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121、ガソリンに投げ込まれたライターは火が付かず

爆速コロッケナポレオン───それがトオルの半生を捧げたアカウント名だった。今年で35歳。養育費の面倒をパトロンに見てもらう人生にファック、親なしの子供時代は墨汁漬けにして記憶のゴミ箱に。


金、金、カネ。それが彼の人生の全てと言っても過言では無かった。子を残して命を絶った両親に、孤児院という名の子供の投棄場へ押し込まれ清貧極まったガキだった頃。スマイルすらも持てず、サイバーパンクな時代にかけっこと虫取りと喧嘩に明け暮れた。


トオルが歪んでいるのか、金を求めるのはヒトの当然の本能だからか。TUBEで目立てばお金が投げられた。生産区で軽作業するよりも遥かに金になった。TUBEに没頭し、ハムハムで有名人に噛み付いて注目を集め、時には開示請求を受けて金を絞られ‥


金、金、カネ。


金を稼ぐ瞬間、彼に向けられていたのはヒトの歪んだ顔。


トオルに怒りを向け悲しみを表明し嫌悪を浮かべる。怒声と涙警察への通報、投げかけられる警察からの取調べという名の人格否定タイム。そこに両親の涙が無かったのはトオルにとって僥倖か、それとも人生最大の不幸か。


開拓者という数百万円単位で金を動かすいけすかない奴らがいる。一晩で3億稼いだガキがいる。


トオルの次の標的は‥



『爆速コロッケナポレオン』

DM来たんだけどなんか沢山ヒトが死んだタマシティのアレ、どさくさに紛れて3億も掻っ攫ったクソガキがいるって話

これ鉄槌案件だよね?俺、タマシティに緊急出動します

ランク1風情のガキンチョは銃握る前に学校で同級生のち◯こ握ってやがれ!!!



これが数日前の書き込み。既にトオルはタマシティ近郊の小さな治外街に到着していた。怪物の襲撃でボロボロになりながらも、余波を受けた程度で済んだ街だった。アンチの襲撃や報復を躱す為、キャンピングカーで生活するトオルのフットワークは軽い。

ボロい民宿の一室で、絶賛プランを考え中。最近アレしろコレしろと口煩いパトロンからのDMはシカト、どうラフィから失言を取って炎上させるか脳をフル回転させていた。


既にラフィのハムハムアカウントに怒涛の罵詈雑言DM連撃を食らわせようとするも鍵垢。ロクな投稿も無し。


(確か最近までは鍵は掛かって無かったはず。周囲の入れ知恵か?レスバに持ち込めれば初手炎上もあったが‥案外隙がないな。)


SNSで煽って失言を取り、仲間内でボコボコに叩いて失言投稿を伸ばす。パッと見炎上していれば、お祭り好きな愚鈍な大衆が考え無しに〜です、〜ます口調で難癖・罵詈雑言の嵐を食らわせて一丁上がり。


これが無理なら過去発言を漁って難癖攻撃に移るが‥そもそも過去の投稿分も数枚の普通の写真と、開拓者試験頑張るぞ!ぐらいの噛みつきようがない無味無臭な内容。明らかに見る専のアカウントであり、SNS活動自体殆ど興味がないタイプだった。


なら突撃取材をして怒らせた所を晒して炎上を狙うか。とタマシティをうろうろ探し回るものの結局1日情報を集めまわって完全に空振り。何処かのホテルの一室に缶詰になっている可能性が高かった。それかそもそもタマシティを既に離れたか。



『爆速コロッケナポレオン 』

ラフィのやつもうタマシティに居ないんじゃね?

タマシティで姿見た人いるー?

やっぱ3億稼いで用無しになった廃墟は知らんぷりって?ほんま責任感0のゴミガキだわー



投稿後、僅か1分。



『黒猫』

今日はラフィと一緒に孤児院の片付けに来た

業者に片付けられちゃう前に思い出の品が何かないか探さないとねー



急に顔が熱く、脳が煮え、歯軋りしてしまう。この活動を始めてからトオルの脳は瞬間沸騰しやすくなっていた。



『爆速コロッケナポレオン 』

こういうクズが居るから復興遠のくんだよ!!!

子供が真似して廃墟探検して怪我したら責任取れんのかよクソゴミが!!!



感情任せに噛みつき、慌ててタマ南商業区の孤児院跡地へと向かう為に準備を整える。開拓者と揉める為に用意した強化外装良し、どつかれた際に大怪我を装うための血糊パック良し。脳波操作で鼻と口と腹部からいつでも大量出血出来る。生配信を早速呼びかけ、いつも支えてくれるファン達を集める。


(ラフィ炎上電撃引退決めれば一気に俺が時のヒトだ!タマシティを救った英雄の化けの皮を剥いでやる!)


何をハムハムに投下しようが、クソを詰めたひまわりの種を顔面に叩きつけようが、表現の自由がトオルを護ってくれる。No、言論弾圧!Yes、火付けの自由!


こうなったら彼は暴走機関車。ドパドパ吹き出したアドレナリンが視界を一気に狭めていく。


車に乗り込み、生配信を早速始めた彼の目に飛び込んだファンからのコメントの嵐。


ーヤバい ー終わったか ーこれが最期の配信かぁ ーまだ生きてる? ーいつかこうなると思ってました ーファン辞めます無関係です ーここに接続する事自体ヤバいかも ーひねコメ飛ばした奴冗談じゃ済まないぞこれ ーさよなら ーヤバいヤバいヤバい ー企業戦争生配信とか漢やん



「はぁ?」



思わず口から漏れた間抜けな声。車の中、意表を突かれて暫く無言でコメントを目で追う。


ーハムアカ確認しろよ ーたった今シブサワグループ全体から企業戦争の宣戦布告されたぞ ー企業vs個人の企業戦争って何年ぶりだ? ー1時間後に生きてる可能性ある? ーあのシブサワをキレさせたとか名誉クソ野郎じゃん ーてかラフィがシブサワ傘下企業の新製品使ってたの気付かなかったん? ーあのシリーズ3000万くらいするよな ーシブサワPMC旅団大隊とめっちゃ仲良さそうに配信してた時点で察しろやボケ


恐る恐る見ればスマイルがハムハムのDMの通知を知らせていた。


『シブサワグループ代表シブサワ・テツゾウ』


その名を知らぬ者はそういない。関東圏全体に多大な影響を及ぼす大財閥のトップ。関東に於いてその名は常識の範疇。


内容は簡潔だった。


先程声明を出させて貰ったが、此度はシブサワ全体のイメージキャラクターとしてラフィと提携していく事になった。ラフィというブランドに泥をかける行為をシブサワ全体への宣戦布告と見做す。

故郷を失い傷心した少年に対する外道の振る舞い、覚悟しろ。


ハムハムに投稿された声明では確かにシブサワグループ全体からの宣戦布告がコロッケ並びに複数者に出されていた。

100人近くだろうか。ラフィアンチ動画を乱発して稼ごうとした者、SNSでラフィの自死を目指そうと同士を募った者、トオルが同業者と認識していたアカウントがズラリと並んでいる。

勿論、彼らを応援して一緒に誹謗中傷を行っていた者達も。


トオルは無言で配信を切った。顔面蒼白。呼吸が荒くなっていく。思わず車内で奇声を上げた。金切り声、唸り声、醜いヒトガタの生物の断末魔。いつの間に出来ていた腕の打撲痕を摩りながらもトオルは突っ伏していた。


企業戦争。


著しく企業の営利を損なわれた、又はこれから損なわされる計画を確認した際に行われる、武力衝突を伴う防衛行動である。


企業の重役の暗殺の為にビルごと爆破、新製品の開発が行われる工場に傭兵をけしかけ大量殺人、都市のど真ん中であってもライバル企業を追い落とす為なら幾らでも銃を振り回した。

そんな昔にあった暗黒期に企業戦争法が制定された。


全面禁止にしても結局コソコソとテロまがいの戦いが都市で行われ、社会が著しく混乱する。そもそも武装企業に武力を使うなと縛り付ける事に無理があった。よって法で定められた範囲でお行儀良く戦いましょうねと決められたのだ。


傭兵と怪物跋扈するこの時代に企業の武装解除は非現実的。自社の営利は自社の戦力で守れるのが理想。武装解除しようものなら誰が治安を守るのか。少なくとも警察がカバーしきれる程ヌルい世界じゃない。


突発的に現れた傭兵・テロリストの襲撃から従業員を警察が守ってくれる?駆けつける前に破壊活動を終えて去ってしまっているだろう。そして多忙な業務の傍らで捜査する間に未踏地へ逃げられてお手上げ。

自社で戦力を持つ武装企業がそれを許すか。都市からまともに出られない都市警察、人数少なく当てにならない組合警察を企業は頼りたがらない


そんな企業が怒りのままに武力を振り回さないよう、企業戦争法が存在した。


企業を守る為に存在する企業戦争法も、使い方を少し変えれば武器になる。


裏で加熱し出したラフィアンチ活動家達の動きに、いち早く牽制をかけ打って出た。ラフィのイメージを個人の営利目的で著しく傷付けようとする敵対者には容赦の無い制裁を。笑顔で繊細な子供の心を踏み躙る外道に鉄槌を。軽い気持ちでヒトに石を投げつけようとするクズを駆逐する。


傷心の子供を守る為という美談を交えた宣戦布告に賛同する声は大きい。ヒトの心を持たぬ悪鬼羅刹を打ち倒す正義の企業として持ち上げられる。


パトロンと連絡が付かなくなったトオルの泣き言も、ランク1の開拓者がシブサワグループを味方につけた珍事を騒ぐ声の前に吹き消されてしまった。


企業戦争法に於いて企業が武力を振えるか否かを決めるのは‥公益性の天秤だった。そして社会の嫌われ者を排除する事に大衆は公益性を認めて受け入れた。


他人の不幸は蜜の味。企業戦争を吹っ掛けられた誹謗中傷アカウントが発狂する様はあまりに美味。正義と弱者の味方を自負するアカウント達は、今まさに武力を振るわんと動く巨大企業を前に迂闊に声を出せない。ついでに巻き込まれるリスクと、SNSの暴れん坊を擁護して平和主義者を気取るメリットは釣り合わなかった。


万の言葉で正論、倫理、平和を謳おうがこの世は弱肉強食。世界の全てが愛と平和だけで倫理的に動くのならばヒトの世に争い事など無いだろう。今まで何度も世界から姿を消した活動家達の血の跡が、企業戦争法を器用に使い熟す大企業の影へ続いていった。


公益性に後押しされた武力が、合法的にあまりにちっぽけな男に向けられる。


黒スーツの足音が、トオルへと着実に迫って来ていたのだった。

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