プリンス//エルダー
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──プリンス//エルダー
「もう。セクハラですよ? まあ、許してあげますけど」
「あ。そういうリアクションなんだ」
「何を期待してました? 別にキスは初めてじゃないですよ」
ファティマはデフネの突然のキスにそう返す。
「最初は誰?」
「内緒ですが、女の子でしたよ」
「へえー。お姉ちゃんってやっぱりそっちの気があったの?」
「私は男女という性別の違いをパートナー選びの基準にしないだけです」
デフネがにやにやと笑うのにファティマはそっけなくそう返したのみ。
「では、とりあえず仕事のひとつは終わりましたね」
「そだね。報酬を支払っておくよ」
デフネがファティマの端末に大金を送金した。
「それでは失礼します」
ファティマはそう断ってエルダーからの連絡があるまでフォー・ホースメン支配地域にある兵舎で待つことした。
「お姉さん。さっきのは……」
「どうしました、サマエルちゃん?」
フォー・ホースメン支配地域に向かうタイパン四輪駆動車の中でサマエルが何かいいたげにファティマの方を向き言葉を濁す。
「さっき、その、キスしたよね?」
「したというよりされたというべきか。セクハラはよくないですよね」
サマエルの問いにファティマは少し憤慨して返した。
「お姉さんはそういうのやっぱり気にする、よね」
「スキンシップは節度を持って行わないといけないって思ってますから。過度なスキンシップはハラスメントで、相手を不快にさせるだけです」
そこでファティマはふとサマエルの方を向く。
「サマエルちゃんもああいうハラスメントにあったことがあるのですか?」
「ち、違うよ! うん、違うから……」
サマエルはファティマの言葉に必死に首を横に振った。
「ならいいのですが。嫌なことをされたら相談してください。協力しますよ」
「ありがとう、お姉さん」
ファティマが力強く告げるのにサマエルは少し微笑んだ。
それからファティマたちがエルダーからの連絡を待っているとその日のうちにエルダーがメッセージを寄越し、できれば会って話したいと言ってきた。
「行きますか」
ファティマたちはエルダーの下に出向き、仕事の話をすることに。
エルダーが指定したのはソドム支配地域にあるかつてホテルだった建物だ。
「ようこそ、ファティマさん、サマエルさん。待ってましたよ」
エルダーがいつものようにマムルークを伴ってファティマたちに会う。
「仕事があるという話ですが、どのような仕事でしょう?」
「また前と同じですよ。似たような仕事です。ご説明しましょう。お茶でも楽しみながら優雅に」
エルダーはファティマたちをホテルのラウンジに招待するとそこで部下に紅茶を持ってこさせた。香ばしい香りの紅茶がファティマたちの前に置かれる。
「今回デフネたちが仕入れた薬品で大量の違法薬物が作れます。その取引先はフォー・ホースメンやソドムはもちろんゲヘナ軍政府の汚職軍人も含まれます」
エルダーがそう説明を始めた。
「となると、我々に目を付けており、ゲヘナ軍政府内の汚職を取り締まっているラザロがやはり今回もしゃしゃり出てくるというわけです。実に面倒なことですが」
「なるほど。それでまた内通者が?」
「その通り。前の潜入工作員を潰したことで解決したと思っていたのですが、まだまだ潜入工作員はいるようなのです。それを摘発しますが、今回はちょっとばかり頭を使う予定です」
「了解です。まずは何を?」
ファティマが事情を把握し、仕事の内容を尋ねた。
「前と同じように取引の中で情報を少しずつ流しながら漏洩元を特定します。実を言えばこの潜入工作員については事前に情報がありましてね。コードネームはプリンスというそうです」
「またお洒落なお名前で。どんな人物かも掴めているのですか?」
「こちらの防諜部門も無能ではありません。漏洩が発覚してから密かに内偵を進め、徐々に包囲網を狭めています。それによっていくつかの人間に対象を絞り込めました」
「後は特定を、と」
「これからドラッグが生成され、売込みが始まります。今やフォー・ホースメンもグリゴリ戦線もゲヘナ軍政府と戦争状態。売れますよ。間違いなく。そして、ラザロはそれを快く思わない」
「では、彼らにはご退場願いましょう」
エルダーの言葉にファティマがニッと笑ってそう言う。
「仕事に前向きでいてくださって助かります。我々としても内部の人間は情報統制の都合上使えません。外部の優秀な傭兵が必要なのです。あなたのような」
「高く評価していただいて助かります。では、行動はいつから?」
「既に生成が始まっています。2日もあれば出来上がるでしょう。それから顧客に接触する際に情報を流します。我々が絞った人間の中に潜入工作員がいれば情報をラザロに流すでしょう」
「そうやってまた徐々に絞り込むと」
「それから取引そのものの護衛もお願いしたいのです。顧客の意志は尊重しますが我々に対価を支払わず商品を得ようとする試みがこれまで度々あったもので」
「扱っている商品が商品であるが故にという感じですね」
「まさにその通りで」
扱う商品は違法薬物でその手の商品を使う人間は人間として信頼できる相手ではないということだ。
「取引の護衛と内通者の炙り出し。それが仕事ですね」
「ええ。お願いします。また後日連絡してもいいのですが、ここで待たれても構いませんよ。このホテルは未だにホテルとしての機能があるのです。うちの構成員が素晴らしいサービスを提供しています」
「おや。では、お言葉に甘えても?」
「ええ。もちろん。準備させましょう」
エルダーは部下に命じてファティマとサマエルのために部屋を準備させる。
「ごゆっくり」
エルダーがそう言うとマムルークを連れて去った。
「おおー。豪華な部屋ですよ。スイートルームという奴じゃないですか?」
ファティマたちに準備された部屋はキッチンやミニバーまである豪華な部屋だった。
「ゆっくりしましょうね、サマエルちゃん」
「うん。お姉さんと一緒にゆっくりするよ」
ファティマたちはふかふかのソファーに並んで腰を下ろす。
「いろいろとありますけどなんとか上手くやっていますよね、私たち」
「そうだと思う……」
「このままゲヘナ軍政府をやっつけちゃいましょう!」
「うん」。お姉さんならきっとできるよ、きっと……」
そういうサマエルの表情はどこか暗かった。
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