97、お世話になりました、と小さな背中は振り返らず
「ラフィさん!!」
基地に帰還するなりガバッと開かれた両腕がボクを出迎えた。そのままもふっと抱きしめられロゼさんの胸元に収まっちゃう。‥恥ずかしいからそんなにぎゅってしなくていいよ。
「ラフィ少年、無事だったか。急な事で混乱してるが、活躍したって話を聞いたよ。」
そんなボクの頭をすりすり撫でるクニークルスさん。大分強化外装がボロボロな感じだけど大きな怪我は無さそうで良かった。
「さっきのダンジョンコア破壊に出てたんだろ?!」
ツカツカと歩み寄ってくるアグニさんにちょっと警戒するも、ロゼさんの腕の中からあっさりボクを奪われてしまう。そのままお人形みたいに抱かれて思わずジタバタ。
一旦下ろして下さいって!!
「やるじゃねぇか!!ハハっ!あたしらの街を守ってくれたんだ。感謝しねぇとな!」
頬にキスをされビクッとしてしまう。そしてパパッと暴れて慌てて俯瞰していたメリーさんに飛びついた。
「はいはい、ラフィ助を可愛がるのもそんくらいっスよ。時間が無いッス。ちゃっちゃと準備するッス。」
むすっとするアグニさんの背後、ミケさんが悠々と歩いて来る。丁度セルペンスさんとルーフスさんも付いて来た。
「街の防衛、ありがとね。ラフィったらうちに来た時とは見違えるくらい強くなっちゃって。」
ミケさんの手がボクの頭をそっと撫で、便乗するようにセルペンスさんとルーフスさんまでモフモフと。
「囮役、皆と一杯頑張った。だからモフらせて。」
むふっとするルーフスさんはボロボロの強化外装を引きずっていた。
既に前線基地の設備が片付けられ始め、人員の多くがヘリや戦車に搭乗していっている。
「はいはい、ここはもう撤収ですよ。タマシティの防衛に全隊向かいます。ブリーフィングは輸送機内で。ラフィさん、搭乗を。一刻を争いますので。」
ボクの肩を叩くウメさんの先、さっき乗ったヘリよりもずっと大きい機体があった。プロペラ部分が見当たらず、完全に浮遊のマギアーツとジェット推進力で空を駆けるずんぐりとした巨体。最低限の武装は付いてるけど戦闘用って感じはしない。
「あと、セルペンスさんもそのまま同行を願います。ランク1のラフィさんが行くんですよ?まさかランク50の開拓者もあろう者が断ったりしませんよね?」
ジト目で見やるウメさんにセルペンスさんクスクスと笑い、ルーフスさんへ手を振る。
「アナタはそのまま街で待機してなさイ。装備が壊れた状態で来ても足手纏いヨ。代わりに別の子を呼ぶかラ。」
別の子?と気になるボクへ、大きく空いた搭乗口からモモコさんが手を振っていた。
「ラフィ!こっち!」
呼ばれてる。行かないと!パパッと駆けるボクの後ろをメリーさんとロゼさんも付いてきた。文句言いたげなウメさんにサッと会釈を。
「関係者以外は‥」
「ラフィ助の護衛ッス。ま、ここはマフィアの連中が後片付けをするだけだし。ウチら組合警察が居てもしゃーなしッスよ。」
「そうです!本来の任務を優先しますので。」
2人が付いてきてくれるのなら心強いな。やっぱり知り合いが多い方が落ち着くし。
「安心が欲しいのなら当機が居ますので。」
にゅっと袖下から伸びたイルシオン、押し出されたところてんみたいにぬるりと出てくるブランさん。引いた顔で見下ろすロゼさんとウメさんを一瞥。何事もなかったかのようにボクを後ろからぐいぐいと抱きすくめる。もう抱っこはいいですから行きましょう!
ワタワタして逃れ、駆けた足が搭乗口に掛かる。ふと、振り返ればアングルスで出会った皆が手を振っていた。
「あの!」
思わず声が出る。次ここに帰ってくるのはいつになるかな?早いかもしれないし、もしかしたらもう来る機会は。
街は激しい戦闘でボロボロ。未踏地の片隅の厳しい環境の中街を再建出来るのかな?
もしかしたらって思うとしっかり街も皆も目に焼き付けておこうって思った。
「お世話になりました!!タマシティを守る為に行ってきます!!ありがとうございました!!!」
そして中へと駆け込む。もう振り返らない。懐から取り出した羅針盤をチラッと覗き見る。前へ進むんだ。
「大丈夫、きっと勝てるよ。」
ボクの手をモモコさんが引く。ついて行った先はミーティングルームみたいな広々とした部屋。既に準備を整えたウメさんが壁面へ共有モードのホロウインドウを投射し、タマシティの立体図も卓上に投影されていた。
「連戦となるが今タマシティを救えるのは我が第4旅団しかいないのだからな。先に言おう。五分後に下されるニホンコク政府からの判断をまずは仰ぐ必要がある。」
口火を切るシグさんに代わり、ウメさんが解説してくれた。
「もし、の話です。戸籍だけでタマシティの人口はおおよそ10万人。実際は戸籍を持たずに滞在している亜人なども相当数居ると思われます。それが全て魔王に捕食されてしまった際どれ程の力を付けるでしょうか。」
想像したくない質問にボクは目を逸らす。
「未知数、です。十数年前に小規模な都市が魔王の手に落ちた事件がありましたが、その際は緊急プロトコルにより局地的な核攻撃で滅壊させ魔王を討伐しました。犠牲者は推定5万人。その多くは魔王によって捕食されていたと考えられていますが、少なくともその時点で当時の最先端技術が使われたミサイル攻撃でも破壊には至りませんでした。」
10年前の異界化事件。タマさんの故郷を奪った凄惨な事件。今回と似た状況の‥
「魔王の力は周辺の地域ごと空間を歪め、深未踏地のような様相へと変貌させているようだったと聞いています。今回はまだその兆候はありませんが、緊急プロトコル“第一種国家防衛ライン”が発令されればタマシティへの核攻撃が決定します。その場合は残念ですがこのままタマシティを離れる他ありません。」
魔王に捕食されてしまう前に核で全て消し去ってしまおうという最低な応急処置。怒りがふつふつと湧いて思わず拳を握り込む。そっとボクの手がブランさんに握られ、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「ただ、今回は少しだけ希望があります。今最前線で直接魔王と対峙しているノクターンの執行者とやらがかなり善戦しているようです。魔王がどれだけ力を手に入れようと、その分リアルタイムで消耗させ続けられれば強大な力を得る事を阻止できるかもしれません。」
と、シグさんが口を開けた。ここまでは予備知識としての説明。ここからはノクターンが魔王を抑え込む事を前提としたタマシティ防衛作戦のブリーフィング。
「知っての通りニホンコクの都市の周囲には必ず都市防衛要塞が存在する。タマシティも例外ではなく都市の四方にある。防衛要塞にはこういう大規模な襲撃に備え“オオトリ”と名付けられた防衛兵器がある筈だ。何故か一つも起動していないのが気になるが、まずは最寄りの第二防衛要塞へ直行。そのままオオトリを起動する。その後は残りの3機のオオトリを部隊を分けて起動しに行く。が、状況によっては省くぞ。」
既に他の基地のオオトリが破壊されていた場合は完全に無駄足になってしまう。でもそういうのってタマシティと連絡を取れば分からないの?
「言いにくいのですが。現在タマシティ運営委員会、防衛省の責任者と連絡が付きません。タマシティの運営委員会の要職は全てタマ生命の者で構成されていますが、まぁ予期せぬ魔王の暴走にてんやわんやでしょう。もしかしたら逃げ出したかも知れませんね。」
ウメさんの言葉に怒りを覚える。こんな事をしておいて逃げるなんて!
「各基地の状況は第二基地の中央コントロールセンターに向かえば把握できる筈です。都市の状況は上がってくるSNSの状況頼りとなってしまいますが‥急ぐ必要があるでしょう。」
ヒソヒソと話し合うボクに目線を合わせたシグさんが話を続ける。
「オオトリ起動後はオオトリを操縦して都市まで直進。敵の規模はハッキリしないが主力をノクターンが抑えている以上、恐らく魔王配下の指揮官が群れを率いている筈だ。指揮官の撃破を最優先とする。」
配下の指揮官?うう、どんなのかな?後で教えてもらおう。
「指揮官の撃破は少数精鋭で突貫。まぁ、私が向かう以上巻き込まれずに立ち回れる奴は限られているからな。下手に人数がいると動きずらい。こちらで精鋭隊を組むが‥ラフィは必ず入るものと思って欲しい。アングルスの戦いでその力の価値を理解した以上、外す選択肢は無い。後はウメの指揮下で都市の防衛を行う。」
ざっくりした方針を語った後、細かい所を詰めていく。
そんな折、シグさんが通信を受け取り笑みを深めた。
「第二種国家防衛ラインが発令した。まぁ核攻撃は無し、但し魔王側の戦況によって変更の可能性アリだ。これよりシブサワPMC旅団大隊、第4旅団はニホンコク政府からの正式な依頼を受けてタマシティ防衛戦を展開する。タマシティの全人口の命は我々の奮闘に掛かっている。救うぞ。」
ビシッとした感じのシグさんの声にボクも思わず背筋を伸ばして佇まいを直した。
「今更だけど旅団長さんが最前線に出るなんて不思議ネ。普通は後ろから指示でも飛ばしてふんぞり返ってルもんじゃないノ?」
セルペンスさんの言葉にシグさんは指先で軍帽のツバを弾いた。
「ハッ、私は現場で戦う方が向いているのでな。指揮ならウメの方が上手い。」
褒められたにも関わらずウメさんはため息。
「旅団長がやんちゃボウズだと大変ですよまったく。」
そしてにゅ、と伸びた指先がボクの肩を引き寄せた。癒して下さい、ほら寄りかかっていいですよ。なんて言って抱こうとすればそっとブランさんが引き離す。
「さりげなく体を好きにするにはラフィ様の好感度が足りませんのでおとといきやがれファッキンドワーフ。でありますのでご了承下さい。」
相変わらずな無茶苦茶ヘイトスピーチに、ブランさんの脇腹にドスッといい音を立ててウメさんの肘が刺さった。
おぅふ、と変な声を出すブランさんの腕からボクはすり抜けて手招くモモコさんの方へ寄った。ずっと組合と連絡を取ってるメリーさんに比べ、ボクに集中していたロゼさんも後ろを付いてくる。
「現地に着くまでまだ30分は掛かる。それまで仮眠とか取った方がいいんじゃないかい?」
短時間でも充実した睡眠を取れる睡眠導入剤、甘いグミタイプのお薬の入ったパッケージを振って見せた。膝を貸すよ?なんて言うモモコさんに首を振って応える。
「大丈夫です。眠くないですから。」
R.A.F.I.S.Sを起動させれば眠気なんて吹っ飛んじゃう。機械的に感じるからあんまり使いたくないけど、今は非常時だし言ってられないよね。
「タマシティの情報はSNSで断片的に上がってますが、肝心な都市運営委員会はダンマリなのが不穏です。お陰で情報が錯綜してますよ。少なくとも怪物の第一波は既に壁の外で待ち構えていた都市防衛隊の第一防衛ラインと交戦に入ったようです。」
スマイルを眺めるロゼさんの口調は重く、モモコさんも首を振る。
「先に出した索敵班からの情報じゃ防衛隊は既に壊滅状態、都市防壁での防衛戦に入っているが戦況は非常に悪い。まだ本隊が合流する前の攻撃でこれだ。まぁ本隊が合流したら一溜まりもないだろうね。」
「元々都市防衛隊に関しては汚職の噂を聞いていましたが。ああ、もう!こんな時に備える為に上等な装備が与えられていたはずなのに!少なくとも想定通りの戦力なら怪物の斥候隊程度苦戦せず蹴散らせる筈です!」
唸るロゼさんにボクも内心憤っていた。




