116、夜明けの歌
赤の燕尾服にシルクハット、3つの三日月で構成された嗤う顔の白面。ノクターンの衣装を纏うタマは欠けた仮面から鋭い視線を覗かせていた。
魔王の居城となっていた大怪獣は既にがしゃどくろに叩き潰され死骸となっていた。周囲を異界化させた魔王が歩けば地面が硬質化。機械音を立ててセントリーガンが飛び出し紅い影へと銃口を向ける。その数20を超した。
撃ち出された無数の弾丸の向かう先は虚空、舜動のマギアーツの連続使用によって数歩動いたタマの後ろでセントリーガンが全て沈黙した。その銃口がビームシュナイダーに灼き溶かされ不能となってしまったのだ。
魔王の顔が縦に斬り裂かれ、両手が飛び、回し蹴りが首から上を吹き飛ばす。改造ビームシュナイダーから発射された光線が崩れた頭を撃ち抜き、その場に残されていた体が倒れずにふらりとタマに襲いかかった。
再生した両手の先から生えた銃口が火を噴く一瞬前、再び斬り落とされ胴の中心を蹴りが貫通した。それでも怯まず、頭部の無い首がにゅるっと伸びてトゲ付きの鞭に。3度地面にヒビ割れを残した鞭の殴打は紅い影を捉えず、ビームシュナイダーの一閃で根本から斬り落とされ再び蹴り転がされた。
土煙をあげて転がる魔王にタマはニィッと笑う。
再生力が落ちてきている。
「タマシティの襲撃は上手くいかなかったようね。」
挑発染みた声に魔王は吠える。
「まだだ!!貴様はもうボロボロだろう!貴様を喰えばもっと力を‥!」
土煙中で魔王は3体に分身した。舜動のマギアーツで突っ込んだタマのビームシュナイダーを避け、宙を舞うブラックキャットの光線に撃ち抜かれながらも、口内から発射した大経口の一発を燕尾服のバリア装甲に掠らせた。
(もう2体はタマモらの方へ行ったわね。あんな事いいつつタマモを捕食してアタシをやろうって腹か。力の配分はアタシの足止めに6、他2体が2ずつって感じかな。)
奇襲を仕掛けて力を吸収する気ならそれでも通用すると踏んだのだろう。ただ、タマモは。
(文明の利器を味方に付けたアイツは結構やるのよね。今回の戦いじゃ大して力を使ってない分侮られたか。)
顔全体をアギトに変貌させた魔王の分身は、怪物の中を転々としながら密かに2人の妖狐へ近づいて行く。
怪物を着ぐるみ代わりに、突進して行く群れに紛れタマモの元へ疾駆した。ハチビが尾で指した先が弾け爆発する。怪物の死骸が舞い散り、がしゃどくろ率いる無数の骸骨達の攻撃で更に怪物は数を減らした。魔王の力で強化された2体の怪物は死骸を盾に更なる疾駆。ついに目前まで辿り着く。
いや、目前まで通された。
怪物の中から飛び出す魔王の背後、壊滅し怪物の居なくなった平原に髑髏達が整然と並びタマモに首を垂れている。タマモは両指・9つの尾で複雑な印を結び待ち構えていた。
「蝕世・九尾九交九死の界。」
天を突く巨大な鳥居の影が石畳を暗くする。何処までも続く石畳、並ぶ灯篭、太陽は無くとも明るく晴天なる高き空。タマモの脳裏に残った思い出の風景の事象化、それは魔王の使う異界化と原理は異なれど正しく同じ。“和風”異界化とも言えるヨウジュツの秘奥の只中に、魔王の2体の分身は放り出された。
「塵芥風情が妾に仇なせると思うな。」
急激に空が赤らみ世界は影絵のように赤黒に染まる。構えを崩さぬタマモの前、魔王の分身は2体同時に”爆縮“して粉に消えた。
世界は元に戻りタマモは構えを解いて手を払う。ひゅーっ、とハチビは口笛を鳴らしてケラケラ笑った─────
「相手が悪かったわね。」
タマの手のひらの上に首が一つ。再生力を失った魔王の頭は憎悪の眼をタマに向けていた。
「なんなんだお前らは‥!」
「アンタが餌だと思ってたヒトの中にはアタシらみたいなのも居んのよ。」
「あり得ない‥!何十年も前からの計画が‥!私が真の魔王になる筈が‥!」
小さな爆発が魔王の頭部の半分を損壊させ、勢いでタマの手のひらから転げ落ちる。魔王の首は余計な肉をその場に残し、キラキラ光る凝縮されたダンジョンコアに姿を戻した。
「なによ?悪足掻き?」
ヘラヘラ笑い、起動したスマイルで転がる玉を録画する。世にも珍しい魔王のダンジョンコアの逃走、醜態極まるその様子はタマの嗜虐心に満足感を与えた。
クリスマスにマフィアの抗争の予定が入ったのはまぁ、いい。胡蝶之夢には恩義もあるし断る気は無い。さっさと勝ってラフィとクリスマス会で打ち上げでもすれば良いと思っていた。
しかし次いでの魔王の収容違反で予定は全部パー。これには鬱憤が溜まる。
タマ生命の管理外にまで伸びた広大なダンジョン内で逃げ隠れする魔王には元々イラつかされていた。記録上、魔王は妙にプライドが高く挑発すれば案外向こうから姿を現すのも珍しくない。しかしこの魔王は冷静かつ狡猾。タマモにダンジョン内の破壊工作をさせようが、ダンジョン下層部に充満する悪臭ガスを撒こうが全ていなされた。
最後の手段としてノクターンに応援を頼み、タマ生命の基地を正面から蹴散らして、ダンジョンを地形ごと爆弾で木っ葉微塵にしてしまおうという計画もあったが‥言うまでも無く大勢のヒトが死ぬ。しかも万が一魔王を取り逃がせば事態が悪化する可能性もあった。大量に死人を出すスマートは言えないやり口。テロリストの汚名を返上するどころか、テロリストそのものになってしまう。
タマ生命のダンジョンを破壊する為に設計図を引いた爆弾の開発と、魔王の収容違反。先に動いたのは魔王でありまんまと出し抜かれてしまった。ハッキリ言って気分は最悪、どうぶっ殺してやろうかとタマは思案していたのだ。
「こっちは徹夜で戦ってんのよ!」
見苦しく足元を転がるダンジョンコアを蹴り飛ばす。その先でタマモの尻尾がキャッチした。
「まったく、はよう止めを刺さんか。獲物を前に舌舐めずりなぞ3流悪党のやる事じゃぞ?」
「アハハ、タマちゃんたら小悪党〜!」
呆れ顔のタマモとおちょくってくるハチビにタマはため息を吐いた。正直脱力したし早く帰ってラフィを抱きたいとボーゼンと考えてしまった。
「魔王のこあはなかなか美味でのぅ。どの道力の供給を失ったこあは長くは持たん。飴玉が塵になってしまう前に。」
吸精の力を持った尻尾がコアを包み込み締め付ける。僅かな悲鳴の幻聴が漏れ聞こえ、コアを包んで膨らんだ尻尾がきゅうっと縮まり元に戻った。
「じゃあ早速らふぃの元へ──」
「まずは本部に報告でしょ。報告業務宜しく、先輩は一足先に退勤するから。」
「ぬぁあ?!貴様‥!」
欠けた仮面の下から覗くタマの目は意地の悪いニヤリ顔。片手をひらひらさせると舜動のマギアーツの痕跡を残して消え去ってしまった。その場に残されたタマモは暫くワナワナと身を震わせ、尻尾が逆立つ。
「サラリーマンも板についてきたじゃん!アハハっ!」
ヘラヘラ笑うハチビは目の前で手を叩いて茶化し、その姿は現出した鳥居の中に消えてしまう。場に残されたタマモが激昂、髑髏蠢く魑魅魍魎はおののき消失していったのだった。
黒の空は吹雪を引き上げ薄青く、朝日の到来が近づくにつれ赤みを帯びていく。銃声は既に無く空気は透き通って冷たい。夜が明ける。
流れた血が雪を染め上げ、壊れたビルの瓦礫が泥で上書く。怪物の死骸は力を宙に放出していきその姿を少しずつ塵に変えていった。怪物の死骸が消えれば後に残るのは壊れた都市だけ。恐怖は去った。夜が明ける。
タマシティが長年享受してきた偽りの平和は、その実魔王の影の中にあった。タマの土地に深く根を張った、恐ろしく狡猾な魔王は夜想曲の中に消えていく。かつて魔王が支配したその土地に、天使が降り立つ。
夜が、明けた。
誰もが見た。倒壊しかかったタマ生命の本社ビルの屋上、そこに降り立った天使は純白の翼を広げる。薄っすらと輝く天使の羽は、建物の多くが倒壊した都市の何処からでも見る事が出来た。
靡く美しい金色の長髪、透き通る肌、少女と見まごう少年は目を閉じ黙祷を捧げる。
見上げる大衆の恐怖と不安に怯えた心はほぐされ、無宗教ながらに思わず頭上の天使に祈りを捧げてしまった。再び朝日を崇むことの出来た奇跡に落涙する者もいた。
ラララ‥────
少年の口から漏れた歌に曲名は無い。鎮魂の想いが歌になり喉から溢れたものだった。その声は小さくも天使を見上げる誰もが薄っすらと耳にした。その歌が終わるまで、タマシティはあまりにも静かだった。




