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13、空飛ぶ赤鬼、暴食の青鬼、彩色の壁面で大暴れ

10時を回り、お祭りの開始を告げる鐘が響き渡った。


『これより!タマ納涼、彩色祭を開始します!開拓者の皆さん、くれぐれも揉め事のないように、安全第一で!是非ともお願いします!』


何だか妙に念を押すような放送だったな。


「これって安全なお祭りなんですよね?」


「聞いた話じゃ毎年羽目を外す開拓者が多くて、背広組が大変って聞いたわ。ま、街中で銃をぶっ放さなきゃお叱り程度で済まされるって話よ。」


そんなの聞いてないよ!


抗議する間もなく、タマさんがビルの屋上から不意に飛び降りた。勿論ボクの装着したブレードランナーも見えない糸に引かれるよう、同じ動きで飛び出して宙を数歩踏んで壁面へ。


街の中には三つの道路がある。


一つは歩道、歩行者用の道路。自転車やキックボードなんかも歩道を使う。歩行困難者をサポートする簡易な駆動魔具類の使用はOK。マギアーツで動作を助ける自動運転自転車類は免許がある場合のみ道の端を走ってもいい。


二つ目は車道、車用の道路。動作にマギアーツを使ってるけど、生活必需品指定内の仕様車限定。つまり壁を走ったり、宙を飛んだりするような余計な機能の無い車両の道。


そして三つ目は魔具路、ブレードランナーのような生活必需品指定外の駆動魔具で移動する場所。それは都市道交法によりビルの壁面が魔具路として整備される。この前ダンガンさんにお叱りを受けたのも、壁面外を結構走って騒がせちゃったから。緊急対応だけど、もっとスマートに出来た筈だとカンカンだった。


今日は都市運営委員会が魔具路以外の場所も、一部駆動魔具で侵入しても良いって認めていた。お祭りだけの特別対応だ。


‥‥つまり、ボクはこれから1日ビルの壁面を走り回る事になるって事。


───風が頬をきり、90度傾いた視界の中タマさんの背中を追いかける。商業区の一画、オフィス街にやって来た。ボク達の担当区域はこの周辺なんだとか。周辺は5階建てくらいの高いビルが立ち並び、歩道ではしゃぐ一般参加者達の頭上を飛び抜けていく。


「ひゃああっ!タマさん!速い!速いです!」


ジタバタするも自動で動くブレードランナーの姿勢制御はしっかりしていて、普通に地面の上を滑っているかのような感覚を覚える。重力も足元から発生していて、横に引っ張られる感じもしない。初めて走るけど魔具路って不思議!


だけどやっぱり90度傾いた視界は違和感が凄い。頭上には道路を挟んだ向かいのビルの壁面があって、水平方向に空と地面が見える。と、腕に嵌めたブレスレットがブルブルって反応した。


「まずはこの壁面にタマちゃんイラストを描くわよ。アタシは下からやるから、ラフィは上から!」


タマさんがそう言うなり、ボクのブレードランナーは直角に進路を変えて真っ直ぐビルの側面を駆け上がる。そして屋上に向けてジャンプ!縁を片足で踏んで体を宙で半回転。地面を見下ろしたボクは口半開きな驚き顔で真っ直ぐ壁面を駆け降りた!


ハッ?!スプレーを噴射しないと!


手元のスプレーを噴射すれば勝手に手が動き、宙を舞う鮮やかな粒子が壁面を染め上げる。粉末自体も色の付いたナノマシンって聞いてたけど、勝手に絵が出来上がっていくのは不思議な光景だった。


壁面の上でタマさんとすれ違い、何度も上下に往復する。そして壁面一面に巨大な、世界樹の葉の上に座った猫が描かれたのだ。最後のすれ違いざまに急にその場でボクはクルクルと回転し、そっと添えられたタマさんの腕に腰を支えられ仰け反りながらも目が合う。


「どう?楽しいでしょ?」


「は、はい。何だか面白いかもです。」


「ほら、次行くわよ。」


しなやかな腕がボクの体を回し、半回転後には既に向かいのビルへ飛び出したタマさんを見つけた。車道を挟んだ向こう側に飛ぶの?!って、わわわっ?!


「きゃーっ?!」


一瞬力を溜めたブレードランナーが強く壁面を蹴って、バッタのように向かいのビルへ飛び出していった。一度何も無い宙を蹴りつけ、そのまま勢いよく向かいのビルの壁面へ着地。そうやって次々ビルを飛び回って絵を描いて回った。


ビルの谷間にアーチを描いて飛ぶボクは、ふと真下の歩道橋を見下ろす。ボクを見上げるよう、大勢が指で囲いを作っていて。指で囲った中の景色がパシャリとスマイルに撮影され、SNSに次々アップロードされているようだった。ちょっとだけ気分のいいボクはにへっと笑って手を振ってみちゃう。そしてスプレーを撒き散らし、歩道橋の真上にタマちゃんの笑顔を咲かせた。


街中にスプレーを振り撒いて楽しくお絵描きするボクは、ふと背後の壁面を猛スピードで追い上げる奇妙な影を見つけた。大きなバイクに横付けされたサイドカーの変則的な3輪車。バイクに跨るのは真っ赤な皮膚の上半身を隠そうともしない半裸の筋肉男、そしてサイドカーには青いゴム質のフルプレートアーマーを着込んだ中身の見えない巨漢が乗っている。


「あの、タマさん・・・」


ボクの声を掻き消すような大声が、背後から唸りを上げた。


「おぉぉぉぉぉぉい!!タマァ!!ここで会ったが100年目ェ!!」


「兄貴ィ!!3年と5ヶ月でっせ!」


ええええっ?!タマさんと何があったの?!鬼の形相でバイクを唸らせる赤のヒトが、片手に持った金属バットを振り上げる。チラリと後ろを見やったタマさんも軽く舌打ちして、ボクを庇うように後ろに回り込んだ。


「何があったんですか?!」


「アタシが獣尾族だからって買おうと金貨を押しつけてきたことがあってね。そういう副業はやってないってのに。ま、金貨だけ頂いてトンズラこいたのよ。」


あうっ。どっちが悪いかと言われると難しいやつだ。


「赤鬼・クリムゾンイシダ、青鬼・サファイヤコバヤシよ。オーガとオークの亜人コンビ開拓者なの。事あるごとに因縁付けられて面倒ったらありゃしない。」


タマさんは少し速度を落として二人組に近づくと、一瞬腰を屈め挨拶代わりと言わんばかりに飛びかかった!


「シャーっ!!いい加減しつこいわよ!金貨数枚くらいアンタらなら屁でも無いでしょ!」


「うっせー!!弄ばれたオレの純情が悲鳴を上げてンだよ!ありゃぜってー誘ってただろうがオイ!」


「ちょっと酔ってただけでしょうが!」


バットの振るえない至近距離に飛び込んだタマさんが引っ掻き、獣尾族の爪を物ともしない様子でイシダさんが応戦する。尻尾を掴もうと手を伸ばしたコバヤシさんは宙を掴んだ。

カウンターでラインレーザーをオフにしたブレードランナーが蹴り付け、サイドカーから落ちそうに。数発の掌底を貰ったイシダさんは相変わらずびくともせず、代わりにタマさんの腹部に一発蹴りを見舞った。


「大丈夫ですか?!」


蹴りの勢いを殺さずこっちに飛び退いたタマさんは、ボクの心配を他所にへっちゃらな顔で。


「開拓者同士のちょっとした揉み合いはともかく、露骨に武器を振るったら背広組が飛んでくるし。頑丈さだけが取り柄の脳筋めっ。」


「ウッセー!頑丈さと()()が売りなんだよ!足りてねーぞ!」


「兄貴ィ!ここは俺に任せてくだせえ!オーク戦士の秘術、“組織変幻”ご照覧あれぃ!」


サイドカーに仁王立ちしたコバヤシさんの、顔を覆う兜頭が大きく変形した。口元が気持ち悪いくらい横に広がり、その奥から長い舌が!


タマさんと連動して飛び上がり、その真下を鞭のように粘液を纏った舌が通過する。舌は自在に動きボク達を翻弄した、


「よくやった兄弟ィ!こいつで、トドメだァ!!」


サイドカーを切り離して急発進するバイクが僅か数瞬でタマさんをバットの間合いに入れる。


危ない!!


とボクが巻物を咄嗟に打ち出そうとした瞬間には勝負が付いていた。舌を避けて体勢が崩れていたタマさんは、片足で宙を踏み体を回転させる。

同時に脱ぎ捨てた片足分のブレードランナーがバットを弾き飛ばし、尻尾がイシダさんの首をホールド。残った片足のブレードランナーで勢いよく宙を踏み付けもう一回転!勢いのままにイシダさんをぶん投げた!


「おわぁっ?!」


「兄貴ィー?!うぶっ?!」


驚き顔で吹っ飛ぶイシダさんは、そのまま大口を開けていたコバヤシさんの口内に頭から突っ込んでしまう。コバヤシさんも衝撃に耐えきれずサイドカーから転落し、壁面から落ちていってしまった。


バイクもろとも落下する二人は半透明なネットに絡め取られ、歩道の上で宙ぶらりんに。


「壁面事故の安全機構よ。落ちても勝手に受け止めてくれるの。壁面との魔具の接地面積が小さ過ぎると、あんな感じに重力操作の補助が切れて落ちるから気を付けなさい。」


壁面を駆けて自動で戻ってきたブレードランナーを履きながらタマさんは教えてくれた。あのバイクも壁面走行機能が付いてたのかもしれないけど、落ちる際にコバヤシさんがしがみ付こうとして引っぺがされちゃったみたい。


ハラハラしたけど無事で良かった。


「覚えてろよー!!」


なんて声を背中に受けながらとっととその場を離脱する事にした。





───同時刻、街のビルの一角にて。


壊れたのか電気の付かない薄暗い廊下で、窓から差し込む光が二人の人影を照らしていた。目元の隠れた、もさっとしつつも綺麗な白髪の女性。そして長い青髪をツインテールに纏めたキリッとした女性。二人はレディスーツを着こなしてしている。


「‥‥さっきからスマイルでも弄っているのですか先輩。勤務中ですよ。」


鋭い視線に刺されながらも、メリーは白髪を揺らしてへらへらと笑う。その視線は確かに宙にプライバシーモードで投影されたSNS‥‥ハムハムのウインドウに向けられ、今話題急上昇の書き込みを流し見ていた。


『#タマ彩色祭 なんかめっちゃ可愛い子居るんだけど、あんな開拓者いたっけ?』


『#タマ彩色祭 #この開拓者好き 女の子?男の子?天使が飛び回ってる!』


『#タマ彩色祭 #アイドル開拓者 この子名前分かるヒトいる?どこのグループよ?推しにするわ』


『#タマ彩色祭 笑って手を振ってくれた〜!心臓バクハツで激ヤバ』


『#タマ彩色祭 #謎の激かわ開拓者 アピりまくったら手を握ってくれてキュン死した』


「おやぁ?知らないッスか?今ウチのラフィ助がめっちゃハムハムで話題沸騰中ッス。ああ、ついに世界がラフィ助の可愛さに気付いちゃったって感じでさぁ。嬉しいような、悲しいような。ロゼもちょっとは世情を知らないと色々置いてかれちゃうッスよ?」


ロゼはため息を一つ。着こなしたシワ一つない組合警察のスーツに対し、メリーの着崩したスーツ。あれやこれやと日頃から溜まった文句をぶつけてやりたくなった。


「私が後輩だからって舐めないで下さいよ。堂々と勤務中に遊ぶのなら‥‥無視しないで下さい!」


伸ばされた手をスルリと躱したメリーは距離を取らず、逆にすぐ側をうろちょろとステップを刻んで煽る。


「サボってないッスよー。今は一仕事終えて待機時間中ッス。」


その足元には数人の男が拘束具を嵌められて転がっていた。


「いいですか?この祭りはタマ生命のメンツの賭かった一大事業です。街一つに影響を及ぼす祭りを毎年行う事に意義があるんです。ですが、」


鋭い視線が満身創痍の男達に向けられた。


「他所の企業がタマ生命の顔に泥を塗ろうとクズを毎年送り込んできます。開拓者崩れの馬鹿ばっか。」


「元とはいえ開拓者ならウチら組合警察がどうにかしろって都市警察もうっさいッスよねー。税金泥棒め。」


若干口調に怒りを滲ませるも、メリーはすぐに元の調子で笑う。


「身柄の引き取りだけは都市警察のお仕事なんスよね。タマ生命の息のかかった都市警察からすりゃ、一丁前に仕事した面をしたいんでしょうけど。チリトリを運んでくるのにいつまで待たせる気ッスか。ああ、そうだ。ウチはそろそろ要人警護に向かいたいッス。」


「何の話ですか?」


「ラフィ助がこうも人気だと変なのに狙われそうじゃないッスか。ラフィ助はまだ開拓者じゃない一般人ッス。一般人が危ない目に合いそうなのに、放っておくなんて出来ないッスよね?」


そう言うメリーはさり気無く数歩窓際に寄って、そのまま寄りかかって手をひらひらさせた。ロゼはそんな様子をただ無言で見つめる。


「言っておきますけど勝手に‥‥」


「あっ?!急に壁が崩落したッス!」


ぐにょり、と形を変えた窓際の壁がメリーの体を外へ投げ出し、ロゼが踏み込む前に元に戻ってしまう。咄嗟に窓を開けて確認すれば、歩道でスプレー缶片手にはしゃぐ一般人の合間を、屋台の串焼き一本咥えたメリーが悠々と歩き去る所だった。


「ああもう、先輩ったら!」


そんな姿を睨み付けるロゼは歯軋りを一つしたのだった。

ー用語解説ー

背広組‥組合警察の俗称。スーツ姿で警察業務をする姿からそう呼ばれるようになった。スーツを着て事務仕事に励み、事件が起きたら武器を振るって武装集団を取り締まる。その姿は現場仕事の多いサラリーマンのよう。


ハムハム‥総ユーザー数で覇権を取ったSNSアプリ。ひまわりの種にメッセージを書き込んで投稿。すると観覧数に応じて足跡が付く。ウマい!で評価を飛ばし、お裾分けすれば種をフォロワーと一緒に共有できる。

ハムにハマる若者達は今日もタネるネタを探して街を行く。目指すは万踏み万ウマ、沢山付いた足跡にニンマリする為に。車輪を回すハムスターのよう、SNSにハムついた。

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