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105、防壁上で奏でられる夜想曲

ラビットT-60A5、ラビットT-60シリーズ第5世代機。次世代型のそれは従来より駆動のレポンスを大幅改善。ほんの僅かなクールタイムを更に縮めた事により、使い手次第で何処までも自由に空を駆けられる。


艦橋から飛び出したボクの体は足元の衝撃に吹き飛ばされるよう、宙を突っ切った。踏み込めば硬質な衝撃音を鳴らし真っ直ぐ垂直に飛ばされる。空中をそのまま足場にしてジャンプでき、側面に付いたブースターを使って方向を調整できた。


足の側面が火を吹いて身体ごと半回転、衝撃で急加速。艦砲の周りをくるくると回って先端までジャンプ!宙でカメラに向かって手を振った。


そのまま艦砲の上に着地し、足元が火花を散らして短距離を滑走する。ラビットT-60シリーズは普通に歩く、というよりちょっとだけ地面から浮遊した状態で、ホバー移動みたいに滑走する感じだ。着地の瞬間は地面に足裏を擦り合わせ短距離で停止。そのまま動こうとするとふわりと浮き上がる。


飛び出す時はラビットT-60A5が良いけど、小回りならブレードランナーの方がいいかな?というのがボクの感想だった。瞬間的な加速力は凄い!でも動きが直線的だから滑らかな軌道を作るのは難しい。


さっきまで居た管制室を見上げた。オオトリ自体が大きいお陰ですっごく遠く見える。


ーめっちゃ速 ーぶっ飛んだな ー制御出来るんかこれ ーラビットでこんな細かい動き出来るんか ー動き出したら止まらないに定評あるクソ魔具 ー←スポーツカーに素人乗せたらどうなるか分かるだろ下手くそ ー皆オオトリ紹介してんだしそっち見ようぜ 


そうです!ボクじゃなくオオトリを見て下さい!


「これがオオトリの主砲になります!直撃すれば大怪獣でさえ一撃で倒せちゃうんです!!それと500を超える砲台が艦全体に配備されていて、怪物の大群との大規模な戦闘を大前提に作られたすっごい戦艦なんです!」


両手を大きく振ってぴょこぴょこ跳ねる。


ーかわいい ー可愛い ーかわいい ーきゃわわ ーかわいい ーこっち見て 


見るのはボクじゃなくって!如何にも軍事用ってデザインのラビットT-60A5は、シンプルながらに重量感あってカッコいい。それを装着したボクもカッコいいんだから!カッコいいって言って欲しいのに。


ラビットT-60A5で一気に跳ね上がり、主砲下に並ぶ無数の艦砲を見下ろす。何回かの跳躍で戦艦の先端まで到達する。正面から見れば圧巻。


「タマシティの皆さん!今から助けに行きますので、絶対に諦めないで下さい!アングルスも皆で救いました!だからタマシティも!絶対に大丈夫です!!」


正面からのオオトリをカメラに収めつつ、勇気付けようと大声を出す。画面の向こうにいるエステルさんや孤児院の皆に届くよう、タマシティの皆が怪物の大群を前に諦めないよう。


忘れもしない、ゴブリンの部落での怪物の群れの襲撃。部落の内部にまで侵入して銃を乱射する怪物が怖くて堪らなかった。唸り声、銃声、土を蹴る音。振り撒く死の気配が恐ろしかった。あの時のボクは銃の前に立てる程強くなかった。だから戦えない人から見た怪物の怖さを知っている。


今のタマシティに殺到している怪物の大群はあの時の比にならない物量だ。シェルター中に逃げた人々が恐怖に飲まれないよう、ボクに出来る事を全部やらないと。


「ラフィさん、そろそろ大群の背後に出ます。ミサイル砲の射程圏内に入りますので中へ退避を。配信は続けて頂いても構いません。ただ、戦闘へ集中して貰いたいですね。」


無線越しに聞こえるウメさんの声。


「間も無く戦闘が始まります。待っていて下さい!」


ボクは地平の彼方に見えてきた怪物達を見下ろしていた。





タマシティ、ゲート内。


エステルは孤児達を背にシェルターの隅に居た。イライラし誰彼構わず突っ掛かりそうな人々に睨みを効かせ、背中で孤児院の皆を守っている。


シェルター内は簡素な作りのホールが広がり、奥の扉内に廊下と小部屋が連なる居住区があった。しかしそこはいざという時の契約賃貸。緊急時の為に予め部屋を借り入れていた資産家達の場所。会員IDが無ければそもそも入ることも出来ない特区であり、既に満員となっていた。


それ以外の人々は大ホール内に押し込められていた。食料等はシェルターを運営する企業から日に3度の支給があるが低質なレトルトのみ。普段食べもしないレベルのマズい飯との前評判は有名。そんなレトルトをポンとドローンが手渡してくる。安っぽい包装のレトルトの存在が人々をよりイラつかせた。


『監視カメラ作動中』


犯罪抑止の看板が掲げられてなお、今までにエステルの目の前で殴り合いの喧嘩が数件勃発していた。


「ラフィ‥」


エステルのハムハムアカウントへ、ラフィから配信のお知らせが届く。一睡も出来ず縮こまる孤児達のストレスを少しでも和らげる為、孤児達の面倒を見るサラへ配信を伝えた。


「あら。ラフィったら‥」


そろそろ一年、孤児院から開拓者を目指して出ていった少年の元気そうな姿にサラは安堵した。


「ラフィだ!カッコいい!」


「銃持ってんの?!」


「空飛んでる!」


サラがホロウインドウを共有モードで起動すれば、小声ながら孤児達は楽しげに配信を見始める。ラフィの配信を見たい気持ちに後ろ髪を引かれるも、エステルは振り返らずに背中を見せ続けた。孤児院の皆を守るとラフィと約束した以上気は抜けない。


孤児達の楽しげな小声に反応した歯軋りの止まらない男が睨んでくるが‥今にも腰の木刀を抜きそうなエステルに気圧され背を向ける。どれ程ムカついていようが勝てなさそうな相手に絡む程の勇敢さは無かった。


先程起きた喧嘩で頬骨を骨折した男が隅で未だに蹲っている。この状況でどこまで法が身を守ってくれるか。例え相手が武装していても、大声を出して鬱憤を晴らすくらいなら許されるだろう。という法を盾に強者へ石を投げる弱者の振る舞いは余りにも躊躇われた。


法がこの空間で機能するか怪しい以上、武器を持つ強者が自然とイニシアチブを握る。この空間に押し込められた市民の大多数が非武装であるが故に、本来この場で最下級の弱者である孤児達をサンドバッグに出来る者は居なかった。





タマシティ南ゲート前。


既に都市前に防衛線を敷いた都市防衛隊は壊滅。瞬足な犬型の怪物の群れが各ゲート前へ向かっていた。


この騒ぎの中ですら夢の中にいた住人の住まう民家。その窓は割られ、寝室や飾り付けられたリビングに血の跡だけが残る。


この避難騒ぎすら何かの陰謀、結局逃げた奴が何も無しに馬鹿を見ると高みの見物を決め込んだ者の住処。怪物の疾駆する僅かな音に気付く前に室内へ飛び込まれ数秒で食い散らかされる。


「今晩、何か外が騒がしいですが!一晩耐久実況配信しますんで!よろしく!!」


リスナーの声すら軽く受け流し、豪胆さと愚鈍さを履き違えた配信者の背後に怪物の足音が迫る。


「うわっ!あのヒト血出てる!倒れてる!この映像ヤバイって!」


その言葉の直後、配信者の視覚とリンクしていたカメラが地面に引き倒された。最期に映ったのは悲鳴と一緒に映り込んだ怪物の牙だった。


空になった住宅地を梯子する空き巣グループ。積もった雪に足跡を残して迫る牙に背を向け走り出す。駆動魔具を噴射し飛び上がった一人。低ランクの開拓者だった彼を囲むように怪物の波が押し寄せる。その他が数秒で血煙に消える中、彼は1分間の死闘を経た後操作を誤り壁に激突。噛み付かれ引き摺り回され引き裂かれ、僅かに抵抗した血の手形だけが壁に残った。


ゲート前で団子となり泣き叫ぶ民衆に加わりもしなかった人々の生き残りは居なかった。


しらみ潰しにしながらも閉じたゲート前に怪物の群れが到達する。都市防壁の上から撃ち放たれる弾丸の時雨が、民衆の頭上を通過して行く。いざ戦闘が始まればもはやヒトの鳴き声は獣の悲鳴となり、誰もが争いもせずゲートを背にしがみつき合って目前の光景に集中した。


一匹でも怪物が抜けて来れば全員が死ぬ。銃を装備した他の種類の怪物が姿を現せば撃ち合いの中で死ぬ。その瞬間、人々は個を捨てた。小魚の生存戦略のよう、しがみ付き合った彼らは一つの巨大な生き物のように声で視線で威嚇する。


極限状態がヒトを原始へと還した。


無論、意味は無い。しかしこの場で散り散りにならず生き残る為、ただ本能にしたがって全員の緊張の糸を維持するよう言われずともそう動いていた。


防壁の上から無我夢中に銃を撃ち、犬型の群れ相手に防衛ラインを維持するのはタマ生命の警備隊と開拓者達。ゲートを開けて民衆を救いたい。しかしこの状況でそんな事をすれば‥一歩間違えれば都市の中が阿鼻叫喚の地獄となる。せめて目前の群れを1秒でも早く排し、少しでも隙を作れれば。


銃を持たぬ怪物の群れは射線上から逃れるよう走り、暗がりから跳躍で飛び込もうとし、そして撃ち落とされる。その死体を盾代わりに咥えて数匹が動けば、見逃さなかった警備隊長の采配で集中砲火に斃れた。


そんな状況は長くは続かない。


一歩先に非武装の民衆を効率よく狩る為に送られた斥候隊。そのすぐ後ろに銃を携えたバラージゴーレムの大群が押し寄せる。統率された動きで迫るそれがレーダー上に映った時。


警備隊長は吐き気を堪えるのに必死になった。今から起きる惨状は避けられない。ゲート前の大勢を見殺しにする。救助は不可能。火力の高い防衛兵器を本格的に使用すれば、間違いなくゲート前の民衆は余波で粉々になるだろう。


必死に今この瞬間を生きようと足掻くその顔、その姿を見てしまった。都市を守る為、地獄行きとなる判断を下すしかなかった。それはこの場を任された彼一人に背負い切れるような業なのだろうか。それとも彼に場を任せるよう指示を出したソウジが背負うべきなのだろうか。


判断を下すその瞬間、都市防壁の上から一台の大型バイクが飛び出した。内部からの銃撃と同じく、一方通行の防護結界を超えて男は高らかに声を上げる。


「HAHAHAHA!!!!待たせたなぁ!!真打ち登場!!」


大型バイクは車輪とその周囲にラインレーザーを走らせる。小型の怪物程度容易く灼き斬るレーザーを纏ったバイクは疾走。怪物の群れの中へと飛び込み、犬型の怪物をあっさり蹴散らした。


バラージゴーレムの銃口が向けば、片手に持った大口径のショットガンが纏めて吹き飛ばす。


再び民衆の前をバイクで走った際に携行型の防壁を投下。その場で組み上がった分厚い壁が民衆の壁となった。


「言っとくがそれはそんなに持たねぇぞ!!早くゲートを開いて逃しやがれ!!俺が怪物を蹴散らす!!」


開拓者ランク50。タマの傑物、ダイナマイト・バギー。バイクと人馬一体のイケてる大男は、黒光りするグラサンの奥で怪物の群れを睨んだ。





タマ西ゲート前。


閉じたゲートの前で団子となった民衆は、声も出せずに目前の光景を見つめていた。銃声の無い、凪の戦場。


食い荒らされた怪物の死骸が転がり、バラージゴーレムの後続も警戒して距離をとっていた。


「な〜にが緊急事態だ。」


防壁に腰を下ろし胡座をかく着崩された燕尾服の大男。逆三角な上半身は開け放たれ大胸筋が覗いている。その頭部は深い闇に阻まれ見えず、淡い光を放つ顔文字が表情を作っていた。


前々から気になっていた今日配信のサメ映画視聴の儀はお預け、泥沼の都市防衛戦に駆り出されて彼は不機嫌だった。


建物の影からバラージゴーレムが迫る。正体のわからない攻撃に対して弾幕で応戦しようと集結し出す。後からくる大怪獣を待つつもりも無く、その場で出来る有効打を探るべく怪物達は蠢いていた。そのすぐ上を透明な何かが”泳いで”通過する。


「見えてるぜぇ?」


燕尾服の大男がその場で中指を立てれば、怪物達の足元から巨大なアギトが飛び出した。まるで飛沫でも上がったかのような音があちこちから響き、打ち上がった怪物の破片が四散する。


彼はノクターンの執行者。創作を現実に写す者。舞い散る怪物を眺める彼の頭部には、楽しげな顔文字が浮かんでいた。





タマ東ゲート前。


ゲート前まで迫った怪物達は黒い瘴気の中死に絶えて転がっていた。見下ろす青年は蒼白の顔面、ペストマスクで顔半分を隠している。燕尾服はボロくほつれ見窄らしい。


「チックショーッッ!!!アアアッ!オレ様が!オレ様がぁ!ヒトを救っただとぉ?!ギャアア!虫唾が走るぅぅぅぅ!!」


青年の背中が騒がしい。背中に背負われた邪悪な顔のウサギ人形は、地面に引き摺られて汚れた足をバタバタさせていた。対して青年は無表情。瘴気に沈んだ雪景色を見下ろしている。


防壁上にいた開拓者達は奇妙な燕尾服を遠巻きに見ていた。絶望的な状況は彼が現れた途端に脱した。しかしその異様な雰囲気は素直に味方と見ていいか迷いを生じさせる。


「オレ様は邪神だぞ?!神ぞ?!コンチクショーが!」


荒れ狂うウサギ人形へ青年が指でキャンディーを放った。開いた口から伸びた舌が絡め取り口腔へ消える。


「‥まぁ甘味に免じてパシられてやらんでもない。」


ウサギ人形は静まった。





防壁上に現れた仮面の燕尾服。顔の上半分を仮面で隠したお姉さんは驚く警備隊の前で手をヒラヒラ。拍手と共にゾロリ、と増えた。同じ見た目の燕尾服が5人、10人、50人‥どよめく人々を無視して軽快に動き回る。


「はいはい、私たちノクターンも防衛戦に飛び入り参加だ〜☆お姉さん達に任せてよっ!」


小道具の笛を吹き、花火を打ち上げ空に華を咲かせ、宙を泳ぐ可愛い動物さん達のホログラムが夜の闇を賑やかす。


「アッハッッハッハ!ノクターンの行進だ〜☆500人のお姉さんがお守りするんだから!」


西側の防壁上へ速やかに展開していく燕尾服達。持って来た迫撃砲、機関砲、大質量弾を発射するリニア単装砲。防衛戦の要となる破壊兵器をズラリと並べる。


「まったく、猫ちゃんったら。可愛い男の子をコソコソ独り占めしてけしからんやつ!私の方が大活躍だってのに!」


全体を指揮する燕尾服は居らず、それぞれが口々に言葉を発してゾロゾロと動く。ぴったり統率されている時もあれば、てんでバラバラに戦う時もある。同じ体型、同じ仮面、同じ燕尾服が派手に戦う様は不気味さもある光景だった。





ノクターンの怪人達を送り届けたサンビは鳥居の中から溢れ出す小狐達を激励していた。


「テメェら!赤夜叉組の力を今こそ見せつけてやる時だぞコラァ!!」


「アネキ!それは3代前の名前じゃ!」


「今はウチら卍連合って言ってたじゃないスかアネキ!」


銃を携えた小狐達は2足でパタパタ走り、羽織った特攻服を靡かせる。未だサンビの開いた鳥居から溢れ出す狐達はその数500に達しようとしていた。


(ウチらを便利に使いやがって。あの執行者共がタマモ様と同格だぁ?目ん玉腐ってんのかクソが!)


黒髪を腰まで垂らしたサンビの顔半分はマスクに覆われている。卍の刻まれたマスクに、だらりと裾の長いスケバン服。伸びた3本の尾には「特攻上等」「夜露死苦」「悪狐見参」の腕章が括られていた。


サンビは昔からオシャレな妖狐だった。漫画の影響が彼女を一層オシャレの高みへと連れて行ってくれる。今の流行りは不良漫画だった。


ゴビに兵隊と執行者を連れてタマシティへ鳥居を開くよう言われ田舎街へやって来た。来てみれば状況は最悪、これから大怪獣の群れが殺到すると聞いて反吐が出た。


(ダッシュ!!の主人公も言ってたよな?諦めたら試合終了だっけか?んん?無理は嘘つきの言葉なんですだっけか?まあいいか。)


「あの仮面女に遅れ取るんじゃねぇぞ!!卍連合の力を見せてやれや!!」


「オウッ!!」


獣達の援軍が動き出す。それは怪物の大襲撃に対し備えの乏しいタマシティを救う兆しとなるか。


防衛戦は激化の一途を辿ったのだった。

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