117、300年後のお母さんへ
───────汽車が空の上を真っ直ぐに。雲海の上を、雲を車輪で巻き上げて白煙を残して進んで行く。鋼鉄で出来た汽車は音を立てずに夜空を行く。車窓からボクは空を見る。見上げれば星々が輝いていた。車内は灯りで照らされ、向かい合って赤い髪のお姉さんが座っていた。
「ラフィ。」
「えへへ。」
「お疲れ様。」
「はい、ツクヨさん。」
ツクヨさんは驚いた顔をしてはにかむ。
「なんだ、名前を思い出してくれたのかい?」
「‥多分、最期ですから。頑張って思い出しました。」
少しの間、ボクもツクヨさんも話さずに車窓の向こうを見上げた。
「ボク達がタマシティを守り切って、魔王の軍勢に勝利したら。歴史が大きく変わりますよね。」
「ああ、人類の未来は明るいものになる。ニホンコク政府も魔王の脅威性を目の当たりにして、今後は管理をしっかりするだろうさ。」
「歴史が変わったら。ツクヨさんは‥ブランさんも。ボクも。全員消えてしまうんじゃないかって。」
ボクが消えたらどうなるんだろう。タマさん達はボクの存在を覚えてくれているのかな?それとも最初から居なかった扱いになる?分からない。でも、忘れられちゃったら悲しいな。
「‥ラフィとブランはこの時代にしっかりと定着している以上消えるなんて事は無いだろうさ。消えてしまったらそれこそ色々辻褄が合わなくなって歴史が破綻する。キミらありきの魔王撃退の歴史なんだから。ただ、この時間軸に居ないアタシ達は。」
「分からないね。何せ前例がないんだ。」
ちょっとだけホッとしたけどツクヨさんはどうなっちゃうんだろう。そもそもどうやってボクに語りかけてるの?
「ははは、今更聞くかい?ラフィの脳の領域の一部にアタシの脳を移植したのさ。サポートを少しでも万全にする為だったけど、まぁ上手はいかなかったかな。夢の中でしか話せないし、R.A.F.I.S.Sが成長するまで記憶も持ち越せない感じだったし。」
ツクヨさんははぁっと息を吐く。
「本当に良かったよ〜。人類救済プロジェクト、一発限りの大勝負。なんとか完遂出来たみたいだし、これで死んでいった皆も報われる。」
「ツクヨさんも一緒に過去に来れば良かったのに。」
「あはは、そんな何人も送れる程のエネルギーなんか無いって。ラフィ送るのに人類に残されたエネルギーの殆どを注ぎ込んだんだよ?そんくらい時間軸を弄るマギアーツってのは難しいもんなの。」
ふと、ツクヨさんの記憶が流れ込んでくる。
銃を撃ち合う音。戦闘音がずっと薄暗い研究室に響いていて、ブランさんに手を繋がれるボクは転移装置の中で縮こまっていた。怖かったし、孤児院で暮らす内に心の奥へしまい込んでいた光景だった。前まで皆仲良かったのに、エネルギーの使い道で喧嘩して。殺し合って。ボクは無理やり装置へ入れられて‥
頭から血を流したツクヨさんがボクを覗き込んで寂しそうに笑っていた。何か言ったけどよく聞こえない。
そうか。だから忘れてたんだ。ここの事を全部。
ボクの目の前でツクヨさんは死んだ。
転送装置が起動する瞬間、ぱぁって真っ赤な血が一面に広がって。
泣きじゃくってタマシティの事を首相に上手く伝えられなかったし、何もかもを忘れて平和に過ごしたかった。お母さんが恋しくてエステルさんにずっと甘えていた。全部、忘れていた。
ハッとしてツクヨさんを見る。
対面する座席に座るツクヨさんは胸から血を流して、座席から床まで赤く染めていた。
「アタシはどの道もう死んだ存在さ。ラフィの脳を間借りしてほんの少しだけ魂の残り滓を居座らせていただけ。もうアタシの魂は残ってないんさ。」
「お母さん!!」
思わず飛び付く。ボクの頭をツクヨさんの手が優しく撫でていた。懐かしい感触に身を任せ、溢れ出た涙を、今まで溜め込んでいた分も全部、前へ進むために我慢していた辛い気持ちを全部。
泣いてツクヨさんの魂をここに留めていられるのなら。
泣いた。
「この汽車の行く先は?」
ツクヨさんの声。答えなきゃ。
「300年後の未来です。遠いけど、ボクの生まれた時代へ。」
「ハハハ、そうかい。ラフィの寿命はどんだけあるかな?相当長いかもしれないね。」
笑う声が少しだけ空気を暖め、汽車が小さく揺れた。雲海の果ては見えず、地平線の彼方は夜明け空の向こう。何処までも晴れ渡り、視界を遮るものは何も無い。夜明け前の空が広がっている。
「不甲斐なくてごめんよ。ダメだよな、アタシたち大人がこうじゃ。」
「いいえ、お母さんはずっと頑張ってました!」
「一緒に行けたら良かったんだけどなー。ははは、ちょっとだけしか来れなかった。」
ボク達は汽車の車窓にて語り合う。それは母と子の会話だった。
「これからの未来について話そうか。」
その言葉に会話が区切られ、ボクは両手を膝の上に姿勢を正す。
「これから先、沢山苦労するだろう。辛い思いも痛い思いもするだろう。それに‥前へ進むのが怖くなる時が来るかも知れない。」
「いいかい?ラフィは悪くない。これはアタシ達が望んでやった事だ。悪いのはアタシ達‥過去から今に至るまでの全ての大人だ。だからラフィは躊躇わなくていい。良いんだよ。」
空は白み、上りゆく日の光が車内に差し込む。車内の照明より明るく、お母さんの顔を照らし出した。その顔は笑っていた。
「これから先の未来。ラフィは沢山のヒトに出会い、笑い、支え合って進んで行く事になる。ラフィ一人じゃ難しいと思う。だから皆を巻き込んで一緒に戦えば良い。」
ボクの目から涙が一筋、伝う。
「ラフィはアタシ達の全てだ。目一杯暴れて全てを変えてくれ。そしてアタシ達を───」
「救ってくれてありがとう。」
「はい!お母さん!頑張りました!」
涙が出るけど、声をしっかり出して返事をする。
「ラフィ。これからも手のかかるアタシ達のご先祖様達の面倒を見てやってくれ。300年後の未来まで。アタシの魂も多分そこで待ってるからさ。」
「でも気の長い話だしさ。向こう100年は好きに生きてみればいいんじゃないか?開拓者として全力でやってみなって。絶対凄い開拓者になれるんだから。」
涙が出て声が出せない。だけど、何度も頷いた。
「最後くらい笑って。アタシを送り出してくれよ。」
「待ってください!待って‥!」
両腕で目をゴシゴシしてなんとか!言葉が浮かばないけど!言わなきゃ!
「お母さん!ボクを産んでくれてありがとう!この時代に送ってくれてありがとう!!タマさん達に!大切な仲間達に出会えました!!皆ボクを好きって言ってくれて!ボクも皆が大好きで!!だから!ありがとうございます!!」
ちゃんと笑えていたかな。
気付けば血の跡の残る座席には誰も座って居なかった。
夜が明けた。
車窓から上り行く太陽と、真っ赤に染まった雲海を見る。見上げれば星々が少しずつ朝に消えていく所だった。
ボク一人を乗せた汽車は行く。車内を駆け出し、その先端の車両まで向かう。並ぶ座席に‥一瞬お母さんの仲間達の姿を垣間見た。皆笑っていて。タバコをふかすヒト、お酒を片手に騒ぐヒト、髪の毛を整えるヒト、几帳面に座ってボクに笑顔を送るヒト。怖い顔しているのに精一杯の笑顔を作ろうと頑張っているヒト。
もう皆居ない。だけど、ボクは前に進んで、皆の居た時代へ向かわなきゃ!その為にもまずは開拓者として全力で頑張ってみる!人類の文明を新たに拓いて行く者として、その一人として進み続けるんだ!
汽車の先端、床に転がったスコップを拾う。もう燃料が尽きそう。掬い上げて、投入していく。一層激しく燃え上がる。汽車は加速して空の向こうまで───────
「ラフィさん。」
ボクの後ろで背中を守ってくれていたロゼさんが声を掛けてくれた。振り返るボクはどんな顔をしていたんだろう。
多分、笑っていた。




