87、迫る魔王の足音は決戦を急かす
「おう、ラフィ。悪いな。」
天使の羽を展開したボクへアグニさんが笑いかける。拠点に帰還する最中ミケさんから連絡を受け、襲撃を受けた事と負傷者が大勢出た事を知った。拠点を守る警備の精鋭達がヨンビさんに倒され、アグニさん達まで倒れちゃったらしい。
「ラフィ、カッコ悪い所見せちゃった。」
アモルさんもボロボロな格好で横たわっている。ボクの散布した医療用ナノマシンで全員を一斉に治療しているけど、まだ暫く掛かりそう。
「ハッ、イキってた割にはざまぁないわね。」
悪い顔でアグニさんを見下ろすタマさん、その視線の先でヘラヘラと笑うアグニさん。
「初見殺しで下手打っただけだ。何をしたかは知らねぇが、次やったら細切れにしてはっ倒してやるよ。」
タマさんの尻尾がアモルさんを小突く。
「アンタも不甲斐なさすぎよ。相性は悪くなかったでしょ?闇討はアンタの得意分野なのに。」
ジト目で見上げたまま尻尾を指先で弾いで抗議していた。アモルさんはノクターンの執行者候補って直前に聞いていた。それだけ凄いヒトなのに負けちゃうなんて。ヨンビさんはどれくらい強いんだろう。
現役執行者のタマさんはどこか先輩風を吹かしながらアモルさんに絡んでいた。機構卿との戦いの時、不意打ちで斬られた事を根に持ってるみたい。ヤブシキさんがL.Cに捕まったら厄介だから消して欲しいってアゴーニの依頼があったそうで、その為に反射神経で阻止してきそうなタマさんを先に狙った。合理的だけど、だから笑って許すようなタイプじゃない。
「もぅ、タマさん。あまりいじめちゃダメです。」
見ていられなくて横たわったままのアモルさんをそっと抱き寄せる。キュッと反応したアモルさんは急に赤くなって口元をふにふに、タマさんはケッ!って感じに視線を逸らした。
「作戦お疲れ様〜。決戦に備えて休んで行ってな。」
一人だけ無傷だったミケさんが悠々と歩き労いの言葉を掛けてくれた。誰もが傷付き横たわる中で、威厳を損なわない佇まい。ミケさんの飛ばした指示にアゴーニの構成員であっても頷き、乱れた本部の警備を再構築していく。その姿はまさに場の支配者だった。
「何処まで作戦の内なのか、腹が読めないっスね〜。」
「先輩、声が大きいですって。」
この場でボクの護衛って名目なものの、部外者よりなメリーさんとロゼさんは少し離れた所で壁に寄りかかっている。既にぐっすりと寝たイトウさんの治療も終え、残ったヒト達の治療も順次終えていっていた。
「ラフィ!シロが!早く治して!」
と、クニークルスさん達の部隊も負傷者を連れて一部帰還してきた。シロさんが半身を失い危険な状態になっている。負傷者は見慣れたけど、よく知った仲のヒトが大怪我をしているのを見ると嫌な感じに鼓動が跳ねた。
「任せて下さい。大丈夫ですから。」
ハクさんが寝かせたシロさんへ医療用ナノマシンを集中させる。エンジェルウイングの医療用ナノマシンは特別製、細胞置換システムを搭載していた。抽出した肉体情報を元に医療用ナノマシンがシロさんの欠けた部分を構築。細胞替わりにナノマシンが配置され互いに結合、仮の血管に血が通い心臓すらも形造ってしまう。そして採取した細胞を培養、万能細胞化してナノマシンと置き換えていく。
昔と比べるとその速度は飛躍的に早くなっていた。エンジェルウイングを繰り返し使ったお陰で操作感に慣れたのだ。ものの数分でシロさんは元通りになった。
「改めて見ると凄い技術よね〜。こんなのラフィのエンジェルウイング以外じゃ見た事ないわ。」
褒めてくれるタマさんに笑顔で返した。えへへ。
「ラフィくん!ありがとっ!好き!」
ハクさんに抱きしめられほっぺにキスまで───きゃあっ?!いいですから!恥ずかしいよ!抱かれて撫で回され、タマさんの尻尾がコツンと興奮するハクさんのおでこを小突いた。
「どの道強化外装もだいぶガタがきてたし胡蝶之夢まで撤退するよ。」
ハクさん達もここで一息ついたら撤退予定らしい。既に前線が押し上げられ味方の精鋭達が敵本陣を暴く為に奮戦中。無理をしないで引ける時に引かないとね。ボク達はまだ戦えるから、最低限装備の点検だけ済ませてもう一度戦場へ向かおう。
そんな時だった。
不意にボクとタマさんへスマイルに通信が。タマモさんからの急な連絡に驚いて互いに顔を見合わす。
『緊急事態じゃ!!魔王が動きおったぞ!』
サッと背筋の冷える内容にタマさんの表情が険しくなった。
「状況は?」
『タマ生命のダンジョンゲートは軒並み沈黙、生き残りはおらんじゃろうて。そして展開した怪物の大部隊がそちらとタマシティの方へと向かっておる!敵の主力部隊は妾が引き付けるが、数百キロ範囲に展開した大部分は抑えられん!アングルスの会敵は早ければ1時間も掛らんぞ!直ぐに迎撃準備せい!』
通信内容をタマさんはミケさんに転送する。
「おやまぁ。戦ってる場合じゃ無いって事かいな。」
そんな会話を背景に、ボクの脳裏に浮かんだのは未踏地に続く薄いフェンスで仕切られた孤児院の光景。もし怪物の群れが来たら‥!
即座にエステルさんへ通信を!お願い!直ぐに出て!僅か数秒があまりにも長く感じる。鼓動が早まり、思わずR.A.F.I.S.Sを起動しそうになってしまった。
コール音が4回。
『ラフィ?!どうしたの急に?』
エステルさんの声と、背景に聞こえる料理の音。丁度お夕飯を作っている所だったのかな。って、そんな場合じゃ無い!久しぶりに聞いたエステルさんの声に思わず安堵。だけど直ぐに切り替えて出来る限り冷静な声色を出すよう努めた。
「大事な話があるんです。落ち着いて聞いて下さい。」
通信の向こうで料理の音が止む。
「今、タマ生命のダンジョンから怪物の大軍団が出たそうです。信じて下さい。孤児院の皆を壁の内側に避難お願いします。」
『分かった。』
あまりにもあっさりと答えるエステルさんに思わず、
「ええと!お願いします!」
調子を崩して上擦った声で返してしまう。
『直ぐに動くからそのまま詳細を教えて。』
通信の向こうで動き出したエステルさんの気配にほっと息を吐いた。
「一刻を争います。タマ生命のゲートを守る基地は壊滅したそうです。具体的な怪物の位置が分からないですけど、間違いなく壁の向こう側の区域は戦場になると思います。」
と、タマさんが強引に通信に割って入って来た!
「逃げるんならとっととしないと壁のゲートが閉まるわよ!外に住人が居ても閉まる時は容赦なく見捨てられるわ!それと都市の防衛隊には期待しないで!タマシティの怪物との交戦歴は直近でも3年前!小規模な群れ相手の演習よ!間違いなく魔王率いる軍勢相手なら秒で蹴散らされる!兎に角壁の内側に入ったら出来るだけ奥側の避難シェルターに!」
『助けの当てはあるんでしょうね?!』
「‥ラフィの故郷だもの。出来るだけの事はする。」
そんな間にもミケさんがパニックを起こさせないよう冷静に指示を飛ばし、部隊の多くをアングルス防衛へ回していた。
「停戦‥出来ればええけど、まぁ無理だねぇ。もう十分血が流れた。決着を着けなきゃもう止まらん。」
こちらの内情を知っているかのようなタイミング。メリーさんもタマシティの組合本部へ緊急通信を飛ばす。空気が張り詰め、誰もが臨戦体制を整えていく。
「あと!ラクゥさんの部落は?!」
ラクゥさんの連絡先知らない!どどどどうしよう?!孤児院と交流のあったゴブリン族の部落を思い出し慌てるボクの肩をロゼさんは揺らす。
「今組合の方から全開拓者へタマ生命の大規模収容違反の通知がいった筈です!部落に一人でも開拓者が居れば連絡が行きますから避難は可能でしょう。」
わわわわ‥と落ち着き、徐にもふもふと撫で回して悪戯してくるブランさんからサッと身を離す。
「ラフィ様、まずはクロザキを撃破しましょう。ボスを潰せば早期決着を望めます。」
ブランさんが指差した先、建物を突き破って巨大なバトルアーマーが姿を現していた。宙を自在に飛ぶそれは飛び交う赤い銃弾と戦い、放った光線が眼下の街を灼き裂いていた。
シロを基調としたスラリとスリムな機体は全身に光学砲を装備している。10mを超す体躯とは裏腹に、全身に取り付けられたバーニアの噴射が俊敏な動きを可能にしていた。ああいう大きな魔具を動かす際、重力を低減するマギアーツを使うって話は知ってるけど。あんな重量物でも空中で身軽に動けるなんて。
もし今が平時なら、カッコいいフォルムに興奮してはしゃいで眺めたり写真を撮ったりしてたと思う。だけど今は緊急事態。まずはこの戦いに決着を着ける為。
「ブランさん、来てください。」
「仰せのままに。」
振り向いた先タマさんの姿は無かった。多分ノクターンの強化外装を使うつもりなんだろう。流石にここで着替える訳にはいかないだろうし、一度距離をとったのかな?怪物の群れが来る前に倒さなきゃ。
「行くのかい?手強いよ。」
扇で口元を隠して目を細めるミケさんに後ろ手を振って飛び出す。宙に描いた青の軌跡が廃墟街を真っ直ぐに突き進んでいった。




