだろう、と期待して。
『爆速コロッケナポレオン』
宣戦布告された皆まだ無事かぁ?!企業の横暴を許すな!民間人虐殺だぞ!!
投稿したひまわりの種に足跡が付かない。数通送って気付く。都市のすぐ近郊にも関わらずスマイルが圏外となっている事に。
(ジャミングか?!おいおいおい!!)
そしてずっと感じていた違和感。都市に向かっていると言うのに誰一人姿が見えない。まるで周囲を封鎖され、ヒトが遠ざけられいるような。
「ーッ?!」
2台の装甲車が道路を塞いでいた。引き返そうにも後ろからも塞ぐよう、3台の装甲車が姿を現す。無我夢中で車を乗り捨て、路地裏へ駆け出した。転んで砂埃を浴び、指が変な方向に曲がっても痛みに気付かない。
ありえない!そんな訳がない!これは間違っている!
ラフィは所詮ランク1の開拓者、孤児院上がりのロクな親も居ない普通の子供。確かに妙な装備を持っているが正式にスポンサーについた企業なんか居なかったはず。そもそもランク1の開拓者にスポンサーが付くなど前代未聞。アイドル系開拓者でさえランク5前後になるまで下積みするものだ。
どこで間違った?如何にも気弱そうな少年を傷つけ怒らせ、ガソリンぶち撒けてパトロンからいつも通りお小遣いをせしめる。ファンからは称賛され、アンチ共がぎゃあぎゃあ騒ぐのを横目に集まったおひねりコメントにニヤニヤする。
早ければ今日中にはもう仕上がって崩壊した田舎都市からオサラバ出来た筈なのに。
なんで泥まみれになって、何処へ逃げている?逃げる場所なんてどこにもないのに、何で足が未だに動く?
偶々見つけた地下階段を転がり落ち、古臭い木のドアを蹴破って突入した。そこは古臭いバーだった。ボロいスツールの客席に割れた酒瓶が転がるワイン棚。そして床に染み付いた血の跡。
「ようこそ。闘争を始めようか。」
黒々しいスーツ姿の赤髪の女性が、カウンターの上に腰を下ろして待ち構えていた。
背後から迫った黒スーツが力づくでトオルを用意された椅子に座らせ、頑丈な縄でぐるぐる巻きに縛り上げた。
「ヒィーッ!!ヤメテー!!やだやだやだやだ!!ふーっ!!ウガッ!!」
パイプ椅子に見えて強化外装の出力を以てしても壊れない。既に失禁したトオルを囲む黒スーツ達。その手には忌まわしき“器具”の数々。
「闘争の時間だ。私達は攻め、キミは耐える。根比べと行こうじゃないか。なに、優秀なアコライトがいる。心配するな。」
企業戦争法に於いて、偶発的に起きる殺人行為が免責される。そう、偶発的でなければならない。武力衝突の末の殺傷行為は兎も角、堂々と処刑する権利は無い。つまりこの状況でトオルを殺害するのは違法。だから痛めつけて降伏を勝ち取る必要があった。
勿論降伏させる為なら普通に説得しても良いし、暴力が介在しなければならない決まりはない。逆に暴力があったとしても戦争である以上は仕方のない事と許された。武力衝突があれば数多の銃弾が飛び交い、暴力が猛威を振るう。その一つ一つに厳密な決まりなど無く、戦争中の戦闘行為自体は全面的に免責される傾向が強かった。
「先に言っておこう。これは完全に合法的な闘争である。キチンと全部録画するし、最終的に第三者企業戦争管理委員会に提出する。キミが銃を持たない以上、別の形で戦わなければならない。」
キュエリは長い舌を覗かせる。ギザギザした歯が隙間から覗いた。
「さぁ、始めようか。」
降伏すれば拷問は終わる。が、恐怖を前にパニックを起こしたトオルにそんな発想は無い。降伏しますと宣言するだけで、多額の戦後賠償と引き換えにこの場を逃れられるなんて思いもしない。そしてトオルが客で無い以上、この事を説明する義務も無い。企業戦争を仕掛ける以上知っていて当然だからだ。
今回宣戦布告したのはシブサワグループ。しかしその発端はシブサワがスポンサーになると決めた開拓者に泥を投げつけ嘲笑い、名誉を辱めて利益を得ようと画策したから。明らかな利敵行為であり、むしろ仕掛けられたのはシブサワグループ側だった。
ラフィのスポンサーがシブサワだなんて知らなかった。知らなかったから過去の誹謗中傷は水に流して。全部投稿を削除して全方位に謝罪します。
戦争になる前にトオルがもしそう動いていれば、相応額の賠償と引き換えにこの事態は避けられた。ただ、シブサワ・モモコはお怒りだった。テツゾウも怒り心頭だった。お金で済ませてやる気はハナから無かった。
だから宣戦布告の直前にスポンサーの発表を。そして即座に宣戦布告に踏み切った。謝っても許さん。血生臭い社内闘争をのし上がってきたテツゾウ流の報復に論理的な正義は無い。が、社会悪を成敗する大義はある。
爆速コロッケナポレオン、ことトオルの猿叫は暗いバーに何時間も響いたのだった。
シブサワテツゾウのプライベートルームにラフィは呼ばれていた。並べられた豪華な料理を前にタマとブランも目を輝かせる。公式なパーティーは今回亡くなった人々の慰霊を終えた後になるものの、その前に身内で歓談会を催した。
ラフィのスポンサーになるにあたって重役達に顔見せを。モモコは心配していなかったが、案の定ラフィはお辞儀をして回って直ぐに気に入られていった。
「ラフィくん、お初にお目にかかる。シブサワ・テツゾウだ。今まで息子が世話になった。」
差し出された大きな手をラフィの小さな手がきゅっと握る。
「初めまして!ボクもモモコさんに沢山お世話になってしまいました。今回シブサワPMCを動かして頂いて。そのお陰でタマシティは守られたんです!」
「ラフィの活躍あってこそだ。シブサワPMCだけでは力不足だったろう。」
テツゾウの言葉に後ろに控えていたウメが補足する。
「はい、ラフィさんの力無しでは正直玉砕もあり得ました。むしろこれだけの大戦果となったのは驚きです。」
大きく頷くテツゾウは笑顔を向け、ラフィもはにかみながらも笑みを返した。
「ほら、料理が冷めちゃうよ。複写ゲル無し、全部原材料から作ったオリジナル品さ。今日の為に遠方から良いものを仕入れたんだから、沢山お食べ。」
ドレス姿のモモコがラフィの腕を引く。
「テツゾウさん、すいません。ご飯食べてきます!」
「ははは、気にするな。今日は無礼講に楽しんでいってくれ。」
場を華やかす静かで上品なBGMが流れる整えられたパーティー会場。
血の匂いの充満した薄暗い、肉片の散らばった地下のバー。
「ラフィ、これなんかどうだい?今朝獲れた天然物のオオクルマエビのフライだよ。」
モモコがフォークに刺した大ぶりなエビフライを差し出した。ラフィの口内にじゅわりと濃厚なエビの旨みが広がっていく。
「ほら、そろそろお腹が減ったろう?たった今獲れた目玉の丸齧りをご馳走しよう。」
キュリエの差し出したフォークには視神経の垂れた目玉が。そしてトオルの口へ強引に突っ込まれた。じゅわりと広がる鉄の味、不快な食感、反射的にえずく喉。しかし奥まで突っ込まれて飲み込まされてしまう。
「ラフィ、折角だし一曲歌ってくれるかい?僕はラフィの歌が好きなんだ。」
モモコの提案に笑顔で応えたラフィは用意された舞台へ上がる。マイクを起動すれば澄んだ歌声に誰もがうっとりした。
「最後まで歌えなかったらイチモツを引き千切るとしよう。ほら、マイクだ歌いたまえ。」
用意されたマイクに、トオルの腸が少しずつ引き摺り出されて巻かれていく。マイクが起動すれば絶叫が響き渡った。その場の誰もがバリア装甲越しに消音していたお陰でその声は届かなかったが。
3億という金は明確に光と影を生み出した。
タマシティを守りたいが為に全力で戦い、危険を顧みずに多くの人々を助けた英雄。
金欲しさに英雄譚に泥を塗り、銃すら持たぬ弱者の立場を悪用して卑怯に立ち回ろうとした道化。
ラフィが突っ走った後を金が追いかけてくる。
トオルは良心を捨て去り身軽な体で金を追い求める。
金に追われる者、金を追う者。
ラフィが金を置き去りに走る時、誰もが笑顔を向け感謝を伝えていた。
トオルが金を稼ぐ時、誰もが嫌悪を浮かべ怒りの言葉を容赦なく投げつけていた。
金は漠然と追う者に後ろ髪を掴ませず、されど社会に価値を示した者の後を追う。短絡的な悪事で稼いだ金は吹けば飛び、研鑽によって積まれた金は重く鎮座する。
金は幸福を呼び、またヒトをドン底へ失墜させた。ヒトの喜怒哀楽は金に操作され、社会全体も人類の未来さえも金が支配する。
金とは。
0と1の電子の世界に溶け込んだ、姿の無い怪物が3億円という巨体でラフィにのしかかった。




